メタ宗と審議官(AIのべりすと)

メタ宗と審議官(AIのべりすと)


幻夢コーポレーション本社の上層階に設けられた仮眠室。恭太郎がドアをノックすると、正宗が顔を出した。

「申し訳ありません、日向審議官。夜遅くに呼び出してしまって」

「お気になさらず。社長こそ本業がお忙しいでしょう? 私は帰宅しても寝るだけですし、社長自ら至急の用件と言われたら飛んできますよ」

言いながら恭太郎は違和感に気づく。大企業の社長として常にスーツを着ているはずの正宗が、今はジャケットもネクタイも身につけていない。いくら終業後で2人きりとはいえ、政府高官との会議という体を取るならそのあたりはきちんとしているはずなのに。

「……なんの用で呼んだんだ、正宗」

プライベートな言葉遣いに変えると、正宗は恥ずかしそうにうつむいた。

「その、今日……息子たちが出張で帰ってこないんだ…」

正宗の双子の息子はどちらも優秀なゲームクリエイターで、地方のイベントに顔を出すことも多い。土日のイベントのため前乗りで泊まっているんだ、と説明を受けた。

「それで……今日は徹夜で仕事するつもりだし、恭太郎くんは仮眠室を好きに使ってくれていいから、一晩いてくれないかなって……」

「なるほど」

内心では自分を選んでくれたことに喜ぶ恭太郎だが、平静を装って頷く。こういうときには下着や寝間着が一式揃えられているし、社長と息子二人しか使えない特別仕様の仮眠室はビジネスホテル並の設備が整っていて、一泊するのになんの問題もない。

「そういうことなら喜んで協力しよう。どうせ明日は休みだ」

「ありがとう! 助かるよ!」

嬉しそうな笑顔を浮かべた正宗に「だが」と付け足す。

「徹夜は良くない」

「あ……いや、それはほら、私は社長だからやることが色々と……」

「君の会社は定時退社のホワイト企業だろう。社長がそんなでは部下も困るぞ」

衛生省に勤める前は外科医だった男の説教である。正宗は不満げながらも頷いて複数あるPCの電源を落とした。

「仮眠室、ベッドは三つあったよな?」

「私と子供たちが使うからね」 

「君もそこで寝ればいい。風呂、先にいいか」

もちろんと頷く正宗は、後を気にせずゆっくり温まった湯上がりの正宗を拝みたいという恭太郎の欲望など、知る由もない。


***


「ふぅ……やっぱりお風呂に入るとさっぱりするねぇ」

ほかほかの身体でバスローブ姿になった正宗は、濡れたままの髪をかき上げた。普段はあまり見ることができない無防備さに、恭太郎は思わず唾を飲む。

「そうだな……」

恭太郎は幻夢コーポレーションの看板キャラクターであるマイティがプリントされたTシャツとスウェットパンツを貸し出され、首にはこれまたマイティのタオルをかけている。正直恥ずかしいが、自社製品を愛しているのはいいことだ。それに正宗の厚意ならありがたく受け取るしかない。

「適当に寛いでてくれていいからね。冷蔵庫の中も好きに取って」

「ああ。……そのノートパソコンはなんだ」

「メールチェックと書類の手直しだけ……」

「明日でいいだろ」

恭太郎は問答無用で正宗の肩を掴むと、無理矢理ソファへ座らせた。有無を言わさずドライヤーを手に取り、まだ湿っている髪にあてはじめる。

「恭太郎くん!?」

「乾かさないとベッドに上がれないだろ」

「そ、そうだけど、担当の子にしてもらうから」

「今日は呼ばなくていい」

正宗と息子たちの生活はラヴリーガールズと名付けられたメイド装束のバグスターたちに世話されている。今日も呼べばすぐさま現れるだろうが、恭太郎はそれを許さなかった。二人の空間に邪魔者はいらない。

「わ、わかった……お願いするよ……」

諦めたように力を抜いた正宗は大人しく目を閉じた。そういうところが可愛いんだと思いながら、自宅の物より数段高級なドライヤーの電源を入れる。

(こんな機会でもなければ、正宗の頭を撫でることなんてできない)

少しでも長く味わいたくて、ゆっくりと丁寧に髪をすいていくと、正宗がくすぐったそうに身を捩る。

「くすぐったいか?」

「ううん……気持ちいい」

「……そうか」

なぜそんな言葉で素直に答えるのだと、可愛いを通り越して腹が立ってきた。どうせ世話係にも同じような返事をして、甘い笑顔を向けているのだ。

本人に自覚はないが、正宗のことを健全な意味合い以上に好きな人間は多くいる。その筆頭がこの自分だというのに、正宗は誰にでも優しく接する。それが恭太郎には面白くなかった。

もやもやと考えながら手を動かすうち、あっという間に時間は過ぎる。いつの間にか髪はすっかり乾いていた。

「恭太郎くんはドライヤー使ったの?」

「もう済ませた」

すぐ乾く短髪が今だけは恨めしい。正宗のように少し長くしていれば、交代で乾かしてもらえたかもしれなかったのに。後悔を誤魔化すように冷蔵庫を空け、ミネラルウォーターを取り出す。ホテルよろしく缶ビールでもあれば良かったが酒類は1本も無かった。こうなるとわかっていればコンビニで買ってきたが今更遅い。

それでも喉を通る冷たさが少しだけ落ち着きを取り戻させてくれた。

「じゃあ……その、おやすみ。慣れない寝床で申し訳ないけど、ゆっくりしてね」

正宗は真ん中のベッドに入り、枕元のスイッチを操作して明かりを落とす。オレンジの常夜灯が柔らかく部屋を照らす。

「私はどのベッドを使えばいいんだ?」

「え? ああ、好きな方選んで。寝具は同じだから」

真ん中にある正宗のベッドは灰色。そして左右のベッドはそれぞれ黒と白で、双子の名前であるクロトとシロトに合わせてある。恭太郎は少し考えて入口側の白いベッドを選んだ。

「そっちにしたんだ。決め手は?」

「なんとなくだ」

正宗が寝るときは決まった方へ横向きになる。だから顔が見える方にした。

などと言えるはずもなく適当に答える。正宗は特に返事をしなかった。

「先に寝るね」

「ああ……」

もぞりと動いた気配を最後に、沈黙が訪れる。聞こえるのは互いの呼吸音と自分の心音だけ。暗闇の中、自分の存在を示す音が徐々にうるさくなる。

(落ち着け……もうあの頃のような真似は……)

貸してくれた寝間着がキャラクターものでよかった。50過ぎの自分が可愛いキャラグッズを身につけているという事実は己の熱を鎮めてくれる。

平和な今では、老眼の予兆さえない目で正宗を眺め続けるのが精一杯だった。

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