ミゼラブル・勇者編2

ミゼラブル・勇者編2




セリナによる治療を受けつつ、アリス達はセナ風に言うと誘拐。正確には搬送されていた。

幸いにも二人とも大きな傷は負っておらず、セリナが的確かつ迅速に処置を済ませたため、ハッキリとした意識で噂の誘拐犯…キヴォトス救命同盟の面々と車内で向き合っている。


「しかし…よく同盟なんて組めましたね。」


カヤは居心地悪そうに救急車両の狭い腰掛けに尻を押し込んでいた。ガタガタと揺れる振動が直に伝わるソレはお世辞にも寛げるようなモノではないし、またそう言った用途が求められているものでもない。

だが、その腰掛けに慣れた様子できっちりと座るミネは、澄ました顔をしている。隣から意外そうに話しかけてきたカヤに対してもその態度は崩れない。


「人々を救護するという大義のためならば、私たちは譲歩できるまでですよ。」


「ふぅん?そういうものですか?」


ミネの答えに対して、カヤは薄っらとした皮肉っぽい笑みを返した。それに対しても、ミネはその澄ました顔を崩さない。彼女のその対応が、平時よりもどこか壁のあるものであることをカヤとアリスは知りようもない。


「はい、質問です!同盟とはどことどこのギルドの同盟なのでしょうか。」


セリナに手当てをされた後、アリスは救急車両のベッドの上にぐらぐらと揺れながら、カヤとミネの微妙な雰囲気の会話を把握していなさそうなぼやっとした顔で聞いていた。が、突然ぱっと手を上げてその会話に割り込んできた。


「あぁ、それは…」


「!…は、はい。」


「…。」


しかし、ミネがそれに答えようとすると、アリスはどこかぎこちなく、緊張するように背筋を伸ばしてしまう。ミネもその様子に少し押し黙る。

あの衝撃を伴うファーストコンタクトの後、車両に乗り込んでからというもの、アリスはどこかミネに対して、挙動不審な態度をとっていた。

そんな両者の様子を見かねてか、横からそっとセリナが答えを引き継いだ。


「トリニティの救護騎士団と、ゲヘナの救急医学部による同盟なんです。…まあ、勝手に言ってるだけなんですけど…」


「トリニティは突然の併合発表、ゲヘナは風紀委員長の反乱でガタガタ。認可もなにもない、というわけですか。」


「はい。少々事情があって、トリニティから出ていた私たちと、反乱に巻き込まれた医学部が合流する機会がありまして。その時にセナさんからの提案に私たちが乗る形で同盟を。両校には帰れないので、先生に許可を頂いて、シャーレ近辺に拠点を構えています。」


「なるほど?先生による仲介で認可は無くとも同盟という形を取り持ち、シャーレという特別自治区の性質を利用しているわけですか。存外政治的な動きがお得意なのですね?」


「不得手ですよ。救護が必要な場に救護を届けるためには、なりふり構わぬ手も取るというだけです。」


「う、う…ダメです…シナリオの政治劇パートは、話が半分も入ってこないのを忘れていました…!」


聞いたはよいものの、少々小難しかったのか、アリスの頭上には大小のクエスチョンマークが浮かんでいるようなそぶりで顔を愛らしくしかめていた。

セリナは少し考えると、子供に語りかけるように、だが、丁寧に言葉を紡ぐ。


「うーんと、先ほどアリスさんはギルドの同盟と例えましたが…

仲の悪いトリニティ国とゲヘナ国があって、二つの国はアビドス大国のキヴォトス侵攻のせいで、内乱状態です。私たちは内乱の影響で、それぞれの国から追い出されたギルド。

本来は国の民達を救うのが仕事ですが、国に帰れない中、目の前でアビドス大国のせいで苦しむ民達を放ってはおけません。

そこで、どの国にも属さない中立国のシャーレで色んな国の人々を救う同盟を組むことにした…そんな感じでしょうか?」


「ふむふむ…つまり、共闘展開ですね!国は仲が悪くても、誰かを救うために手を取り合える…アリスの好きな展開です!」


「ふふ、そうですか?…確かに今、セナさん達と手を取り合えているのはとても幸運なことです。私たちも、手が足りなかったので…」


「セリナ。」


「あ、はい…そうですね。」


カヤの目元が少し嫌らしく曲がった。人の弱みを知れば、欲望がわかる、欲がわかれば餌を吊り下げ、誘導もできる。カヤのお得意の人心操作術。

ミネの明らかになにかを口止めするような差し込みを、聞き逃す彼女ではなかった。


(どうやら救護騎士団は単に使命感に準じているというわけではなさそうですね?)

(それにどんなに大義を掲げようと、積み重なってきた埋められないものというのもあるのです。)

(うまく、利用できるかもしれませんね?)


その口止めから何かしらの意味を感じ取っているかは定かではないが、アリスは解決した疑問から次の疑問の投げかけへと移っている。


「次の質問です!どこにこの車は向かっているのですか?」


「先ほど話にもあったシャーレ近郊の拠点…救命同盟の医療テントです。先生からも、もし、アリスちゃんと出会ったらそちらに案内してあげて欲しいと言われていましたし。」


「なるほど!確かにそこなら患者データを集められそうです!先生がこのクエストをおススメしてきたのは、このラインを引いておきたかったからなんですね。納得です。」


「…。やっぱりあの人は例の噂の正体を知っていたんですね。」


「噂?」


「あら?お知りではなかったのですか?」


カヤはミネに、自身も心外であるという態度をたっぷりと含ませて最近出現している盾を持った誘拐犯の噂を話した。


「まったく、あなた方はこのキヴォトスの窮地に立ち上がった立派な方々だというのに、不名誉な噂が出回っているものです。」


やれやれとでもいいたげに同情的にカヤは首をふる。


「ふむ、そうですか。大したことではないですね。」


「?」


だが、そんな如何にも自分は良心的な人物であることを示すようなカヤの態度は、ミネの本当にどうでもよいことのような切り捨てで肩透かしに終わった。


「た、確かにやり方は荒っぽいですが、その内心は実に高潔なものではないですか!そのような噂は不名誉なのではないですか?」


「?存外情熱的なのですね、あなた。汚職政治家とは思えません。」


「っ!ぐ…で、ですが!」


自身の悪評の広まりへの忸怩たる思いと、引っ込みがつかなくなってしまった人権的な義憤に駆られた偽りの振舞いの狭間で味わい深い焦るような顔をしたカヤに、幾分か和らいだ眼差しで、しかし毅然とミネは返した。


「『救護が必要な場に救護を』これが救護騎士団のモットーであり、私の信条でもあります。言い換えるのならばそれに勝るものなどないのです。」

「私たちを誘拐犯と思いたいのならばどうぞご自由に。私たちが救護できた生徒が一人、また一人と増えているということに勝ることはありません。」

「どのように他に思われようと、信ずるものを貫き、人々を救う。むしろ、そうやってあることこそ、高潔と言うのではないでしょうか。」


「…とはいえ、私もまだまだ未熟の身。真に高潔な存在であるとはとても言えませんが。」


カヤは呆気にとられたようにミネの言葉を聞き、内心で大きくため息をついた。


(初見で関わりたくないと思った直感は正しかったわけですか。)

(この生徒は判断より前に行動を起こしてなんの後悔もなく突き進むタイプ。首輪のつけられない暴れ猪のようなもの…)

(急にわけのわからない理屈でこちらに牙を向けて突進してきてもなんらおかしくない!)


「…なるほど、いらぬ心配でしたね。」


どう思おうと、カヤは表情を取りつくろうのは上手であった。なので、ミネの高説にも笑って納得したようにそれ以上口を挟むことはないという態度に切り替えた。

だが、表情を取りつくろうことはないもう一人は、面食らったようにパチクリと目を開けて、じっとミネのことを見ていた。


「なにか?」


「い、いえ…。」


しかし、その視線に気づいたミネが視線を返すとやはり緊張しているような微妙な反応をして目をそらしてしまった。


「つきましたよ皆さん。」


セナの声がすると、ガクリと車が揺れて、車両が停止した。


「キヴォトス救命同盟死…医療テントへようこそ。」


バラバラと車から降り、目の前にある体育館へと三々五々に向かっていくその間も、アリスは何かを気にするように、ミネのことをじっと見ていた。



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