ミッシングリンク〜刻を結ぶ少女〜(2)

ミッシングリンク〜刻を結ぶ少女〜(2)


 しんせん中学校、三年生のとあるクラス。

 放課後を迎えたその教室で、花寺雅海は同じクラスメートの少女から声をかけられた。


「玄関ホールで待ってるから、早めに来てよね? いい? ちゃんと来なさいよね?」


 しつこく念を押した後、その少女・芦原 鈴は雅海の返事も待たずに教室を出て行った。


「うーむ」


 さてどうすべきか思案する雅海に、今の遣り取りを目撃して居たクラスメートがすり寄って来た。


「花寺くん!? あの転校生と待ち合わせとか、どういう関係なの!? え、なに? もしかして二人って付き合ってるの!?」

「付き合い……うん、まあ、そういうことになる……かなぁ?」


 決闘に付き合ってくれ、という意味でなら、確かに付き合ってはいる。


 ──(これから人目につかないところでお前を殺すために場所を移動するので)玄関ホールで待ってるから、早めに来てよね? いい? (何回もすっぽかされてるけど今日は)ちゃんと来なさいよね?


 芦原 鈴の言葉を正確に翻訳するとこういうことだ。

 しかしそれを知る由もないクラスメートは、雅海の付き合っている発言に酷く愕然とした表情を浮かべていた。


「終わった……私の初恋….」

「はい?」

「さよなら、花寺くん……」

「えっと、はい、さようなら……?」


 クラスメートはそのまま肩を落として去って行った。

 雅海は彼女の反応の意味を考えようとしたが、それよりも商店街でタイムセールが始まる時間が迫っていることに気がついた。


(拙い、ゆみとの約束に遅れる!?)


 妹は、今日は早く学校が終わるのでいつもより少し遠くの商店街のタイムセールを制覇するのだと鼻息を荒くしていた。その荷物持ちとして現地合流する約束なので、芦原 鈴に構っている暇などない。

 雅海は教室を出て、玄関ホールとは逆方向へと向かった。

 階段を昇り、屋上に出る。

 誰もいない事を確認し、彼は手すりを乗り越えて──


──跳躍した。


 近くの建物の屋根に飛び移る寸前、空中から見下ろした視界の中で、地上に居た芦原 鈴と目が合った。


 しまった、見つかった。


 雅海は屋根に着地するや否や、次の建物の屋上めがけ全力疾走で助走をつけて跳躍する。

 まるで空を吹き渡る風のように建物を上を飛び渡る雅海。しかしそれを追う影があった。


「待ちなさーーい!!」


 同じく建物の屋上を跳躍して追ってきたのは、あの芦原 鈴だった。


「玄関で待ってるってちゃんと伝えたでしょ!? それなのに来ないとか有り得ないでしょ、この卑怯者!!」

「行くとは一言も言ってない!」

「だったら先にそう言いなさいよ!?」

「言う前に教室を出て行ったのは君だ!」


 まあ断ったところでどうせ別の待ち合わせを強要されるのは目に見えているので、結局こうやって逃げる羽目になるのだが。

 雅海は、鈴が転校してからこの一週間、ほぼ毎日のように繰り返されているこの追いかけっこを思い返しながら溜め息をついた。

 雅海を殺すために生み出された地球の精霊アースラ。それが彼女の正体だ。

 見た目は超絶美少女、けれど中身は戦闘マシーン、とりあえず衆人環視で殺し合いを始めないだけの常識があったのは雅海としてホッとしたところではある。


「待ちなさいってば! 今日はどこに行くつもりなのよ!?」

「隣町の商店街だ。タイムセールなんだ。今日の戦いは絶対に負けられないって妹が張り切ってるんだよ!」


 跳躍を続けながら、時折振り返って答えてやると、鈴は、


「はあ!?信じられない!」


 と追いながら怒りを露わにした。


「負けられない戦いって何よ!? まさかあんた、一般人を私との戦いに巻き込む気なの!? 最低!!」


 あー、そうか、タイムセール知らないのか。雅海は跳びながら頭を抱えた。

 どうやって説明しようかな、と少し悩んだ後、そもそも説明する義理なんてないことに気がついた。

 そんなことより、例の時間が迫っている。雅海は跳びながら腕時計を確認した。

 刻は夕刻。逢魔が時。

 昼が終わり夜が始まる境目のこの時間は、魔が獲物を求めて蔓延らんとする瞬間でもある。

 妹が待つ商店街まであと少しという場所まで来たとき、雅海は、刻と空間の狭間から浮上する魔の気配を捉えた。


 ──出たな……ッ!


「捉えたわよ!」


 とある屋上に着地した途端、背後から鈴が飛び蹴りを放ってきた。

 雅海は即座に横跳びで回避。着地した鈴と対峙する。


「もう逃がさないからね。今日こそ、ここであんたを浄化する!」


 鈴はそう宣言し、どこからともなく長大な槍を取り出して、構えた。

 その先端の穂先は三つに別れている。三叉槍である。

 その三叉槍の出現と同時に、彼女のそばに巨大な体躯の黒犬……それも三つの首を持つ異形の獣が現れた。

 三つ首のヒーリングアニマル・王弟ケルベロス。

 その三つの首の内、中央の頭が、鈴に向かって囁いた。


「アースラ、話がある」

「何、ケルルン。こいつを倒す作戦?」

「いや、そうではない」

「じゃあなによ!? いいからとりあえず変身するわよ。プリキュアオペレーション!」


 鈴が宣言と共に三叉槍を掲げた。それに呼応するようにケルベロスの体が光となり、槍の中へと吸い込まれていく。

 鈴の体も光に包まれ、その姿を紫色の戦乙女へと変えてゆく。

 三叉槍に宿るは水と空気と光のエレメント。

 そしてケルベロスが司るは火とと氷と音のエレメント。

 そして鈴・アースラがその身に備えしは、花と葉と実り。

 それらが一体となり自在に操ることで風と雨と雷のエレメントの力をも兼ね備える癒しのプリキュア。


「時を超えて繋がる三つの嵐、キュアアスラ! 地球を蝕む邪悪な者よ、清められなさい!」


 プリキュアへと変身した彼女の前で、雅海もまた己の姿を戦士へと変えていた。

 彼の着ていた中学の制服が、瞬きする間に銃士服と入れ替わった。

 鍔広の帽子、目元を覆う黒いマスク、はためくマント。そして……ところどころが破れかけた赤黒いジャケット。

 まるで薄汚れた襤褸を纏った異様な姿……

 ……ブラックペッパーとしての姿がそこにはあった。

 キュアアスラが牙を剥くような攻撃的な笑みを浮かべた。


「やっとやる気になったね!」


 三叉槍を構え、アスラが紫の疾風と化す。

 三つの槍の穂先が、鋭い風切り音と共にブラックペッパーの心臓めがけ正確に突き出された。

 しかし、


「やる気なんかない!」


 ブラックペッパーが姿が揺らめいた。

 三叉槍の先端がその残像を貫いた時、ブラックペッパー自身はアスラのすぐ脇を掻い潜り、すれ違っていた。

 避けられたことを悟ったアスラは即座に振り返り、背後に回り込んだブラックペッパーと対峙しようとした。


「やるわね、あんた……って、どこ行くのよぉ!?」


 振り返ったアスラが目にしたのは、遠くへと飛び去っていくブラックペッパーの背中だった。


「また逃げる気!? いい加減、真面目に戦いなさいよ!」


 追うアスラに、ブラックペッパーは背中越しに叫び返した。


「デリアンダーズが現れた。妹が狙われている!」

「はぁ!? この前出たばっかりじゃない、適当なこと言ってんじゃ──」

「奴の言うとおりだ」


 そう言ったのは、三叉槍と一体化したケルベロスだった。


「デリアンダーズが近くに出現した。アスラ、先ずはそちらを優先しろ」

「またぁ!?」


 空を駆けるブラックペッパーの目指す先、そこに妹が待つ商店街があった。

 その入口近くに、タイムセールの始まりを今か今かと待っている雅海の妹・品田ゆみの姿もあった。


「お兄ちゃんまだかな。あー、もうタイムセール始まっちゃうよお!?」


 その背中を狙う、怪物が居た。

 ビルの影、その暗がりから黒い靄のような何かが湧き上がり、巨大な姿を形成した。

 現れたのは三角の形……言うならばオムスビの形を模ったような怪物だった。

 その怪物が音もなくビルの谷間から飛び出し、そして空中からゆみを狙って──


 ──襲いかかる前に、宙を駆けたブラックペッパーが横から飛び蹴りを放った。


「デリシャスフィールド!」


 飛び蹴りを放ちながら、自分と怪物の周囲に異空間への入口を作り出し、そこへ怪物の体を押し込んでいく。


「あ、こら、待ちなさい! 私を置いていくな!」


 ブラックペッパーが怪物と共に消えた異空間への入口が閉じる前に、アスラもその中へと飛び込んだ。

 異空間の入口が閉じ、そこにはいつもと変哲の無い夕暮れの空だけが残された。

 そして、その真下では……


「タイムセール始まっちゃった!? もーお兄ちゃんのバカーー!! いいもん、あたし一人でも戦い抜いてやるから!」


 ゆみが、歴戦の主婦たちでひしめくセール売り場めがけ、決死の覚悟で飛び込んで行こうとしていた……。


〜〜〜


 デリアンダーズ。それはアンダーグエナジーを注ぎ込まれた試製デリシャストーンを取り込んだビョーゲンズの変異体である。

 デリアンダーズは、ナノデリビョーゲンと呼ばれる特殊なウィルスをエレメントやレシピッピに感染させ、メガデリビョーゲンと呼ばれる怪物を生み出す。

 今、デリシャスフィールドへと封じ込めた怪物メガデリビョーゲンは、商店街を漂っていたオムスビのレシピッピが感染されて生み出されたものであった。

 見た目は三角オムスビに太い手足が生えたファンシーな姿だが、その巨体から繰り出される破壊力はデリシャスフィールド内の巨岩を砕き、大地にクレーターを生じせしめる程である。


「デリビョオオオオゲン!!」


 デリシャスフィールドの荒野に立ち咆哮を上げる怪物に向かって、二つの影が突撃を仕掛けていた。


「ペッパーミルスピンキック!」


 ブラックペッパーがその身を高速螺旋回転させながら飛び蹴りを放つ。

 その横に並んで、アスラが三叉槍を刺突の構えにとり、同じく高速螺旋回転しながら飛び込んでいく。


「トリシューラスピンストライク!」


 二つの螺旋が、互いに競い合うようにデリビョーゲンへ突っ込んでいく。


「デリィビャアアア!」


 怪物はその巨体に似合わない敏捷さで高々と跳躍し、その二条の螺旋攻撃をかわしてみせた。


「うっそ、避けられた!?」

「反撃が来るぞ!」


 ブラックペッパーとアスラは大地を滑走しながら回転を止めると、即座に左右へと別れた。

 その二人が直前までいた場所に、空中からデリビョーゲンが飛び降り様に拳を叩き込む。

 まるで地震のような地響きと共に大地が砕け、そこに巨大なクレーターが生じた。

 土埃があたり一面に舞い上がり、怪物の周りだけでなく、ブラックペッパーとアスラがいる場所まで広く漂い、その視界を奪った。


「デリビョオオオオゲン!」


 煙幕の彼方で、怪物が再び跳躍した気配があった。しかし上を見上げても視界は晴れず、敵がどこから襲来するか、その正確な場所が掴めない。

 もっとも、それは空中のデリビョーゲンとて同じこと。煙幕の中に居るブラックペッパーとキュアアスラの位置は見えてないはず──

 ──しかしデリビョーゲンは、意外な攻撃を仕掛けてきた。

 デリビョーゲンは空中で両手を地上に向けて翳す。その両掌から、小さなオムスビが大量に撃ち出された。

 オムスビ型爆弾の絨毯爆撃である。空からオムスビが雨霰のように降り注いでは爆発するという冗談みたいな攻撃だが、それを受ける身としては洒落にならない事態だった。


「なんなのよ、このバカみたいな攻撃はぁ!?」


 爆撃を逃れるために地上を全力疾走するアスラ。

 その隣に、同じくブラックペッパーが全力疾走していた。


「アスラ、話がある」

「こんな時に何!?」

「蛸壺を掘ってくれ」

「た、蛸!?」


 素っ頓狂な声を上げたアスラの手元で、三叉槍から「ふむ、良かろう」

と声が答えた。


「ちょっと、ケルベロス!?」

「説明している暇はない。アスラ、槍の柄頭で大地を突くのだ!」

「えぇ!?」


 アスラは戸惑いつつも、ケルベロスから言われたとおり、走りながら槍の最後尾の柄頭と呼ばれる部分で足元を突いた。

 その瞬間、ケルベロスは火と空気のエレメントの力を混合させることによって発生させた急速な燃焼とそれに伴って生じる強大な圧力……すなわち【爆発】の力を柄頭の先端から大地に送り込んだ。

 柄の先で大地が弾け、そこに深い竪穴が生まれた。

 それはちょうど人間二人が身を寄せ合えば体がすっぽり入るほどの穴。そう、ケルベロスが作ったのは塹壕の一種、蛸壺壕であった。英語ではフォックスホール(狐の巣穴)ともいう。


「よし!」


 ブラックペッパーは穴が出来るや否や、隣に居たアスラに飛びかかり、その体を抱きすくめた。


「ひゃあっ!?」


 甲高い悲鳴を上げたアスラと体を密着させて、ブラックペッパーは蛸壺壕に飛び込んだ。さらにその穴の上にマントを被せ、そこにデリシャストーンのエネルギーを纏わせてシールドを展開する。

 二人が地中に身を潜めた直後、デリビョーゲンの集中爆撃がその場所を襲った。


「デリシイイバアアアアアア!!」


 大地で爆発が連続し、地表にあるものを全てを薙ぎ倒すような爆風が吹き荒れる。

 デリシャスフィールドの荒野が、爆撃によって瞬く間に耕された畑のような有様へと変化していく。

 たった二人を倒すためにしては過剰なまでの攻撃。

 しかしデリビョーゲンはその爆撃の手を休めないまま、自ら空中から降下し、二人が身を潜めた場所めがけてその脚で蹴りを放とうとしていた。

 デリビョーゲンの巨体が、まるで隕石のように大地へ衝突しようとした、その寸前。


「風のエレメント!」


 大地の底からアスラの声と共に、天へと向けて竜巻が巻き起こった。


「デリッ!?」


 その竜巻が、大地に衝突しようとしていたデリビョーゲンの巨体を空中に押し留める。

 さらに、


「ペッパーミルハリケーンキック!」


 その竜巻に乗って、ブラックペッパーの超高速螺旋回転キックがデリビョーゲンに炸裂した。


「デリビャアア!?」


 怪物の巨体が大きく吹っ飛び、大地を転がった。


「やった?」


 キュアアスラが縦穴から顔を出しながら呟いた、その横にブラックペッパーが降り立った。


「そのセリフはフラグって言うんだ」

「意味わかんない」

「ジンクスってやつだよ」

「訳わかんないこと言ってないで手を貸しなさいよ。この穴、出づらいんだから」


 アスラが穴の中から手を差し伸ばした、その時、倒れたデリビョーゲンがむっくりと上体を起こした。


「デリビョオオオオゲン!!」


 その両手が二人に再び向けられる。

 それだけではない、座った姿勢のまま、前に投げ出した両足の裏、そして大きく開かれた口。その五つの箇所から、オムスビ型爆弾が大量に一斉発射された。


「拙い!?」


 ブラックペッパーはアスラを引き上げるのを諦め、逆にまた蛸壺壕へ自ら飛び込んだ。


「ちょっと狭い、狭いってば!?」

「我慢してくれ」

「離れろこの変態、スケベ、顔が近いのよ、やめて、息がかかっちゃうじゃないの!?」

「ミントタブレットあるけど食べる?」

「寄越せ!」


 顔が近い時、口臭エチケットはとても大事。

 頭上の大地にまた爆風が吹き荒れる中、二人は穴の中で身を寄せ合い、ミントタブレットを分け合いながら途方にくれていた。


「どーすんのよ、これ。今日のデリビョーゲンめちゃくちゃタフじゃない。これじゃ浄化してる余裕ないわよ」

「正直、破壊するだけなら簡単なんだけど、それだと感染されたレシピッピまで犠牲にしてしまうからなぁ……」

「中途半端な男よね、あんた」

「………」


 反論したいが図星でもあるのでブラックペッパーは黙るしかなかった。


「くだらぬ痴話喧嘩はそこまでだ」


 竪穴に立てかけられた三叉槍ケルベロスが呆れ声を出した。


「浄化技を打ち込む隙をなんとか作らねばなるまい」

「けど俺一人だけじゃ難しいな。もう一人居ればいいんだけど」


 ブラックペッパーの呟きに、アスラはため息を吐いた。


「プリキュアがあと一人欲しいって、無いものねだりしてどーすんの」

「いや……そうとも言えぬな」


 三叉槍ケルベロスがその槍の穂先を鼻のようにひくつかせた。


「ケルベロス?」

「匂いが近づいている。……これは、プリキュアの力の匂いだ」

「どういうこと!?」


 アスラが問いかけた、まさにその時、爆風吹き荒れる頭上の大地に、一人の少女の叫び声が響き渡った。


「2000キロカロリーパーンチ!!」


 一人のプリキュアがピンク色のオーラを拳に纏わせながら、嵐のようなオムスビ型爆弾の爆撃を猛スピードで潜り抜けていく。


「はあああああッ!!」

「デリィッ!?」


 ズドン、と重い音を響かせながら、そのプリキュアの拳がデリビョーゲンの体に減り込んだ。


「デリビャアアア!?」


 怪物の巨体が勢いよく背後へ吹っ飛び、聳え立つ岩山にぶつかった。


「デリィ……デェェリィィ!!」


 しかしすぐに身を起こして体勢を立て直そうとする。

 そこへ、プリキュアがさらに拳を構えて突貫した。


「2000キロ──」


 オーラを纏った拳が、再び打ち込まれ……る寸前、その手の指が開かれ、掌底の形を取った。


「──カロリーのツッパリ!」


 パンチではなく、開いた掌で相手の体を岩山に押し付ける。

 デリビョーゲンの動きを封じ込めたまま、そのプリキュアが背後を振り返って叫んだ。


「今だよ!」


 その声に呼応して、穴の中からキュアアスラが、ブラックペッパーを足蹴にして力強く飛び出した。


「数多のエレメントよ、我が身にその力を結集せよ!」


 水、空気、光、火、氷、音、花、葉、実り、風、雨、雷……十二のエレメントがアスラの体に集まり、一つに練り上げられていく。

 だがその力が完成するために生じるタイムラグの間に、プリキュアに押さえつけられていたデリビョーゲンが、再び動き出そうとしていた。


「デリィィィィィイ!」


 その両腕を大きく左右に開き、両掌を己を押さえつけるプリキュアに向ける。

 そのプリキュアがハッとなった。


「もしかして、あたしを狙ってる!?」


 至近距離での爆撃は怪物自身もダメージを受けることは必定。しかしそれでもデリビョーゲンは躊躇なく攻撃に踏み切った。


「デリビョオオオオゲン!」


 左右の両掌から、オムスビ型爆弾がプリキュア目掛け発射され、激しい爆発が起きた。


「デリャアガァァァァ!?」


 自らの爆撃によりダメージを受けたデリビョーゲン。

 それほどまでの攻撃を受けたプリキュアは……


 ……無傷で、そこに居た。


 デリシャストーンの力を纏わせたブラックペッパーのマントに、そのプリキュアは包まれて護られていた。


「大丈夫ですか?」

「う、うん、ありがとう。って、あなたは大丈夫なの!?」

「平気、と言いたいところですが……」


 ブラックペッパーはその場でガックリと膝を突いた。


「拓海!?」


 プリキュアがブラックペッパーを抱き留める。しかしそのせいでデリビョーゲンへの拘束が緩んだ。


「デエ、デェェリィイヤァー!」


 デリビョーゲンが力を振り絞ってプリキュアとブラックペッパーを跳ね飛ばした。

 怪物が再び自由の身となる。

 だが、時間は既に充分稼いでいた。

 デリビョーゲンの前に、全てのエレメントの力を纏ったキュアアスラが立ち塞がる。


「プリキュア・オールエレメントシャワー!!」


 構えた三叉槍の先端から浄化の力が怒涛の勢いで放たれ、デリビョーゲンの体を貫いた。

 その巨体の中から、取り込まれていたレシピッピが摘出され、コアを失ったデリビョーゲンの体が粒子化していく。


「ヒーリン……グッ……バイ……」


 どこか恍惚としたような声を上げながら、怪物は虚空へと消えて行った。


 …………


 ………


 ……


 …


「で、あんたは誰なの?」


 不躾なアスラからの質問に、そのプリキュアは首を傾げた。


「誰…? 誰って、えっと……?」


 戸惑うプリキュア。

 ブラックペッパーは、自分の体をデリシャストーンで癒しながら、アスラに言った。


「アスラ、ものを尋ねるより先に、言うべき言葉があるはずだ」

「なによそれ」

「お礼だよ。……助けてくれて、ありがとうございました」

「あ、あたしこそ、庇ってもらったし、ありがとうだよ」


 頭を下げたブラックペッパーに、そのプリキュアも慌てて頭を下げ返した。

 その様子にアスラはため息を吐いた。


「礼とやらは終わった? なら、あんたが誰か教えなさい」

「アスラ!」

「何よ、今度は何が気に食わないの」

「他人に名前を訊くときは、先ずは自分が名乗るのが礼儀だろ?」

「ああ、それもそうね」


 アスラは今度は素直に納得し、プリキュアに向かって三叉槍を構えた。


「時を超えて繋がる三つの嵐、キュアアスラ! 地球を蝕む邪悪な者よ、清められなさい!」

「違うそうじゃない!?」


 頭を抱えたブラックペッパーの前でそのプリキュアもポーズをとり始めた。


「あつあつごはんでみなぎるパワー、キュアプレシャス! おいしい笑顔で満たしてあげる!」

「だからそうじゃなくて!?」

「あなたは?」

「はい?」

「だから、あなたの名前。教えてほしいな」


 そのプリキュア…キュアプレシャスから微笑みかけられて、ブラックペッパーは不思議な感覚に囚われた。


(この人の笑顔……なんだか、すごく見覚えが……)


 既視感を覚えながら、彼は名乗った。


「花寺 雅海と言います」

「あ、本名の方を名乗ってくれるんだ?」

「別に正体を隠す気は無いので」


 ブラックペッパーの衣装を解き、元の雅海の姿に戻る。


「それもそうだね〜」


 キュアプレシャスも笑って、その姿を解いた。

 華やかな衣装や、明るい髪色とボリュームのある髪型、そしてその素顔を隠すメイクなどが全て解かれた、常人としての姿。

 そこに居たのは、


「初めまして、あたし、和実ゆい! よろしくね、雅海くん」


 そう、そこに居たのは、雅海の妹・品田ゆみの母、品田ゆいの、若き頃の姿だった──。

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