モエ 再起SS
臨時指揮所、物資集積所内。
モエは集められた装備を無心で仕分けていた。
普段のへらへらとした軽い調子はどこへ行ったのか、作業に没頭することで何かを忘れようとしているように見える。
「こんなところにいた」
「っ! ……に、ニコ先輩」
暗がりの中にいたモエを見つけ、ニコは傍まで歩み寄る。
「い、いやぁ、見つかっちゃいました? くひひっ」
「何してたの? 整備?」
「ま、まあ、そんなとこです。ほら、用途別に仕分けとかないと使いづらいでしょ?」
「……現実逃避」
「うぐっ」
ニコが微笑みながら、鋭く切り込んだ。
苦い顔でモエが呻くと、もう一歩、ニコが踏み込む。
「あの時の状況は聞いてるわ。よくやったと思うけど」
「いの一番に落とされたの、私なんですよね。なーんにも出来なくて、参っちゃいますよ! ……ほんと、参っちゃいます」
さしものモエも、あの戦果には思うところがあった。
SRTに入った動機こそ不純極まりないものの、その能力は折り紙付きだ。
ゆえに、何もできず一蹴されたことはモエにとって耐えがたい苦痛をもたらした。
なにより、その敗北が護衛対象を傷つける結果になった。それこそがモエの心に重くのしかかる。
「ミヤコも、サキもミユも、仕事を果たしたけど。私はなんにもしてないんですよ。ただそこにいて、だーっと撃たれてぶっ倒れて。何しに行ったんでしょーね私って!」
「モエちゃん」
「大体、私役立たずすぎて! 全然建物も吹っ飛ばせませんでしたし、あのアリウスの連中も次から次に来るからどうしようもないですし!」
「モエちゃん」
「あー! こんなことなら病欠でもして休んでればなあ! こんな、こんな……!」
「モエちゃんっ!」
喋りだしたら止まらなくなったモエを、ニコがきつく抱きしめる。
背中を、頭をさすって、大丈夫だから、と声をかけながら。
その熱に、抱擁に、モエの目尻から涙が溢れてくる。
「──わたっ、わたしっ、だって、なんにもっ」
「大丈夫、わかってる。わかってるよ、頑張ったね。大丈夫、誰も責めてないから」
「そうじゃっ! そうじゃないっ! 責めてよっ! わたしがなんにもできなかったってっ! 頑張るだけじゃ、だめでしょぉっ!?」
モエの、珍しく激しい声が上がった。
それは後悔と絶望と、痛みと悲嘆と僅かな安堵の滲んだ絶叫だった。
きつく、きつく、ニコの背を握りしめるように抱きしめながら。
叫ぶ。
「知らなかったっ! こんなっ、こんなっ! 情けなくて、苦しいなんてっ! なんでっ!」
「うん、そうだね。失敗をして、躓いて、苦しんで。辛いよね」
でもね。ニコが続ける。
「皆そうなの。私も、他の隊員も、躓けば痛いし、失敗すれば苦しいし、立ち上がろうとしたらすごく辛い思いを抱えなきゃいけなくなる」
「それでも皆立ち上がるの。私たちはそうであれと望まれて、そうあらんと望んだから。モエちゃん、貴女だって同じでしょ?」
慰めの言葉はあった。大丈夫だと、よくやったと褒める言葉もあった。
だが、一度も。たった一度も、ニコは言わない。
諦めていいとは、絶対に口にしない。
それが優しさだった。ここでくじけてうずくまったままになれば、この少女は必ず後悔するから。
SRTに入るということは、決して生半可な才能や決断だけで出来るものではない。
誰もがその意思を強く持たなければ、その門を潜ることは許されない場所だった。
だから、ニコは信じている。
「だけど、私は……。だって、そんな立派な理由なんてなかった……」
「それでもここまで来て、その辛さを抱えられた。それは、貴女がSRTとなって、その任務に真摯に向き合った結果なんだよ」
「……ニコ先輩……」
「本当に、よくここまで来たね。貴女は守れなかったことに悔しさと後悔を抱けるところまで来た。なら、次も踏み出せる。私は、貴女たち皆がそうあれると信じてる」
優しいけれど、それはモエに止まっていいとは言っていなかった。
貴女達なら立ち上がれる。全幅の信頼をもってそう言い放つニコに、モエは力なく笑う。
優しさと厳しさは同居するのだと、自分を抱きしめてくれるあたたかな先輩に強く感じていた。
「あー……。ニコ先輩、きびしいなあ」
「先輩だもの。……さあ、涙を拭って目を開いて? RABBIT小隊は、まだ負けていないんだから。貴女の感じた悔しさを、ぶつけて晴らす機会はまだあるよ」
軽く背を叩き、離れる。
そうしてもう一度モエの顔が見える。
くひひと笑う、いつもの笑顔に戻った顔が。
「──ありがと、ニコ先輩。私が泣いたこと、他には言わないでね?」
「ふふ、じゃあ私とモエちゃんだけの秘密ってことにしておこうかな」