ミゼラブル・決別篇2

ミゼラブル・決別篇2



ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナによるゲヘナ脱退。

トリニティのアビドス併合。

ミレニアムによるアビドスへの断固とした批判宣言。

連邦生徒会によるアビドスシュガーの危険性の喧伝。

これらの出来事の後、生徒達の間で異様に美味しいだけの甘い砂糖として認知されていたソレらが、大衆に認知されたドラッグへと立ち位置を変えた。結果、キヴォトス全土では大規模な治安の悪化が発生していた。何せ治安維持組織の生徒たちがシュガー中毒に陥っていることも少なくないのだ。おかげでカイザーの武装派遣システムが実に儲かっている、アビドス実に我々の売り上げに貢献してくれてありがたいことだ、と元・カイザー理事はいやらしい笑みを浮かべていた。

ともかく、治安を守ろうとする意識が全体的に低下しているのだ。砂糖欲しさの強盗、傷害事件、小競り合い。普段以上にどこか殺伐とした雰囲気を帯びたそれらは、無秩序と己の財と身を守ることを優先する偏狭さを呼び起していた。


「おぉ…とってもにぎやかです!」


だが、アリスたちの目の前で広がる光景はそのようなキヴォトス全土に広がる冷たく殺伐として雰囲気を忘れさせるような、活気と活力に満ちたものであった。


「チョ^効くシュガー入ってるよォ!一発で昏睡だよォ!」

「ベロニカでコレは安すぎる!買え!」

「試し打ちしていけって。ほら、別に死にゃしねぇしよ。なっ!それがウチの売りなんだしよ!」

「へっへっ、コレはとある筋から仕入れた盗撮モノでな…なんと、あの例の『大人』のヤツらしいぜ…」


路上に屋台を開き、下卑た笑みを浮かべながら聞こえてくるあからさまな違法商売とギリギリ合法の商品がマーブルになっている売り文句たち。ブラックマーケットへと急ぎ足で駆け付け、商品が多く、最もにぎわっている露店街はそんな有様である。ミネは店をのぞきこもうとするアリスの目にそっと手で覆いをかけた。


「あう、師匠、前が見えません。街ごとのショッピングの品揃えチェックはRPGの定番ですっ!」


「アリスさん、ダメです。ウィンドウショッピングは楽しくはありますが、目的を見失う可能性が高いです。今は例の新商品探しに集中しましょう。」


「はい…。」


「しかし…少々救護が必要そうな方が散見されますが、確かに賑やかですね。キヴォトスがこのような状況でも活気を失っていない…むしろ、だからこそこのような非合法な場所に活気がある…といった所でしょうか?」


「いえ、そういうわけではないと思いますよ。」


ゆっくりとした歩調でカヤがやってきた。彼女はきょろきょろと周囲の喧騒を見渡し、何かを発見すると、その存在をそれとなくミネに指し示す。


「見えますか、アレ。」


「あれは…どこのオートマータでしょうか。他所では見かけないタイプですね。」


「おそらくは、マーケットの私兵でしょう。アレ以外にも店を出している中にもカタギではなさそうな人物も何人か見受けられます。シュガーを売っている店舗はありますが、どの店の軒先にもあるような無秩序に拡散している風情は見受けられません。」


「つまり?」


「ここは違法市場であるとはいえ、確かに支配者がいる、ということです。そして、その支配者はここの秩序を守るつもりがある。新参勢力の売り込む新商品が勝手に幅を効かせているわけではない…のではないでしょうか。」


「成程、秩序が地に堕ちかけている状況だからこそ、元から独自の混沌を統制するブラックマーケットがかえって治安がよく、活気がいいというわけですか。皮肉ですね。」


「ええ、実に。…彼女の言っていた意外な光景とはコレのことですか。しかし、となると『アビドスの新商品』なんて鳴り物いりは、ここでは売っていないかもしれません。もっと深い所に…」


アリスはカヤとミネの会話をふんわりと聞きながら、ミネの手を目元から外し、肩にのせ、再びきょろきょろと周囲を見回していた。確かに、今までの救護対象者たちと戦闘を繰り広げたマップと比較すると、中毒症状を起こして道端で泡を吹いて倒れている生徒はいないし、取っ組み合いの喧嘩もない。ちょっとした小競り合いを起こしている所もあるが、それぐらいならキヴォトスではよくあることだ。それでも少し気になってアリスは雑踏の中で漏れ聞こえてくる小競り合いの内容に耳をそばだててみた。


「あの!本当にコレ、誰が売ってるんですかっ!」

「あぁん?秘密だって言ってんだろ嬢ちゃん!コレはな、『新商品』なんだよ。ココの住民でもないのに教えられねぇなぁ…」


「新商品??」


生徒達とにらみ合っているあの機械の店主、今確かにそう言った。アリスが口に出した単語にミネとカヤも自然とアリスが注目している店先に目を向けた。


「…あの方は?」


「気になります!声をかけてみましょう!!」


言い争っている生徒の姿を見たミネが意外そうに首を捻る中で、アリスはずんずんと近づいて行った。言い争っている内容や、生徒が手に持っているものが鮮明に見えてくる。生徒がもっているのはパッケージがされたお菓子の袋のようで、それにはキャラクターがプリントされていた。間が抜けて不気味ですらあるそのキャラたちは、愛嬌があると言われればあるような絶妙なラインをついている。ミネはそのキャラたちのことは知っていた、『モモフレンズ』のキャラクター達である。


「まずその『新商品』という言い方がおかしいです!ここはブラックマーケットですから公式ではない出来の悪いコピー商品があることは認めませんけど、否定しません!でも、コレの中身はあの『砂糖』を使ったキャンディじゃないですか!!モモフレンズがそんなものを出すわけないのにさもシリーズの新商品みたいに売ってるだなんて!!」


「ゲッヘヘそれがどうしたってんだい。誰が何を出しているかだなんて売る側にとっちゃどうでもいいんだよぉ!売れさえすればなぁ!なにせコイツはココで売ることもキッチリ認められてんだ。お嬢ちゃんにケチつけられるいわれはねぇな!」


「うぅ…確かに店主さんが何を売るかは自由ですけどっ、だったら誰がソレを作ったか…教えてくれてもいいじゃないですか!店主さんにはもう文句言いませんから!」


「作り手に不満を言うってか?じゃあますますお断りだな。商売は信頼なんだ。卸先を裏切るわけにはいかねぇ。何よりよぉ、こんなダッセェキャラの商品が砂糖のおかげでよく売れるようになるんだ、感謝した方がいいんじゃ……」


銃撃音が鳴り響いた。


「えっ?撃った?」


カヤが思わず驚愕の声を漏らす。ここはブラックマーケットである。全てが自己の責任で完結する場所だ。理性があるのならば、ここにおいて敵対行動を取るのは慎重にならなくてはならない。

撃たれたのはたったの一発だ。だが、その一発は見事に店主の脳天に叩きつけられた。至近距離だったとはいえ一切のブレと迷いのない射撃。怒りにかられて衝動的に撃ったとは思えない程冷静に放たれたソレは、店主を吹き飛ばし後ろの壁へと叩きつけた。

実行犯は、言い争いをしていた生徒の横でそれを黙って静観していた生徒である。言い争いをしていた生徒はおろおろと慌てて周りを見回しながら、撃った生徒に話しかける。


「あ、あはは…ちょっと撃つのは良くなかったんじゃないかな…」


「すまない。これ以上は埒が明かないと判断した。…それに、不愉快な文句をこれ以上聞く必要はないだろう。やはりここは口が悪い人が多いな。」


口争いの結果、店主を物理的に黙らせるという物騒極まりない手段にとった二人組に驚愕し、二人に近づいたにも関わらず、アリスは声をかけるタイミングを失ってしまっていた。だが、ミネは戸惑いながらも、真っ先に声をかけられる。それは、深い友人というほどではないが、彼女たちの人となりを知っていたからであろう。


「…あの、ヒフミさん、アズサさん。こんなところで何をしていらっしゃるのですか?」


声をかけられた二人は非常に驚いた顔をした。


「ミネ団長!?団長さんこそなんでこんな所に!?行方不明だと聞いていましたよ!?」


「久しぶりだな。…元気そうでよかった。確かに潜伏先としてはここは悪くない地域だ。一緒にいるのは友人か?」


「はっ、バイオレンスに圧倒されてテキストメッセージを失っていました!アリスです!ミネ師匠の弟子でヒーラー系勇者です!よろしくお願いします!」


「ふむ、ミネの弟子で勇者?なのか。カッコいいな。私はアズサだ。よろしく頼む。」


「…カヤです。」


「あ、えっと、ヒフミです。よろしくお願いします…?」


「とりあえず…これ以上の立ち話はやめた方がいいだろう。」


アズサがチラリと見た方向からは、ズサズサと足音を立てて、ブラックマーケットの私兵達が押し寄せてきている。統制のとれているブラックマーケットで砂糖に関連した騒ぎを起こしたのだ。当然の事態である。


「逃げようヒフミ!隠れ場所の検討はついている。」


「あっはい!用は済みました!行きましょう!」


「とりあえず、ヒフミさん達についていきましょう、彼女は信頼できる生徒です。」


「承知です師匠!アリス、逃走路を開きます!!」


「…本当に信頼していいんですかねぇ!この人たち危険人物の匂いがするのですけど!!」


アズサ、ミネ、アリスに吹き飛ばされていくオートマータ達。それなりの爆音と悲鳴を潜り抜けながら、アリス達はブラックマーケットの外れの方へと一気に駆け抜けていくのであった。



ブラックマーケットのテナントのない空きビルの一つ。とはいっても空き物件とは名ばかりなのか、明らかにナニカに使用された形跡があるのが、どこかイヤな雰囲気を内部に漂わせている。

襲い来る兵隊たちから逃げ出して数時間後、そんな中にアリス達とヒフミたちは各々座り込み、互いのブラックマーケットにやってきた経緯を話すこととなった。アリスの元気のよい説明を頷きながらアズサは答えを返す


「異様な作用を引き起こす『新商品』か…奇遇だな。私たちも『新商品』を追いかけて来たんだ。」


「はい。『モモフレキャンディ』をパクったパッケージの商品を持っている生徒さんがいて、どこで手に入れた新商品なのか聞いたら、ブラックマーケットから流れて来たって言っていたんですっ!こんな商品、出されてないのに…。」

「見てください、コレが本当の商品でっ、コッチがパクりです!全然違います!!」


ヒフミはやや興奮したようにリュックサックから中身が空のモモフレキャンディのパッケージを取り出して周囲に見せつける。が、アズサ以外の3人にはあまり伝わっていないことを感じ取ったのか、照れたように笑いながら、ヒフミはいそいそとリュックにしまい直した。


「あ、あはは…とにかく、偽物が出回っているなって思ったら、中身がアビドスのあの…例の、砂糖でできた飴でっ!こんなの許せないって思って、誰が売っているのか調べようとブラックマーケットまで来たんです…そしたらまさか、ミネ団長とお会いするなんて…。」


「それは本当にビックリした。ミネ、あなたがいなくなってから、トリニティは大変だ。何をしていたんだ?」


「…当然、救護です。トリニティ内部にいつづけては、適切な救護ができない状況に陥りかけ、情けないことですが、逃げ出さなくてなりませんでした。…非常に、非常に心苦しく思っています。本当は、トリニティでこそ、私は活動しなくてはならないのですが…っ…!!」


ギリリと悔しそうに歯を食いしばり、拳を握るミネに、申し訳なさそうにアズサは目を反らした。


「…そうだよな、かつてのセイアの時のように、あなたが戻れないのならば、何か理由がある時だ。すまない、私も少し、今のトリニティに疲れているみたいだ。」


「確かに、最近のアズサちゃんはちょっと気が立っているかもしれません。アズサちゃんのおかげでトリニティで私は無事でいられるようなものですし…。」


ヒフミとアズサの顔に暗い影がかかる。悔しそうなミネと合わせて、ビル内の淀んだ空気がズシりと重いものになったような感じがした。


「…あの、今のトリニティがどうなっているのか、皆さんがどんなことを体験したのか聞いてもいいですか。」


アリスの言葉に迷うようにヒフミとアズサは顔を合わせる。己の胸の内の言葉が途切れぬように、アリスは言葉を続ける。


「詳しくは、話さなくてもいいです。苦しんでいるなら、助けが必要なら、詳しい事情はわからなくても助けにいくのが勇者ですから!でも…二人はなんだか辛いことがあったみたいです。アリスはっ、辛いことは口に出した方がいいと思います。勇者として、正面から向き合いますからっ!」

「ハッピーエンドを迎えるためには、悲しいことや苦しいことを乗り越えていかないといけませんから!」


二人にかかる暗い影をどうしても見逃すことができないと言いたげに必死に紡ぐアリスの言葉を、アズサとヒフミは少し目を見開きながら聞いていた。やがて、二人はまた目を合わせた。先にヒフミが小さく首を縦に振ると、アズサもそれに頷きを返し、ヒフミはアリスに向けて語りかけた。


「ありがとうございます、アリスちゃん。…ちょっと、話してみようと思います。確かに向き合ってみるのも悪くないかもですね…ミネ団長も、トリニティを留守にしていた間、どのようなことになっていたかキチンとは知らないと思いますし…。その、簡単に言えば……。」


ヒフミがその先に続けようとした言葉は、どこか上擦っていて、彼女自身がその言葉を口にする葛藤と息苦しさを示していた。


「トリニティは今、学校と呼べる場所ではなくなってしまったんです。」


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