メタ永夢とメタ宗SS

メタ永夢とメタ宗SS


 CRの自動ドアが開いた。ここへ出入りできるのは聖都大学附属病院に所属するドクターのごく一部、衛生省から日向審議官、そして……


「あれ、院長は? アポは取ってたんだけど……」


 幻夢コーポレーション社長、檀正宗。CRの技術協力者でもある社長は一歩踏み入るなりあたりをきょろきょろと見回した。

「今いるのは僕だけです。院長はさっき急な呼び出しで。来客があったら、すぐ戻るから待ってもらうように、と仰ってました」

 なんで今日に限って呼び出しが〜、と残念そうに走って行った院長を思い出す。

「じゃあ、お言葉に甘えて、ここで待たせてもらうよ」

 社長は適当な椅子に腰掛けて、タブレットを取り出した。僕は画面を見ないように気をつけながら流しの前へ移動する。

 ドアが開く直前、僕はちょうどコーヒーを淹れようとしていたところだった。CRは糖分摂取の全てにこだわる飛彩さん、砂糖とミルクを飽和するほど入れるくせして銘柄にも一家言持つ貴利矢さん、一番安いインスタントで十分な僕など派閥がバラバラなため、飲み物はそれぞれで用意することになっている。粉にお湯を注ぐくらいしかできない僕は、来客用のカップに触れたことすらない。

 立ち尽くす僕を見た社長が「どうしたの」と声をかけてくれた。

「あ、気にしないでください。僕のインスタントコーヒーを切らしてたみたいで」

 本当はまだまだあるのだが、社長に余計な気を使わせたくなくて嘘をつく。

「私が留守番するから買いに行けば……は、ダメだよね。後ろにあるのは違うの?」

「これは貴利矢さんのです。飲んでいいって言われてるんですけど、ドリップバッグはよく分からないから……」

「じゃあ私が淹れよう。場所を借りているんだし、そのくらいさせてもらうよ」

 僕が待ってくださいと言うより早く、社長は給湯スペースの棚を開けた。最初から知っているようにポットや温度計を出して、二人分のカップを並べる。僕が愛用するマグカップ(マイティ柄)と来客用(飛彩さんが用意した高そうなやつ)が場違いに並んでいる。

 そういえば、今年からCRに入っただけの僕と違って、社長はCR創設に関わっている。僕より詳しくてあたりまえだ。

 淹れ方を勉強させていただこう。僕は実習のときみたいに社長の手元を見つめる。

 ゆったりと時間をかけて、けれど無駄な動きはなく、二杯分のバッグにお湯を注いだ社長。少し時間を置いてからバッグを取り出す。

「熱ッ⁉︎」

 熱々のお湯を通したんだからカップやバッグも温まるのは当然。社長は悲鳴をあげ、手を離した。勢いでシンクに吹っ飛んだドリップバッグがべちゃ、と音を立てる。

「大丈夫ですか⁉︎ 流水で冷やしてください!」

「そこまでじゃないよ、少しびっくりしただけ……」

「こういうのは最初の処置が大事なんです!」

 高そうなジャケットを濡らしてしまわないか気が引けたけれど、そっちはクリーニングすれば済む。赤くなった指を冷やしてもらう間に僕はポットを洗っておいた。

 しばらくそのままでいてもらったあと、蛇口を止める。赤みはあるけれどⅠ度のレベルだ。患部に絆創膏を貼る。小児病棟の子たちが喜ぶマイティ柄と悩んだが、湿潤療法用のお高い方にした。

「ごめんね……やるって言ったのに迷惑かけて……」

「僕こそ申し訳ありません。研修医でもドクターなのに、目の前で怪我させてしまうなんて」

「ううん。きちんと手当してくれたじゃないか。永夢先生は立派なドクターだ」

「社長……!」

「さ、元気出して。せっかく淹れたんだから冷める前に飲もう」

 そう言ってカップを運ぶ社長。

 来客用のを僕の前に。

 マイティのマグカップ(温度で絵が変わるやつ)はスリープモードに入ったタブレットの横に。

「すみません、それ僕のカップ……」

「え?」

 社長はぎくりと止まった。

「そ、そうだよね、永夢くんはマイティのファンだから」

「はい、その、こっちが来客用で……僕よくわかんないですけど、なんか高級なやつ……」

 どうしよう。僕、余計なことを言ってしまっただろうか。間接キスを気にする年齢でもないし、使った後は重曹で汚れを取って消毒もしている。他の人が使ったって大きな問題は無いだろう。それに僕はマイティのファンだけど、社長はそのマイティを生み出した幻夢コーポレーションの社長なのだ。むしろこのマグカップにふさわしい人かもしれない。

 言葉に詰まっているとまた自動ドアが開いて、院長がどたばた駆け込んできた。

「社長、お待たせしました!」

「あっ灰馬く……あ、いや、院長、私もさっき来たところなので」

「いえいえ、忙しい社長をお待たせしたのは事実です。早速打ち合わせを始めましょう」

「そうですね。よければ永夢くんも参加してくれる?」

 僕は促されるまま社長の隣に座る。

「小児病棟のクリスマスパーティーに関する会議だ。意見があればどんどん出すように」

「幻夢コーポレーションも参加するんですか?」

「毎年プレゼントと会場設営、サンタ役の派遣までしてくださっているのは幻夢コーポレーションだぞ? それなのに君はお茶菓子も出さないで!」

 院長は自分用のお茶とお菓子を出しに行った。自分が食べたかったのを社長にかこつけて用意するつもりだ。僕たちドクターのおやつゾーンではなく、審議官や社長たちを交えた会議の時にしか出されない高級クッキー缶を開けている。

「……さっきはごめんね、永夢くん」

 院長が向こうを向いている隙に、社長は小さな声で僕に話しかけた。

「このマイティのマグカップ、二年前のイベント物販限定で出した商品だよね。私の家にあるのは落として割っちゃったから、久しぶりに絵が変わるのを見たくなって……」

「いえっ、気にしてませんから。まだ口つけてませんし、よければこっちで飲んでください!」

「これは永夢くんのマイティだ、私なんかが使っちゃダメだよ。あのとき私は会場にいなかったけど、君が来てくれていたんだなって、それだけでとっても嬉しかったから大丈夫」

 僕は社長の困ったような笑みを見て、今までに無い感情を持った。

 胸がきゅんとするような、心がじんわり温かくなるような。



 そして夜、帰宅した僕は、ソシャゲに課金してPU召喚を回した。

 新規は誰でも一体は引く。キャラクターリストを埋めたいからだ。でも重ねるために課金までするのは高性能なキャラか、好みの女性キャラだけ。

 なのに僕はおじさんキャラ──メインストーリーでは主人公行きつけの宿屋の主人という立ち位置だが、ダンディな外見と癒し系の言動がユーザーから意外に支持され、イベントストーリーで意外な過去が明かされて更に人気が出た、とはいえアクの強い性能で周回向きの汎用性には欠けている──要するに僕の課金対象からは外れるキャラを重ねるため、給料を魔法のカードに変えてしまったのだ。

「縛りプレイで人気のキャラだし……たまにイベ特攻来るし……こないだのボスに刺さったりしてたし……」

 言い訳を重ねながら石を溶かす。

 しばらく社長の顔は見たくない。変な扉を開きそうだから。


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