ミカが先生とフウカとご飯を食べる話
目の前で先生がおいしそうに食べるから、ちょっと気になってきた。そんなに美味しいの?
このゲヘナの、いままで出会ってきたゲヘナの子とはちょっと違う気がするこの子が要らないと伝えたのに押し切って用意した、自分に用意されたごくごく普通の焼き鮭、ご飯、おひたし、味噌汁の定食。
なんだか先生をとられたみたいなモヤモヤと先生の好みに合っているであろうこの食事を、敵情偵察だと言い訳して、箸を手に取った。
ほんのり上がる湯気が香るお味噌汁を一口いただき、軽くほぐした焼き鮭とご飯を口に頬張る。やけどしない範囲で十分に暖かいお味噌汁に、絶妙な塩加減と脂の乗った鮭、土鍋で炊かれてふっくらと仕上がり噛むたびにほんのり甘さも感じる白米、さっぱりとしただし香るおひたしや鮭に添えられた大根おろしは見た目と味両方でしつこくなった口をさっぱりさせる。
素材の品質や華やかさでいえばいままで食べたことのあるものの中では決して上位とはいえないはずなのに、美味しかった記憶に勝るとも劣らない食事、なんだからしくないかな。
ゴクッと飲み込んだ後、ふぅと息を吐いたところで今まで自分が気づかない間に気を張って肩に力が入っていたことに気づいた。
そしてこれは、いつ振りかわからない誰かとの食事、礼儀作法も魔女もゲヘナ嫌いも求めてこない誰かとの食事は、ミカの心の自ら傷つけた傷跡に沁みて少し痛いくらいだった。いたくて、いたくて、視界が潤んでくる。ゲヘナの前で泣くもんか。誰からか押しつけられたような、そんな虚勢を張る余裕もなく頬にはしょっぱい汗が伝う。
ちょっと強めに塩が利いた鮭は、なんだかこの前先生をだまして一晩過ごしたあのときのような味にも感じた。
「不快だったら振りほどいてかまいません。ただ私はあなたに、こうしてあげたいだけなんです。」
隣に座ってきたゲヘナの子、フウカはどう思ったのかぴったり横について背中をゆっくりとさすり始めた。ゆっくりとフウカの決して大きくない手が背中をなぞるたびに、言葉になる前のあれやこれや、あるいは言葉にしたくても出来なかったなにかがどんどん下まぶたから溢れては下に流れ落ちていく。
しょっぱい現実から目をそらしつつも、少し現実と向き合っては箸を動かし、また少ししてお椀を傾ける。もしいま言葉を交わそうとすれば、私はフウカを突き放すような傷つけるようなことを言ってしまうかもしれないとも思ったが、幸いにも両手も口もフウカと先生とこの空間の暖かさでいっぱいで、言葉は一つも出てこなかった。
先生もフウカもそんな優しい顔で見つめないで。私を赦さないで。勘違いしちゃうでしょ?
でも今だけはこの、私が感じている優しさが甘いニセモノではなく、ホンモノであって欲しいと切に願い、念のために辛い現実に戻れるようにこれが夢であることを祈った。