ミゼラブル・勇者編3
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『勇者』とはなんでしょうか。
これは哲学的な問いではなく、また、アリスは既にこれに答えを持っています。
それでもアリスは今、この問いを旅に出てから頭のなかで繰り返しているのです。
アリスは色んな世界(ゲーム)で色んな勇者となり、そして色んな勇者と出会ってきました。
彼らの共通点をあげることはできます。
でも、アリスが言いたいのはそういうことではなくて。
すべて違う勇者であるということなんです。
仲間が違います、物語が違います、世界観が違います。
違う点がたくさんあったとしても、アリスは彼らを『勇者』だと認識できるということなんです。
違うものがあったとしても、彼らを『勇者』だと思えるのはなぜなんでしょうか?『勇者』とはなんなのでしょうか?
今、アリスがその答えの決まっているはずの問いのことを考えているのは、アリスの世界が大きく変わってしまったからなのだと思います。
狂ってしまった仲間。
壊れてしまった青春。
踏みにじられた思い。
そんな世界の中で、勇者であるとはどういうことなのか、思わずにはいられないのです。
この世界でアリスがなりたい勇者とは、どんなものなのでしょうか?
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アリスたちは誘拐されて、新たなマップ、『キヴォトス救命同盟死体安置所』にたどり着きました。セナ先輩がそういう名前だと教えてくれたのでマップ名として登録済みです!
ちなみにセリナ先輩は『キヴォトス救命同盟医療テント』と呼んでいます。どちらが正しいのでしょう?
そんな怖い名前のマップですが、アリスはそれを不思議には思いませんでした。
「!バリケードを発見しました!防衛力25くらいの設置物です!」
「周囲には鉄条網に…塹壕…入れるのは一方向からのみ。体育館の入口で開いているのは正面のみ。随分とものものしい。」
そこは病院系施設のマップというより、タワーディフェンスゲームのような防衛拠点に改造されていたのです!
「ちょっと…その、時々襲撃があるので…」
「襲撃?」
病院と襲撃。なんだかかみあわないような、むしろとてもしっくりくるような。ゾンビがおしよせてきたりするのでしょうか?アリスは強ユニットなのでゾンビにも負けませんが、このものものしいけどお粗末な防衛力ではあまり役に立たない気がします。
「セリナ、案内は頼みます。私は救護活動を継続いたします。」
「はい、団長。」
「では、私は一足お先に。」
アリスが脳内に漂うイメージともやもやと活動しているとミネ先輩はどこかにいってしまいました。セナもテントの方へと駆け足で去ってしまいます。アリスは思わず肩の力が抜けました。
アリスは今、少しミネ先輩のことが苦手…というか怖いのです。
マップから少し足を伸ばしたら突然高レベのモンスターとエンカウントして全滅。それ以来そのモンスターがちょっと怖い…。そんな気持ちです。
でも、ミネはただの恐ろしいボスエネミーではない気がします。
ミネは、強い目をしています。
目が合うとキッとにらみつけられているようで、少し身がすくみます。
けれど、どこかそこに優しさとあともう一つがあるのを感じるのです。
厳しさの後ろにあるそれらが、アリスは妙に気にかかっていました。
「ミネ団長のこと、気になりますか?」
「はい!ちょっと怖いですけど、プロフィールが未解放ですから!怖いだけの人ではないと思っています!」
どこかに歩き去っていくミネ先輩の背を目でおっていると、セリナ先輩が話しかけてきました。
セリナ先輩は優しいです!回復魔法がスゴく得意そうな感じがします。
「あんなことがあったのにそういってくれるだなんて、アリスちゃんは優しいのですね。」
「あのエンカウントはトラウマです…でも、勇者は例え一見恐ろしくても、出会った相手のことをよく知ろうとする努力をするべきだと思うんです!…よく知った結果、仲間になれることもありますから!」
「…そうですね、そうかもしれません。相手を知らないまま、その関係を一方的に遠ざけて、拒絶してしまうのでは、とても、その、もったいないですから。」
「…何か、悩み事ですか?」
セリナ先輩がちょっぴり悲しそうな顔をしたら、カヤが優しい雰囲気をにじませて先輩に話しかけてきました。
「いえ…なんでもありません。あっ、早速設備の案内をしますね。アリスちゃんのクエスト…患者さんたちのデータ収集のためにもしばらくここにいないといけないでしょうし。」
「はい!アリスは対抗薬の開発経験値を集める必要があります!ここは稼ぎのチャンスです!」
「……ぜひ、役立ててくださいね。では、こちらです。」
セリナ先輩の背に続いて、アリスとカヤは防衛設備をくぐり抜けて、真ん中のHPが設定されていそうな建物…体育館の中、医療テントへと入っていきました。
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そこに入った瞬間に、アリスは『痛い』と確かに感じました。
その痛みを忘れていたわけではないのです。
でもなるべく考えないようにしていました。
だって。
だって。
ベッドの上で、椅子の上で、地面で、痛そうに、苦しそうに、うめいている患者さんたちのその様子は。
『ごめ”ん…ごめんね…ミドリ…わたっ、わたし…あ。ぁぁぁ…』
『だい、だいじょうぶだよ。お姉ちゃん。お姉ちゃんも、私もおかしかった、し。それにね、なんだか、ぜんぜん、痛くないの。あの、おかしを、たべてから。ちっともいたくなくって…でも、すごく、さむいよ。』
『うぇっ…うぇぇぇ…おえっ…おえええ…あたしの…わたしのせい…?わたし、なにしてたんだろ…あぁ…』
アリスの脳裏に、あの日の光景を思い出させて。
アリスが、なにもできなかったあの日の胸を突き刺すような痛みを思い出させて。
足が、すくんで、固まってしまって。
だから。
あのときの『痛み』は忘れられないけど、前に進むために思い出さないようにしていて。
「…アリスちゃん、大丈夫ですか?」
「っはい!だいじょうぶです、アリスはがんばります!」
セリナ先輩の言葉にはっとしました。いけません。今回のアリスはあんなことがあったからこそ、ヒーラー系勇者になるとそう誓ったのです。リオやヒマリに助けられて、旅にでているのです。旅の目的を忘れてはいけません。
「ここはメインの医療テントです。テント外の体育館の空きスペースは比較的軽傷の患者さん達に使ってもらっています。巡回でミネ団長が救護した患者さん。噂を聞き付けてやってきた人、中毒症状で事件を起こして怪我した人…そんな人たちを片っ端から手当てして、搬送して、落ち着かせて、重傷者は病院に送る中継所…といったところでしょうか。」
セリナ先輩がそういうと、近くのベッドにいた一人の生徒がひきつけを起こし始めました。
「ミネ…ミネ、団長…いやだ!いやだぁ!!救護はいやだぁ!!」
正にトラウマを刺激されたといった感じでベッドの上でバッタバタと暴れるその姿に、その場で働いている団員達も少し手を出しかねる中、1人の生徒がカツカツと速足で近づいてきました。
「要点をいえば…つまりとても忙しいということです。」
「ヴェッ!……。」
「わぁ!チョークスリーパーです!」
「…患者ですよね?」
「死体だからといっていたわるとは限りません。」
「患者ですよね!?!?」
引き付けを起こしている患者の首に素早く手を回すとガッチリと締め付け、およそ8秒であざやかに失神させました。そのままどさりとベッドに患者をほおり出しなおすと、なんでもないことだったかのように平然とアリスたちのほうに彼女は向きなおります。
そう、やたらと物騒なセナ先輩です。
「さて、アリスさん、カヤさん。ここでデータを収集していただくのは結構ですが…ここは見ての通りの修羅場となっています。最初は救護騎士団の皆さんも私の治療にやや引き気味でしたが…」
(引かれている自覚はあるんですね…)
「今ではその程度のことはいつものことと流して作業を即再開するようになりました。」
確かに周囲を見渡せば、先程の鮮やかな暴力にリアクションをとっている生徒はもういません。皆あくせくとそれぞれの仕事をこなしています。
その忙しさを見れば、アリスたちにもセナ先輩の言いたいことがピンときました。
「…なるほど、交換条件というわけですか。」
「ええ。患者を回るなら、手伝ってください。死体の手もとい猫の手でも借りたい所なのです。」
「了解です!アリス、がんばります!」
「ありがとうございます。」
旅先でクエストを引き受けるのは当然のことです。アリスとカヤはセナ先輩とセリナ先輩の指示のもと、テントのなかを走り回ることになりました。
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ところで、ゲーム開発部で行うゲームは無差別で無秩序です。
超名作も、奇ゲーも、クソゲーも。とにかくいとめをつけずに山と積まれています。そこにジャンルわけはなく、部員ごとの好みはあれど、やるゲームも作るゲームも幅広く存在します。
なので、シュミレーターゲームで病院経営者となった経験もアリスには当然存在します。次々にやってくる患者さんや入院患者からのコール、設備の問題…新しい設備を導入しながらタスクをドンドン割り振って自動化し、病院を大きくしていくと地味ですが確かな満足感の得られる良ゲーでした。
ですが、シュミレーターと現実には一番大きな違いがあります。
「鎮静剤急いで下さい!」
「今日の分はとどいていません!!予備はないです!」
「あ”っーっ!!もう!アレさえなければ…!!」
「○○さんの方誰か回って!私今無理だから!」
「そこ、それは今じゃなくていいです。先にアレをやってください。」
「これはどこに置けばいいんですか!?」
「○○さん容態急変しました!搬送急げませんか!!」
「ちょっと!いいかげんにしてくれますか!?私間違ったことは言っていませんが!?!?」
「うっさい!今の私の前でチョコミントの話題を出したのが悪い!!!」
「逆ギレじゃないですか!!!暴力反対でっ!ちょっ!!いいでしょう…!そこまでこの超人と戦争がしたいと言うなら受けてたちましょう!!」
「…どうやら死体を増やさなくてはいけないようですね?」
etc…
「うわ~~~ん!!!クラッシュしそうです!!!」
一時停止ボタンがないのに次から次へとタスクが増えることです!!
アリスは休憩スペースでそんな叫びをあげて椅子にべったんと伸びていました。この休憩時間が終わったらすぐにまたタスク再開です…やることしかありません…!!
「はい、アリスちゃん。ココアです。初めてなのによく頑張りましたね。」
「セリナ先輩…!ありがとうございます!!」
差し出された甘いココアをズルズルとすするとHPがキラキラと回復していく心地がしました。お湯と粉のバランスがとても丁度いいのか、口の中でジャリジャリとせず、すうっと飲めます。モモイがココアをいれるといつも底の方に塊が残っていました。最後の方は口の中でその甘い塊を転がすのがアリスは好きでした。
「ぷはぁ…甘くておいしいです…でも体力バーはまだゆっくり回復中です~…疲れました…」
「全部のベッドの患者さんを回っていますからね。一人一人スキャンしながらお世話をして、時々落ち着かせて…アリスちゃんは本当によくやってくれていますよ。」
「ふふん、今のアリスはナース勇者ですから…大変なタスクでも確実にこなすのです。」
ふらりと立ち上がってドドンと胸を張ります。アリスは現在新装備…予備の着替えであったナースキャップとエプロンを身に着けたナース勇者スタイルなのです。きっと回復力が大幅に上がっていることでしょう!
「そういえば、ナース遊び人のカヤはどこにいったのでしょう?」
「あぁ。カヤさんは外で休憩しているのかもしれません。さきほどテントの外に出ていっていたような。」
「ふぅん…」
…カヤが一人でいる?
「!アリスはカヤをほおっておくべきではないのでした!!」
カヤは今は無力な遊び人とは言え、基本的に放っておくべきではないのです。さっきまで猫耳の患者さんとなぜか取っ組み合いの喧嘩になりかけ、二人そろってセナ先輩に頭に銃を突き付けられて静かにするように強要されていたので油断していました…。
慌ててココアを一気に飲み干し、アリスがテントを飛び出そうとしたその時でした。
「っ!!」
「…来ましたね…!」
テントに響く爆音と聞こえてくる銃声音。思わずアリスは立ち止まって周囲を見回します。セリナ先輩も軽く下唇を噛み、音の聞こえてきた方向をみました。そちらはテントの正面、様々な設置物のあった方向。
「…ひょっとして襲撃、ですか??」
「そうです…。」
こんなとき勇者ならどうするか決まっています!
「ナース勇者、出動です!!患者さんたちを守ります!」
「あっ…!」
勇者の杖を手に、アリスはテントの外へと駆け出していきました。