モブジジイとエース

モブジジイとエース


 火拳のエース死亡。

 世界経済新聞の一面を飾るその顔に記憶の奥底が引っ掻かれ、思わず手が止まった。

「死んだか……」

 ぽろりとこぼした呟きは惜しむ色が濃い。

 青年に出会ったのは偉大なる航路の飯屋だった。そのころにはまだ年若い海賊の背中はまっさらだったように思う。気絶しながらも気持ちよく皿を空にしていく隣席の客が面白くてつい手のついていない自身の食事をそちらに押しやったのだ。

「いいのか?!」

「ああ。歳をとると胃が小さくなっていけない」

「ありがとう!」

 見た目に反して喉が焼けるほどの辛さを誇るパスタを、がつがつと腹に収めていく無頼者の行く末が追い風に恵まれることを願って店を出たのが一度目。

 二度目はそれから三年程経った頃。同じ店でパスタを啜っていたところに荒々しく音を立てて座った客が「なァ」と聞き覚えのある声を発した。

「おっさん、またそれ食ってんの?」

「月日は冒険心をすり減らしていくものさ」

「ふゥん」

 さほど興味もないような相槌を打って白ひげの二番隊隊長となった彼は手当たり次第注文を始める。こちらといえば、たった一度言葉を交わした程度の相手を記憶する若さに舌を巻いていた。

「どうした、海賊王にでもなったのか」

「ンなの頼まれたってならねェよ。ちょっとワケあって逆走してたら近く通ったから食べに来た」

「そいつはいい。ここのパスタは絶品だからね。ついでに永久指針も買っていきなさい」

「……いや。いいや」

 オレンジのテンガロンハットがかぶりをふる。翳った表情を怪訝に思った瞬間、ドンとカウンターに料理が並んだ。

「お!相変わらずうまそうだ!」

 途端、とんでもない量の食事が筋肉質な体に吸い込まれていく。かつてと変わらぬ勢いに苦笑し、彼のためにパスタを一つ注文して席を立った。

「では。君の帆に追い風があらんことを」

「おう!ありがとな!」

 それから数ヶ月と経たず、若き海賊は炎のような人生を閉じたという。

 ため息を吐いて新聞を畳み、グラスを二つ取り出して酒を注ぐ。


「……時代に!」

 かちり。琥珀が揺れた。


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