メタルギアアビドス ラビット・ハウンド
アビドス高校決戦。
後のキヴォトスに大きな与えることとなるアビドスシュガーを巡る戦争。
そこには多くの生徒や大人達の思惑や尽力があった。
今、ここに居るのもその一人。
歌住サクラコ。トリニティを収めるティーパーティーの現ホスト、桐藤ナギサから密命を受け、単身アビドスに乗り込んだシスターフッドの長である。
彼女は当初の目的を果たしている。アビドスという『麻薬製造および密流の組織』となった心臓部。つまりは様々な機密情報を見つけ、すでにトリニティ首脳部へと送っている。
この情報は戦争中ではなく事後にて必要になるとナギサが睨んだからだ。ナギサ個人は、幼馴染を麻薬中毒者に落としたアビドスを憎んでいる。ただし首脳陣を処刑しようとは考えていない。情ではなく政治的にも事後処理のためにも必要と考えているからだ。そういった意味だと本心ではシャーレの先生が身柄を確保してくれるとありがたいとは考えている。あわよくば、トリニティの持つ情報等を用いて有利に事を運びたい、それが理想形だ。
そのためにもサクラコを派遣し、内情を探らせた。そこまでは良かった。まさに予定通りと言えるだろう。しかしサクラコは見てしまったのだ。対策委員会としての日々がここにあったことを。
彼女は対策委員会の部屋で日誌を見た後、小鳥遊ホシノと会敵した。幸か不幸か、ダメージは負ったものの動けないほどではない。
ならば、まだ『歌住サクラコ』としてやるべきことがある、と彼女は立ち上がるのだ。
──私は無事です。個人的に探るべき事ができたため、本隊合流ではなく再度アビドスへ潜入します。
その一文をナギサに送った後、彼女は再びアビドスへ侵入をし始め──
「! くっ、不意打ち!?」
背後に迫る気配に気づき、振り向きながら武器を構える。
「ん、シスターのお姉さんは誰」
そこにいた少女はアビドスの制服を着ていた。ただし武器は構えていない。
「……私は、トリニティ総合学園シスターフッドの歌住サクラコです」
本来馬鹿正直に答えるものではないのだろうが、直感的に目の前の銀髪の少女は大丈夫だと思ったのだ。
「そう。私はアビドス対策委員会の砂狼シロコ、よろしく」
(──対策、委員会?)
その言葉は聞き覚えがある。いや、そもそもシロコという名前はあの日誌の中に!
「私も急いでる。邪魔しないのならこのまま行くね」
「待ってくださいシロコさん!」
反射的に叫んだ。これは打算でも何でもない。
「……誰かを助けに行くんですか」
シロコは振り向かずに答える。
「対策委員会のみんなと……ホシノ先輩」
今、このキヴォトスでその発言をすることを意味を理解していないわけではない。
だけれど、彼女はハッキリと応えた。ならば、歌住サクラコは。
「わかりました……私も同行します。情報は道すがら共有しましょう」
「え。え……本気?」
「はい、本気ですよ」
為すべきことを為すために。ためらい無くその手を掴んだ。
「ここが地下の入り口。もしかしたら改造されてるかもしれないけれど、日数的にがらっとまでは変わってないはず」
「捉えられている対策委員会の皆さんへの食事の準備や監視を考えれば、それが妥当ですね」
アビドス高校の1階。とある階段の裏側にそれはあった。
巧妙に隠されている扉の先には長い地下通路。シロコさんが言うにはトラップの類は普段停止しているとのことでしたが、急な戦火が見舞った今はわからない。
「連合軍やシャーレのみんなが正面から来た以上、こっちに意識を向けてる可能性は少ないけど、誰も監視してないとは限らない。だから気を付けて」
「わかりました。まずはシロコさん先頭で、私は左右と背後を警戒します」
シロコさんは頷くと共に地下通路へ足を踏み入れた。
中は等間隔に電灯が設置されていて、薄暗いながらも足元が見えなくなるほどでは無かった。
シロコさんも前方を警戒しつつ、淀みなく進んでいく。
そうして数分経った頃だろうか。
「階段が見えてきた。どうやら流石に位置までは変えてないっぽい」
「それは安心しました。ちなみに地下何階に彼女達は……?」
「私が脱走した時と変わらなければ地下3階。ただ3階は部屋だけのはずだから、実質迷路なのは次までのはず」
「それは行幸です。もし対策委員会の方々がすぐに外に出さねばならない状況であれば、帰路の長さは死活問題でしたから」
シロコさんの話を聞けば、ホシノさんは恐らく対策委員会の方々を大事にしている。それは日誌からも明らかだ。
ならば、健康状態に心配は然程していない。どちらかといえば心的外傷の方を気にしている。ホシノさんが大事にしていたという事は、彼女達もホシノさんを大事にしていたという事。それはシロコさんの言動を見ても明らかだ。彼女は明確に、ホシノさんを助けたいと願っていた。
彼女達が外に出て現実を直視できるのか、いや光の届かない地下で心をを閉ざしきってしまっていないか。それを私は気にしていたのです。
「……ストップ。誰かいる」
十字路を左手に曲がろうとした瞬間、シロコさんの声音がワントーン落ちた。
どうやら監視の手はいたようだ。
「……順路はそちらだけですか?」
「困ったことに、階段に通じる道はここしかない。どうにかして突破する必要がある」
であれば衝突は必至……ですか。ここまで道幅はだいたい等間隔でおよそ2メートルあるかないか程度。片方が囮になればあるいは……。
「ん、ぶちのめす」
「ストップです。シロコさん」
ノータイムで一番の強硬策を実行しようとした彼女の肩を掴んで止める。
「ここは一旦……」
優先事項と実行速度の問題であれば、自ずとやるべきことは見えるはず。
二人で作戦を立て、意を決して曲がり角を進み始めると。
「ようやく出てきましたか。中々来ないので逃げるかと思いましたが……ここしか道が無いのは知っているようですね」
まだ幼さの残る生徒……一年生だろうか。だがその様子には中々隙が無く、装備も相まって訓練を積んできた類の生徒に見える。
「一応名乗っておきましょうか。私は月雪ミヤコ、SRT特殊学園のRABBIT小隊であり……今は、何の因果かアビドスの元で動いています。以後、お見知り置きを……なんて、ガラでもないですね」
SRT特殊学園……であれば、油断してはなりません。思ったよりも難局となり得るかもしれない。
「貴方は……砂狼シロコさんですね。以前、ここから脱走した時は色々とありましたが、戻ってくる気になったので?」
「まさか。私はその先にいる皆に用がある。どいて」
ミヤコさんは大きくため息をついた。
「私は別に構いませんが、そうもいかない事情があります。前と同じく力づくでどうぞ」
その言葉を先端に、シロコさんが突撃する。
傍目から見ると、私をおいての暴走に見える突撃。
「冷静そうな見た目をして、案外単調ですね」
ミヤコさんもそう判断したのか、迎撃の構えをとる。が。
「ん、冷静さが欠けてるのはそっち」
「……っ!」
急ブレーキをかけたシロコさんの後ろから、私が飛び出しミヤコさんへ全弾発射。
「くっ……! こんなもので……!」
(流石にシンプル過ぎますね、ただその程度の隙があれば十分!)
これはあくまで陽動。射撃の経路もできるだけ彼女の右半身に寄せる。あとはタイミング……、ここです!
「今です!」
「了解!」
発射し終えてリロードする間際、私とミヤコさんの間の射線が切れた一瞬を突いて、シロコさんが駆け抜ける。
「なっ……」
「追わせません!」
「ぐぅっ……シスターの恰好で中々暴力的ですね……!」
「有事であれば、それも厭いません。シスターフッドが掲げる正義と信仰の元に……!」
シロコさんを追おうと手を伸ばしたところに身体を使ってタックルを仕掛ける。
その手は空振り、シロコさんは階段までたどり着いた。
「サクラコ! 後で合流しよう!」
その言葉を残して。
──『正義』ですか。
その呟きを掻き消して。
「……さて。このままだと私は挟み撃ちを受ける形になりますね」
「余裕がありますね」
「戦場では焦ったものから倒れますから」
場に残された二人は、少しの距離をとって相対し続けている。
ミヤコの言う通り、サクラコは最悪時間さえ稼げばいい。ミヤコの撃破は必須ではないし、彼女の言う通りシロコが戻れば圧倒的有利な状況が生み出せる。
状況によっては人数差も大きくなる。だがサクラコはそうにも行かない。
(どれだけかかるかわからない中、私がずっと時間を持たせられる保証はない。私がやられれば、シロコさん達が無防備な中、強襲を受けることになる。ならば、私の勝利条件は勝つ事でも負ける事でもない──!)
(……冷静。されど、余裕があるわけではない。何かしらの理由はありそうですね)
ミヤコは流石にここまで読めてはいないが、彼我の状況が絶対的とは思っていなかった。
(なら、徐々に追いつめましょう……!)
先に動いたのはミヤコ。
姿勢を低くしつつ、サクラコの懐に潜り込もうとする。
「ッ!」
咄嗟にバックステップで距離を取ろうとするが、速度が違いすぎた。
威嚇射撃をするも、低くした姿勢ならばダメージは装備で受けて抑えられる。
「捕まえます。痛くはしません」
手が届く数歩前で、ミヤコは飛び上がった。それはまるで兎のような俊敏さ。
そのままサクラコの顔を掴もうとして──
「っ、御免被りますっ!!」
サクラコは敢えて転ぶような形で身を仰向けに倒しつつ、ミヤコの胴体に射撃を撃ち込む。
その反動も込みで勢いをつけて床に叩きつけられるものの、捕まえられるのは回避した。
結果としてミヤコはサクラコを飛び越した形になる。
(つぅっ……! いえ、今は痛がってる場合ではありません!)
即座に起き上がろうとするが、先に耐性を整えたのはミヤコの方だった。
「ふぅ……少し驚きました。見た目によらず、案外武闘派なんですね」
着地と同時に前転しつつ体制を整え、サクラコの右手……正確には銃を持つ手を狙う。
「……ええ、時にはそうでなければ守れない『正義』もありますので」
しかしサクラコもすでに体制は整え、ミヤコの手を避けて距離をとる。
(やはり……この方は。いえ、それ以上思考を割くのはやめましょう。今は事態の打開が先決です……!)
対して、ミヤコはまだ余裕があるといった表情だが、いまいち晴れないといった状態だ。
(シスターフッド……聞こえた形では敬虔な修道女でありながら、歴史が長く、トリニティの闇を抱えている。慈善団体のようなイメージはありませんでしたが、にしてもこの人は油断ができません。何より……狙いが読めません。この戦闘だけじゃない、この人は、このアビドスで何をするつもりなのでしょうか)
「ふぅっ……! 行きますよ、覚悟してください」
息を吐き、銃を構えたまま駆けだすサクラコ。対してミヤコは至極冷静に迎撃態勢をとる。
(わざとらしいですね……ただ無策ではないでしょうし、こちらの思考を割かせるのが狙い……?)
ここまでの戦闘で、一筋縄ではいかないシスターというのは分かっている。だからこそ、ミヤコは思考する。
戦闘では常に冷静に。常に先の一手を考える。それこそが、サクラコの狙いと気づかず。
(ここです……! 体捌きを必死に思い起こし、再現しなさい歌住サクラコ……!!)
急激に身を屈め、されども速度を起こさず、ミヤコの右下に潜り込む。
それはつい先ほど小鳥遊ホシノに重い一撃を貰った時のリフレイン。
「ぐっ……! ですが、その程度……!」
だがサクラコにあれほどの火力は無い。サクラコは知る由も無いが、ミヤコはホシノによる訓練を何度か受けることになった。故に、同じ戦法でも通じるかは別問題。
そして、
(そうでしょう。だから、私はもう一手を考えた!)
更に体勢を低くして──銃撃の勢いを用いてサクラコは足を伸ばして回転した。
「ああああああああっ!!」
ミヤコへの足払いを決める。ここまでミヤコの視線をできるだけ中~上段に向くようにしていた。ただ、この一発を綺麗に決めるために。
文字通り、足元をお留守にするために。
「なっ」
反応が一拍遅れたミヤコの片足が浮き、身体のバランスが崩れた。
「ごめんなさい!!」
前方にバランスを崩して倒れ込もうとするミヤコに対して、回転しつつサクラコは勢いのまま肘撃ちを叩き込む。鳩尾は少し外したが、十分だろう。
「がっ、はっ……!」
ここにきて、ようやくミヤコに明確な隙が生じた。
(今、これが最初で最後のチャンス…です!)
身体を先に起こし、力が一瞬抜けたミヤコを上から抑え込む。
「はぁっ、はぁっ……!」
「ぐぅっ……、ふっ……」
息を整えるサクラコとミヤコ。重心を押さえられたことを察し、抵抗をやめるミヤコ。本来であれば、ここから様々な方法を用いて状況の逆転を試みるべきではあるが……生憎、今の彼女にそこまでの気力は無かった。
「よく……ここまでやりますね」
「私にも、やるべきことがありますから」
「……そうですか」
ミヤコの口調はどこか寂しそうなものだった。
「貴方は……何故、この場にいるのでしょうか」
「……それ聞いて貴方にメリットがあるのですか?」
「単なる疑問です。気に障ったのなら申し訳ありませんが……」
「貴方は、頑なに私を撃とうとしなかった。つまりは手加減し続けた。それが気になったのです」
やっぱり露骨だったか。とミヤコは息を吐いた。
「……別に。理由はありません。あったとしても語るほどでもありません。それだけです」
「わかりました。……貴方がそう思うのであれば、胸にしまっておくのがベストだと思います。が、立場上、どうしても気になりましたので」
戦闘慣れし過ぎているとは思ったが、それでもあくまでシスターを名乗るんだなと、ミヤコは少しおかしくて笑った。
「サクラコ!! 無事!?」
階段の方からシロコの声がした。
「はい! 大丈夫です! そちらは!?」
「大丈夫! みんな無事だった!!」
返答に安堵するサクラコ。これで一つ不安材料が減った。
「……もし」
「はい?」
「もし、貴方が小鳥遊ホシノをどうこうしたいのであれば。対策委員会の方々とはよく話した方がいいです。私では、どうにもできなかった」
「……わかりました。よっと、貴方もこれ以上押さえつけられているわけにもいかないでしょう。今どけますね」
サクラコは、ミヤコの上から避け、彼女に手を差し伸べる。
「私は敵だと思うのですが」
「ここで反撃し、シロコさん達に数の差を押し付けられるのを選ぶほど、愚かではないでしょう?」
「……む。見透かされるのは業腹ですが、その通りです」
ミヤコは立ち上がり、装備を点検する。押し倒された時の衝撃で壊れたものが無いかのチェックだ。こういう所は流石に手慣れている。
その様子を見て、サクラコは安堵し、シロコと合流しようとする。
「ミヤコさん。もし、貴方がこの状況に何かを想い、何かを抱えているのであれば……シスターフッドはいつでも貴方を受け入れます。それを覚えていてください」
言うだけ言って、サクラコは駆けていった。
一人取り残されたミヤコは呟いた。
「……懺悔ですか。私自身にも、そんな資格はありませんが……そうですね、あの三人に紹介しましょうか。そんな余裕があればですが……お人よしのやけに強いシスターがいたと」
──ザザッ、ザーッ、月雪小隊長、聞こえるか?
不意に無線機から声がした。それは、かつて憧れた人達の──
(ああ、全く。私が憧れた『正義』とはかくも厳しいものなんですね)
すでに砂糖に堕ちた仲間達。それでも大切な仲間達だ。
彼女は冷静に無線機で連絡を取る。
先ほどのシスターが見せた姿を思い出せ、今の私達はここで果てている場合じゃない。
「ふーーーーーっ……聞こえますね? 行きましょう、RABBIT小隊」
それでも、私がここにいる『正義』を示す時間だ。