ミゼラブル・2
救護騎士団1年、朝顔ハナエです!
今日から、日記をつけることにしました!
多分、私は誘拐されてしまいました。
あの日、わたしは小さな強盗事件が起きて、負傷者が数名出たとのことでしたので、現場に向かいました。
犯人は既に捕まっていて、私は負傷者の手当てをして、お大事にしてくださいね!と笑顔で送り出しました。
そして、正実委員の方のご厚意に甘えて、車両に乗せてもらい、帰るつもりだったんですが…
疲れが貯まっていたのか、ついうとうととしてしまいまして…
気がついたら砂漠で寝ていたのです!!
…
……
ここの夜は寒いです。
歩いても歩いても、砂に呑まれた町が広がっています。誰もいないのは明白で、時折現れる壊れたドローンの駆動音以外には、私の呼吸音と足音しかしません。携帯の電波もありません。
どうにか、光っている場所だけは見えるのでそこに向かって歩いています。
寒いです。早く皆の所に帰りたいです。
◆
砂漠は距離感が狂うのか、明かりのあった場所にはまだ辿り着きません。
朝、目が覚めて少し歩くと、どっちに向かえばいいのかがあっという間にわからなくなってしまいました。
最初は歌でも歌って気を紛らわそうと思いました。でも、砂漠に一人きりで歌っていると、とても寂しくなってしまって声が小さくなりました。
砂に少しだけ埋もれた廃墟の中で、色々と考えてみました。
たぶん、ここはあのアビドスです。
どうしてアビドスなんでしょうか。こんなところには何もないはずです。
どうやって誘拐されたのでしょうか。あの時は、正義実現委員会の車にのっていたのに…
私以外の失踪した騎士団生徒も同じ目に合っていたのでしょうか。こうやって、砂漠に生徒を一人にして、弱らせて…それで…
だんだん怖い想像ばかりが増えたので、今日は午前中は休憩して、夜中に歩くことにしました。この日記も気を紛らすために書いています。
喉がカラカラで、じっとしていると頭がおかしくなりそうです。
こんなところ、人が住むところじゃありません。
◆
今日はとっても嬉しいことがありました!!
なんと!居なくなっていた救護騎士団の子や、正義実現委員会の方と再開できたのです!(やった!)
しばらく頑張って歩いていたのですが、たどり着けずに倒れてしまいまして。
そしたらなんと、正実委員の車に乗って救護にやってきてくれたのです!
もうホントにダメかと思いました…喉はカラカラでしたし、幻覚も見ていた気がします…
救護騎士団が救護されてしまうとはお恥ずかしい。
お話しによると、皆さんも私と同じように気付いたらここ、アビドスに捨てられていたそうです。
どうにか使われていなかった病院を拠点にして寝泊まりをしているのだと言っていました。
早く皆さんと一緒にトリニティに帰りたいですが、今日はもうへとへとなので寝ちゃいます。
◆
もう少しだけ、アビドスにいることにしました。
なぜアビドスから出ていかないのか、他の救護騎士団のメンバーはどこか。それを聞いたら、暗い顔をして、とある場所につれていかれました。
たくさんの生徒達がベッドに括りつけられていました。
そこで聞いた、歯ぎしり、悲鳴、苦痛、狂乱、後悔の声が未だに耳にこびりついています。
横を通りかかった私の腕ががしりと掴まれて力なく離れました。
患者達の症状は、末期の薬物中毒患者のそれでした。
ほとんどがトリニティの生徒達でした。
見知った仲間の顔もその中にありました。
寝かされた生徒達の間を、数人の騎士団員達が疲れ切った表情で走り回っていました。
私も救護騎士団の一員です!!この状況をほおっておくわけにはいきません!!
ですから、私もお手伝いをすることにしたのです!!
…それを聞いた騎士団員が、感謝しつつ、なんだかとても、申し訳なさそうだったのが気がかりです。
気になることはたくさんあります。帰ってこない理由はわかりましたが、なんでお手紙にこのことを書かなかったのでしょうか。書いてさえくだされば、救護騎士団の皆で押し寄せて、すぐにでも救護して、適切な治療が受けられるのに…何より、トリニティの生徒が大量にこんなことになっていることを、一刻も早くティーパーティーの皆さんに伝えるべきなのではないでしょうか。
それに、どうやって手紙を出したり、こんな砂漠にほど近い病院で物資を得ているのでしょうか。皆さん、それを聞いても曖昧に濁すだけで、なぜか教えてくれないのです。
私は…本当に助かったのでしょうか?
◆
[判読不能]
[判読不能]
[判読不能]
◆
手がふるえ て、字がまだ きれい に書け ません。
昨日あめを、もら いました。
助けてくれてありがとうと、かんじゃさんがあめをくれて。仲間たちも、美味しそうになめてたから。笑顔でもらって、私もなめたら。
とても幸せな気持ちになって。
それが終わったら。
[判読不能]
みんな、こうやって。おかしく。
逃げなきゃ。
逃げて、救護を。
◆
みん な 狂っ てました。
◆
ここでは痛み止めとしてお砂糖を使います。
患者さんが暴れるときもお砂糖を投与します。
そうすればすぐに大人しくなってニコニコ笑顔に変わります。
騎士団の皆も笑顔です。疲れてきたら患者さんに処方されているお砂糖を横流しして笑ってます。
病院から出ようとする生徒は、ここを護衛している正義実現委員会が好きに撃っていいことになっているみたいです。
私も撃たれました。撃っている生徒はとても楽しそうに笑っていました。
違う。
こんなの違います。
こんなの病院でもなんでもありません。
私はあれから頑張って我慢しています。
あの後、絶対、私だけは皆を救護しようと思いました。
逃げ出してみようとして失敗して、身体がすごく痛くなりました。
痛み止めなんてここにはないです。
でも、必死に我慢して、頑張って。せめて、少しでもマシになるように、お水をあげたり、体を拭いたり、服を変えたり、患者さん達を看病しています。
でも、私より、皆、お砂[書き潰した後]
チャンスはあると思います。
ここに物資が届けられるときに、いつもトラックが来るんです。
どうにかあれを利用できたら、逃げられるかもしれません。
それで、きっと、必要な救護を。
◆
今、私は部屋に閉じ込められています。何か、再教育という言葉が聞こえた気がします。
ちょっと騒ぎを起こして、その隙にこっそり荷台に忍び込むつもりでした。道中で飛び降りて、ここから逃げ出すつもりで。
でも、その日、トラックに乗ってやってきたのは沢山のゲヘナ生らしき要救護者達と、あの、ゲヘナの風紀委員長でした。
一斉にバタバタとしだす病院を手伝えないことが、少し申し訳なくて。
でも、今はここから逃げないと、そう必死に言い聞かせて、こっそり、トラックの運転席に乗り込んで逃げようとしました。
そしたら、あの風紀委員長、トラックに走って追いついてきて、そのままトラックごと投げ飛ばしたんです。
その後運転席から彼女は私を引きずりだしました。その白い髪からは、ひどくべたべたとした甘ったるい匂いがしました。
優しい口調なのに、少しも話が通じている気がしませんでした。
まるで悪魔のようで、とても怖い人でした。
私は、どうなってしまうんでしょうか。
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私が患者さんにおさとうをあげるようになったら、
かん者さんたちも、とってもしあわせそうに笑ってくれるようになりました。
私も、おさとうをとっています。
こんなのおかしいですけど。でも、これがないと、私、笑っていられなくなってきました。
さいきん、とあるトリニティの生徒さんが、よくここにトラックにのってやってきます。
なんだか、見覚えがあるような。
ひとりぼっちで休けいをしていたら、彼女はやさしい声をかけてきました。
調子を気づかったり、かんごをしていることへの感しゃだったり。
この狂った病いんのかんとく役でもあるらしい彼女は、不気味なぐらい私や皆にやさしくしていました。そのおかげなのか、皆、彼女のことをしたっているようでした。トリニティに届いていた手紙は、彼女が窓口になっているみたいです。
…彼女が中身をけんえつしているから、あんな内容だったのかもしれません。でも、今は唯一の外への連らく手だんです。
もう少し、彼女と仲良くしてみようと思います。
◆
彼女と、おともだちになれた…気がします。
なんだか、その、話してみたら彼女はひどく意味深なことばが多くて…思わず、一々つっこんでしまったら、クスクスと楽しそうに笑うのです。
そうしたら名前をきかれたので、いつものように元気をとりつくろってお答えしたら。
『ハナエちゃんは本当によくがんばってくれています。ありがとうございます。』
ってていねいにあたまを下げられてしまいました。
なんだかふつうのかんしゃの言葉をきいたのは久しぶりな気がして、ちょっとうれしかったです。
…でもたぶん、彼女はわるい人です。
だって、このびょういんを作ったのは彼女のはずです。みんなにおさとうを配っているのも彼女です。
だから、彼女のかんしゃにも、ちょっとぶっきらぼうに、「いえ、じぶんのするべきことをしているだけですから」なんて言ったと思います。私らしくありませんね。
そしたら、なんだかあわれむような、でもどこか悲しそうな目で、私をみながら『また、お話ししましょう?』と言われてしまいました。
なんにせよ、またおはなしできる機会があるのはいいことです。
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[トリニティの誇張された負の側面への怒りや義憤、新しい事実への興奮などが、数日にわたって書かれている。]
◆
さいきんはますます忙しくなってきました。
みなさんがんばってはいるんですが、流石にこの人ずうではくびが回らないぐらいかん者さんが多いのです。
日記も毎日はかけていません。
そもそもアビドスにきてから何日たったのでしょうか。
こんなにながいにっすう生徒たちがいなくなっていたら、きっと先生が心配して、さがしてくれているはずです。
せんせい。
先生のことを考えるときが、ゆいいついまの私が前をむけている気がします、
きおくがなんだか最近とてもふわふわするようになってきました。
団長のこと、セリナせんぱいのこと、先生のこと、きしだんのこと。
みんなみんな大切なきおくなのに、とってもふんわりとしたかたちでしか思い出せなくって、すっごくこわいです。怖くなるたびに、おさとうをなめてしまいます。
ハナコさまにまたそうだんしようとおもいます。
そういえば、ハナコさまがわたしにききたいことがあるっていっていました。
どうしたのでしょうか。
◆◆◆
「ハナエちゃん。」
「あっハナコさま!」
私が病院を訪れると、バタバタとケガをした足をひきずりながらハナエがこちらに駆け寄ってきました。まるで、コールタールが光を反射して照りを放つように、濃いクマのある目元と雑に巻かれた包帯が目立つ顔の中で、でろりと濁った瞳を輝かせて、私をキラキラと見据えています。
どうしてこうなってしまったのでしょう。
ここまでするつもりはなかったのです。
始まりは私が倒れてしまった砂糖の過剰接種者をどうするか。誰か治療ができる人が一人でも欲しい。と、議題にあげた時でした。
そしたら次の日に、ホシノさんが、救護騎士団の生徒をさらってきたのです。
「…うちにきちゃった、いなくなった友達をさがしてるんだってさ。」
「ともだちの傷が治ったら、かえっていいってことで、さ。」
そういってホシノさんがさらってきた生徒は、明らかに多量の砂糖を既に嗅がせた後でした。
私は、それ(詭弁)を許容しました。
だって。今、私がしていることに、しようとしていることに比べたら、それぐらいのこと目をつぶらなくてはならないから。
今さら止める資格などないのだから。
そうやって。一人、また一人とアビドスの生徒を増やしていって。
患者が増えて、手が足りなくなったら、また一人ふやして。
閉鎖的な環境を活かしたやり方はどんどん陰湿に、過激になっていきました。
けれど、その日までは、バレるわけにはいかないから、心をしっかりと折った後に手紙を書かせて。
こうしてまだ水面下でアビドスは動いている以上。おおっぴらに人を集められているわけではありませんでした。なのに中毒者だけがフラフラとやってきて増えて。
だから、限界はあっというまに訪れると、わかってはいたのです。
少し前までは明るかった病棟の中は、電気をケチるようになったらしく、薄暗くなり、奥の方まで見ることは難しいです。
玄関まで駆け寄ってきたハナエに続き、病棟の奥へと進んでいきます。
来るたびに、そちらから聞こえてくる呻き声の数は、ますます増えていました。
奥に辿り着き、多くの生徒たちが寝かされている大部屋に辿り着いたそこで、私はハナエにとあることを確かめるために、声をかけました。
「ねぇ、ハナエちゃん。前、聞きたいって言っていたこと、聞いてもいいですか?」
「はい!なんでしょうハナコさま!!」
「ひとりでへいきですか?」
その病棟で。今、まともに動いているのはハナエだけでした。
その前に来ていた救護騎士団の人員たちは、皆溶け落ちるような笑みを浮かべながら、患者たちと共に横たわっています。
乱暴な中毒者達を相手にし続ける騎士団員達が、心を擦り減らして、同じ中毒者に堕ちていく速度は、早いものでした。
そんな中で、一番最後に来た、純粋で、優しく、明るかったのであろうハナエだけが、未だに一人きりであくせくと働いていました。
私の問い掛けに、ハナエはきょとんとした後、ニッコリと笑って応えました。
「いやですねぇ、みんなそこで働いているじゃないですかぁ!」
「○○ちゃんは包帯を変えてますし!」
「××ちゃんは患者さんの調子を見てますし!」
「△△ちゃんは、お洗濯をしてます!」
「みんな、救護騎士団として立派にお勤めしてますよ!私も頑張らないとです!!」
「……そうですね。」
嘘だ。全員倒れている。今いったことすべて、彼女一人でやっている。
あの時。病院で初めてハナエと出会った時に、拾ったページを思い出す。
『みんあ。みんな、なんでこんなことするんですか。
いや。いやです。
あれから、きゅうごきしだんのみんなが、わたしをとりおさえて、くちにさとうをねじこむんです。
そのまま、かんじゃのちりょうをしろって。
まいにち、まいにちっ、すこしずつりょうがふえて。
すごくすごくすごくしあわせになれるんです。でもっ、おわたらったた。たたた。
いや、たりないぃ、たりなりいらなあらいらなりいりr。
さとう、さとうがないと。もう。
だんちょう、せんぱい、せんせい
わたし、とってもがんばりました。
だからもう、いいですよね?
みんなこうなんです。
じゃあもう、わたしだけが、がまんしたって』
あの時に、きっと。もう、彼女は壊れてしまったのだ。本来は強く尊いものだった信念が、狂った残骸になって動き続けている。
これからしようとしていること。
その道中で、産んでしまった、犠牲者。
ゆるしてください、も、ごめんなさい、も。もう私には遅い。
だから。
「ねえ、ハナエちゃん。今日はね、よくがんばってくれているハナエちゃんにプレゼントがあるんです。」
「ホントですか!嬉しいです!」
これ以上、あなたも苦しいだなんて思わなくていいように。目を背けて、無理に働かなくていいように。
胸元から、丁寧にパッケージがされた白い粉薬のようなものを私は取り出す。
「これからはもう…しあわせなことだけ…考えていきましょう?」
「?」
アナタも、アビドスにいらっしゃい。