ミゼラブル・勇者編1
「いいですか、カヤ!勇者にはこなすべきクエストがたくさんあります。」
「…この件は後回しにすべきと進言しましたよね。特に得るものがあるとは思えません。」
「ふ、まだまだですね。こういう一見不確かな噂から始まるクエストは、何らかの見返りや伏線があるものなのです!」
アリスとカヤ。ミレニアムから送り出された勇者と、檻の中から引き抜かれた遊び人は、シャーレ近郊の一角へと向かっていた。
彼女の旅の方針は二つ。
一つは砂糖中毒者のデータ収集。これに関しては、襲いかかってくる不良を締め上げれば、大体そうなので順調に進んでいる。
そしてもう一つが、各地の生徒たちから話を聞き出す…という至極単純だが、とにかく根気のいる行為だ。
『インターネット上でのデータや情報の収集においては、私や…リオもいます。が、現地における物理的調査はこのか細い咳の似合う薄命美少女ハッカーの不得手とする所です。エイミが動ければよかったのですが…』
『そこをアリスちゃんには是非カバーしていただきたいと思います。』
『こちらのアプリはいわば勇者のためのクエストボード…各地の怪しげな砂糖に関連した噂やアビドスシュガーを提供しているかもしれない店を自動でピックアップしたものです。』
『もちろん、アリスちゃんが気になった噂を乗せて調査していただいても構いませんよ。あまり私たちの誘導にばかり従っていても、あなたらしくありませんし。』
『あなたが思うがままに、キヴォトスを救いにいってくださいね。』
そんなわけで、早速シャーレに訪れたアリスはクエストボードをチェックし、とある噂を確かめに向かっていた。
「何より!このお話を先生に聞いたら、”…これは怖い話だね、行って確かめてみてくれないかな?”と言っていました!これは明らかなフラグですよ、カヤ!」
このアリスの発言を聞いているときのカヤの顔は、苦いものを口の中で咀嚼しているような歪みを一瞬浮かべていた。
そう、クエストボードについて先生にアリスが説明している際、その噂のことをアリスが口に出すと、明らかに先生が耳に止め、アリスに行ってみることを促したのだ。
こうしてあの大人に誘導されているということそのものが、カヤは気に食わなかった。それを呑気に呑み込んでキラキラとした目で周囲を見回しているこの勇者のことも、当然気に食わない。しかし、今の半虜囚のような身である彼女が、アリスから離れるという選択肢を取れないことも相まって、今は苦々しい顔で、噂についてのクエストボードを確かめることしかできなかった。
噂の内容はこうだ。
『最近、キヴォトスで暴れる中毒者が現れると、どこからともなく盾を持った生徒が現れて、どこかへ拐っていく。嵐のように現れては、中毒者をあっという間に連れ去ってしまい、どこへいったかは誰も知らない…数少ない目撃者は言う、その生徒は、有無を言わさずに中毒者を制圧し、殴り倒してしまうのだと……』
その噂は最近、ここシャーレ近郊でささやかれているのである。
「盾を持った生徒…エネミーリストによると、小鳥遊ホシノは盾を持っているそうです!もしかして…ホシノは人さらいをしているのではないでしょうか!?」
「…ここはシャーレ近郊ですよ。こんな所まであっさり敵の首隗が来ていたら、キヴォトスはもうお終いです。」
「なるほど…序盤の村の近くにラスボスがいたらその村はお終いですものね…」
何やら感じ入ったようにうなずくアリスを尻目にカヤは思う。おそらく、あの大人はこの噂の正体に何か、検討がついているのではないだろうか。だから、アリスをここに向かわせている。
「はあ…まあ、大事にはならないでしょう。」
いやそうなため息をつきながら、カヤはぼやく。うっとうしくはあるが、まあ、あの大人の誘導ならば、そう大変な目には合わないということでもある。今後のためにも序盤は丁寧につきあってやるとしよう。今は我慢の時なのだ。
「それで、このあたりでいいのではないですか?」
「目的エリアに到着しました!それでは早速コマンドを実行します!」
その噂には続きがあった。
『その生徒にもし会いたいのならば、とある言葉を唱えると会える。だが、唱えればさらわれてしまうため、二度と帰ってくることはできないだろう…。』
アリスは車通りのない道路のど真ん中にパタパタと走っていって立つと、その文言を大きく声を張り上げて口にした。
「『救護!!願いま~~~す!!!!!』」
シャーレ近郊のビル街にアリスの声が響き渡る。あまり人気が無い場所なこともあってか、アリスの声は反響するように大きく響き、その後の沈黙も、耳に染み渡った。
1秒、2秒、3秒、4秒、5秒。沈黙の中で、きょろきょろとアリスは周囲を見渡している。今のところ、怪しい影はどこにも見えず、誰かがやってくる様子もない。
だが、遠くからかすかにエンジンの音が聞こえてきた。二人で思わず音のやってくる方向を探る。噂は本当であった。ならば謎の誘拐犯もかけつけてきたということか。
「…ん?」
思わずカヤはぎゅうと目を細める。車がやってきているらしい方向を見ると、何やら車ではない影が見える気がする。あれは人影ではないのだろうか。
「あれは…?」
その人影はたしかに盾を持っているらしかった。背中には翼が生えているらしいシルエットをしている。徐々に、徐々にスピードをあげて車に先行して駆け寄ってきているようだ。
「ひっ…」
思わず。カヤの顔がひきつった。その駆け寄ってきている生徒は鬼気迫る怒気の籠った顔で走ってきていたのだ。凄まじい勢いで、一切の減速なくこちらに突っ込んできている。
「おお~!アレが誘拐犯の正体というわけですね!」
「ん?あれ?そういえば、この言葉が聞こえた彼女は一体何をするのでしょう…?」
手を目の上にあてながらアリスは呑気に同じ方向を見ていたが、一切減速せずにこちらに駆け寄ってきている彼女を認知し、少し首をかしげた時には、既に、その生徒は後ろから来ている車を大きく引き離し、アリスまで後数メートルの地点まで近づいていた。
そのまま一気に踏み込み、ばさりとその身体が宙を舞う。影が日を遮ってアリスを覆い、思わず目が見開かれる。
「救護!!!!」
そして聞こえた力強い叫び声の後。
ガツンッ!!と鈍い音が響き渡り。
「んえ”っ!?!?」
アリスは吹き飛んだ。
見事なシールドバッシュは、面食らっていたアリスに直撃し、彼女の軽い身体を綺麗に宙に舞わせた。くるくると空中で二回転半を決めて、そのまま数メートルほど吹き飛んでいく。
「あががががっ…!!!」
そうして、着地もままならずズザザッとアスファルトを擦りつける音を立てて、アリスは道路の真ん中へところがった。
「要救護者は!!!どこですか!!!!」
「今、轢き飛ばして作りましたけど!?!?」
そんなことをして置きながら、キッとした顔で周囲を見回して大声で叫ぶその生徒に思わず身を乗り出して突っ込んでしまう。
なんだこの生徒は、イカれている。
「(先生は何を思ってこんな狂人とアリスさんを引き合わせようと思ったんですか!?)ちょっと、アリスちゃん、大丈夫ですか?」
とりあえず、自分の理解の及ばないこの狂人のことはほおっておこう。ぶっちゃけ関わりたくないタイプの匂いがプンプンする。だが、とりあえずひとまずの身を寄せる先であるアリスに戦闘不能になってもらっては困る。そうして、カヤもアリスの転がっている車道へと身を乗り出した。
「あ。」
そうしたら、その狂人から何やら虚をつかれたような声が聞こえて振り返ったら、
ドゴンッ!!と鈍い音が響き渡り。
「ぶべぇっ!?!?」
カヤは吹き飛んだ。
見事な追突は、突然飛び出してきたカヤに直撃し、彼女の薄い身体を華麗に宙に舞わせた。くるくると空中で二回転半を決めて、そのまま数メートルほど吹き飛んでいく。
「べべべべべっ…!!!」
そうして、着地もままならずズザザッとアスファルトを擦りつける音を立てて、カヤは道路の真ん中へところがった。
奇跡的に綺麗にアリスと横並びになる位置であった。
「死体は、どこですか?」
しかも狂人が増えた。
ひょこりと車両から飛び降りると自分が引いた相手を探すように周囲を見渡し、死体の確認をしようとしている。
「突然…飛び出してくるシンボルエンカウントは、心臓に悪い…です…」
「…先生、話が…違い、ます……」
地面に転がりダメージを喰らった身体を緊張させる二人の上から心配そうな、優しい声が聞こえてくる。
「あの…大丈夫ですか?」
桃色の髪をした彼女は、少し狼狽したような顔をしながら、包帯を構え、こちらを治療する気満々のようであった。見れば、その恰好はナース服の意匠が取り入れられたものだ。
こちらを轢き飛ばした狂人二人も、見れば同じようにナース服の衣装が制服に取り入れられている。
「その、私たちは、キヴォトス救命同盟…です…!一応…」
その生徒はどこか気まずそうに言いながら、アリスたちの治療を始めるのであった。