マルコ:リボン
ずいぶん昔の話だ。ある島に上陸してそろそろ船に戻ろうかという頃。少し前に海賊に襲撃されたという島で、物資の調達には少々難儀した。世知辛いがよくある話だ。なんとか物資調達の手はずを整えて後を任せ、海岸に戻る道すがら。その屋台はぽつんとそこにあった。
あんな屋台、町に行く時にはなかったはずだ。けれど近づけば移動式の屋台だとわかったから、ああ自分たちが通り過ぎた後でここに来たのだろうとアタリをつける。何を売っているのか冷やかし半分で覗いてみた。
覗いてみて目を瞬く。菓子、玩具、煙草、衣類、絵画、食器、宝飾品、からくりのパーツ、貝、その他よくわからないものまで雑多に陳列されている。リサイクルショップか何かだろうか。
「おや、海賊さんかな?いらっしゃい」
突然声をかけられ、驚いて顔を上げる。店主らしい男性がいつの間にか目の前にいた。これだけの距離で人に気づかないなんて。穏やかな雰囲気の店主は何か気になるものがあれば取りますよと言うが、正直あまり興味を引かれるものはなかっ
「これ、いくらだよい?」
気づけばそう呟いて、金を払っていた。品物を手渡されてやっと我に返る。返ったが、今更数ベリーの金を返せとも言い辛い。毎度あり、という店主の声を背に、マルコはなぜこんなものを買ってしまったのかとしきりに首を傾げた。
どう見ても自分には似合わない、ピンクのリボンを手に持って。
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その島を出てすぐの事だった。
「本当だって!俺の部屋に幽霊が出たんだよ!」
朝飯の席でクルーの1人がそう騒いでいた。どうやら昨夜幽霊が出たと言って騒いで同室の野郎共にド突かれたらしい。寝ぼけたんだろう、怖がりめ、と誰もまともに取り合わなかった。
ところがその幽霊の目撃談は、日毎に増えていった。
曰く、服がボロボロだった。女だった。寝ていたところをふと起きたら目の前にいた。目が真っ黒だった。向こうが透けて見えた。首の取れかけた小人を引きずっていた。金縛りに遭った。首を絞められそうになった。
「あの島からついてきちまったんだ!」
多少誇張は入っているだろうが、ともかく集団幻覚でもない限り何かが船に同船しているのは本当らしい。目撃証言は下っ端達の部屋から徐々に上に上にと移動してきていた。
「今夜あたりおれ達の部屋にも来るんじゃねぇか?」
「いい女だったら幽霊でも大歓迎だけどな、おれァ!」
ゼハハハと笑うティーチにサッチも「違いねェ!」と笑い返す。女のこととなるとこいつらはいつもこれだ。
はたして幽霊はその夜、本当に現れた。マルコの部屋に。
「…っと、マジか…」
重苦しい気配を感じて目を覚ますと、腹の上にやけに輪郭がぼんやりした女――の子が乗っていた。乗っていたと言っていいのかわからない。質量は感じないからだ。あと触れている腹の辺りがひんやりする。ひえ。
全体に白っぽく、ぼやけているので顔はわからない。でも目のあるべきところがぽっかりと穴が空いているようで、なるほどこれは「目が真っ黒」だ。そして女の子…というか幼女だ、幼女が抱いているのは小人…いや違う、ぬいぐるみ。それも人じゃなくてクマの。だからって恐怖感が減るわけではないしむしろ増した気がする。笑うな。目が真っ黒で首の取れかけたクマのぬいぐるみ持った幼女だぞ。
「えーと…お嬢ちゃん、この船に何か用かよい?」
いつもより激しい心音を努めて抑えつつ聞いてみる。じっ、と見てくる真っ黒な目は、確かに事前情報がなかったら叫び声の一つもあげていたかもしれない。幼女はしばらくじっとマルコを覗き込んでから、ふいにどこかを指さした。
「?」
なんだと思ってそちらを見れば、そこにあるのはマルコの部屋の机。ゆっくりと身を起こすと幼女の幽霊はするりとマルコの腹から降りた。降りて机の方へ行くと、ぺちぺちと引き出しの一つを叩く。いやすり抜けているから叩けてはいないのだけど。
「?そこに何か…あ」
引き出しを開ければ、筆記用具の上に押し込まれているのはあのリボンだ。なぜか前の島で買ってしまった、あの可愛らしいリボン。…え、もしかして。
「これが欲しいのかよい?」
リボンを手に幼女の前にしゃがみこめば、どうやら幼女はこくこくと頷いた。頷いて、くまのぬいぐるみをマルコの前に突き出す。どうやらクマの首に結べということらしい。
「おれはこういうのは得意じゃないんだが…」
そもそも質量を持っていない幽霊の持ち物に物質を結べるのだろうか。が、ものは試しとやってみたらできてしまった。マジか。
「これでどうだよい?」
ダメだと言われてもこれ以上はどうにもできない。とはいえ幼女は満足したらしく、首にちょこんとリボンを結ばれたクマのぬいぐるみを両手で掲げて喜んでいる…らしい。顔が見えないからよくわからない。
「まあ、満足したんならウチの奴らを夜な夜な脅かすのは勘弁してやってくれよい。海の男なんて言っても、幽霊にゃあ免疫がねェんだ」
マルコの言葉を理解しているのかいないのか。ひとしきりはしゃいで(?)満足したらしい幼女は、最後にマルコに向き直るとぬいぐるみを抱えたまま、ぺこりと可愛らしくお辞儀した。片手でスカート…ああこれワンピースか、の裾をつまむ、お姫様のようなポーズで。そのまま、溶けるように消えてしまった。
「…なんだったんだろうなァ」
幽霊(の持ち物)に結べるリボンを売っていたあの店も、その店であのリボンを買った自分も、そもそもあの幼女の幽霊も。
「(ともかく…これで幽霊騒ぎは終わりだな、たぶん)」
さて寝直すか。考えてもしょうがねぇ、と欠伸して、マルコはベッドに戻った。
そして実際その夜から、幽霊騒ぎはパタリと止んだのである。
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ジャムちゃんのね、リボンがきれちゃったの。ひっかかって、ビリって。だからね、わたしジャムちゃんに新しいリボンをかってあげるの。こんどはピンクのリボンにするわ。だいじょうぶよ、おかいものくらいひとりでいけるわ。もうおねえちゃんだもん!いもうとがうまれたらジャムちゃんをしょうかいするの。そのまえにおめかししないといけないから、いまからリボンをかいにいくの。