ミントの罠?
サンデーサイレンスにとって妹は大切な存在である。妹たちを守るためなら自分に危険が及ぶことであっても躊躇することはなく、彼女たちを喜ばせるためなら可能な限りお願いを聞く。それが、サンデーが姉として掲げた目標であった。
しかし、彼女がどれだけ理想的で優しい姉であろうとしても、妹を悲しませないでいることは難しかった。特に、不快なことに敏感に反応し、感情も豊かなヒルノダムールは、サンデーにとって対応の難しい存在でもあった。
「ダム、大丈夫だから、ね?だから……」
「おねー……ちゃ……」
サンデーの必死の説得によってしばらく持ちこたえていたダムールであったが、とうとう限界が訪れようとしていた。呼吸は短く繰り返され、目には今にも溢れそうなほど涙が溜まっている。
サンデーにはいったい何が妹をここまで追い詰めたのかわからなかった。ほんの数分前までは何事もなかった。いつものように甘えてくる妹と仲良く遊び、楽しく過ごしていた。それが気が付かないうちにダムールの気を害す何かが起き、今にも泣きだしそうな状態になってしまっていた。
「ほら、お姉ちゃんはここだよ?ぎゅってしてあげるし、ダムのためになんでもしてあげる」
「うぅ……おねーちゃん……」
「だから、泣かないで?我慢できたら、ダムが好きな、ほっぺすりすりも……」
「ひぅっ……!や……」
「ダム?」
「いーやー!すりすり、いやー!」
とうとうダムールの我慢は決壊してしまった。こうなってしまってはサンデーにできることは徒労に終わるとわかっているが、何とかして妹を宥めることだけであった。
(なんでだよ。なんで、ダムは泣いてるんだ?俺は、何も悪いことしてないのに……!)泣いている妹を前に、サンデーの心には少しずつ悲しみと怒りが積もっていた。早くダムールを落ち着かせないと、鳴き声を聞いて両親がやってくる。そうなったら、自分が怒られるかもしれない。
「おねーちゃ……おねーちゃんが!」ダムールの泣き方は、傍から見ると姉を非難しているように見えるものだった。必死に宥めてもダムールが落ち着く気配はなく、ついにサンデーの感情も決壊してしまった。
「私は何もしてないもん!ダムが……いきなり泣き出して……それだけだもん!」
「サンちゃん、ダムちゃん。どうしたんですか?」
「二人とも、仲良く遊んでたんじゃなかったのか?」
「「ママ、パパ!」」騒ぎに気が付いてやってきた両親に、サンデーとダムールはそれぞれ飛びついた。カフェと景福は困惑した様子であったが、まずは娘たちを落ち着かせるために時間をかけるのだった。
「なるほど。一緒に遊んでいたら、急にダムが泣きそうになって、頑張って落ち着かせようとしたのにうまくいかなくて悲しくなっちゃったと」
「うん……」
しばらくしてサンデーは落ち着きを取り戻し始めていた。ダムールはまだぐずっているため、サンデーと一緒にいるとまた二人とも泣きだして事情を聞けなくなると危惧した景福の判断によって、カフェに連れられて部屋を移動していた。
「でもパパ。私は何も……ダムに何もしてないもん……」
「分かってるさサンデー。妹を傷つけるようなことしない、立派なお姉ちゃんだもんな」サンデーを膝の上に乗せ、頭を撫でながらゆっくりと話を聞くことで、景福はサンデーから少しずつ何があったのかを聞きだすことに成功していた。
「でも、ダムが何もないのに泣きだすような子じゃなくなったのは、サンデーもわかってるだろ?だったら、きっと何か原因があるはずなんだ」
「……」
「なんでもいいんだ。ダムが泣きそうになる前に、何をして遊んでいたのか俺に教えてほしい」
「うん……」そうしてサンデーはいったい何があったのかを話し始めた。
おやつの時間が終わり、下の妹のジョーカプチーノはママに連れられてお昼寝に行った。パパはお仕事で忙しいので邪魔してはいけない。そうなると今は少し暇な時間であり、何をして過ごそうか好物のミントキャンディーを舐めながらサンデーは考えていた
「おねーちゃん、絵本、よも?」
「……いいよ。お姉ちゃんが、読んであげる」
ダムールの横に座り絵本を読む。サンデーにとってこの時間は幸せな時間だった。もう少しすればカプチーノも加わってくるはずであり、その時をずっと楽しみにしていた。
「おねーちゃん、これ、なあに?」ダムールが指さしたのは、人物が頬を合わせている場面だった。
「えっとね、これは挨拶してるの」
「あいさつ?」
「仲良しだと、こんな挨拶もあるの」
「わたしと、おねーちゃん。なかよし?」
「そうだよ。お姉ちゃんとダムは仲良し」そう返答した瞬間、振り向いたダムが抱き着いてきた。
「なかよし、ぎゅってするー」ニコニコしながら抱き着いてくるダムールを抱き返しながら、サンデーはさらに幸せ気分を堪能していた。
「おねーちゃん、わたし、すきー?」
「もちろん。お姉ちゃんはダムのこと好きだよ」
「えへへー。わたし、おねーちゃん、だいすきー」そう言いながらダムールはサンデーにさらに強く抱き着き、頬に唇を押し当てていた。彼女たち家族にとって、軽い口づけは仲良しの証であり、それほど緊張感のあるものではなかった。
「んー。おねーちゃん、すきー」
「ダムは可愛いね。きっときれいな大人になれるね」
無邪気に好意を伝え、軽いキスを繰り返すダムールをサンデーは止めなかった。泊める必要があるとも感じてはいなかった。しかし、しばらくするとダムールの様子がおかしくなっていた。
「んー……んっ……?」
「ダム?」
ピタリと動かなくなったダムールの異変にサンデーは気が付いた。最初はダムールが疲れてうとうとし始めたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。既にダムールの目には涙が浮かび始めていた。
「ダム、どうしたの?」
「おねーちゃ……つめたい……」
「それからダムを何とか落ち着かせようとして……」
「……なあサンデー。ダムが甘えてくる前にミントキャンディー食べてたんだな?」
「?そうだよ。私、キャンディー好きだから」
「そのキャンディー、いつくらいまで残ってたんだ?」
「ダムがぎゅってしてくるくらい」
「ダムが泣き出した理由が分かったな」
「本当?」サンデーにはわからなかった理由をすぐに見つけた景福に、サンデーは憧れの目を向けた。
「キスしたときにサンデーの口に残っていたミントの味だ。……そんな顔で見るなサンデー」
「当たり前でしょ?なんでミントが……」
「サンデーは好きだから気にならないかもしれないけど、ミント味は苦手な人はとにかく苦手なんだ。ダムはかなり敏感だから、刺激が強かったんだろう」
尊敬し大好きなパパにそういわれるとそんな気もするし、確かに今までもダムールはキャンディーでミントが出ると嫌そうな顔をしていた。それでも、原因がミントキャンディーということに納得できない様子のサンデーであった。