メロドラマスクリーンライター

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ジェルマ王国の、城で一番高い塔の上で、自分たちは夜空を眺めていた。星が瞬くのに合わせて、連れてきた彼女はぴょこぴょこと頭を動かした。すごい、綺麗だ、あの星はなんという名前なのだろう。ひとつひとつの問いかけに、丁寧に答えを返す。特別なことはしていない。たったそれだけで、この女は飛び上がるように喜ぶのだ。それを穏やかに微笑んで見つめながらしかし、私はつとめて冷淡な心で言葉を返し続けた。


この女とは、出会いすら緻密に計画されたものであった。偶然を装って彼女と出会った日すら今は懐かしい。何も知らない女の細い指がまた新たな星を指差すのを眺めながら、私はゆっくりと彼女との日々を脳内で振り返っていた。



事の始まりは、違法に手に入れた周辺諸国の種族・民族別血液検査データだった。かねてより血統因子の研究に励んでいた私が、MADS経由で独自に入手したものだ。その時の私はクローン作成に最も効果的かつ、強く因子操作の効能が現れる血統因子について躍起になって研究していた。

そこに飛び込んできたのが彼女のデータだった。近隣国の辺境伯の娘である彼女は、遺伝情報の配合といい祖先を辿った時の血統反応予測といい、自分が思い描いていた『母体』としてほぼ完璧な人間だったのだ。恐らく、ルナーリア族の血統因子に最も近いものを持っている。腐っても辺境伯の身分のため、違法なレベルで彼女のルーツを探すことは不可能だったが、遠い昔にルナーリア族と血統的な関わりがある可能性も高かった。書類に添えられた金髪の少女の写真を見て、私は胸の高鳴りが抑えきれなかった。


きっと、こういうものを運命の出会いというのだろう。


そこからの行動は早かった。フィールドワークの名目で隣国の辺境伯を訪れ、何かと理由をつけて辺境伯の館に滞在するようになった。宿泊の際にかなりの金を積んでいるので、辺境伯も悪い顔はしない。そうして彼女の生活圏で共に過ごす時間が増えるようにした。

出会ったばかりの頃は、戦争屋という評判で警戒されていた。平和ボケした土地の辺境伯同様、この小娘も軍だの兵器だのと聞いただけで顔をしかめるようなお綺麗な精神を持っていた。だから、そうした話題は徹底的に避け、当たり障りのない会話ばかりを積み重ねた。今日の食事はどうだとか、フィールドワークで見かけた野生動物だとか、そういう私にとっては1ミリも価値のない話が、小娘の中では価値の高いものらしかった。そして、ある程度話せる仲になってくると、向こうの方から自分の研究について尋ねてくることが多くなった。戦争に関する研究は適当にぼやかし、話を合わせる。

彼女も科学に関心があるらしく、通っている大学では薬学において優秀な成績を修めていた。これはリサーチ済みだったので、彼女が好みそうな話題をすらすらと澱みなく答える。私は化学の方が専門だから畑違いかもしれないけど、と謙遜すると、彼女の瞳はまるく見開かれ、きらきらと光を湛えるようになっていった。

最初は、勉強を見てほしいと頼まれるようになった。やっぱりお暇じゃないですよね、ごめんなさい、と謝る彼女の手を取ってそんなことはないと微笑めば、白い頬は面白いようにバラ色に染まった。応接間で小難しい本を並べて向き合っている時、ペンは進んでいるものの鬱陶しく向けられてくる視線に辟易したが表には出さなかった。そのうち、勉強を見て欲しいという言葉はいつしか口実となっていった。

日々、熱っぽい視線と上気した頬を見ることに慣れていった。館の使用人たちがかわいらしい談笑をしている(ように見える)自分たちを見て、「可愛らしいソラ様が最近益々お美しく」「聞けば優秀な科学者とのこと……これで将来も安泰ですわ」と勝手な噂を立てることさえ、将来の目的を思えば全く苦にならなかった。


「私は科学の発展で国を立て直したいだけなんだ」

そうして、時間をかけて彼女の隣の居場所を手に入れたと確信してから、その話を切り出した。

辺境伯の所有地で、彼女がよく花を摘みに行くという草原。ぬるま湯のような平穏が広がるその大地で、花冠をつくる彼女の隣に座って話を続ける。

「父や母が国の貧しさゆえに苦しむ姿を何度も見てきた。日々の生活にすら困る民草も多い。私に現状を変える力があるのなら、それを使いたいんだ」

父母が苦しんでいたのは事実だ。ジェルマの復活を望みながら、怨嗟を垂れ流して死んでいったことも。有象無象の兵士たちも、かつての栄光を羨みながら戦場で散った。しかし彼らは現状を嘆くだけの弱者だった。私は違う。絵空事ではなく、ジェルマを復活させる力がいくつも自分の手の中ににある。


そして、上手くいけばその力はもうひとつ、自分のもとに堕ちてくるはずだ。


最後に彼女の手を取って目線を合わせる。初めての私からの積極的な接触に驚いたのか、彼女の肩は面白いほどに跳ねた。できるだけ、哀れっぽい声で仔猫が鳴くように囁く。

「お願いだ、私と共に生きてくれないか?私の夢にはきみが必要なんだ」

くしゃくしゃの金髪を深く傾けて、敬虔な騎士のように懇願した。数秒後に手を振りほどかれたが、すぐに熱い抱擁が飛んできた瞬間、私は彼女に見えないように唇の端を吊り上げた。

最初の『実験』は成功したのだ。



あれからまた時間をかけて、彼女をジェルマに招いても誰からも文句を言われない程度になった。今日の夜の茶会だって、むしろ彼女の父親の方から薦められたイベントである。塔の上に簡素なテーブルと椅子を設置し、そこで香り高い紅茶を飲み干した彼女は、すぐに天体観測を始めた。相変わらず、何か興味深いことを見つけるのには手が早い女だ。まあ、それ故に薬学での成績が優秀なのかもしれない。 それは、『科学者の伴侶』として優れた資質のひとつだと言えるだろう。

椅子から立ち上がり、塔の壁にかじりつく彼女のそばに寄る。そっと肩を抱くと、かなり夜風にあたっていたせいか冷えていた。彼女の椅子にストールが置いてあったが、そんなものは要らないだろう。自分が腕を回して温度を分けると、すぐに彼女の体温は上がっていった。


「随分楽しそうだね」

「もちろんよ!こんな素敵な星空を見せてくれるなんて……ありがとう、ジャッジ!」


屈託のない笑顔。恋に恋する少女の顔だった。その顔を見た時、己の『実験』の集大成の成功を確信した。


「困ったな」

「?」

「今から君に渡すプレゼントが、星の輝きに劣っていないと良いのだけれど」

「……ッ!」

その一言で、さすがに何が起こるのかを少女も察したらしい。ぱっと小さな手で口を覆ったところで、一度彼女から離れる。膝をついて、絵物語の王子様らしく。懐から取り出した小さな箱を開ける。

我が国の婚約のための宝物は、指輪ではない。大粒のラピスラズリがあしらわれたネックレスだ。はるか昔、ジェルマが王国として勃興した際に敵船から略取した宝物のひとつだと伝えられている。そんな略奪と戦争の証明を、戦争など知らずにふわふわと笑う彼女がかけているのが滑稽だった。

滑稽なほど、似合っていた。


「結婚しよう、ソラ」

彼女の豊かな金髪をやさしく掴んで少しだけ上げる。うなじの後ろに腕を通してネックレスを付けてから、ストレートに告げた。あっという間に彼女の大きな目が潤んでいく。ぽろぽろと水滴が零れていくそこを、彼女は何度も何度も手で拭った。

「……ええ、ええ!喜んで……ッ!」

冷たい夜風が吹いた。大きく靡いた自分のマントを掴んで、彼女を腕の中に閉じ込める。赤いマントに包まれた真っ白なドレスの少女。胸にきらきらと偽りの光を輝かせながら、歓喜の涙を流す金髪の姫君。全く、絵になる姿であった。

「わたし、ほんとうに幸せだわ。嬉しい、嬉しい……!だいすきよ、愛しているわ」

歓びを隠さず、彼女は自分の背中に腕を回す。互いにしっかりと抱き合って、もう離さない。

ああ、なんて美しく、完璧な日であろうか。きっと彼女もそう思っているだろう。素晴らしき夜の締めくくりに、自分も彼女の耳元で甘く囁く。

「私もだよ、愛しいソラ。私の王女様……」

抱擁を緩めて顔をのぞき込むと、熱に浮かされたような顔で彼女がこちらを見つめていた。そっとなめらかな頬を撫でると、震えるまつ毛が伏せられる。何も知らずに自分の腕の中で蕩けている少女に、自分の澱んだ嘲笑が見えぬよう、そっと熱いくちづけで視界を塞いだ。


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