ミゼラブル・勇者編6
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障害物を蹴散らしていったミネの進路上。真っすぐ体育館へは迎えるが、そこには足を取られるような穴や、壊された瓦礫などはその場に残されたままだ。ずんずんと剛力のままに突き進めるアリスはともかく、身体的には生徒より大きくおとる先生は時折ふらふらとして頼りないように見える。
”おっと。”
ぐらりと揺れたその影をがしりと掴んで引き留める、特徴的な影があった。
「ちょっと、気を付けなよ。」
”ありがとう、カズサ。”
揺れているのは頭上の猫耳。いつの間にか、カズサは歩きだした先生にぴったりとついてきていたようだ。
「疲れてるみたいだね。ちゃんと…は寝れないか。こんな状況だし。でも、ちゃんと寝なよ。」
先生の顔色を見て心配そうな微笑みをかけながら、カズサはそっと肩を寄せるようなしぐさを見せた。
”カズサこそ。…皆のことは…。”
「…今は、やめて。」
だが、そんなカズサへの返答として、先生の口からゆっくりと、慎重に出されたその言葉は、彼女の顔に影を落とした。近づいた半歩の踏み込みも、一歩分離れてしまう。
「…こんな所で、先生に話せるような気分じゃないから。」
その声は絞り出すような辛さがにじみ出たものであった。苦いモノを噛んでいるような口、そしてその目には葛藤と悲痛…そして憤怒が明確に浮かんでいる。
”…うん。いつでも、私に話してね。”
「…ありがと。」
口では感謝を述べたが、カズサの顔に浮かぶそれらの負の感情は消えていない。だが、ほんの少しは和らいだように見えた。
「先生!急ぎましょう!カヤが待っています!!」
カズサに合わせるようにゆっくりとした歩調になった二人に、先の方で入口に既に辿り着いていたアリスがぶんぶんと大きく手を振り、声を張り上げている。
「今はあの子についてあげなよ。…私は大丈夫だから。」
”カズサ。”
立ち止まり、軽い微笑みを向けてカズサは先生を見送ろうとしている。
包帯の残る痛々しい手足や顔。
ポケットにつっこまれた両手。
荒れた戦場の中で一人その場で立ち止まり、こちらに微笑みかける姿。
先生は穏やかにゆっくりと、だがはっきりとした声で、彼女に呼びかける。
”辛いときは、どんなことでも、いくらでも、私に言って。”
見開かれる目。ぴくりと揺れる耳。口が一瞬きゅっと結ばれる。
その押しとどめようとする一瞬の内に、少女の胸の中に押し寄せた感情の濁流を先生はその表情から、察しただろうか。
「…いいから、行きなよ。」
その濁流を必死に押しとどめて、笑っているような泣いているような笑顔を浮かべた彼女のその言葉に、諦念混じりの拒絶があるということも。
”……またね。”
「うん、また。」
先生は少なくとも今ここではカズサに小さくうなずいてアリスの元へと歩いて行った。戦場に一人残された影はしばらくその場でゆらゆらと揺れた後、それをぶるりと大きく震わせて、体育館とは逆の方向へと遠ざかっていった。
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ミネ団長を追いかけてBダッシュでたどり着いたその場所は、何者かの襲撃を受けたように荒れていました。
狭いそこには薄汚れた麻袋の山がわずかな足の踏み場を残して積み上がっています。袋の多くには穴が空いていて、中身の白い粉が地面にどっさりとこぼれだしていました。それらの側には治療跡のある生徒たちが、ぐいぐいとはじの方にまとめてよせて転がしてありました。
そんな袋と転がる生徒たちの間の真ん中あたり、唯一確保されたスペースにここで配られたナースキャップと、傍らにぐったりと袋にもたれかかるカヤがいました。既にその傍には、彼女に包帯を巻いているセリナ、その様子を見守っているミネがいました。
「えっ、あれ!?」
セリナ先輩?
「おかしいです!先生!!アリスたちは真っすぐここに来たはずです!セリナ先輩もあの時一緒にいたのに、いつの間にか追いぬかれています!?」
”あはは…なんでだろうね。”
「そういうものですよ。」
「ええ、そういうものです。」
先生はごまかすように、ミネ団長は平然と、セリナ先輩は少しぎこちないですが穏やかに微笑むだけです…はっ、もしやこれはアレではないでしょうか。
「これは…『イインダヨ』です!」
「?」
「テストプレイの時に『ねぇ、このキャラここにいるのおかしくない?』『このフラグあきらめたヤツじゃん』『この武器種のキャラもう離脱してなかったっけ…』などと言われた時に、ぎこちない笑みとともにモモイとユズが口にするワードです!」
そんなとき、アリスは深く突っ込むべきではないと、ミドリを真似してやってみたら二人をベコベコに凹ませたことから理解しています。
「な、なるほど?」
”…まあ、そういうことかな。”
「……セリナさん。アリスちゃんの言うことは自己完結も多いのできちんと理解できなくても大丈夫ですよ。」
「あ!カヤ!!生きていたんですね!」
セリナ先輩がいた衝撃に気を取られていましたが、カヤは不機嫌そうに言葉を放っていて、元気ではあるようです。アリスはぱたぱたとかけよって、光の杖のスキャン機能で、カヤの外傷を確かめてみました。
身体にはとくに怪我はしていないようです。包帯が巻かれている頭、それも近しい一点だけに見事にたんこぶができています。綺麗なヘッドショットをくらったと言ったところでしょうか?
「よかったです…仲間の離脱イベントはとても、とても悲しいことですから…。もう勝手にいなくならないでくださいね!」
「…近いです。」
先生に言われていたとはいえ、カヤが無事だとわかるとやはりほっとします。カヤの顔をのぞきこんで話しかけると、少し顔を背けて手で押し返されてしまいました。拒絶です。仕方がないのでうっすらと笑みを浮かべている先生の方に戻って、びしりとカヤに指をつきつけました。
「カヤ、一体何があったんですか?この倉庫の状況で何もなかったとは言わせません。説明パートを求めます!」
「…そうですね。ではまず、大前提から。ここにあるものが何なのかわかりますか?アリスちゃん?」
散らばる白い粉と袋。時折ある毒々しい包み紙の残骸。そして、気絶した生徒たちの驚きや驚愕のなかにいりまじる気持ち悪い笑顔。
「…ここは、砂糖の倉庫です。」
「その通りです。」
よくできました、とでもいいたげに大きくかぶりをふると、カヤはゆっくりと立ち上がり、ミネ団長と向きあいました。
「さて、団長殿。人々を砂糖中毒の魔の手から救わんと粉骨砕身していらっしゃる同盟に、なぜその元凶たる砂糖の保管倉庫があるのか。私はよく理解しています。」
「これらは、『押収品』なのですよね。」
「…ええ。」
ミネ静かな表情で小さくうなずいて、カヤの言葉を促しました。
「あなた方の救護活動は実に熱心ですものね。各地での救護活動の記録がここにも残っていましたよ。その際、当然、砂糖は没収していたのでしょう?」
「砂糖…それは今のキヴォトスを脅かす、薬物そのものです…その場に放置しては、救護が完遂したとはとても言えません…!ヴァルキューレは、その…あまり頼りになりませんし…。私たちで押収するしかなかったのです。」
「ええ、心中お察ししますよ。今のヴァルキューレの腐敗っぷりには私も胸を痛めています。」
そんなカヤの発言を聞いた先生の顔はとても愉快な形になりました。怒ってはいませんが、おどろきとあきれがおの中間で固まった激レア表情差分です。横でアリスも真似をしておきましょう。
「…話を続けますね。」
軽くまぶたをピクピクさせながらスルーされました。でも、セリナ先輩は少し口を押さえています。
「ともかく、あなたたちは本意ではないとはいえ、救護活動を通じて、砂糖を集めることになったわけです。そして、襲撃が起きるようになった。違いますか?」
「人手はここ最近の砂糖に関連した騒動で、騎士団、医学部、双方ともに不足していました。穴を掘ってわざわざ処分することもできず、それでも、と出来る活動をしていくうちにやってきた限界、とでも言うべき事態が、あれらの襲撃でした。」
なるほど…あのゾンビたちはシュガーゾンビだったわけです。砂糖を奪われた生徒達の正気の失い方はただごとではありません。ゾンビのようにもなってしまうというわけです。
「でもカヤ。それとここに転がっている生徒さんや、カヤが撃たれたことに何か関係があるのですか?」
「ええ。先ほどミネ団長はおっしゃっていましたね。限界だ、と。ここにいる生徒たちもまたその証拠。襲撃騒ぎに乗じて、ここに忍び込んだ『救護者』達なのですよ。」
「…やはり、そうですか。」
ミネは悔しそうに唇を噛みました。
「少々怪しい動きでこっそりとテントから抜け出していらっしゃる生徒たちがいたので、こっそりと後をつけて見たところ、ここを見つけてしまったのです。体育館が広いといっても、重症化していない砂糖中毒者達もここには多くいます。見つかるのは時間の問題だったでしょう。」
「なるほど…カヤはナース探偵勇者をしていたのですね。では、なぜヘッドショットされてしまったのですか?」
「…これは……。」
カヤが頭に巻かれた包帯を軽くなでながら、細めている目の隙間からちらりとアリスの方を…いいえ、視線の高さから見るに、先生の方を見たような気がします。ですが先生は返事をせず、複雑な表情で小さく頷くだけでした。
「…襲撃者の中に中々手練れの生徒がいたのです。こっそり様子を伺っていたら、後ろから撃たれてしまったのですよ。ただ、その後仲間割れでもしたのか、襲撃者達は見ての通り私と並んで転がる羽目になったようですが。」
「仲間割れ、ですか。」
ミネはなんだか訝し気にじっとカヤと先生を見ると、質問を投げかけました。
「先生はカヤさんが襲われたことをしっていましたよね。今の話の中に先生は登場しませんでしたが、どこで知ったのですか?」
”それは…”
「これですよ、ミネさん。こちらの腕輪は現在、シャーレの先生との直通ホットラインとなっております。いつでも指示の受け取りや状況の報告ができるというわけです。砂糖の倉庫という生徒の悩みの種になっていそうなモノを見つけた時点で、先生に是非ご報告するべきと思ったのです。管理不足に気をとがらせるのはわかりますが、そう気をたたせずともよいでしょう。」
カヤはすらすらとミネ団長に言葉を告げますが、ミネは固い態度を崩しません。確かになんだかカヤと先生は何かを隠そうとしているような感じがアリスから見てもしました。ですが、アリスは勇者です。勇者ならば仲間にすることは決まっています。
「ええと、その。カヤは悪い生徒でしたが…今は、勇者パーティの道化師なので!どうか、信じてあげてください!きっと、カヤもキヴォトスを救う勇者となる生徒なので!!」
「アリスさん…。」
勇者なら仲間を信じる!まずはそこからです!裏切られたら、またその時です!
カヤは確かにまだちょっと不安ですけど…先生は間違いなく信じられます。なら、カヤのことも信じてみるべきです。
「…そうですね。少々気をはりすぎていたかもしれません。それよりは、今後のことに目を向けるべきですね。」
アリスがぺこりとお願いすると、ミネは少し笑みの混じった吐息を吐いて、キリリと張り詰めていた顔が少し穏やかになったような気がしました。
”ごめんね、ミネ。気をつかわせて。”
「お気になさらず。私が誰かの善意を信じなくては、この世は救護すべき人しかいないことになってしまいます。むしろ疑いの目をむけてしまい、すみませんでした。」
「お気になさらず。それよりは今後のお話をしませんかミネ団長。ここの砂糖の処分、お困りなのでしょう?先生、今のシャーレのミレニアムとの全面的な協力体制ならこれらをあずかれるのではないですか?……まだまともなヴァルキューレにもツテがありますし。運び出すための優秀な特殊部隊もいますしね。」
”うん、できると思う。皆にまた、手伝ってもらわないとだね。”
「引き取ってくださるのなら、是非お願いしたいです。つきましては、セナ部長も交えて運搬作戦を後でまとめましょうか。ここの管理はセナ部長も管轄していらっしゃいまして…。」
三人は真面目な顔をして、なにやら作戦会議を始めました。アリスはよくわからないのでニコニコと眺めるだけになってしまいます。少なくとも、カヤは無事で、ミネ団長にもカヤを信じてもらうことができました。ここから砂糖がなくなれば、きっと襲撃も減るでしょう。
確かにカヤの話は、なんだか抜けているような所があるきはします。でも、今はそれでいいと、アリスは思います。仲間であるということは、すべてを知っていることでなくともいいのです。
「…いきましょうかアリスちゃん、まだまだお手伝いしていただきたいことはたくさんありますから。」
「わかりました、ナース勇者、ふたたびクラッシュしないようタスクを処理します!」
こっそりと話しかけてきたセリナ先輩に頷いて、アリスは狭い倉庫から出ていこうとして、ふとあのことが気になりました。確かに抜けている部分があってもいいかもしれません。でも、わからないことはまず聞いてみるべきです。
「セリナ先輩。聞きたいことがあります…」
「ん、なんですか?」
「どうして最初に出会ったとき、アリスたちはミネ団長に殴られてしまったのですか?」
その問い掛けにセリナ先輩は少し気まずそうな顔をした後、ごにょごにょと囁くように答えを教えてくれました。
答えを聞いたアリスは三人で話し込んでいるミネ団長の顔を思わずじっと見ます。
アリスは、一つのことを思いつきました。
上手くいくかはわかりません。いえ、断られるかもしれません。
でも、もし、ミネ団長が望んでくれるのなら。
「?どうかしましたか?」
「…いいえ、また後でお話します!」
ミネ団長をじっと見つめていると視線に気づいたのか、ミネ団長がアリスを見返してきました。アリスは逃げるようにその場を後にしてしまいました。今度はミネ団長が怖かったからではありません。
アリスのしたいことは、あそこではできないことだからです。
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その後は、先生はすぐに体育館からヘリで去っていきました。帰る時にはハグをして、お礼を言いました。アリスの胸はポカポカしましたけど、先生はどうだったでしょうか。先生はきっと今、ずっとくるしいはずです。だから、せめて、あの時ぐらいは、先生の胸もポカポカとしていたらいいなとアリスは思っています。
先生を見送った後も、救護テントで先にアリスたちは再びナース勇者としてお手伝いをしました。ケガ人…救護者たちがどさどさと運びこまれるなかで、同盟員の方たちと一緒にタスクをいっぱい処理して、色んなことを教えてもらいました。ナース勇者として、着実にレベルアップできたと思います!
…そういえば、今度はカヤもクエストクリアまで、キチンとお仕事してもらいました。あの猫耳の生徒さんが気づけばいなくなっていたからか、今度は喧嘩することもなく、体力ゲージをゼロにして倒れています。
そんな風にバタバタとクエストをこなしていたらあっという間に夕方になって、日は落ちはじめていました。アリスもカヤと同じように今すぐ休憩して、HPとMPを全回復したいです。でも、それよりも先に、アリスは彼女を探しに行きました。きっと、今が丁度いいはずなので。
「ミネ団長。」
「アリスさん。」
戦場からは人がすっかりとはけて、破壊されたバリケードや瓦礫が影を長く伸ばしています。それらの中心で、地に盾をつきたてた彼女はどこか遠くをみるように、じっと戦場の外を見つめていました。戦場に立ち、一人夕日と影に照らされているその姿勢は、とてもしっかりとしていて、ゲームで神殿を守っている守護の石像をアリスは思い出しました。そういった石像は、何かを守るためにそこに立ち続けているのが定番です。守るために己の身を投げうって、ただそこに居続けることは、石像で無くてはとても苦しいのではないでしょうか。
アリスの声掛けに振り向いた顔は少し意外そうで、すぐになんだか睨んでいるような表情に戻りました。でも、もうアリスは、彼女の目を真っすぐに見れるようになっていました。
だから、アリスが言いたいことも、真っすぐにいう事ができました。
「アリスを、ミネに弟子入りさせてください!」
「……弟子入り、ですか?」
お願いと共に下げた頭を、ミネの少し困惑した返答と共にあげて、ミネの顔を見ます。ミネの顔に浮かんでいるのは戸惑いです。
アリスとミネは出会ったばかりです。まだ一日も経っていません。
けれど、その間だけでも、一つだけ、ミネのことで確かにわかったことがあります。
それは、ミネはとても心をとてもはっきりと出す人だという事です。
「アリスは、キヴォトスを救う勇者になりたいと思っています。」
「今のキヴォトスは、かつてのキヴォトスから変質しました。狂気と悪意が、この世界を塗りつぶしました。」
「それでも、アリスは勇者でありたいと…泣いている誰かを、傷ついている誰かを、苦しんでいる誰かを助けたいとそう思っています。」
「勇者であること。それは『誰かを助けたい思う気持ち』そのものです。」
「ミネ団長。あなたは、今、このキヴォトスで、誰より勇者らしいと、アリスはそう思いました。」
「心のままに、信念のままに、許せないことは許せない、救いたいものがあれば、迷わない。」
「皆が狂っていくキヴォトスで、救護を、助けたいという気持ちで誰よりも先に走っていく、団長の姿は、とても、勇者らしいと、アリスはそう思います!」
「だから、まだまだ見習い勇者のアリスは、ミネ団長に弟子入りがしたいです!!ミネ団長の『救護』の精神を学ばせてください!」
「…私が『勇者』ですか。少々面映ゆいですね。」
最初は困惑していましたが、ミネ団長はアリスの言葉をしっかりと、真剣に聞いてくれました。睨むようだった目線も、アリスをじっと見据えるようなものに変わっています。いいえ、きっと違うのです。ミネが厳しい顔をしていることが多かったのは本当です。でも、睨んでいたのではなく、アリスと目線を合わせようとして、睨むようになってしまっていただけだったのだと思います。アリスの言葉を真っすぐ目をみて聞こうとしてくれいたのです。
だから、精一杯アリスも言葉を紡ぎます。
「そして、アリスの師匠になったら、アリスの旅についてきてください!!」
「…それは。」
ミネの言葉が濁ります。
ミネはここの団長です。既に仲間がいます、たぶん、責任もあります。アリスがミネの振る舞いに勇者の光を見出したように、同盟員の皆さんも光を見ていたと思います。それはとても心強かったはずです。
それでも、アリスはミネ団長を旅に誘いたいのです。
セリナ先輩は言っていました。同盟ができてすぐは、ミネ団長自ら、同盟員と共にキヴォトス各地を巡り、多くの救護者を救護していたと。いくつかの班に分かれ、合言葉を伝達、ミネ団長が現場に急行して制圧を行っていたそうです。
ですがここ最近は襲撃の対処にかかりきりで、あまり救護活動が出来ておらず、ここシャーレ周辺のパトロールのみになっていたそうです。
アリスたちが吹っ飛ばされてしまったのは、同じくパトロールをしていた別の同盟員の伝達の合言葉と勘違いしてミネ団長が大急ぎでかけつけたからなのでした。
出会ってからの、きんちょうした、どこかはりつめた態度。アリスはミネ団長のことをまだ多くは知りません。でも、心をまっすぐに口にするミネ団長が、それは、なにかを我慢しているように見えました。だから、アリスはミネ団長を誘いたいのです。
「ミネ団長は、きっと、もっとたくさんの人を助けたいのではないですか!」
「誰かを守るミネ団長はとてもカッコいいです。それもまた勇者のあり方のひとつだと思います。」
「でも、団長さんは、いえ、師匠は、誰よりも先に走り出す人だとアリスは思っています!」
「だから、アリスと一緒に来ませんか!アリスの側で、師匠として、団長として、勇者として、ミネとして、キヴォトスを『救護』しに来てくれないでしょうか!」
「お願いします!!!」
大きな声で、精一杯にミネ団長の目を見つめ返すようにアリスは頼みました。
ミネ団長は、アリスが話しているあいだ、一度も目を離しませんでした。ただじっと、アリスの話を聞いていました。そして、アリスの言葉を最後まで聞くと、盾をその場に刺したまま、軽く、膝をおりました。
アリスとミネの顔の高さが初めて揃って、ミネの顔がよくみえます。その口許には穏やかな微笑が浮かんでいました。
「救護の道のりは一つではありません。私が示せる手本があなたと同じとは限らないでしょう。」
「それでもよろしければ、喜んで、あなたの師となりましょう。アリスさん。」
「!」
やった、やりました!弟子入り成功です!
嬉しくて、そのままぴょんと師匠に飛び付き、抱きつきます。
「よろしくおねがいします!師匠!アリス、見習い勇者から一人前の勇者になれるよう、頑張ります!!」
「はい。励んでくださいね。明日からはもっと忙しくなります。今日はもうゆっくりと休みなさい。」
「はい師匠!一日の終わりはベッドでセーブです!でも、ミネも休みましょう!弟子は師匠を労るものですから!」
「ふふ、そうですか。…ええ、そうですね。私も休みましょう。今日は疲れました。」
銃をしまったミネが盾を片手に持ち、歩きだそうとしたので、アリスは手を差し出しました。行く場所が同じなら、一緒に行くべきです。パーティインしたらそういう使用になるものですし。
ミネは一瞬、よくわからないという表情をしましたが、すぐにアリスの手をとってくれました。
そのまま二人でアリスとミネは体育館へと歩きだしました。日はほとんど沈み、アリスたちの影は長く引き伸ばされ、ぼんやりとし、戦場の残骸たちと入り交じっていきます。
夜はもうすぐです。そうしたらまた朝がきます。
師匠のいる、新しい朝です。
ぱんぱかぱーん!ミネ師匠がなかまになった!
キヴォトス救命同盟医療テント、一角にて。
「セリナさん。ミネ団長殿は、どうやら救護の旅に既にご出発しましたか。」
「はい。後のことを任されました。まあ、わりと慣れているというか、騎士団は団長がおらずとも救護の精神を実行するようよく言われていますし、組織自体に大きな問題はないとは思います。今後はシャーレやミレニアムとも協力体制を取れますし…頑張らないと、ですね。」
「…任されたことは、それだけでしょうか。」
「……はい、そうです。」
「ふむ…。…仕方がありませんね。あちらは今、なにやら一周回って暇だそうですし…」
セナはどこかに電話を掛け、なにやらお願いを始めた。電話口の相手はセナの急な要請をしばらく拒絶していたようだが、淡々とした口調でお願いされ続け、先生の名前がでたあたりで根負けしたらしい。セナはぷつりと電話を切った。
「これでよし。さて、セリナさん。この後引継ぎの人員がこちらに来ますので、同盟の連携はその方とお願い致します。非常に優秀な生徒ですので、業務に支障はでないはずです。」
「えっと、あの…急に何を?引継ぎってまさか、どこかに行かれるのですか…?」
「はい。そのつもりです。」
セナは指先でくるりと車の鍵を回した。
「あなた方風に言うのならば、『救護』のため、ですよ。気づいていない、とは言わせませんからね、セリナさん。」
「……。」
セナの問いつめるような鋭い視線に、セリナはさっと目を反らした。
「どうか、私達が何をしたくてこの活動をしているのか、お忘れなきよう。」
そういってすたすたと歩き去っていくセナの背に、苦しそうな顔をしたセリナは何も言葉をかけられなかった。だが、深く、何かを祈るように目をつぶり、頭を下げた。