ミゼラブル・決別篇6

ミゼラブル・決別篇6


「覆面水着団がでたぞ~!!!」


「なにっ!?さっきは向こうの銀行じゃなかったか!?」


「それが今度は第七区域で…」


「幹線道路の方にもうにげたんじゃなかったのか!?」


「クソッ、水着団め!ここまで大規模な組織だったとは…!」


「逃がすなよ!あんまりに多いからボスがボーナスを出すってよ!雑魚一人につき2万円!ボスを捕まえられりゃ30万円だってよ!!」


「そりゃいいぜ!稼ぎ時だぁ!」


「だそうですよファウストさん。」


「知りません違います無関係ですっ!!!」


表通りへと逃げ出したアビドスの生徒四人を追っていた勇者一行は、目の前をせわしなく駆け巡るブラックマーケット兵達のそんな会話を聞いていた。こうして話している間にも遠方からドカンと爆発音が響き、マーケット兵たちがせわしなく指示を受け取っている。

マーケット兵だけではなく、そこらのゴロツキ生徒達も覆面水着団探しをしているらしく、あちらこちらで小競り合いがおきていた。この喧騒によって、アリスたちの視界の中には、追っていたアビドス生達の姿もなくなっていた。


『彼女たちの位置情報は監視カメラ沿いに掴めています。先に進みづらいのは彼女たちも同様ですが…このままでは取り逃がしてしまいます。邪魔されない場所への誘導、かつ現状の騒動を掻き分けられる突破力が欲しい所です。』


アリスの傍にふわりと浮かんだドローンが涼やかな声でそう告げる。服用した生徒を発見したという情報を送った所、すぐにアリスの白いドローンが反応し、『声だけでも美しき賢者』と名乗るアナウンスがバックアップを行っていた。


「作戦が必要だな…で、お前たちは?」


アズサが己の足元に声をかけた。そこにはよくいるスケバンといった風情の生徒達が転がされている。しっかりとのされた形跡のある彼女たちは、向けられた銃口に寝転がったまま縮み上がると、泡を食ったように喋りだした。


「し、知らねぇ!私たちもよく知らねぇんだよ!狐面の女が急に話しかけてきて、いつの間にかこれを被って銀行強盗することになっちまったんだ。」


「いっせいにかつ、同時にやれば治安維持組織は手が回らないから、一番最後のあなたたちの場所は成功するはずだ…ってよ!くそっ、だまされたぜ…」


「ブラックマーケットにカチコんだ伝説の覆面水着団の一員だって言うからテンション上がってたのによぉ、アタシたち使い捨てられたんだ!」


スケバンたちの近くには脱がされた目出し帽が捨てられている。揃いの灰色をしたそれらには、額のあたりに『N』という文字がいれられていた。


「どうやら誰かが意図してこの騒ぎを起こしているらしいな。ここまで大規模に扇動するとはただ者ではなさそうだ…。」


「でも、なんでわざわざ覆面水着団の名前を持ち出したんでしょう…そのことを知ってる人はとても限られているはずです…」


「ん、この作戦は流石にどうかと思った。……でも、なりふり構ってられない。」


「そうだったんですね……え?」


会話にごく自然と混ざってきた声に慌ててヒフミはそちらの方を見た。その少し低く、淡々と区切るような声音は、ひどく懐かしく、ひょっとしたらもう二度と聞けないのではないかと、そう思ってさえいた声だった。


「シロコさん!!」


「むご、…久しぶりヒフミ。」


とっさに抱きついたヒフミに声の主は穏やかな笑みを返す。その少女にはアリスも見覚えがあった。アリスがシャーレを訪れた時に保健室で安静にしていた少女…砂狼シロコである。左目を覆う眼帯はいまだに痛ましいが、あのときと比べたらだいぶ元気そうだ。彼女は中身がそれなりにつまっているらしいダッフルバックを持っていた。


「よかった、ヒフミが元気そうで。ブラックマーケットには買い物?」


「あ、いえ、ちょっと違うといいますか…焼き討ち?が近いといいますか…それよりシロコさんです!どうしてこんなところに!?アビドスがあんなことになってしまって…無事だったんですか!?それにその傷は?」


「落ち着いてヒフミ。…今ちょっと忙しいから、全部は答えられない。」


旧知の中かつ、生粋のアビドス生であるシロコが現れたことに動揺が隠せないといった様子で、ヒフミはシロコを質問責めにする。が、シロコはいつの間にかヒフミに握られていた手をそっとほどいて、彼女をなだめる動作をとった。


「ごめん、もう行かないと。どうしてもヒフミの顔が見たかっただけだから。またね。」


「あ…その…!一つだけ!どうして覆面水着団がこんなにいるんですか!?」


「ん…」


あっという間に去っていこうとする友人に、たくさんの聞きたいことの中から、ヒフミがどうにかひねり出したのは、今目の前にあることに関する質問だった。その質問は、シロコに少しムッとしているような喉につっかえているものでもありそうな表情をさせると共に、彼女の足を止めた。


「ここまで大規模にするつもりじゃなかった。悪い狐につままれた気分。」


「狐?」


「ん。気になるならあっちの方向に行くといい。たぶんもう生徒は彼女一人しかいないからすぐにわかるはず。」


シロコが指し示した方向は各地で煙の立ち上っているブラックマーケットの中でも特に火の気が強い方面であった。くしくもそれは、先ほどアリス達がいた方向であり、ヒフミが放火を行った方向でもあった。


「じゃあ、銀行強盗の続きをしてくる。またね。」


「えっ?」


彼女の口にした物騒だが懐かしい単語を聞き返す暇もなく、シロコはあっという間にヒフミたちの元を離れ、指し示した方向とは逆方向に走っていってしまった。


「くっ…なんということでしょう…私ともあろうものが救護者を見逃してしまいました…!シロコさんはアビドスの生徒…今の状況に心荒れるのも当然です…その結果、銀行強盗に走ってしまうとは…!」


「はい師匠…シャーレにいたときのシロコさんはとても悲しそうでした。きっと救護が必要だと思います。」


普段とノリとテンションがあまり変わらないことを言うと面倒なことになりそうなことを察したヒフミは、話題を別にそらした。


「と、とりあえず、三人を今は追いかけましょう。シロコさんは、その、多分元気、だとは思うので!救護は後でお願いします!」


「うん。さっきの彼女が言っていた狐?とやら以外に向こうには生徒がいないんだったか。狐以外に邪魔する存在がいないならうまく利用できるかもしれない。」


「どうやって追い立てるのです?この混乱の最中を突っ切れないというのが一番の問題点でしょう?」


『皆さん、伏せてください!』


風のように去っていったシロコの登場で空気はかき回されたが、状況そのものは打開されていない。再びこう着状態に陥った勇者たちの耳に、ドローンから警告の声が響き渡った。

咄嗟にしゃがみ込んだ彼女たちの少し斜め上空、そこに黒い影が瞬きの間に通り過ぎたかと思えば、その着弾地点で爆発が起き、そこに行きかっていた生徒と兵士たちが吹き飛ばされる。


「ひゃぁははは!!オラオラどきな!チャラチャラヘルメット団様のお通りだぜ!こんな滅茶苦茶な状況で暴れないとか損だぜぇ!」


「ひっひっ!どうだよてめぇらの戦車を混乱に応じて奪われた気分は!最近はやたらとトリニティから戦車が流れてくるからなぁ!ちょろまかすぐらい簡単だったぜぇ!」


「おらおら!アビドスシュガー規制だがなんだか知らねぇけど最近おまえら態度でけぇんだよ!ぶっとびやがれ!!」


画に書いたようなガラの悪いヘルメット団達であった。彼女たちの真ん中には得意げな言葉通りブラックマーケットの塗装がされた戦車が鎮座しており、その砲塔を機嫌よさげに軽く動かしている。

そして、その影は既にアリス達の前から走り出していた。


「私は悲しいです…!混沌と混乱に惑い、それに乗じて学籍は無くとも共に生きる地の同士に牙を向ける…それは、今すべきことではないでしょうッ!!!」


「あぁ!?」


「なんだぁてめぇ?」


「あ!師匠!!」


左手に盾を右手に散弾銃を。既に構えられたそれらは、ミネが真っすぐと見据えるヘルメット団達に向けられていた。


「救護ッ!!」


「うわぁぁあ!人が宙を舞っ!」


「ぎゃぁぁああ!なんなんだてめぇ!」


「…一人でも大丈夫そうですね。」


「流石師匠です…!アリスも見習わなくては…!」


阿鼻叫喚に陥ったヘルメット団達があっというまにちぎっては投げられていくのを遠巻きにアリスたちが眺める中、ヒフミは彼女たちの乗っていた戦車をじっと眺めていた。


「…アズサちゃん。」


「ん、どうしたヒフミ。」


リュックサックをガサガサとヒフミは探り、一枚の紙袋を取り出した。それなりに年季が入った風情のそれには、二つの穴が横に並ぶように開けられている。ヒフミがそれをすっぽりと被れば、ちょうど目が穴から除き、それが被り物として幾度も用いられていたことが明確になった。


「アズサちゃん…あれ、借りられませんかね?」


「!…うん、任せて。」


紙袋を被ったその風体に、足元に転がされたままだったスケバンたちから異様な視線が向いていることを歯牙にもかけず、むしろ機嫌良さそうにヒフミは穴の中の瞳を和らげていた。それは、どこかなつかしさに浸るような目線である。


「その紙袋…まさか、テメェがあの伝説のファ…」


「あはは…そんなわけないじゃないですか。ただちょっと、戦車をお借りするだけですよ。ね?」


「ひっ…」


アズサとミネにより数秒ももたずに制圧されていくヘルメット団員達から聞こえていた悲鳴は、それから数十秒後にはマーケット兵たちから聞こえてくるのであった。


Report Page