ミゼラブル・決別篇1

ミゼラブル・決別篇1



「次の目的地を発表します!」


ババン!といった擬音が背景でなっていそうな、指差しポーズをアリスはとっていた。目の前にいる二人の生徒、カヤとミネも静かに小さなリーダーの発言を待っている。

キヴォトス救命同盟の医療テントを発ってから、しばらくのこと。勇者は次にどこに向かうつもりなのか?を仲間から訪ねられるのは必然であった。クエストボードを眺めていたアリスは、響く新たな通知音の内容を確認すると、パッと顔を輝かせてその依頼を受けると言い出したのである。そして、見栄を切り出したのであった。


「ブラックマーケット、です!!」


ブラックマーケット。このキヴォトスにおける治外法権地域の一つ。法とは、学校の自治権と言いかえることがこの世界では可能だ。どの学校の地域にも属していないというそこでは、それ故に、様々な事情で表に出せない商品の取り引きが行われる。だが、場合によっては、ヘイローの無事が保障されないことすらありうる危険地域である。


「依頼者は、えーと…『正体謎めく美しきハッカーとよんでください』…からの依頼です!」

(よんでくださいの部分は読まなくてよかったのでは?)

(アリスさんのお知り合いでしょうか?)


アリスによってそんな少し間の抜けた依頼主の紹介がされると同時に、フワリとその側を一機の白いドローンが現れて漂った。アリスの背負う光の杖からひとりでに分離したのである。驚き、警戒する二人に対して、スピーカーが内蔵されているらしきそれからは、涼やかな声が聞こえてきた。


『どうもお二人とも始めまして、このような姿で失礼します。』


『本来はこのような武骨な姿ではなく、声音からも伝わるように、涼やかで澄んだ姿をお見せしたいのですが、何分多忙でして、声のみで失礼いたします。私は勇者を導く姿なき賢者にして天才的ハッカー。端的に言えばアリスちゃんのお目付け役といった所です。今後とも、よろしくお願いします。』


『…姿を見せたいならばカメラを使えばいいのではないかしら。その程度の機能はついているわよ。』


フワリとアリスの傍をもう一機のドローンが舞う。同じく声が聞こえてくるそれは、もう一つのドローンの黒い色違いのようで、白と黒の二種類がふわふわと互いの存在を牽制するような距離感でカメラアイを向けあっている。


『わかっていませんね。ミステリアスなハッカーは旅の序盤では顔を隠しているもの…それがロマンという奴です。』


『ロマン?情報の機密性を高めたいというならわからなくはないけど、それは今必要なものかしら。状況の逼迫性を優先した行動を選択するべきではないの?』


『これだから都市排水の感性は…これはアリスちゃんの旅なのですからそれに合わせた演出をするべきでしょう。勇者に人知れず力を貸す謎の賢者、その正体や如何に……まあ、あなたとの小競り合いに貴重な時間を使うべきではないという点には同意です。時間は本当に惜しいですからね。』


二つのドローンの小競り合いに向けられる二人の困惑の目線とアリスのなんだか微笑ましいものをみるような目線に気づいたのか、くるりと白のドローンのカメラが三人の方へと向き直ると、依頼の内容を読み上げだした。


『ブラックマーケットにアビドスの新商品が卸されたという噂が現在、砂糖中毒者達の界隈でまことしやかにささやかれています。』


『これが単なる商品のレパートリーであれば、取り立てて依頼は出しません。ですが、その新商品の作用に気になる症例を発見いたしました。』


『映像があるわ、見た方が速いわね。』


黒いドローンから空中に投射された光が、画面を紡ぎ、映像を写し出す。画面内に時間を刻む数字があり、一方向から写し出されている所から見るに、どこかの監視カメラの映像らしい。

内容はキヴォトスではよくある小競り合いである。一人の生徒に数人がからみ、数秒で銃撃が飛び交い、乱闘になった。 

問題は一人の生徒がなにかを口に含むような動作をした後である。


「……これは。」


ミネがかなり深く眉にシワを寄せた。アリスやカヤもその映像に写し出されたものに驚き、恐れるように顔をひきつらせる。


『銃弾が効いていないかのような異様な頑健さ、恍惚した顔。暴走状態という言葉が適用できるでしょう。私たちの知っているアレに暴力性や凶暴化の副作用はあったけど、接種してすぐに変貌が現れるような作用はなかった。なにより…』


黒いドローンは暴れる生徒のトリップ真っ最中の顔を停止し、拡大した。そこに映る彼女の顔は爛々と目が見開かれ、白目に浮かぶ毛細血管すら見えそうなほどに血走っている。相手に襲いかかり、押し倒すその口元に浮かぶ笑みは、がくがくと何度もぶれていて、彼女がゲラゲラと笑いながら暴れていることを示していた。

画像をしっかりと写した後、ドローンは映像を再び再生した。


「…っ。」


続くのは絡んできた三人を狂喜のままに叩きのめした彼女の末路。先ほどまでは挙動不審な程にその場でがくがくと揺れながら笑っていたその動作は突如としてピタリと停止すると、顔から笑みが消える。口元をおさえ、みるみるうちに吐き気を催しているような顔に変わったその次の瞬間、ビグンッと大きく生徒は引き付けを起こした。

アリス達はその有様に驚きと恐怖を浮かべた。無論、彼女の悲惨さもある。だが、何よりも、引き付けをおこしたその瞬間、その表情は先ほどまでの狂喜も悪寒もない、無表情に近いひどく不気味なものであったことが、彼女たちに今まで感じたことのない本能的な恐怖を抱かせた。


(あれは…?)


その中でミネだけがその異常を見逃さなかった。それは彼女にとって、その映像の中の生徒は明らかに救護対象であるとして意識が切り替わっていたからであろう。救護対象者の救護すべき点を見逃さない厳しい眼が、その表情よりもおかしい奇怪さを捉えていた。


(ヘイローに、一瞬、もやのようなモノがかかったような…?)


そして、そのままふらふらとその生徒はその場で彷徨った後、映像はブツンと途切れた。


『…いきなりショッキングなものをお見せしましたね。すみません。…ですが、なぜ私達がその新商品に注目し、そして危険視しているのかは理解していただけたかと思います。』


『一瞬見えた異常な反応…ヒm…『スガタナキケンジャ』に任せている部類の現象が起きている可能性があるわ。従来の砂糖とは比べ物にならない程に危機的な事態よ。成分次第では、現在製作している対抗薬が全て白紙になる可能性すらある。流出した…いえ、させたのであろう映像もここで強制的に途切れているし、この生徒自体も監視カメラをハッキングして追いかけてみたけど行方不明。新商品だし、オンラインマーケットにもまだ出回っていない。…実物を実地で見つけ出した方が速いわ。』


『つまり…皆さん、ブラックマーケットでのアビドスの新商品について、実地調査をお願いできますか?先輩としてはあまり行くことを進めるような場所ではないのですけど…』


「任せてください!」


白いドローンがややゆっくりとアリスに近づき、下からカメラアイでのぞき込むようにするのを、アリスは掴んで持ち上げて、自分の顔の目の前に持ってきて目を合わせるようにした。


「砂糖の謎と恐怖を解明するのも、勇者の役割の一つです!何より…今のアリスには師匠ができました!ブラックマーケットみたいな怖い場所もへっちゃらです!」


『ふふ、お師匠さんのことを信頼していらっしゃるのですね。』


「はい!師匠がいると心強いです!勇気のステータスが200%になった気がします!」


アリスのニッコリとしたくったくのない笑みがカメラに向けられている。ミネは軽く手を握り、胸にあて、静かな吐息と共にはっきりと言葉を紡ぎだした。


「…このような要救護者が産み出されている…実に、実に嘆かわしいことです。アビドスによる救護者を一人でも減らすために、私たちの力が必要とされています。すぐにでもブラックマーケットに救護が必要ということです…アリスさん!!ブラックマーケットへ、いざ、救護ですっ!!!」


段々とヒートアップしていったミネの語調は、最後には直接的な行動となって、その場から土煙を上げながら走り出すと言う形で表現された。


「はい、師匠!いざ、救護~~!!!!」


『あっ、ちょっ…』


バタバタとアリスも両手をあげてそれについて走り出していった。両手に捕まっていたドローンもその動きにあわせて上方向へと投げ上げられ、ドローンからは焦ったような声が漏れ出す。


「実に元気がいいことですね。頑張りに期待できそうです。」


『現状でわかっている地図やデータはアナタの手錠に送っておいたわ。今更言う事でもないけれど、ブラックマーケットは危険な地域よ、商品を手に入れ次第、速めに出て頂戴。…意外な光景は見れるかもしれないけど。』


『あ、あの女、必要なことだけ行ってログアウトしましたね?それ以外にも色々と言ってやりたいことがこう、噴水のように湧き上がってきますッ……まあ、あの勢いとお師匠さんがいるならおそらく多少の火の粉は払えるでしょう。それでも、よく見ておいてあげてくださいね?…あなたもまた見られているのですから。』


「…わかりましたよ。」


突撃していくアリスとミネを、おいていかれぬようカヤと2台のドローンも少し早い歩調で追いかけていった。

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