ミカンと仲間
「キィー!」
「へぶァ!!」
ウタの容赦なき武装色キックがモモの助の頬に炸裂した。
「なに?!」「ん?」「おうわぁ!!な、なんだ?!」
人形といえど、鍛えに鍛え上げられた一撃は並の海賊を昏倒せしめるには十分すぎるほど。
甲板の上を、幼き少年がボールのようにべしんべしんと跳ねていき、大の字になってブッ倒れた。
「ふぁ、ふぁにをするか!!いはいではふぁいか!!」
「モモの助ー!!」
頬にでっかいたんこぶを腫れさせ、涙目で抗議するモモの助。
錦えもんはというと、どこか別のところを痛めてやしないかと、慌てて駆け寄ってモモの助の身体を診る。
とりあえずの無事を確認して、元凶たるウタのほうへと相対した。
「ウタ殿!!一体全体、何をもってモモの助に手を加えるのでござるか!!我が息子なのですぞ!!」
たとえオモチャといえど、恩ある一味のクルー。
であればこそ、理不尽なる暴力には理をもって説明してもらわねば示しがつかぬ。
サムライらしい生真面目さでウタに相対するが‥‥周りの一味たちは、ウタがいる場所で全てを察した。
ミカンの木の前に、どん!と腕を組んで仁王立ちしていたのだ。
「あー、錦えもん。たぶんだが今のはモモの助が悪りィ」「ですね」「だな」「残念だけど‥‥」
「な、なんと!?」「な、なぜなのだ!!腹が減って、ちょっと蜜柑をとらせてもらおうと‥‥」
ゾロやブルックのみならずウソップも、普段はモモの助に甘いロビンでさえ、すげなくウタの側にまわる。
これほどまでにバッサリと言われるのであれば、あの蜜柑の木には何かあるのか……答えは、サンジによってもたらされた。
「いいか、よーく聞けクソガキ。あのミカンはな、亡くなったナミさんの母親が故郷で育てていた大切な木なんだ!気安く触ってんじゃねェ!!」
「それは‥‥!」
故郷の自然を体現し、母の面影が残るモノ。
まだ一味には預かり知らぬところだが、まだ幼いモモの助といえど──幼いからこそ──豊かに実るミカンの木に込められた想いを、重く受け止めていた。
「ウタ殿、事情は相分かり申した。このとおり‥‥」
「すまぬ、ナミ、ウタ‥‥」
「…………」
「ギィー‥」
錦えもんはいっぱしの武士らしく、モモの助はぎこちなく腫れた頭を下げる。
ナミはというと、相手が腹をすかせた子供ゆえ、叱ることもできず。
いや違う。
ウタが母の面影を守り、サンジが代わりに怒ってくれた。
「‥‥いいわよ、別に。お腹空いてたんでしょ?今度から勝手に採らなかったら、それでオッケーだから」
「キィ」
「サンジ君、デザートの準備をしてくれる?ちょうど獲り頃のを、ウタと一緒にもっていくから」
「承知しました、ナミさん。おいモモ、死ぬほど美味ェ絶品オレンジスウィーツを用意してやるから、覚悟しやがれ!!」
ロビンに「チョッパーのところへ行きましょ」と抱えられ、モモの助は注射が終わりの子供のように「う゛わ゛あ゛あああああァァ!!」と泣き始めた。
よく堪えたほうだろう。誰が悪いというわけではない──というより、仲間の想いと船の規律を考えれば、ウタは至極真っ当なことをやったのだが。
少しだけ、子供の泣き声というものがナミには堪えていた。直前の島でのことがあったから、尚更。
「ギィ」
悪いことをしてしまっただろうか‥‥そんな風に言いたげに、ジョウロをもったウタが首をかしげている。
「……強くなったよね、ウタも。ミカンの木も」
ほんの少しだけ太くなった幹まわりと、2年前よりも大きく実るミカンをそっと撫でる。
「ありがと、ウタ。私たちがいない間、サニー号とミカンの木を守ってくれて」
「キィ!」
ニッコリ笑ったナミをみて、ウタはホッとしたようにぴょんぴょん飛び跳ねた。
向かうはドレスローザ。この地にて、オモチャのレディは魔性の歌姫へと戻る。
しかして、ウタが"母"のミカンを口にするのは、まだもう少し先の話──。