メカぐるみ2─星の胎動と新たな命─

メカぐるみ2─星の胎動と新たな命─





 4号とスレッタが出会ってから×××日と××:××時間が過ぎた頃。

 二人で暮らせる場所を求めていた彼らですが、現在はようやく安全な拠点を構えることができました。

 今も4号とスレッタは寄り添って、すやすやとスリープモードで休息しています。無防備な状態になれるほど、お互いに安心しきっているのです。

 やがて朝の光と共にそれぞれの活動電源が起動すると、ぱっちりと目が覚めます。そして日課である朝の挨拶を始めました。

 お互いの各種センサー…目や鼻や口と言った外部の情報を捉える機関を、スリスリと擦り合わせていく挨拶です。

 この部分は大体のメカぐるみは有機物で構成されていて、それは4号やスレッタも例外ではありません。

 装甲部分よりも弱く、あまり強い衝撃を加えたくない部分になります。当然他のメカぐるみと戦う時は一番に守る部分であり、決して触られたくはないのですが…。

 なぜか4号とスレッタは、お互いにだけは有機部分の接触を許してしまうのでした。

 それどころか最近は、危険がないと判断した夜には装甲の下にある隠された部分すら触れ合わせる事があります。

 最初にその接触を行ったのは、拠点が出来てからしばらく後、星が輝く綺麗な夜のことでした。

 電源を落とす前の挨拶を行っていたところ、なぜか装甲の一部がむず痒くなり、ついには緩んで外れてしまったのです。不思議な事に4号とスレッタの装甲は同時に同じ状態になっていました。

 その時は初めての事なのになぜか恐怖は覚えず、お互いがお互いの機体に強く惹きつけられるのを感じました。

 そうして恐る恐る、剥き出しになった部分を触れ合わせてみたのです。

 途端に頭がショートするような衝撃が発生し、二人は同時に驚きました。でも決して嫌なものではありません。

 そして二人は何かに急かされるように、今までに無いほどの深い深い挨拶を交わしました。

 以来、安全だと確信できた夜は特別な挨拶をするようになったのです。


 そんなメカぐるみとしては異色な二人ですが、最近の4号にはどうしても気になる事がありました。

 スレッタの活動が何やら鈍くなっているように感じるのです。

 彼女はとても働き者で、4号にも負けず劣らずな強いパワーの持ち主です。今までもちょこまかと動いては4号を助けてくれました。

 でも最近は動きも表情も精彩を欠いて、ぼんやりしている事が多いのです。そしてあるメカぐるみの話を頻繁にするようになりました。

 どうやら驚いた事にスレッタは、生み出された拠点の近くにいた別のメカぐるみと一緒に活動していたようなのです。

 そのメカぐるみは♀型の機体で、名前は『ルブリス型エリクト・サマヤ』。スレッタとは別系統の機体だそうです。

 しかし不思議な事に装甲部分も有機部分もスレッタと似通った所があり、まるで同じ母体から生まれたメカぐるみのように面倒を見てくれたと言うのです。

 元居た拠点を飛び出してから会っていないらしいのですが、最近の彼女はしきりに「エリクトはどうしてるかな」と口にするのでした。

 当然4号としては面白くありません。出来れば会わせたくないと意地悪な事を思ってしまいます。

 更に決して口にはしませんが、そのメカぐるみと自分とではどちらが大事なのかと憤る事もありました。

 けれどある日、そんな呑気な事を思っていられない事態に陥りました。

 なんとスレッタの機体の調子がどんどん悪くなっていったのです。それも装甲部分ではなく、有機部分に不具合が生じているようでした。

 4号は暫くオロオロとして、スレッタのそばに付き添いました。しかしどんなにメンテナンスをしても彼女の具合が良くなることはありません。

 彼女はぐったりとしています。物資の補給も受け付けず、どんどん機能が低下していくように思われました。

「───」

 4号は決断します。彼女を母体ロボットの元へと連れて行くのです。

 メカぐるみを生み出す各母体ロボットは、彼らを癒やすメディカル機能も備えています。

 4号は自らを生み出した母体ロボットとは別の母体ロボットで修理した経験がありますが、一歩間違えれば機能停止してもおかしくない危険な行為でした。勝率の低い賭けだったので、もちろんスレッタで再び試そうとは思いません。

 スレッタを確実に治療するには彼女の母体ロボットが必要になります。少なくとも4号はそう判断しました。

 蓄えた物資を必要最低限に纏め、せっかく整えた拠点にも目もくれず、4号はスレッタをしっかりと抱え込みます。そしてスレッタから以前聞いていた方角へと一直線に飛び始めました。

 通常のメカぐるみは蛇行を繰り返しながら移動します。他のメカぐるみの縄張りに入ってしまう危険があるからです。現に今の拠点にたどり着くまでにも、二人は長い時間をかけて少しずつ進んで来ていました。

 けれど今は悠長な事を言っている場合ではありません。4号はすべてのメカぐるみを振り切る勢いで、ひたすら真っすぐに進んで行きます。

 時折地上にいるメカぐるみの姿が見えます。4号の視界センサーは高性能で、ピントを合わせればすぐ近くにいるようにその姿を確認することができます。

 そうして分かったのは、この付近は♀型のメカぐるみが多くいるという事でした。それも♂型と♀型とでは縄張りに関する意識が違うのか、他の機体のメカぐるみと一緒にいることが多いようです。

 例えばこんなメカぐるみがいました。

「わぁ、すごい機体性能!詳しく見てみたい!」

「ごらあぁーー!なに人の縄張りで爆走してんだ!ニカねぇも呑気な事言ってねぇで迎撃だろ!」

「でもあのスピードならすぐに出て行っちゃうよ?ほら」

「あああ~くそっ!あの白黒野郎、今度会ったらタダじゃおかねぇ!」

 そんな会話をしているメカぐるみ達の縄張りを抜けると、また別の縄張りへと入ります。

「ねぇペトラ!あれってペトラの言ってた♂型じゃない?信号送ったらこっちに来るかな」

「え!?ど、どこどこ!?……い、いや、違うよフェルシー!あれは私の知ってる♂型じゃない!あの人はもっと白かったしシュッとしてたし!」

「なーんだ、じゃあ別機体かぁ。ざーんねん」

「んだよ期待させやがって!さっさと縄張りから出てけー!」

 到底届かない石を投げつけられたりしますが、4号は無視して飛び続けます。

 今のところは幸運な事に空を哨戒中のメカぐるみには遭遇していません。♀型は♂型よりも縄張りの侵入に寛大なようで、しつこく追いすがる事もしてきませんでした。

 なのでこのままスレッタの元拠点にたどり着けるかと思ったのですが…。

 この先の縄張りで、かなりの手練れと出会う事になってしまいました。


「あれあれあれ~?すっごい、あたしと同じくらいの出力じゃない?お兄さん!」

 そう言ってにこやかに攻撃を加えて来たのは、灰色がかった緑色のメカぐるみでした。

 頭上を通り過ぎてきた♀型達とは違って、この機体は4号を攻撃しながらどこまでも追いかけてきます。そして別方面から挟み込むように、赤みがかった白茶色のメカぐるみが4号を追い込もうとしているのも分かりました。

 普段なら不規則な軌道で相手を振り払い、同時にビームライフルを展開して攻撃を加えるのが4号の常套手段です。上手くすればそのまま逃げることもできるかもしれません。しかし今は具合の悪いスレッタを抱えています。

 スレッタの事を思えば、あまり急激に軌道方向を変える訳にもいきません。中々攻撃のチャンスを生むことができず、しばらくの間追いかけっこは続きました。

 とはいえ、ずっとこのままという訳にはいきません。緑色のメカぐるみは何が気に入らないのか、執拗にスレッタを攻撃しようとしています。

 少し考え、4号はあまり使わない奥の手に頼る事にしました。

「お兄さん、そんなお荷物放ってあたしと全力で遊んでよ!ねぇッ!」

 鋭い声と共に、ビームサーベルを抜き放った緑色のメカぐるみが切り込んで来ます。やはりわざとスレッタを巻き込むような軌道でした。

 4号は反転してこれを避け。同時にシールドを前にして突っ込んできた白茶色のメカぐるみに、両肩から射出した4つのユニットをぶつけて怯ませました。

「ぐ…っ。苦し紛れな…!」

 攻撃力は無いに等しいのですが、この小さなユニットが4号の奥の手です。すぐさま4つのユニットはそれぞれ2つに分かれ、対のユニットの間に電磁ビームを展開させます。

「あ…ッ!?」

「何…これ!」

 対のユニットから放たれた電磁ビームに触れると、緑色と白茶色のメカぐるみはその部分が機能停止したように動かなくなります。

 ダメ押しでブースター部分も電磁ビームに触れさせ、機能を停止させます。すると推進力が無くなった2体のメカぐるみは地面へと落ちていきました。

 これが4号の奥の手、専用のビットである『コラキ』です。多用すればすぐに活動限界が来るほどエネルギーを消耗するので、普段はあまり使うことはない武器でした。

 ギリギリまで惹きつけてからの使用だったので、危惧していたよりも消耗は避けられました。4号はホッとしながら、すぐさま移動を開始しようとします。

「待って、まってよ!ねぇ!───待てッッ!!」

 けれど緑色の方は諦めていないようでした。なんと落ちながらも武装を展開し、大きなガトリングを高速展開してきます。

「!」

 ビームが発射されるのが分かりましたが、気が緩んでいた4号は迎撃が間に合いません。せめてスレッタだけは守ろうと彼女を抱きしめます。

 すると。

「いじめるの…ダメ、です!」

 意識を回復していたスレッタが、4号の腕の隙間から乗り出して、自身のビームライフルを発射していました。

「きゃあああーーーッッ!!!」

「ソフィ!!」

 ビームライフルの光が緑色のメカぐるみへ掠り、そのまま地上へと降り注ぎます。2体のメカぐるみはそれぞれの悲鳴をあげて、今度こそ地上へと落ちて行きました。

 直撃ではありませんが、あの様子では手足の装甲が壊れてしまったかもしれません。しかし執拗に追ってきた相手なので今度こそ油断せず、4号はすぐに移動を開始します。

 危ない所で4号はスレッタに助けられました。あのままだったら機体の損傷は免れなかった事でしょう。

 お礼を言おうとすると、スレッタは目に見えてぐったりしています。ただでさえ弱っていたところに全力の攻撃をしたのです。エネルギーの消耗はいつもより激しいものだったに違いありません。

 4号は今まで以上に全力で空を駆け始めました。

「ソフィ、大丈夫?…ソフィ?」

「あは…あはは…あはははは…っ」

「…何を笑ってるの。装甲が破壊されてるのに」

「だってノレア、あたしすごいメカぐるみ見つけちゃったんだよ!あの攻撃!あの殺気!ああ、たまんない…!」

「訳が分からない」

「そう!わけわかんない!あの白と青のお姉さん、すっっっごくイイわ…!」

 スレッタが厄介な輩に目を付けられたとは、4号は気付いていませんでした。


 悪い事は重なるものです。狂暴なメカぐるみの縄張りから抜けたかと思えば、今度は集団で狩りをするメカぐるみ達と出くわしてしまいました。

 全部で5体。同機種で別機体の♀型の集団です。

 そのメカぐるみ達はこちらの姿を認めると、すぐに空中へと散開してジリジリと間合いを詰めてきます。

「止まれ!この先に向かわせるわけにはいかん」

「…ここは私たちの縄張り。すぐに出て行って」

「えー。けっこう良い♂型じゃん。色々と楽しめそうじゃない?」

「うーん、興味ないなー。でも腕の中にいる子は気になるかも。もしかして攫われてる最中…なんてね」

「な、なら…、助けた方がいい…んじゃ」

 各自好きな事を言い合いながら、こちらをグルリと取り囲んできます。

 先の戦闘で4号はエネルギーを消耗していました。5体のメカぐるみ達は出力こそ緑色と白茶のメカぐるみに劣るようですが、その代わりに数の有利があります。

 逃げ切れない。なら、各個撃破するしかない…。

 4号が覚悟を決めようとした時です。ふいに下の方から「こらーっアンタ達、何してんの!」別のメカぐるみの声が聞こえました。

「ミオリネ…!?来てはダメだ!」

 集団のリーダーらしきメカぐるみが声をかけます。全員が全員気を逸らしてくれればよかったのですが、他のメカぐるみは油断なく4号を見据えていました。

 隙を伺いつつも、4号はチラリと新しく乱入してきた存在に目をやります。

 乱入と言っても新しいメカぐるみは空へと上がっては来ませんでした。どうやらブースターがないらしく、地上でガヤガヤと喚いています。

 とても奇妙なメカぐるみです。通常のメカぐるみは装甲を全身に纏っていますが、そのメカぐるみには何もありません。繊維質の布で覆ってはいるものの、全身が有機物で構成されているように見受けられます。

 ただ背中の部分に装甲をぎゅっと纏めたような、もう1つの上半身が付いていました。

 有機部分の腕が1対、そして装甲を纏めた部分の腕が2対、合計3対の腕を持った異形のメカぐるみです。

 そのメカぐるみは背中の腕を器用に使ってこちらへと近づいてきます。ガションガションと大仰な音を立てて、あれでは移動の度に敵に気付かれてしまうでしょう。

「アンタたち、一旦戦いはやめて!下に降りて来なさい!それで、その白黒のメカぐるみ、アンタの腕の中にいる子を私に見せてみなさい!悪いようにはしないから」

 とてつもなく弱い個体に見えるのに、異形のメカぐるみの言葉はその場の空気を支配しました。

 5体のメカぐるみが異形のメカぐるみの言葉に従う動きを見せます。ですが、4号には従う義理はありません。

 何よりスレッタを要求するような言葉に、4号は危機感を抱きました。悪いようにはしないとは言いますが、口約束だけで大切な存在を明け渡すようなバカな真似はしません。

 一瞬の隙をついて、4号はその場を離脱します。スレッタに負担は掛けてしまいますが、全力全開のフルスロットルです。

 5体のメカぐるみが追いかけてこようとしますが、一度速度をつけた4号に後から追いすがる事などできません。先の緑のメカぐるみが異常だったのです。

「待ちなさい!───シャディク!!」

 けれど、待ち伏せをされたらその限りではありません。上手く岩肌の影に隠れていた別のメカぐるみが、4号達の前に飛び出してきます。

「!」

 避ける間もなく、右腕から発射されたワイヤーに4号は絡め取られてしまいました。

 咄嗟にコラキを展開しようとしますが、新しいメカぐるみが声を掛けてきます。

「逃げたい気持ちも分かるけど、ホントにミオリネに見てもらった方がいいと思うよ。その子、有機体の部分に不具合が生じてるんだろ?」

 危害は加えないから。と穏やかに笑いながら話しかけてくる相手に、4号は毒気を抜かれてしまいます。

 見れば彼もあまり見ないタイプのメカぐるみでした。久しぶりに見た♂型のメカぐるみで、白と紫の装甲をしています。けれど胸の部分は装甲が抉れたように裂けていて、有機物の部分が剥き出しになっていました。

 そのメカぐるみは4号の視線に気づくと、胸の部分に手を当ててニコッと笑ってきました。

「俺の名前はシャディク。俺もこの部分をよく見てもらってるんだ。彼女はすごいよ。有機体のエキスパートだ」

 話している内に、周りには5体のメカぐるみが追い付いて来ます。そして地上からもガションガションと大きな音が近づいてきました。

「………」

 4号はとうとう降参して、大事なスレッタを見てもらう事にしたのでした。


「知ってる。私…この症状の知識があるわ」

 ミオリネは感動したように呟きます。6本の腕を使って器用にスレッタの機体を点検した後、出した言葉がそれでした。

 4号はそばで監視していましたが、このミオリネと言う機体には悪意がまったくないようでした。とても丁寧にスレッタの状態を確認してくれたのです。

 ただ行動に反して口は悪く、きちんと小まめにエネルギー補給をしろ、無理をさせるな、等とうるさく口出ししてきました。

 もちろん4号は可能な限りスレッタに補給をさせ、無理をさせないように速度を落として飛行していました。

 けれど戦闘が発生したらそうも言っていられません。だからどこか不貞腐れた気持ちでその忠告を聞いていました。

「ミオリネ、この子と同じような状態のメカぐるみを見た事があるの?」

 白紫色のメカぐるみ、シャディクが疑問を口にします。彼は4号とは反対の位置に立ち、ミオリネを守っているようでした。他の5体のメカぐるみはそれぞれの仕事に戻っているのでこの場にはいません。

「いいえ、初めて診る。でも知ってる。私の母体ロボットは医療用に改造されていて、私にも製造時に知識がインストールされるの。だからこれは『病気』でも『怪我』でもないって分かる」

 不具合と破損の事を奇妙な言葉で言い表したミオリネは、ずっとしかめていた顔を柔らかくほころばせました。

「すばらしいわ。この子はメカぐるみを作った神様たち…。『科学者』の願いを叶える存在よ」

 まどろっこしい言い方に、4号はイライラしてきます。不具合でも破損でもなく…。ではどうしたらスレッタは元に戻ると言うのでしょう。

「母体ロボットを目指してると言ったわね?正解だわ。この子を母体ロボットのメディカルルームにつなげて、しばらく安静にさせなさい。そうしたら無事に生まれるから」

 ミオリネの最後の言葉がよく分からず4号は首を傾げます。みればシャディクも同じように首を傾げていました。

「生まれる…って、この子の後継機が?それでこの子の症状が治るとは思えないけど」

 シャディクが思わず口にした疑問に、ミオリネは胸を張って答えます。

「この子の『子供』が、よ。この子はメカぐるみだけど、同時に小さな母体ロボットにもなったの!」

 言葉は理解できるのに内容は理解できなくて、やはり4号とシャディクは首を傾げました。


「とりあえず事の顛末を見届けたいからあんた達について行くわ。シャディクも来なさい」

「はいはい」

 数日後、意識を回復したスレッタを抱えると、4号は改めて飛び立ちます。何故か隣には異形のメカぐるみであるミオリネと、彼女を抱えている白紫のメカぐるみであるシャディクが並走しています。

「ミオリネさんが来てくれると、心強いです」

「そう?ま、具合が悪くなったら遠慮なく頼りなさい」

 それぞれの♂型に抱えられた♀型二人は、どうやらとても気が合うようです。ミオリネ達の拠点に滞在している間に、彼女らは仲良くなっていました。

 やはり♀型は♂型と違って友好的なのでしょう。5体のメカぐるみとも親しくしていたスレッタを思い出し、4号はきゅっと彼女を抱える腕を強くしました。

「うーん、目的地ってあとどれくらいなのかな。あんまり遠いと、ね。ミオリネが重くて…」

「何よ失礼ね!あんたの方がよっぽどデカブツでしょうが!」

 ギャーギャーと騒がしい同行者を、スレッタは嬉しそうに見ています。そして周りの景色を見回しました。

 4号も辺りを確認します。とても見覚えのある場所です。

「そんなに時間はかからないと思います。この辺りはわたしとエランさんが出会った場所に近いんです。そこから更に真っすぐ行った所に、わたしの母体ロボットがいます」

「何だ、意外とご近所さんだったのね」

 ミオリネの言葉どおり、直線距離だと近かったようです。実際は他のメカぐるみの縄張りに入らないように注意して移動するので、気軽に行き来できる訳ではないのですが。

 逆に言うと今は直進しているので、4人は思いきり誰かの縄張りの中に侵入しています。

 だからこうなるのは最初から分かり切った事だったのです。

「お前ら!誰に断って人の縄張りに侵入してる!すぐに出て行くなら良し、出て行かないならチカラ、づく…でも……」

「………」

 とても見覚えのある…4号としては二度と見たくは無かった赤色の装甲をしたメカぐるみが、目の前に立ち塞がっていました。

 ぽかんと口を開ける赤い装甲のメカぐるみ…グエルに、スレッタはちょこんとお辞儀します。

「あ、あ、あの…。お久ぶり、です…」

「お、おう…」

「………」

 4号は出力を上げ、この場からすぐに離脱しようとしました。特に意味はないのですが、必要だと判断したのです。

「なっ!!」

「え、いきなりどうした…?」

「何やってんのあんた!スレッターー!」

「ひええぇ~!」

 結局は目を白黒させるスレッタの様子を見てすぐに速度を落としたのですが、4号は追いついてきたミオリネにガミガミとお𠮟りを受けました。そして何故か最終的にグエルも同行する事になったのでした。

 多少のトラブルはあったものの、賑やかになった4号達は順調に先に進みます。この辺りはグエルが随分と幅を利かせているようで、たとえ他のメカぐるみの縄張りに入っても、彼の赤い装甲を見るだけで近づこうとしたメカぐるみが躊躇するほどでした。

 でも以前ならスレッタはすぐに♂型のメカぐるみに襲われていたのです。近くに4号がいてもグエルがいても、それは変わりませんでした。今と何が違うのでしょう。

 疑問を口にすると、ミオリネがすぐに答えてくれました。

「それはきっとスレッタが『交配』可能でフリーな♀型だったからよ。でも今はお腹に子供がいるし、パートナーもいるでしょ。♂型も本能で分かるんでしょうね」

「パートナーって、エランさんの事ですか?」

 スレッタの疑問に、ミオリネはこくんと頷きます。

「そうよ。お腹の子供の『父親』って、彼でしょ?もうあんたの体には彼の情報が登録されてると思うわ」

 父親とは何かと聞くと、ミオリネは答えます。

「子供のパーツを構成するための情報元、その♂型ってことよ。♀型と♂型の情報を半分ずつ受け取って、この子は新しいメカぐるみとして誕生するの」

 驚いたことに、スレッタのお腹の中にいるメカぐるみは、半分が4号で出来ているというのです。何だか不思議な気持ちになると同時に、得も言われぬ感動が沸き起こり、4号はジッとスレッタのお腹を見つめました。

 そうして4号達はスレッタの元拠点へとたどり着きました。スレッタの後継機はまだ製造されていないようなのですが、代わりにスレッタによく似たメカぐるみが現れます。

「スレッタ、帰って来たと思ったらこんな大所帯で、驚いたよ」

「エリクト、ただいま。あのね、この人達はわたしのお友達で、あと、ぱ、パートナーのエランさんなの。ちょっと事情があって一緒に来てもらって、だから攻撃はしないで貰えると嬉しいな」

「いいよ。せっかく送り出したスレッタが里帰りしたんだ。子供が生まれるまでゆっくりしていきなよ」

 さらりと言葉にされた内容にミオリネは目を見張り、エリクトというメカぐるみを問いただします。

 すると彼女も母体ロボットから情報を受け取っているようで、自分の役割は子供のお守りと防衛だと話しました。

「その為に僕は自分の後継機をたくさん生み出して各地に派遣してる。成熟した♀型のメカぐるみやその子供たちを守るためにね。スレッタは特別だけど」

 エリクトの話を聞いて、スレッタは知らなかった…とちょっぴりショックを受けたようでした。

 何はともあれ、今はスレッタを母体ロボットに繋げることが優先です。ミオリネのメンテナンスの甲斐もあって状態は落ち着いていますが、子供が生まれるまでのしばらくの間は母体ロボットに守ってもらった方が安心できます。

 さっそくスレッタは母体ロボットであるエアリアルの所へ行きました。胸の部分が大きく外に開き、そこから中に滑り込みます。

 半透明なので外からでも中の様子がうかがえます。スレッタがホッと息をつく様子もよく見えて、4号も同時にホッとしていました。

 子どもが生まれるまで少し時間が掛かるらしく、4号はせっせとスレッタの分の物資も集めていきます。たまにエリクトにも物資を分けると、彼女は何かを見定めるようにうんうんと頷くのでした。

 ミオリネとシャディクはスレッタのそばに留まり、グエルは一旦自分の拠点に戻ると言って出て行きました。子供が生まれそうな時期になったらまた来ると言っていましたが、正直来なくてもいいと4号は思います。

 後継機との生活とはまったく違う賑やかな日々。だんだんと楽しさを感じ始めていた所、とうとうその日がやってきました。

 スレッタが苦しそうなうめき声をあげ始め、ミオリネとエリクトが一気に殺気立ちます。そして♂型である4号とシャディクは締め出されてしまい、気の遠くなるような時間を過ごしました。

 うろうろと拠点の中を行ったり来たりしていると、ふいに鳴き声が聞こえてきます。

 原生生物かと思ったのですが、どうやら違うようです。不思議には思いましたがエリクトがこちらに近づいて来たので、すぐに思考を切り替えました。

 エリクトの許可を貰い一目散にスレッタのそばに駆け寄ると、彼女は愛おしそうに小さな物体を抱いています。

「はろ!はろ!」

 その物体はつるりと丸く、手のひらよりも小さな小さな玉のように見えます。でもよく見ると緑色の光が2つ点滅し、もぞもぞとスレッタの胸の中で動いているのです。

 もう一度何かの鳴き声が聞こえてきました。

「はろ!はろ!」

 もしかしなくても、この子が4号とスレッタの子供であり、新しいメカぐるみのようでした。

「エランさん、わたし頑張りました」

 誇らしげなスレッタの言葉に4号は頷くと、そっと彼女を抱きしめます。4号とスレッタの間に柔らかく挟まれた子供は、「はろ!はろ!」と元気に鳴いていました。

「ありがとう、スレッタ。ありがとう…」

 気が付けば4号は何度も何度も感謝の言葉を繰り返していました。


 4号の目的はまた更新されました。彼にとってはスレッタと子供を守る事が、至上の命題になったのです。







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