ミゼラブル・決別篇3

ミゼラブル・決別篇3



まず、何から話したらいいでしょうか。


ナギサ様のこと、あの日のこと、ハナコちゃんのこと、ミカ様のこと…あはは、こう思うと話してみたいことがいっぱいありますね。これが全部、悪夢みたいな話だって思うと笑っちゃいますね………ごめん、アズサちゃん、ちょっと強がっちゃった。うん、時系列順に話してみます。


『アビドス併合』が発表されてすぐ、トリニティ内部の上の方はとっても混乱したそうです。そりゃあそうですよね、トップ達が合意してるとはいえ急すぎましたし。…でも、私達みたいな普通の生徒にはあまり関係のないことでした。砂糖のことも喧伝される前でしたし、何より、実感がわかないっていうか。上がすげ変わるとどうなるかなんて、体験したこともないのでよくわからないじゃないですか。だから、まだ当たり前の日常がそこにはありました。…その日がそんな日常の最後の日でした。

私、アズサちゃん、ハナコちゃん、コハルちゃん。友達4人揃って過ごせたあの頃の。


ただ、ハナコちゃんは発表されてすぐ、とっても真剣で厳しい顔をしていました。いえ、それより前からなんだか気になることがあるみたいで、時々物憂げだった気がします。いつもみたいに煙に巻かれてしまって、コハルちゃんがプンプンしてたっけ。

ハナコちゃんはこんなことを言っていたんです。『これからこの学園はとっても混乱すると思います。』『皆さん、お願いがあります。』『身を守るために、なるべく私たちと一緒に行動して下さい。心から信頼できる相手が、きっと重要になるはずです。』そんな風に。…しばらくしてその言葉が本当だってわかりました。


校区内で全面的にアビドス砂糖を使った食品を使うことが奨励されるようになったんです。


アビドス高校との親睦の証として、送られてくる砂糖。それを積極的に使用することにしたんですって。その頃には、連邦生徒会から危険性に関する宣伝もされていました。

つまり、校区全部をドラッグ漬けにしてくださいって、ティーパーティーが発表したんです。


だから、私はクルセイダーちゃんに乗ってティーパーティーを訪問しに行きました。


え?ああ、クルセイダーちゃんは戦車です。正義実現委員会からちょっと借りまして…。

だ、だって!アビドス併合が起きてからティーパーティーの皆さん併合に関する準備で多忙につき面会謝絶だって言うんですもんっ。だったらもう話を聞いてもらうためには、戦車で突入するしかないじゃないですか!


まあ、結果からいえば失敗したんですけど。


あっという間に正義実現委員会の皆さんが押し寄せて来ちゃって。流石に負けちゃいました。あの時、私、わんわん泣いていたと思います。それに怒って、叫んでいたっけ。だって、正義実現委員会の皆さんが明らかに砂糖を使っていたんです。その事に真っ先に気づいたコハルちゃんはガタガタ震えて、戦車の中で縮こまって動けなくなっちゃいました。許せませんでした。信じられませんでした。ナギサ様に、なんで、なんでですかって、叫び続けていました。


それで、私達4人には補習を言いつけられました。前みたいに旧校舎じゃなくて、校舎を改造して作られた、特別製の檻の中に一人ずつ叩き込まれての事実上の収監でしたけど。形だけでみれば反逆者ですものね。当然と言えば当然です。停学にならなかった事や、私たちに出されるご飯に砂糖が使われていなかったのは…ナギサ様にも少しは憐みがあったのかもしれませんね。


そして、私達が補習から解放されたとき、トリニティは学校どころじゃなくなっていました。


お友達が、砂糖のせいで部活で大喧嘩して、トリニティから出ていっていました。

シスターフッドは門を固く閉ざしました。入会者だけに門を開き、それ以外の生徒はどれだけ中毒症状で助けて欲しいと嘆いても、知らんぷりしてます。

正義実現委員会は砂糖を取り扱っていない店舗を摘発しています。料理にはお砂糖が必須ですもんね。

そんな風に色んな組織が、私達を砂糖漬けにしようとしてくる悪夢みたいな場所にすっかり変わっていました。


…そんな新しいトリニティの指針に反抗している生徒達もたくさんいました。連邦生徒会がソレがいけないものだって発表してますもん。どうなってしまうのか知ってる生徒もいます。


色んな生徒達がバラバラになって、小さく寄り集まって、砂糖に抵抗して、でも抗えなくって砂糖に手を出して。…あはは、いつか聞いたトリニティで色んな学校が内戦をしていたころみたいですね。


だから、私達は一つ大きな勢力を作ることにしたんです。

補習授業部として人を集める以上に、トリニティの勢力を利用して。

かつてのトリニティの三大勢力の一つ。ミカ様の率いるパテル派です。

かつてトリニティに反抗をしていた立場を利用して、ティーパーティーとしての要求にNOを叩きつけさせたんです。エデン条約の一件で処断され、冷たい目にさらされている勢力であったとはいえ、ティーパーティーの一大勢力が立ち上がったのは、非常に生徒達にとっても心強く、よりどころになっていっていました。


…このことを言い出したの、コハルちゃんだったなぁ。ミカ様なら、リーダーになれるんじゃないかって。ハナコちゃんも協力して…。どうにか未だに軟禁状態のミカ様に会って、了解を取り付けたそうです。

私達は目をつけられちゃっていたので、ティーパーティーのお二人と幼馴染で古い友人のミカ様だけが頼みの綱でした。


そしたら、あの事件が起きました。



そこまで、まるで堰を切ったようにこれまで起きたことを、彼女の体験してきたことを吐き出し続けたヒフミの口が止まった。


「うっ…うぅ…うぅぅぅ~~~……」


ぼたり、ぼたりと涙が打ちっ放しのコンクリートの床に落ちていく。アズサが近寄り、彼女の背を優しくなでた。


「ヒフミ、もう充分だ、先は私が話す。…ここまで、よく話してくれた。」


「…ごめんさい。アリス、辛いことをさせました。」


「き、気にしないで、ください。…なんだか、心からわきあがってくるものがとめられなくなっちゃって…スッキリは、しないですけど。でも、話したいって思ってますから。」


「…できそう?」


「大丈夫、アズサちゃん。」


ふと、アリスは気づく。ヒフミの目線はこの空間の何もない場所を泳いでいる。そこにある姿を探しているように。

そう、いたかもしれない姿を。話の中に何度もでてきた、彼女たちの姿は、ここにはない。

何度か深呼吸をしたヒフミは細く絞り出すような声で、話を再開しました。



あの日、根回しとか、交渉とか戦いとかがようやく済んで…ミカ様とナギサ様とセイア様三人でのティーパーティーの会議がようやく成立したんです。ハナコちゃんがとっても頑張ってくれたみたいです。

私も少し、ほっとしました。ああ、きっと何か変わるって。私の声は届かなかったけど、きっとミカ様なら、変えられるって。


でも、ミカ様はとうの昔に壊れちゃっていたんです。


いつからだったんでしょうね。パテル派の一人がミカ様の食事に、アビドスシュガーを少しずつ盛っていたんです。気に食わないからって。私達を裏切ったあの魔女が今更頼られてるのが気に食わなかったって!!

ミカ様は日々不安定になっていく心を必死に抑え込んで、私たちに協力してくれていたんです……。


でも、あの日。会議の成立した日の前日に差し入れされた、ロールケーキは、アビドスシュガーたっぷりのロールケーキだったんです。アズサちゃんとなんだか挙動不審だったパテル派の女の子からそれらのことを聞きだした時には、すべてが遅かったんです。


ミカ様は禁断症状のままに暴れ狂いました。


…近くには、会議の迎えにいったハナコちゃんとコハルちゃんもいました。



あはっ、あはは…瓦礫の山の中に重なる生徒たちと、ハナコちゃんが、血だまりの中に、倒れて、いて。

コハルちゃんの姿はどこにもありませんでした。

ミカ様はその場に膝立ちで呆然としていました。

ミカ様は『私のせいで、ごめんね』と一言だけ言って、そのまま、気を失いました。



ハナコちゃんを入院させて

コハルちゃんを探し続けて

後片付けをして

泣いて

泣いて

泣いて

泣いて


その後、私は、アズサちゃんとそこから逃げるように立ち去りました。




Report Page