ミカとモモイのお茶会

ミカとモモイのお茶会



トリニティの一角にひっそりと構えられた喫茶店。『砂糖』の被害から立ち直ってしばらく経ってから、隠れた名店として知られるそこで、二人の客が対面していた。


「アフタヌーンティーセットひとつー」

「うっわ……すっご……」


モモイは、店の内装をキョロキョロと見渡している。


「ミカ、ここって撮影OKのお店?」

「ゲームの背景に使うやつ?良いと思うけど」


たまにSNSに乗っけてるけど大丈夫だしね、と言うミカへ、モモイは「そういえば」と問う。


「なんでミカは急に誘ってくれたの?『お茶しない?』ってモモトークきた時は本当びっくりしたよ……トリニティの生徒会の人になんて」

「いつもいつもユウカちゃんに追い回されてる怖いもの無しさんがなんか言ってる」

「ユウカって生徒会メンバーだっけね……」


すっかり忘れていた、と腕を組むモモイ。

……それも仕方ないか。ユウカには威厳が足りないからね。しかもチョロいし。まあ、それはそれで、親しみやすいんだけれど……


「……送信⭐︎」


「何?何を送ったの?」

「『モモイがユウカのこと威厳がない、ノベルゲーのヒロインみたいにチョロいねって言ってたよ。あとで叱ってあげてね』って」

「そこまで言ってないよ!?」

「思ってた?」

「それはまあ」

「じゃあ問題ないじゃんねー」

「ありまくりだよ!部費減らされちゃう!」

「自業自得じゃない?」

「せっかくアンシュガが人気出てるのに!続編も明日には出すのに!」

「続編……というかスピンオフでしょ?格闘ゲームだよね」

「『アンハッピー・シュガーライフ:アンリミテッドバトル』ね」

「長くない?」


『アンハッピー・シュガーライフ』のキャラクター中のキャラクター───天童アリス、小鳥遊ホシノ、不知火カヤなどをプレイアブルにした乱闘型ゲーム。

だが、本編でカットされた各キャラクター(総勢64人!)視点のオリジナルストーリーや、if展開を味わえるシナリオゲーでもある。

もちろんフルボイスだ。


「よく完成したよね。

 昨日なんてマスターアップ直前にバグ見つかって死んだ顔してたのに」

「どうなることかと思ったねーアレは…まあミカも収録お疲れさま。通常、魔女、覚醒バージョンに幼女バージョンまで。助かったよ」

「私だけ派生キャラ多くない?主人公のアリスちゃんに次いで4バージョンって」

「ミカって性格の振れ幅と技のバリエーションが多いんだもん」

「幼女バージョンは趣味としか思えない」

「…………はい」


本当は首を振りたいがやめておく。

高級茶葉に誓って。いや誓う必要あるかな。

でも紅茶美味しかったしね。

ポテチにはあんまり合わなかったけど。

まあ良いか……。


「お待たせ致しました。アフタヌーンティーセットです」


店主が来ると、ケーキセットと、ティーカップを置き、紅茶を音ひとつ立てずに注ぎ、一礼し、去っていった。

……ここ高いとこだったね。トリニティだし。

その所作に緊張する。しかしミカは、慣れた手付きで紅茶に口をつけた。


「そんなに構えなくて良いよ〜。今日は私から話があって呼んだんだし」


すっかり忘れていたが、話とは何だろう。


「食べて食べて」

ミカはロールケーキの皿を渡してくる。

そのさりげない所作にも、品があった。

「…………ミカってお嬢様だっけ」

「褒めても何にも出ないよ。

 ていうか、褒めてないよーそれ」

「むぐっ…‥」


ロールケーキは美味しかった。


「で、モモイ。本題なんだけど」


話の流れが急だった。これがティーパーティーの腕力というやつだろうか。


「大乱戦の完成版やってて思ったんだけれど、

 私、弱くない?どうなってるの?」


ほんとに急に言い出したので咳き込んだ。


「うわ、どしたの?」

「ん……大丈夫。ていうか話ってそれなんだ。『私だけ幼女の演技するのもアレだしナギちゃんをバトルキャラで出して。なんなら闇堕ちバージョンも』とかかと」

「それいいね。ナギちゃんの恥ずかしそうな収録現場見たいなぁ。見せて欲しいなー」

「DLCなら……」

「じゃあそれで。でさ、弱くない?」


話が回帰した。


「そんなに不満?」

「私、あのときに結構活躍したんだけど?なんで隕石見てから回避余裕ってレベルの切り札になってるのかな。むー」

「必中にしたらゲームになんないし」

「ぶーぶー」


分かりやすく頬を膨らますミカに、本気ではないよねとモモイは思う。だがまあ、強さを再現できなかったのは事実だ。なにしろ、


「感想欄で『このお嬢様流石に盛りすぎだろ』『魔女に金でも積まれた?』って言われたレベルだもんね………」

「そのせいでキヴォトスに生中継するハメになったのは大変だったよね」

「それはミカが自分で企画したやつじゃん」


アンシュガが知る人ぞ知るゲームになった後、ミカの強さに対する疑いを払拭するために行われたのが、『キヴォトス最強決定戦』だ。


「基本はサバゲーみたいな感じだったけどネル先輩とかの最強格になるとノーガード戦法になっていったねー」

「隠れて撃ち合いとかまどろっこしいもん。

 それに、スナイパー対決なんて見てて面白くないしね」

「全ての芋砂動画好きをバカにしたね!?カリン先輩とミユの戦いは盛り上がったじゃん!」

「あー確かに、みんな面白そうだったよね!

 私は『弾なんて避ける必要あるのかな?』って思いながら見てたけど……」

「ミカって人に喧嘩売る性格してるよねー。

 トーナメント参戦者の中にも「聖園ミカを正々堂々と倒せると聞いて」なんて動機のトリニティ生がいたし」

「瞬殺だったけどね」

「決着までに一時間かかった戦いを瞬殺って言えるのかなあ」

「一発で決着ついたからね」

「あの子も頑張ってたんだよ?市街戦に持ち込んで、ミカの意識をたくさんのトラップで散らしたりとかしてさ」

「途中から無視してたけどね」

「連鎖爆発式のC4地雷踏んだところに大口径ライフルのヘッドショット喰らって気絶しないのはミカに問題があると思うよ」


爆炎の中から煤だらけで歩いてくるミカはなんかもうすごかった。

その光景を見てミカ嫌いの観客は畏怖していたし、ジャイアントキリング好きの観客は「なんだよコイツ!調整ミスってんのか!?」と悲鳴をあげていた。

結局その子はミカと対面して西部劇よろしく撃ち合い、正々堂々負けたのだが。


「倒れるほどじゃなかったね」

「魔王かな?」

「なんで私がダークネスシリーズのボスみたいな扱いになってるわけ?」

「あ、やってくれたんだ?面白かった?」

「景色がすごく綺麗だよね。スクショたくさんしちゃった」

「だよね!気に入ってくれてよかった〜。面白いけど難易度高いし」

「そんなゲームおすすめしたんだ?」

「う、私もやっちゃったって思ったよ?でも「一本で長い時間楽しめるゲーム」で真っ先に思いついたのがダークネスシリーズなんだから仕方ない仕方ない!」

「ボス倒すまでに死んじゃうのを何度も繰り返すのを「楽しめる」って考えちゃうとこがゲーマーの悪いところだよね。変人さんかな?」

「わざわざ別垢作って回復薬なし縛りやってる人は誰だっけ?」

「うぐ……面白いから仕方ないじゃんね」

「ミカも変人の仲間入りじゃん」

「トリニティの子が聞くとびっくりするよ。

 うーん美味しい……!」

「ミカってそういうの気にしないよね」

「だから派閥にも気さくな人が集まるってわけでもないのがキツいとこだよねえ」

「えーそうなの」

「ゲームみたいにうまくいかないんだよね」

「ゲームでもそんな上手くいかないってば」

「それは残念」


皮肉でもなんでもなく苦笑するミカに、トリニティの難しさを感じた。

それぞれのリーダーを立てる派閥。

それは本来、暴走を防ぐための機構として働くはずなのだろう。だが現実では蹴落とし合いが生まれる。それはモモイにだって理解できる。

王の産む過程で、担ぎやすい神輿を産もうとすることだって。

ミカは、その『神輿』だったそうだ。


ミカ本人は、

『苦労することはあるよ?でもさ、まあ、自業自得だし───私をまだ見捨てずに居てくれる人がいるってだけで、平気になっちゃった』

と、ピースサインすら見せていた。

セイアとナギサが、一瞬、顔を固くしていた。

踏み込まないほうが良いと直感したが、本人にとってはもう過ぎたことのようで、ミカはいろいろ話してくれた。

トリニティって割と陰湿だよ、とか。

政治とか陰謀とかぶっちゃけ面倒、とか。

殴り合いで決めれば良くない、とか。

いまだに魔女とか言われてる、とか。

遠い目をしながら、笑って言っていた。

他人を必要以上に貶めることはなかった。


ナギサは、ある質問をした時、

『もし自分に力があるとして、大切な人と世界のどちらを選ぶか?もちろん前者です。

 そのために後者を救いますが……不思議そうな顔をしてますね?』

と。彼女のいるところでは『ティーパーティーのリーダーとして、世界とミカさん達がどちらも助かる道を探しますよ』と言った口で、紅茶を片手に答えた。

これが二枚舌外交かー!とか思ってると、ナギサはこう続けた。

『ミカさんは明るい人ですが、自己評価が低く調子に乗りやすく、自己嫌悪しやすいんです』

以前より良くなりましたが。

『本人がいるところで言ったらロールケーキで口を塞ぐ回数が増えてしまいます』

ですが、

『私はそんなミカさんを愛しています』

ですから、

『理由は、それだけですよ』

と。当たり前のように笑った。



また、セイアは、二人になる機会があった時、こんな話をした。

『担ぎやすい神輿というのは、降ろしやすくもあるものだとは思わないかい』

『価値の重いものを軽いと勘違いし、要らなくなれば軽々しく投げ捨てる。

 腹立たしい言い方だが───“神輿”自身が、それを当然に受け入れている。

 彼女がいなければ、未だ中毒だった者もいたというのに』

『……何が『自分が被験者だと知ったらそれだけで拒む子もいるかもしれない』だ。自分がボロボロの時ばかり他者を慮るのか。……もっと報われるべきは君だろう』

『本当に気にもしていないのだろうね。彼女はもう、大切なものを定めたのだから。

 だが。人の価値観はそれぞれだとしても、見ていて気分の良いものではない』

今思えば、あれも、ミカについてのことだったのだろう。

それを面と向かって本人に言えないのは、おそらくは、派閥というしがらみによってできた習慣が抜け切らないからだろう。

モモイに政治はわからない。

モモイはゲーム開発部の人間なのだから。

ゆえに、彼女が出す言葉は───



「モモイー?お茶冷めちゃうよ?」


言われて気がつく。

少し、寝てしまっていたようだ。


「やっぱり疲れてる?」

「うーん、そんなことないんだけど……」


今頃になってエナドリが切れてきたのかもしれない。とか与太ってると本当にまぶたが落ちそうだ。モモイは勢いよく紅茶を飲み干した。


「……そういえばさ。これ、キャラの参考のために、色んな人に聞いている質問なんだけど。

 『あなたは今、世界と自分の大切な人のどちらかを救えるチャンスです。

 あなたは、どちらを選びますか?』」


問うと、


「みんながいる方に決まってるじゃん」


そして聖園ミカは、


「どっちも……って訳じゃないよ。

 ナギちゃんやセイアちゃんがいる世界、なんて大きなものを守る気はあんまりないよ?面倒だし、そこまで守れるなんて自惚れてない。

 となると、後者を選びたいかな。私は、私を居ていいって思ってくれた人を守るほうが納得できる。見ず知らずの人間を守るほどお人好しでもないし。

 ……こうなるともう、居場所が欲しいだけだな私。私ってほんと───ううん、」


澱みなく言って、笑いかけて、首を振った。


「それにさ。

 私にチャンスが与えられるなら、他の人にも同じ機会が与えられなきゃおかしいし。世界まで範囲を広げる必要、ないでしょ?」


「たしかに……それもそうだね!」

「ところでモモイ、この質問をみんなにしてるよって言ってたけど、ナギちゃんやセイアちゃんはどう答えたの?」

「ええこれ言っていいのかなあ……?」

「いーじゃんいーじゃん!どうせ答える内容だいたい想像つくし!あ、私のは秘密で!」

「はいはい……」


ミカが子供みたいに駄々をこねるので、モモイは「なんて言ったと思うの?」と聞いた。

すると、


「ナギちゃんは『ミカさんのために世界を救います』とかー。セイアちゃんは『そもそもそうならないために動きたいけれども……そうなったら、私が信頼する人々を助ける』とか」

「理由は?」

「『ミカさんを愛しているから』と『そんな状況のときくらい、本音のみで動いて仕舞えばいいと学んだのだよ』?…‥あはは、なんちゃって!言ってて恥ずかしくなってきた……」

「……せーかい」

「うひぇっ!?」

「そのまんまだよ。さっすがぁ」

「……………………………うわあー、ぉ。

 二人とも私のこと大好きすぎー、好きすぎるじゃんね……セイアちゃんもナギちゃんも素直じゃにゃいじゃんねぇ……」

「いい友達だねー!大事にしなよ」


ふにゃふにゃに溶けているお嬢様は、「そうしてるよ」と頬を押さえながら言った。

顔を赤らめながらの軽々しい口調に、

重みを含めた言葉だった。




喫茶店を出ると、空はもう橙だ。

だいぶ話し込んだなー、と伸びをするモモイの隣でミカが、「私、最近トリニティでゴリラって言われてるんだよね」とか言い出した。


「なにしたの?」

「キヴォトス最強決定戦で勝ちすぎたからだよ。『このゴリラ怖い近づかないでおこ……』みたいに思ってる人たちが言ってるらしいの。それに私と戦った子の影響でタイマン挑んでくる生徒が増えたんだよ!そのせいで肌ケアに気遣う必要が今まで以上に来ちゃってさ……」

「た、たいへんだね……」


あの大会以降、変な方向でミカは人気になったらしい。

アンシュガの方も、あの戦い以降、「あのミカの強さを見られるらしい」と言う触れ込みでなんか広まり、大会を着想元とした格ゲーが生まれた。


「私に対する言葉が『全身から強さがほとばしってますよ!』とか『ミカ様には金棒も必要ありません!』とか『両肩に隕石乗せてんのかい!』とかになったし。素直に褒めてくれてるのはわかるけどそれボディビルダーだよね」


責任の一端はこちらにもある。執筆中にミカの強さを盛りまくったのはモモイなのだ。具体的に言うと、事実では「瓦礫を盾にしつつ射撃を行い敵を倒し、倒した敵の銃でさらに制圧していった」ところを演出のために「瓦礫を投げたりステゴロかましたりして銃を奪いながら敵を薙ぎ倒していった」に変更した。


「それはなんかごめん」

「気にしてないよ?魔女って言われるよりマシだし、嫌がらせも綺麗さっぱり消えたし、今はもう、辛いことあんまりないし。

 むしろモモイにお礼したかったくらいだよ。ありがとね?」

 ……あ、もうすぐ門限だ」


急だな。


「急いだほうがいいんじゃ?」

「うん。送るつもりだったんだけど……」

「いーよいーよ、ちょっと歩けば駅だし。

 また今度ね!」


ミカが、「じゃあまた!DLCのナギちゃんよろしくねー!」と言って駆け出した。


どこが政治下手だと思いつつ、モモイはミカに手を振った。


夕暮れに向かって走り、白い翼が揺れる。

その姿は、自由度を誇って飛翔する鳥のようだった。



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