ミカの夢
「ここは……また私は夢の中にいるのか……」
百合園セイアは今いる状況をそう結論づけた。
「それにしても……これはまた随分と混沌としているね……」
その空間──いや、空間と呼べるかすら怪しいが──は様々な情景が浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでを繰り返していた。
「アツコにミネ、コハル……ミレニアムの双子……ん、あれは……もしや私かい?」
所属も場所もバラバラな景色のなかに、セイアは自らの姿を見つけた。
「……面識のないはずの他校の生徒に蕩かされる自分というのはなかなかに面白い光景だね。そもそもこのキヴォトスでバーが営業できるはずもないのに」
泡沫のように様々に景色が移り変わる。その長さは一瞬のようにも無限に続くようにも感じられた。
「しかし、先生も罪な男だ。こんなにも沢山の生徒と関係を持つだなんて……プライベートな話だろうし、私はこの辺で退散すると……おや?」
夢の出口を探して振り向いたセイアは、そこによく知った顔を見つけた。
「……ミカじゃないか。君も隅にはおけないね。この際だ、もう少し見せてもらおうかな」
セイアはしばらくその様子を眺めることにした。
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「ねえ、先生……私、こういうのは……その、初めて、だから……もし変なことがあったら、教えてね……」
深夜2時。シャーレの休憩室。
本来2人が寝るためには設計されていない狭いベッドの上で、ミカは自らの初心なところを照れ隠すように、気恥ずかしそうに笑った。
先生もミカも今は互いに一糸纏わぬ姿で、向かい合う形で横たわっている。
先に手を伸ばしたのはどちらだったか。そんなことを意識するまでもなく、2人の身体は熱烈に抱き交わされていた。
水音。とろみのある唾液が互いの口を行き交う音のみが響く。息が止まるほどの熱い口づけ。
ぷはぁ、と唇が離される。
ミカは優しく微笑む先生の顔を見て、これから自分が経験することを想像しては心臓をドキドキさせていた。
「先生、大好き……!」
少し、ほんの少しいつもよりも興奮していたミカは、先生を抱きしめる腕に無意識のうちに力を込めていた。
だが、その瞬間、先生の肋から僅かにミシリと音がした。先生は短く断末魔を上げ、ミカは慌てて手を離す。
「せ、先生!?大丈夫……?ごめんね……私、馬鹿力で……!先生と……できるのが嬉しくて、つい……」
"……うん、ミカが私のことを好いてくれてるのは分かってる。だから謝らないで"
そう言いつつも、先生の額には脂汗が滲んでいた。
(本当に、先生って弱……ううん、そんな言い方したらダメ!えっと……かわいい身体、してるんだなあ……)
先生がキヴォトスの生徒たちと比べて貧弱であることはミカも理解していた。一度は銃で撃たれて生死を彷徨ったのも嫌と言うほど知っている。
しかし、いざ自分の目の前で、自分の力で悲鳴をあげる先生を見たミカは、心の奥底で仄暗い感情がふつふつと湧いてくるのを感じていた。
私が本気を出せば、一瞬で骨が砕けてしまう。首に手をかけたら命乞いをする暇もなく事切れてしまうかもしれない。大切な先生を、この手で。
そういった破滅願望に近い感情を、ミカは必死で封じ込める。しかし、一度気づいてしまった願望を完全に消し去ることは難しかった。
「……先生、ごめんね。私、もう無理かも」
"ミカ……?"
心配して上体を起こした先生の肩を、グッと押し返してベッドに押し付ける。ミカは成人男性である先生を片手で完全に押さえつけながら、馬乗りの姿勢を取る。自らの性器と先生のソレの位置を合わせる。
「先生。手、つなご?」
"……"
手のひらを合わせ、指と指を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎの形を取る。
両手共にその姿勢を取ったミカは、とびっきりの無邪気な笑顔を見せて、先生の逸物を自らの中に咥え込んだ。
「んんっ……先生……入ってる……!」
幸せそうに、囁くように先生に告げるミカ。
興奮して上気した顔はどこか恍惚としている。
「先生っ……!先生、先生っ……!!」
ただ互いに相手の名前を連呼するだけのシンプルな行為。
しかし、当人たちにとってはこれ以上ない幸福の形だった。
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「……ミカもなかなかやるね。これ以上は流石に当人たちに申し訳ない。今度こそ帰ろう」
セイアは踵を返し、その場を立ち去った。
それでも、セイアが迷い込んだこの夢の世界はまだ続くらしい。
「この空間、さっきから聞こえる『SSを書け』って何のことだい!?それは多分私ではなく平行世界の人違いかなんかじゃないかなあ!?」
さて、セイアがこの夢から抜け出せるのは一体いつになることやら……