ミッシング・ウィル

ミッシング・ウィル



 よお、元気にしてるか? 先生。
 ……とは言っても、今このメッセージを聞いてるのが先生なのかは分からんが……一応は先生宛ってことにしとく。


 ……あー、なんだ。先生がどこまで知ってるかは分からねえから、最初の最初から話すことにするぜ。
 俺がMTR部に入ることになった、そもそもの切っ掛けってやつからさ。


 なんて言っても、今まで先生に話してきたことに嘘があったわけじゃねえ。
 前に通ってた学校を辞めることになったのも、根無し草みたいに各地を放浪してたのも、隊長と喧嘩友達になって犯罪組織を壊滅させたのも、部長に拾われてMTR部へ入ったってのも……全部本当のことだ。
 その殆どが、ヴァルキューレから与えられた任務だった、ってことを抜きにすれば、な。


 もしかしたらもう知ってるかもしれねえが……俺は元々、ヴァルキューレ警察学校の生徒だった。
 より正確に言えば、本来の所属は、ヴァルキューレ公安局の「特殊潜入捜査班」。配属されたのはもう二年くらい前になるかな。
 多発する凶悪犯罪やテロ組織に対処するため、当時の防衛室長によって秘密裏に組織された潜入捜査専門の特殊部隊。

 ……なんて言えば聞こえはいいが、要は汚れ仕事専門の諜報部隊ってとこだな。


 その最大の特徴は、徹底した秘密主義。
 一度その部署に配属された者は、過去の経歴はおろか学籍データまで抹消され、表向きは「存在しない人間」となる。
 ヴァルキューレの生徒としてすら扱われず、一般人を装って危険な犯罪組織やブラックマーケットのような無法地帯に潜り込み、逃れようのない証拠を掴んだところで一気に摘発する。それが必要なら、武力行使だって厭わない。
 そうして一仕事が終わった後は、自分に関する全ての痕跡を消し去り、また次の任務に赴く……
 そんな非合法スレスレの捜査を生業としてきた、日の当たる場所を歩めない密偵の集まりさ。

 俺もそんな集団の一員として、名を変え、立場を変えながら、犯罪の匂いがする場所を渡り歩き、多くの犯人(ホシ)を挙げてきたわけだ。


 ……ああ。隊長の奴と最初に会ったのも、そんな潜入捜査の最中だったっけ……ってのは、まあ余談だ。
 あの地区を牛耳ってた犯罪組織の頭目を挙げられたのもあいつの協力があったからで、感謝状の一つも送れなかったのは悪いと思ったけどな。


 危険な潜入捜査官としてのスカウトに応じたことに、正義感だの使命感だの、大それた理由があったわけじゃない。
 ただ、俺には任務の中で「万が一」があっても悲しむような家族や友人がいたわけじゃなかったからさ。他の奴らがそうなるよりは、まあマシかなって思っただけだ。
 元々、警察学校時代の成績は優秀だったし、それが理由なのか設立された特殊班ではリーダー役……「班長」なんてものにも任命されたりした。
 だからまあ、今もこんな通り名を名乗ってる理由の一つには……あの頃の自分へのちょっとした感傷もあるんだろうな。


 話は変わるが……当時の防衛室長が俺達みたいな特殊班なんてものを秘密裏に組織していた理由には、同時期に連邦生徒会長が発足させた「SRT特殊学園」への対抗心も少なからず含まれていたんだろう。
 俺達と同じく、多発するテロや重犯罪への対処の為に新設された連邦生徒会長直属の特殊部隊。
 ヴァルキューレ以上の特権を持ち、権威を持ち、武力を持ち、それらを正当な「正しさ」の下で揮える組織。
 そんな学園が設立されちまえば、それまでテロ対策を一手に担ってきた公安局や防衛室の存在意義が揺らぐのは明白だったからな。


 もちろん、SRTなんて危険な武力組織を連邦生徒会という組織ではなく、連邦生徒会長という個人の一存で動かせることを懸念する奴らがいなかったわけじゃない。
 一歩間違えれば独裁政権待ったなしだ。当然と言えば当然だな。
 ……けど、あの頃の連邦生徒会は完全に連邦生徒会長のワンマン組織で、あの人の鶴の一声で物事がひっくり返るだなんて日常茶飯事。
 そんな「超人」の決定に、表立って異を唱えられる者は誰もいなかった。


 ……当時の防衛室長がカイザーとの癒着に走ったのも、防衛室の権限を一足飛びにされるような特殊部隊が新設されて危機感を覚えたからなのかもしれない。
 自分の権力が危うくなること……あるいは、連邦生徒会長って絶対権力者そのものの存在に、かもな。
 もしかしたら、ちょっと前の不知火カヤみたいに、将来的にはカイザーの力を借りて連邦生徒会長へのクーデターでも目論んでたのかもな。
 そしてその暁には、俺達も奴さんの私兵として後ろ暗い悪事に手を染めることになっていたのかも……
 ま、歴史は繰り返すってやつだ。ははっ、笑えねえな。


 ただ、そんな当時の防衛室長の野心なんて連邦生徒会長には筒抜けだったみたいで、奴さんはどうやら賭けに負けちまったらしい。
 SRTのお披露目式とばかりに大々的に行われた強制捜査によって、カイザーとの癒着が暴かれた防衛室長はあっさりと更迭された。
 そして責任者がいなくなったことで、俺達……特殊潜入捜査班も空中分解同然に解散する運びとなったってわけだ。
 ……今となっては防衛室やヴァルキューレの中でも、そんな特殊班があったなんて事実を知る人間自体、数えるほどしか残っちゃいないだろうな。


 それはともかく、曲がりなりにも俺はカイザーと癒着してた当時の防衛室長が設立した諜報部隊のリーダーで、防衛室長と繋がりのあった連中の後ろ暗い秘密なんかもいくつか知り得る立場にあった。
 ……だから防衛室長の失脚後、後顧の憂いを絶つためにカイザーの息のかかった裏社会の連中が俺の口を封じようと躍起になるのも、まあ当然の成り行きだったな。


 所属していた特殊班が解散した以上、俺は公的にはヴァルキューレの生徒でもなんでもない。
 後ろ楯になってた元防衛室長が失脚した今となっては、助けを求められるような相手なんて誰も残っていなかった。
 何の力も後ろ楯も持たない個人が、大きな組織から逃げおおせるなんて……まあ、土台無理な話だ。


 特殊班に配属された日……いや、警察学校の門を潜ったその日に、職務に殉じる覚悟なんてとっくにできていた。
 ただ……とうとうあいつらに追い詰められて死を覚悟した瞬間、なんだか急に虚しくなっちまったんだよな。


 考えてみたら、さ。
 ほんの少しでも運命がズレてたら、ひょっとしたらSRTじゃなくて俺達の方が、連邦生徒会の名のもとに悪を打ち砕く正義の味方として表舞台に立ってたのかもしれない。
 ……だけど、現実はこれだ。
 SRTが連邦生徒会長肝入りの特殊部隊として脚光を浴びる裏側で、俺はこんなところで惨めに「無駄死に」しようとしてる。
 さんざん他人様を騙して泥に塗れてきた日陰者には、こんな結末がお似合いだろって言われたような気がして……笑うしかなかったね。


「誰にも顧みられず、誰の思い出にも遺らず、誰かに看取られることもない。
 ……そんな最期は、寂しくはありませんか?」


 ただ……運命ってのは気まぐれなもんでさ。
 「ある人」の助けによって俺はその場を切り抜けて、不運にも命拾いしちまった。

 まあ、ここまで言えばもう分かるよな。
 その時に俺を助けてくれたのが、今のMTR部の部長だってわけだ。……別に頼んでもいなかったけどな。


 部長の協力もあって、俺は自分自身の死を偽装することであいつらの追跡から逃れ、MTR部に匿われることになった。
 ……晴れて俺は正真正銘「存在しない人間」になったってわけだ。


 部長は俺に親切にしてくれたけど、俺の過去や秘密をことさら詮索するようなこともなかったよ。
 ……そもそもMTR部なんてのは、俺みたいなワケありの連中がごまんと集まってくるような場所だったからな。
 俺だって詳しい事情は部長には話さなかった。曲がりなりにも機密扱いだったし……もし不用意に知ってしまえば、部長やMTR部そのものにも危害が及ぶかもしれなかったからな。


 ……とまあ、そんなわけで俺はMTR部に身を寄せることになったんだが、別に俺自身がMTRに興味があったわけじゃない。
 特にやることも思いつかなかったから、しばらくは無駄飯喰らいみたいに過ごしてたよ。
 そして……職業病ってやつかな。その間中ずっと、MTR部って集団を観察してたんだ。


 俺が入った当時のMTR部は、今より規模こそ小さかったけど……なんというか混沌としていたな。
 まだウォッチャーが合流する前の……狼煙組もどーなつぐみも無くて、今のファイアフライの前身になるような死にたがりの特攻集団があったくらいの時代さ。
 その頃のMTR部は、外部からの悪評もさることながら……内側も内側で結構ドロドロしててさ。今とは違って、お互いのMTR観の違いを巡って部員同士でモメることだって珍しくなかった。
 「誰かを死なせない為に全力を尽くさねばならない」なんて教義もまだ無くて、死にたがりの新参者が戦場に突っ込んで、あわや命を落とす……なんてこともザラにあったよ。
 ……「あわや」なんて枕詞がつかないこともな。


 ま、はぐれ者が身を寄せ合って集まったところで、そうした連中同士が必ずしも仲良くやっていけるわけじゃないってことだ。


 はあ……思い返すとほんっとにヤバい時代だったよなぁ。
 今でもそうだけど……あの頃のあいつらは、とにかく危なっかしくて見てられなくてさ。放っておいたらそれこそ空中分解して無駄死にしかねなかった。
 こうして助けられた借りもあるし、丁度やることもなくて暇してたところだったしさ。とりあえず暫くの間は、あいつらのために力を貸してやろうって決めたんだ。
 ま、一宿一飯の恩義ってやつだな。


 さて。MTR部をしばらく観察してて分かったんだが……あの頃の部長は、どうもMTR部そのものを積極的に拡大しようとしていたらしい。
 世間の目から逃れて息を潜めているだけじゃなくて……ウォッチャーやどーなつぐみみたいに本来の教義から外れた連中も引き入れて、少しずつ日の当たる場所に出ようとしていたみたいだった。
 ただ……そうなりゃ当然軋轢も増えるし、世間様からの風当たりだって強くなる。
 だからこのままMTR部が空中分解しちまう前に、どうにかしてMTR部の足場を固める必要があった。


 そのために俺が最初に手をつけたことは、情報網の整備。
 MTR部にはいろんな学区からはみ出し者が集まってくるから、そいつらのネットワークを上手く使えば政治的に有益な情報だって手に入る。
 曲がりなりにも諜報を生業としてきた人間だ。情報の価値や力ってやつはよく知ってるさ。
 扱い方ひとつで、銃やミサイルよりもよっぽど危険な武器になりうるってこともな。


 例えば、対立するゲヘナとトリニティの微妙なパワーバランス。
 例えば、ミレニアムが保有する最新技術や研究成果。
 例えば、ブラックマーケットを始めとする無法地帯と、そこを根城とする犯罪組織の動向。
 例えば、ヴァルキューレや連邦生徒会の内情。


 そうした情報を交渉材料にして、俺らはあらゆる勢力と交渉し、時には真っ向から渡り合い……その間隙を縫う形で自分達の居場所を勝ち取ってきた。


 とはいっても、部外の連中が思っているほどヤバい機密情報を必ずしも知ってるわけじゃなかったし、そもそも知る必要だってない。
 俺らみたいな吹けば飛ぶような集まりにとって、知り過ぎることはリスクにも繋がるしな。
 ただ「知っているかもしれない」って相手に思わせることができれば、それでいい。

 情報ってのはカードだ。秘密ってのは秘密のままにしてこそ値打ちがある。
 同じテーブルでゲームをするに足るだけの手札を持ってると思われなきゃ、こっちの話なんて誰も聞いちゃくれないからな。


 ああ、それから、MTR部の悪評そのものだって役に立ったな。

 このキヴォトスで、弱者ってのはそれだけで暴力や迫害に晒される。誰でもいいから殴りたいってヤバい連中も珍しくないし、やられてもやりかえして来ない相手なんて絶好のサンドバッグだからな。
 逆に、下手に手を出したら何をするか分からない危険な連中だって噂が広まれば、それは自分達の身を守ることにだって繋がる。

 何を考えているか分からない、死にたがりのカルト集団。……まともな神経を持ってる奴なら、そんな連中と好き好んで関わり合いになろうとはしたがらないだろうからな。


 だから俺らは……おいそれと周りの奴らにナメられないように、それでいて本当に危険分子と見なされて潰されないように……細心の注意を払いながら、俺ら自身の風評をコントロールし続けてきた。悪名は無名に勝るってね。

 ま、そのせいでMTR部への悪評そのものは加速しちまったから、いいことばかりじゃなかったんだけどさ。背に腹は代えられない、ってことにしといてくれ。


 ……とまあ、そんな経緯で俺が作った学園を跨ぐ情報網が、今の「狼煙組」の原型になったってわけだ。
 今じゃミレニアムのハッカー連中や、ヴァルキューレやクロノスから引き込んだ諜報員まで所属するようになって、ちょっとした諜報機関みたいになってるけどさ。



 ああ、そうそう。ヴァルキューレと言えば。
 今のヴァルキューレの公安局長……尾刃カンナの旦那と関係を持つようになったのは、丁度狼煙組を正式に立ち上げた頃だったっけ。
 とはいっても……話を旦那に持ちかけたのは俺の方からだったけどな。


 どれだけ規模を拡大したところで、狼煙組もMTR部も、所詮ははみ出し者が寄り集まっただけの烏合の衆。
 ゲヘナやトリニティ、連邦生徒会みたいな大きな力とまともに敵対したら勝ち目なんてありゃしないし、社会や権力の助けを借りなければ解決できない問題だって山ほどある。
 だから……どうしても表の社会で立場を持った人間の中で、俺らの助けになってくれるような協力者が必要だった。


 ……あるいは、俺らの情報のネットワークを上手く使えば、誰かの弱みを握って強引に「協力者」に仕立てることもできただろう。
 けど、安易にそんな後ろ暗い手段に頼ることも憚られた。

 根も葉もない悪評が立つだけならまだしも……俺ら自身が、自分達の利益のために誰かを脅迫して無理矢理従わせる立場になったのなら……それこそ言い訳のしようもなく、ただのイカれたカルト集団でしかなくなっちまう。
 もしそうなったらMTR部はどんどんヤバい方向に暴走してっちまうだろうし、そもそもそんな危険な組織をキヴォトスが野放しにしてくれるはずもねぇ。どの道お先真っ暗だ。


 だから、そんな打算や脅迫で成り立つ関係なんかじゃなく……二心なしで俺らのために一肌脱いでくれそうな、正義感に溢れたお人好し。
 そんな酔狂な人間をヴァルキューレの中で思い浮かべた時、真っ先に浮かんだのが旦那の顔だったんだ。


 ああ。カンナの旦那とは警察学校時代の同期でね。
 特別仲が良かったってワケでもねえけど、まあそれなりに付き合いはあったし、一人の警察官として信頼もしていた。
 良くも悪くも堅物で、それでいて時には自分の信じる「正義」のために泥を被る覚悟もあり、何よりも善良な市民を守ることに人生を賭けてる。そういう人だったからな。


 カンナの旦那と秘密裏に連絡を取ること自体は難しくはなかったよ。MTR部の誰にも……部長にだって内緒でな。
 これでも元々は公安局の所属だったし、非常時のために知らされていたお偉方へのホットラインが生きてたからな。

 まあ、俺は表向き、勝手にヴァルキューレを退学して音信不通になった身だから、もしかしたら奴さんには恨まれてるかもとは思ってたけどさ。
 最初に旦那に連絡を入れた時、受話器の向こうで渋面作ってるのは丸分かりだったけど……とりあえず話くらいは聞いてくれたよ。


 そんなわけで、俺は晴れてまたヴァルキューレの「潜入捜査官」としての立場に戻ったってわけだ。
 カンナの旦那から公安局長として命じられた任務は、得体の知れない危険組織である「MTR部」を監視し、暴走も瓦解もさせないように内側から制御すること。
 そして万が一、MTR部がキヴォトスの平和を脅かすような凶行に走ろうとした時は……俺の判断によってそれを食い止め、責任を持ってMTR部に「始末」をつけること。
 言うなれば俺の役割は、放っておくと何をしでかすか分からない、眠れる猛獣の首に付けられた鈴、ってところだ。


 カンナの旦那と接触してから、俺はMTR部の動向を定期的に報告してきた。
 とはいっても、MTR部の内情の全てを旦那に伝えていたのかと言えば、そういうわけでもない。
 どこに誰の目や耳があるか分からないし、下手に大事にしたらキヴォトスがひっくり返りかねない情報だってあったからな。
 その全てを包み隠さず伝えるのは、お互いにとってリスクが大きすぎた。


 ……それに、俺だって別にMTR部の連中に恨みがあるわけじゃない。
 事情があってのこととはいえ、おおっぴらに連中を裏切るような真似をするのは、流石の俺も気が引けたからさ。


 そんな俺の事情を汲んでくれたのか、カンナの旦那もMTR部にとって致命的な機密に関わるような情報を要求してくるようなことはなかったよ。
 だから、一応は「潜入捜査」って体裁を取ってるけど、実態としては一種の取引相手というか、限定的な協力関係に近いかな。


 ……たとえば、狼煙組の情報網を通じて仕入れた犯罪組織の動向や、おおっぴらに捜査できない権力者の汚職の証拠なんかをヴァルキューレにリークして、その摘発に一役買う。
 その見返りとして、旦那には公安局からのMTR部への追及を抑えてもらう、ってな具合にな。
 流石に余所様に迷惑かけるようなら見過ごせないって釘を刺されちまったけど、MTR部の内々だけで問題を解決できているうちは「静観」するって風にさ。
 ……ま、持ちつ持たれつの関係、ってやつだよ。


 もちろん怪しげなカルト集団の幹部と関係を持ってるだなんて明るみに出たら、旦那だってタダじゃ済まない。
 何より、誰よりも公正であろうとするあの人の「正義」にもとる行いで、良心の呵責だってあったはずだ。
 ……俺が知ってる頃の旦那じゃ、絶対に受けない取引だったろうな。


 ただ、それでも旦那が、自分の正義を曲げてまで「潜入捜査」という名目を俺に与えてくれたのは。もしかしたら……
 万一の時、全ての責任を被ることで、俺のことを守ろうとしてくれてたのかもな。



 ……ああ、そうだな。
 これでも元ヴァルキューレだし、母校にはそれなりに思い入れはあるよ。

 このキヴォトスじゃヴァルキューレは頼りない治安維持組織扱いされてるけどさ。俺達だって頑張ってるんだぜ。
 他の学生たちが学校だの部活だので青春している裏で、朝から晩まで公務に明け暮れ、命懸けで人助けをしたって感謝されることもなく、ちょっとでも腐ったりヘマでもしようものなら職務怠慢だのと叩かれる。
 「警察官」なら誠心誠意、市民のために身を粉にして尽くすのは当然、ってさ。


 まあ、それでも自分で決めた道なんだから後悔はないけどな。
 俺達ヴァルキューレは、自分の意思で青春の物語の主役になることを拒んで、誰かの人生の裏方(モブ)として生きることを選んだ不器用な変人共の集まりで。
 俺達がやっていることは、誰もやりたがらなくて……それでも誰かがやらなくちゃいけないことだから。


 だけど、それでも俺達は、神様でも英雄でも超人でもない。
 ……曲がりなりにも元ヴァルキューレの生徒としちゃ歯痒いけどさ。
 今のキヴォトスで辛い目に遭っている奴らの全てをヴァルキューレや連邦生徒会だけで救おうだなんて、どう考えたって無理があるんだ。


 どいつもこいつも軽々しく銃器をぶっ放すキヴォトスで、あらゆる犯罪に対処するには人員も予算も武装も足りなさ過ぎる。
 いつだって目の前の凶悪犯罪に立ち向かうだけで精一杯で、路地裏で腹空かせて死にかけてる浮浪児や、周りには見えない場所でイジメに遭ってるような生徒にまで手を差し伸べることはできない。

 現実に折り合いをつけて、せめて救えるだけの人を救おうとしたって、どうしたって救えない誰かは生まれる。
 不平等は不満を生み、差別を生み、憎しみを生み、悲劇を生み……そして争いを生む。
 それはどうやったって止められなくて、ある意味仕方のないことなんだ。
 ……そんな風に自分を騙して、ずっと目の前で苦しんでる奴らから目を逸らして、見て見ぬふりを続けていた。


 だけど……俺達が救えなかったそんな連中に手を差し伸べて、どうにか助けようとしていた奴ら。
 それが、MTR部の連中だったんだ。
 だから俺は、ヴァルキューレではできなかったことを、この場所で成し遂げたい。
 かつての「俺達」が救えなかった人達を……「俺ら」の手で救ってやりたい。

 このMTR部が、ヴァルキューレや連邦生徒会が取りこぼした、キヴォトスの「普通」からはみ出しちまった奴らを救うための受け皿になりうるのなら。
 俺はこいつらの仲間として、どこまでも危なっかしくて目の離せないこいつらを支えて「看守り」続けようって、そう決めたんだ。
 ……元々、裏方家業は慣れっこだったしな。


 ヴァルキューレだけでも、MTR部だけでも、救えない連中は沢山いる。
 だから、できることならいつの日か、共に手を取り合いたい。
 もしかしたら……こいつらは、このキヴォトスの現状を変える救世主になってくれるかもしれないから。
 ……なんて思うのは、ちょっと身内贔屓すぎるかな。


 でもさ、先生。
 先生が来てくれたおかげで、俺はそんな未来に、少しだけ希望を持てるようになったよ。
 いつかMTR部とヴァルキューレが……キヴォトスの皆が、本当に手を取り合って分かり合える日が来るんじゃないかって。


 ……どう考えたって現実味の無い、笑っちまうような夢だけど。
 そんな日がいつか、訪れるように。
 ここ以外に行き場のなかったあいつらが、このキヴォトスの青空の下で、笑って平和な青春を過ごせるように。
 そんな夢みたいな日が現実になることを……やっぱり願っちまうんだ。


 公的には学籍すらなくなったって。たとえ誰にも感謝されず、日の目を見ることがなくたって。
 ……それでも、私は警察官、だから。



 ……最後になっちゃうけどさ。
 部長のこと、よろしく頼む。


 俺の口から、部長や他の部員達に俺の過去をはっきり明かしたことはない。
 ただ……あの人のことだし、たぶん俺の正体だってとっくに見抜いてるんじゃないかと思う。
 まあ、それならそれで別にいいさ。


 思えば部長との付き合いも随分と長くなったけど……あの人が何を考えているのか、俺でもたまに分からなくなる時がある。
 もしかしたら、いつか俺の想像もつかないような無茶をしでかすんじゃないかって、不安になったりもするんだ。

 ……万が一、部長がこのMTR部にいる連中を巻き込んでろくでもないことを始める気なら、俺は手段を選ばず部長を止めるつもりだ。
 もしもそうなった時、俺が部長を止め切れるかは分からない。……正直に言えば、失敗する可能性の方が高いだろう。

 でも……たとえ部長にどんな考えや信念があったって、それがMTR部の中でただ平穏に過ごすことを望んでる奴らや、無関係の市民を傷つけるなら、俺はそれを見過ごすことはできない。


 俺は、部長の味方でも、ヴァルキューレの味方でもない。
 強いて言うなら、MTR部の奴らの……このおかしな集まり以外に行き場所のない連中の味方をしてやりたい。
 それは警察官としての職務じゃなくて、俺自身の願いであり、意志だから。



 ……今、先生の手にこのメッセージが渡ったのだとしたら、それはきっと俺の身に何かがあった時なんだろう。
 もしかしたら……俺はもう二度と、先生と会うことはできないのかもしれない。


 だから、その時は。
 MTR部の班長として……そして、ヴァルキューレの警察官として、先生にお願いします。


 私の代わりに、MTR部の皆を……
 部長のことを、救ってあげてください。



 ……どうか、このメッセージを先生が聞く機会が、決して訪れませんように。




おしまい




~~~


決して聞かれることはないであろう遺言の話。


班長はMTR部内でも一歩引いた立ち位置というか、スパイと言うよりは外部協力者兼監査役みたいなイメージ。
他作品で言えばダ〇大のキ〇バーンみたいな。


このお話における班長のスタンスは、部長やカンナのような個人の味方でもMTR部やヴァルキューレのような組織の味方でもなくて、行き場が無くてMTR部に身を寄せざるを得なかった生徒達と無辜の一般市民の味方、という感じです。
警察官はいつだって市民の味方。公僕なめんな!


……園長が「ヴァルキューレなんて頼りにならない」って怒ってた時、裏で班長絶対曇ってたよ……

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