ミゼラブル・決別篇7
「救護!」
「ぶっ!はっ…!げほっ…げほっ…いったぁ…!?」
「成功です!アリス、気絶状態を解除するスキルを習得しました!HPは20減少します!」
カヤが身体に走る衝撃と鈍痛に目を覚ますと、そこはガタガタとすさまじい振動が続く戦車内部のままであった。どきどきぐらりぐらりと車体そのものが揺れ、三半規管は相変わらず休まらない。
「…ありがとうございます。ですが、次はもう少しやさしくお願いします…それで、いまどうなってるんです…?」
「後退します!何かに捕まってくださいッ!!」
「えっ!?」
操縦席から聞こえてきたヒフミの叫び声は、すぐに装甲を貫通して耳に突き抜ける爆発音に塗りつぶされた。その振動と衝撃が突き抜け、すぐに車体の内部ではガタガタとした上下運動が始まった。そう、戦車が後ろ方向に猛烈な勢いでバックを開始したのだ。爆発音は連鎖的に続いており、振動はますます激しくなっていく。カヤの貧弱な体感では咄嗟に車内を掴んだ手が離れかける。
「カヤ、アリスに抱き着いてくださささい!アリスのパワーならこのゆれれれにも負けませっ!あいだ!ひたかみましたぁ~!!」
「ッもうっ!」
ガシリとカヤがアリスの細い腰に抱きつく中でも、未だに音はやんでいない。だが、それは爆発音ではない、もっと強い地響きのような音に変わっていた。地震ではない。それは今、戦車の目の前で起きている事象。戦車よりも上方から聞こえてきている音。
「アズサちゃん!前方上、距離ギリギリ!今すぐ撃って!!」
「了解!発射!」
ヒフミの激が轟音で声が掻き消されそうな戦車内で飛び、アズサが狙いを定める。その目の先にあるのは、ブラックマーケットがちゃがちゃとしたけばけばしい看板付きで立ち並んで歓楽街でのビル群たちであった。それらは不自然に傾いている。否、ゆっくりとだが動いている。それらのビルの中程には破砕の跡が並んでいた。その意図を感じさせる破壊のされ方は、より大きな破滅をもたらそうとしていた。
響く地響きの音、その正体は、通りの両側で傾くビルの崩落の前兆である。ヒフミ達の戦車のいる通りめがけて降ってくる、無機質で巨大なコンクリートの空。そしてソレは、先ほどまでヒフミ達のいた戦車の位置の真上に降ってくることを示していた。気づいてから開始した全速力の卓越したバック走行だけでは避け切れない。
故に、ヒフミはそのことに気づいた瞬間、目前に降ってくるであろう瓦礫の破砕を叫び、アズサが曖昧なその指示の意図を瞬時に汲み取って行動に写した。ヒフミとアズサという二人の関係値故に可能な曲芸である。
結果として、目の前で炸裂した榴弾と火は、降り注ぐ雨をわずかに、だが、確実に破砕し、それが地に到達して跳ね変えり、飛び回る前に軌道を変えさせた。だが、やはり、すべては避け切れない。
「うっぁああああ!!!」
車体に大きな衝撃が走った。崩れ落ちてきた瓦礫の一部が車体に激突したのである。
車内の甲高い悲鳴を掻き消すように鳴り響く地を揺らす轟音達、地に伝わる衝撃は戦車をガタガタと揺らし、飛んでくるいくつかの破片混じりの爆風が、戦車を叩いている。
そして、瓦礫雨は数秒で終わった。だが、それによって起こされた破壊の余韻は未だに晴れていない。立つ砂煙の中で、戦車は通りの真ん中で横づけされながら止まってしまっていた。横流しされてきたロクな整備のされていない戦車では、ヒフミの無茶を重ねた運転に、そして左前方部に直撃した瓦礫の衝撃に耐えきれなかったのだ。前に進むことも、後ろに進むこともできないだろう。砲も至近での爆発と反らした瓦礫雨に耐えきれなかったのか曲がってしまっていた。
そんな半壊した戦車から、ゆがんだ搭乗席の蓋を叩き開ける鈍い音が響く。
「!」
顔を出したのはアリスであった。目の前に広がる瓦礫の山で埋め尽くされた未だに砂埃が立っている通りを見て、驚きと恐怖の顔をした後、彼女は叫ぶ。
「師匠ッ~~~!!!!」
ミネを呼ぶアリス。ミネはあれから戦車の前で先行して戦っていた。彼女も瓦礫雨に巻き込まれたはずだ。だが、その声に答えるように砂煙の中から影を表したのはミネではなかった。
「はぁっ…はぁっ…まさか奥の手まで使わされるとは…ミネ団長、それにあなた方、本ッ当に厄介ですね…これでもまだ潰されていないだなんて…」
肩で息をし、少しヒビの入った仮面を被りなおしているワカモであった。
「ムキになりすぎたことは認めましょう…後で、うっ…うぅうあなた様にお叱りを受けることも…うぅ…受け入れますわ……ですが、だからこそ、失敗は許されません…!」
「あなた方のような危険な生徒、今この場にいられては困ります。どいていただけるまで何度でも立ち塞がらせてもらいましょうか…!少なくともあの口うるさい団長はしばらくこちらまでこれないでしょう…。」
瓦礫に埋もれた後ろをワカモが睨んだその時、何かを強く叩くような音が再び聞こえた。だが、それは、先ほどのアリスが金属の蓋を叩いた音ではない。もっと、固くて、分厚い、鈍いものを叩いている音だ。
その正体は跳躍の音。分厚く固いコンクリートの塊を縦横に蹴り叩き、跳ぶことによって発生している踏み込みの音。瓦礫の山を、倒壊した建物を、一瞬、しかし力強く踏みしめてその場から連続で跳び、足場を破壊しながら、目的地へと突き進む、豪快な音。
そしてそれは、着地の瞬間にも打ち鳴らされる。ワカモの真横に盾と共に突き刺さったその人影から発せられるものだ。
「は?」
「救護ッッッ!!!!」
ショットガンを右手に握りしめたまま、右ストレートがワカモに襲い掛かった。呆気に取られ、一瞬反応が遅れたワカモにはその直線的な一撃を避けることはできない。
「んぐぅッッ!!!」
ぐあんっと大きく身体がゆれ、身体が宙に浮き、数メートル離れた地点に飛ぶ。そのまま道路に乗り捨てられていた車両にその身をワカモは激突させた。
「がっはっ…!」
「狐坂ワカモ。今の貴方には信念があるのでしょう。目的のない、無軌道な迷える破壊者ではないと、確かに私は感じ取りました。しかし、それ故にこそ、私は貴方を救護しなくてはならないと、今、強く思っています!!」
「目的のためならば、このような危険苛烈極まりない手段を取ることになんの躊躇もない!それでは変わらない、要救護者のままではありませんか!」
「このような有事だからこそ、私たちは獣となってはならないのです…!あなたが引かず、未だこのような蛮行を続けるというのなら、私もまた、引くわけにはまいりません。」
「救護、続行です。」
「ミネ師匠~~~!!」
「…やっぱりイカれてますねあの人。」
髪はぼさぼさ、服はボロボロ、盾にはヒビが入っている。しかし、しっかりと背筋を伸ばし、指をワカモに突き付ける。蒼森ミネは健在であった。アリスは声と顔をぱあっと明るくしてミネの方へと駆け寄って行き、カヤ達も衝突の衝撃で痛む身体をのろのろと引きずりながら戦車から這い出した。
「はぁ…はぁ…手段を選べですか…」
そして、己につきつけられたミネの指とアリス達を見ながら、ワカモはフラフラとよろめきながら立ち上がった。ひび割れていた仮面は部分的に砕けており、彼女の瞳が覗いている。その瞳には深い悲しみと、怒りのこもった視線がこもっていた。
「わかっていますよ、このようなやり方を望まれていないことも、喜ばれないことも。」
「ですが、ここまでしなくては私の怒りが晴れないのです…!」
「知っているのではないですか!?あの方の怒りを!悲しみを!苦しみを!しかしソレを胸の中で必死に抑え付けて、未だに笑おうとしているあの方を!」
「許せない、不甲斐ない!私だけでは癒せない!その無力を感じるほどに、私の胸は焦げるのです…。」
「破壊してしまいたい。何もかもを。今のあの方を悲しませるすべてを!」
「所詮私は怪物。あの方を思う熱情が、今は激情に変わっていく…後に引くなど、今の私にできるはずがございません…!」
ワカモは満身創痍である。しかし、そのギラギラとした瞳は未だに燃えている。ミネは盾を、アリスは杖を静かに構えた。
「…わかりました。やはりあなたには今、救護が必要です。」
「師匠、手伝います。ワカモを見ていて…アリスもそう思いましたから。
「…ここは任せましょう。私たちは例の三人を。」
「…わかった。」「…はい。」
去っていくカヤ達とドローンにワカモは目を向けない。その目は目の前の二人だけをじっと睨みつけていた。
遠くからサイレンの音が聞こえる、ブラックマーケットのあちこちから立ち上った火の煙と瓦礫の起こした砂煙の匂いが空気を詰まらせ、目に染みる。だが、二人はワカモから目を反らさない。助けたい相手から、目を反らしてはいけない。
先手をとったのはワカモであった。
ひらりとその場から後ろに飛び、衝突した車の上に降り立ち、そのままその姿を車体の影へと消す。
「光よ!」
閃光が走り、杖から放たれた光が車体を貫き、風穴を開け、爆発を起こす。だが、ワカモは既に車の後ろにはいない。爆発を背後にそのまま走り抜けながら、アリス達へと発砲を始めた。
ミネは冷静に盾を構えながらワカモの位置を追う。彼女のこの一定の距離を保ちながら己の位置を掴ませず、攪乱をするような戦闘姿勢に先ほどから手を焼いていた。狐坂ワカモは、非常に下準備が上手い生徒だ。ダメージの蓄積を、より大きな崩壊へと繋げることを得意としている。
彼女の手にかかれば、1発の弾丸が、1発のロケット弾を撃ちこんだような破壊被害へと変化する。どこまでがブラフで、どれが本命か。意図を見極め、適切に対処できなくては、背後に広がる瓦礫の山のような破滅に巻き込まれることになる。
(ここで、彼女に何ができるのか。何を考えているのか、それを見極めることは私には不可能です。)
だが、ミネはその見極めを放棄した。予測のできない未来ではなく、まず今、己にできる救護(最短)をミネは即決する。一分一秒すら惜しむ。それが彼女の救護である。
ワカモはコチラの様子を伺いながら、車の影から影、瓦礫の裏へと細かく位置を変えながら、正確な射撃をおこなって来ていた。時折放つアリスの光にはラグがあり、彼女を捉えられない。ミネのショットガンも、遮蔽に姿を隠されては有効打にはならないだろう。
「ふっ…!」
ミネは地を蹴った。彼女が得意としている跳躍からの急襲落下ではなく、地面と並行に駆けるタックルに近い動き。だが、正面に盾を構えたソレはただの生徒のタックルではない。
「ッッ!」
先ほどまでワカモが立っていた地点に真っすぐに、高速で突っ込んできたソレから身をかわし、ワカモは戦慄する。たまたまそこにあった標識の支柱がぐんにゃりとへし曲がっている。まるで大型車両に交通事故でも起こされたような有様だ。追突したのは一人の生徒であるが。
その生徒は突進のダメージなどないかのように体制を立て直すと、また盾を正面に構え、足を貯める体制をとった。ワカモは理解する。
「(近間でゴリ押すつもりですか…!)」
凄まじい勢いで再び真っすぐに突っ込んできたソレを、ワカモは瓦礫の裏に飛びこむようにして避けた。そのまま、体制を非常に低くしながら地を這う。アレを受け止めるのは今のワカモの装備では無理だ。近接戦に持ち込まれればコチラに勝ち目はない。だが、だからといって避けるだけではジリ貧である。
「光よ!」
「っ…!」
己の上方を突き抜け、瓦礫を粉砕し、大きく削りとった光の束に戦慄する。ミネだけならば苦労はするが、あしらえなくもない。だが、あの少女が遮蔽に対してこの砲を差し込んでくるため、体制をなかなか整えられない。
「(どうにかあそこまでたどり着かなくては…。)」
ワカモがちらりと一方向を確認しようとするも、近づく影に思考は遮られる。
「救護ッ!!!」
タックルがかわされたものの、ブレーキをかけ、ミネは方向転換を既に終えていた。光の杖によりその場から動けなかったワカモと既に充分に距離はつまっている。ミネのショットガンがワカモに襲いかかっていた。被弾は免れない。
「かぁっ!!」
ワカモは、非常に低い姿勢の飛び込みでミネの構えられた盾へとぶつかりにいった。ショットガンの散弾がワカモの身体を確実に削っていく、だが、ここでひるんでは本懐は果たせない。
「(自分から寄ってきた!?…好都合です、このまま押し切るッ!救護を完遂するッ!)」
構える盾がワカモに揺らされる前に盾を引き、そのまま近距離でショットガンを押し当てるように放とうとするミネの銃身を、ワカモは地から起き上がる反動を活かして蹴り上げた。ブレた銃身の弾が宙に放たれる。交錯するミネとワカモの視線。ワカモが地に立つと同時にポリカーボネートの盾と銃剣による近接戦闘が始まった。
「(コレであの少女の光で打ち抜かれることはありません…ですがこの膂力相手ではそう長くは持たないでしょう…ですので…)」
近接戦闘といってもその場で泥臭く拳をかわし合うようなものではない。ワカモにもその気はない。振った攻撃、突いた攻撃。互いの攻撃が交錯すれば、場所は細かく変わっていく。
…そして、ワカモの破壊活動を支える視野の広さと、ミネの猪突猛進的性格を合わせれば、任意の方向に、ミネを寄せることが、ワカモには可能であった。
「なっ!」
「師匠っ!!」
ミネがその場で転んだ。否、転ばされた。それはいつの間にか瓦礫と瓦礫に差し込むように間に張られていた、ワカモの赤い帯紐の一部である。ワカモはそれを器用に飛んで避け、ミネはそのことに気づかず地へと盾を間に挟みながら倒れ込んでいく。倒れ、立ち上がるまでの数瞬、ミネはこちらの妨害ができない。
その、一瞬動けなくなる隙をワカモは待っていた。着地と同時に全力でワカモは走り出す。ミネとアリスから距離を取るように。ある一点を確実に目指し、自らの破壊によって足場の悪くなった通りをひた走る。
「師匠、大丈夫ですか!」
「待ちなさいっ…!」
そして、その地点に辿り着いた時、倒れたミネに駆け寄って助けおこしたアリス、そしてこちらにショットガンを向けているミネを見ながら、ワカモは凶悪な笑みを浮かべた。
「そこでお亡くなりになりなさいッッ!!!!」
ワカモは懐からスマートフォンを取り出すと、彼女の狐面のアイコンが表示されているアプリを起動し、画面に浮かんだ赤い『発射』ボタンをタップした。
先ほどのビルの倒壊は、ワカモが用意していた破壊工作の一部であった。
ワカモは知っていた。学籍のない七囚人、ブラックマーケットは根城の一つであるが故に。アビドスの砂糖で阿鼻叫喚が溢れる現在のキヴォトスにおいて、ブラックマーケットが活気のあるように見える場所であろうと、ここの本質を良く知っていた。
ここは、キヴォトスで最も悪意に満ちた場所だ。どの学園もまだ、アビドスに寝返った生徒たちによって、信頼が崩壊した程度だ。既存の秩序が破壊されただけだ。けれど、ここは違う。とっくの昔にその先にいる。
一番最初にアビドスが砂糖を売ったのがブラックマーケットだ。あの当時のアビドスというなんの後ろ盾もない学校が危険性の高い不確かなモノを売ることのできる場所なんてここぐらいしかないのである。流通も販売も、ここから始まっていたのだ。生徒達を堕落させ、破滅させ、依存させる砂糖。その賢い売り方をよく知っている悪い大人がゴマンといるのがココだ。
だから、ここに来るような学校にいない生徒が、砂糖を売るための試食係になるのなんて当たり前のことだった。表の見える通りにはもう、彼女たちはいない。もっと深く、もっと地下、気味の悪い笑顔を浮かべて、もう話すことさえままならなくなった生徒が、何人もいる。
そのことを先生が知れば、また、血がにじむほどの怒りと悲しみに震えるとワカモは理解している。
故に壊す、ここで壊す。あなた様の望みの品を手に入れるのはあの泥棒猫とシロコさんに任せておけばいい。私に最もできることはコレだ。今、あなた様の頼りに応えられるのはコレだ。ブラックマーケットを今、ここで徹底的に破壊しておく必要がある。しばらく立ち直れないように、復興にかかりきりになるように。あの方をこれ以上悲しませないように…!
ワカモの発射の指令と共に、近隣の路地裏の業務用ゴミ箱に擬態されていた物体の蓋が開く。そこから放たれた飛翔体は、数秒すらかからない高速でワカモの目の前へと迫っていった。入れられていたポッドの大きさもあってか、大きさは60㎝、幅は15㎝もないだろう。
「なっ!あれは…!小型ミサイル…!?」
ミネが視認した時には、既にそれは着弾間近であった。逃げるのは間に合わない。アリスの光の杖による対空迎撃を行うには距離が近過ぎる。ワカモが一地点を目指して走りだしたのは、その破壊の範囲から逃れるためだ。咄嗟にミネは盾をミサイルの方向に構えた。守り切れるわけはない。それでも、目の前のアリスを庇う選択をミネはした。
「(どうか、コレで倒れてください...!私とて正気の生徒と争い、先生を悲しませることは今はしたくはないのです...!引けない私が愚かなのはわかっています…それでも…どうか…!!)」
彼女たちは確かに邪魔だ。だが、銃と拳をかわし合えば、悪ではないことなどはわかっている。どこか乞うように目を細め、ワカモが袖で顔を庇ったのは二人から目を反らしたかったからだろうか。爆風が通りを駆け抜け、爆炎と煙が立ち上り、二人は地に倒れ伏すだろう。しばらくは動けないはずだ。
「アリス、行きますッ!!」
勇者が、飛んだ。
師匠の真似をするように地を剛力により強く踏み、そのまま空中に飛んでいく。片手は黒いドローンに掴まり、跳んだ勢いのまま、彼女の身体を宙へと押し上げる。
そのまま空中で高速ですれ違いかける小型ミサイルを、アリスの小さな手は、確かに掴み取れた。
「んんっ””っッッ!!!!」
ロケットの勢いでアリスは一気に地へと引きずり落とされる。だが、着弾はしない。アリス地に足をめり込ませ、全力でミサイルの外殻を握りしめている。ロケットの噴煙がアリスの腕を焦がしている。手と肩に凄まじい負荷が掛かっているはずだ。
「アリスは負けません!アリスは勇者で、ヒーラーで、そして!今はミネ師匠の弟子です!ワカモを!師匠と一緒に救護してみせます!そのために、アリスが、壊されるわけには、いきません、から!!」
「な、あ”…はっ!こ、このっ!」
アリスのそのバカげた力任せの攻略法とすら言えない方法に、ワカモは唖然としていた。それが救護になるとでもいうのか?私の破壊を食い止めることが?言葉の意味を間違えているのではないのか?そんな思考が頭を駆け巡っていき、はっと正気に戻り、銃口をアリスに向け直した時には、既に遅かった。
(ありがとうございます、アリスさん。やはりあなたは、私の弟子にはもったいないほど、救護の心を既に持っていますよ。)
「救護っ!!!」
「っっっ~~~~~~!!!」
顎に食い込むように盾でのアッパーカットがワカモに炸裂した。仮面が完全に砕け散り、意識がぐらぐらと揺れる。今にも気を失いそうな所を気合と狂気で耐える。まだだ、まだ、負けていない。未だにアリスはミサイルを握っているはずだ。それを打ち抜ければ勝ちはこちらのものだ。まだ、壊せる。まだ、壊さなくてはならないのだ。先生のためなら、私は、なんだって。
『ハッキング完了。アリス、手を離して。』
「はい、リオ!」
アリスの傍に侍っていた黒いドローンから聞きなれない声が聞こえたと同時に、アリスはミサイルから手を離した。それは地に激突することなく、地面ギリギリをかするように高速で飛翔すると、先ほど積み上がった瓦礫の向こう側へと消えてゆく。そして、起きるはずだった爆炎が見え、轟音だけが聞こえてきた。
「今は眠りなさい。災厄の狐。」
至近で撃ちこまれる散弾全てが、ワカモの身体に叩き込まれた。凄まじい衝撃は、ワカモの意識を刈り取っていく。敗北感に包まれるワカモの脳裏にはあの日、あの時、ベンチに座って失意に沈んでいた先生の悲しそうな顔が浮かんでいた。
「ごめん…なさい、先生、私…」
「…先生は、生徒の悲しい顔はお嫌いだと思いますよ。」
「え…。」
ミネの言葉に、少し、一瞬目を丸くして、ワカモは意識を手放した。
地に倒れた彼女の顔。その目の下には、何かが下へと伝ったような跡がうっすらと残っていた。
「あなたのように、辛そうな顔をしながら暴れ続けている生徒を、救護しないわけにはいきません。」
ワカモにどこか慈悲のある目線を向けて、ため息のように息を吐き、静かにミネは呟いた。
「救護、完了です。」