マユAA押しかけ事件
マユがAA押しかけるまでのアレコレ
マユはトダカさんの養子になってるので苗字が違います
試作機の設定とか型式番号とかは適当です
モルゲンレーテ社の技術格納庫は常に喧騒に満ちている。技術者の会話、モーターの駆動音、コンテナを乗せたリフトの軋み、絶えず機体のデータを表示する記録計の波形グラフと電子音。
そんなガヤガヤと絶えず喧しいこの場所が、今日という日は少しばかり大人しい。静寂に満ちてるとは言い難いが、いつもに比べたら数倍静かなのだ。
『───めでたき今日の日祝うかのように天候は気持ちのよい快晴であり、ハウメアも……』
「はっ、祝うもんかハウメアが。セイランの奴らがカガリ様抑え込んで甘い汁吸おうとしてるだけだっつの!」
「はぁーあ。これで大西洋連邦との同盟も確実かぁ」
「同盟自体はとっくに締結されてるだろ。こっから更にセイランが口出ししてくるってだけで」
「それが最悪じゃねーか。アスハ代表もなぁ。もうちょいシャキッとして欲しいぜ。あの世でウズミ様も泣いてらぁ」
「ちょっとやめなよ。カガリ様だって頑張ってるじゃないか」
「頑張ってるだけじゃダメだろ。実際に大西洋連邦との同盟を止められなかったんだから」
格納庫にいる技術者の大半は壁に備え付けられた大型モニターの前でたむろしている。皆が見ているのは国営放送の生中継。国家元首でありアスハ氏族の長カガリ・ユラ・アスハと、セイラン氏族の息子ユウナ・ロマ・セイランの結婚式だ。
「あーやだやだ。なんでオーブ焼いたバカ共と仲良しこよししなきゃならないのかねぇ」
「敵対するよりマシでしょ。私は嫌よ、またアイツらに国焼かれるの」
「脅しじゃんソレ。国を焼かれたくなきゃ言うこと聞けって事だろ?」
「もー! だからやめなってば!」
国の代表であり獅子の愛娘と慕われている姫君の結婚式だというのに、中継を眺める大人達の顔に笑顔は無い。それはこの婚姻がセイランの意向が強い政略結婚である事を皆が気づいているからだろう。
モルゲンレーテ社は国営の軍事企業である。先々代の代表ウズミ・ナラ・アスハの時代から繋がりは深く、その娘たるカガリも幼い頃から頻繁に顔を出していたらしい。幼少から可愛がっていた姫君がいけ好かない男と結婚させられるのも気に食わないのだろう。
「そういえばさ、カガリ様って恋人いたんじゃなかったっけ?」
「え、マジ?」
「あのボディーガードの彼? いつも一緒にいた」
「そんなんいたのか。うわぁショック!」
「あくまで噂だって。文字通りいつも一緒だったし」
「でも護衛なら一緒にいるの当たり前じゃん」
「だから噂ね。でもめちゃくちゃイケメンらしいよ?」
「え、うそ。見たかったぁ」
「そういや最近見かけないな。どこ行ったんだその護衛くん」
「さぁ? クビになったとか?」
「まさか死んだりとか…ないよね」
「さーね。知らんよ」
「……カガリ様に彼氏かぁ。本当かなぁ」
大人達の噂話とテレビ中継を聞き流しながら、マユ・トダカは記録計に表示されるパラメータ値を睨みつつ呟く。
「あら、気になる?」
「へ? シモンズ主任! どうしたんですか、こんな所まで」
頭上から突然降ってきた声に驚いて顔を上げると、モビルスーツ開発の責任者であるエリカ・シモンズがこちらを覗き込んでいた。
「こんな所なんて言わないでちょうだい。ここは新型モビルスーツの開発部よ? オーブの未来を守る新たな希望の光が生まれる場所だもの。胸を張りなさい」
「希望の光って…。まだ実用化には程遠い試作機じゃないですか。私みたいな学生でデータ取りしてるのに胸なんて張れませんよ」
「そうよねぇ、貴女まだ幼いし」
「…それ、セクハラらしいですよ」
「あらごめんなさい。お詫びに飴食べる?」
「…………いただきます」
エリカから受け取った飴をモゴモゴ頬張りながら、マユはしかめっ面で大型モニターに目をやる。画面には花嫁衣装で飾り立てられたカガリの姿が写っていた。溜息が出るほどに美しい姿なのに、マユの心はちっとも晴れない。
───あんなドレスより式典で見る軍服姿の方がずっとカッコイイもん。
「あの、シモンズ主任。さっきの噂って本当なんですか?」
「噂? ああ、カガリ様の恋人?」
「そう、それです」
「うーん、そうねぇ。ボディーガードの彼ととても仲が良かったのは事実だけど…、どうなのかしら。2人共まだまだ若いし」
「お知り合いなんですか? その護衛の人と」
「まあちょっとね。親しいと言えるほどの仲でもないけど」
「ふぅん…」
はぐらかされたな、と思った。なんとなく。しかし事実でないなら否定するはずだ。ならば噂は本当なのだろうか。国のトップに立つ少女と、彼女を守るイケメンボディーガード。なんだかトレンディドラマみたいだ。事実だとしたら───と胸を躍らせかけたが、その結末は目の前のテレビ中継である。愛する恋人達は引き離され、姫君は好きでもない男と結婚させられ、オーブはかつて国を焼いた奴らと同盟を結ぶ。逆立ちしたってハッピーエンドとは言えないだろう。
───何それ最悪。そのボディーガードさんも恋人ならセイランからカガリ様をちゃんと守ってよ。
マユは大西洋連邦が嫌いだ。憎んですらいる。当然だ。奴らは一方的にオーブを焼き、マユから家族と平和を奪った。そんな奴らと同盟を結んで味方面されなきゃいけないなんて吐き気がする。
カガリの事は好きだった。政治に関して詳しいとは言えないけれど、マユと年の近い女の子が亡き父の意志を継ぎ頑張ってる姿は応援しようと思える。先の大戦では戦争を止めるために宇宙に飛び立ち、実際にモビルスーツに乗って戦いもしたらしい。まるでおとぎ話の姫騎士のようで憧れを抱いていた。
でも周囲の圧力に屈して大西洋連邦と同盟を結ぶなんてガッカリだ。いや、これもセイランが悪いのだろう。養父は仕事の事を家に持ち帰る人ではないけれど、新聞を読む時に溢す独り言と、この格納庫で交わされる会話から、マユはなんとなくそう結論付ける。
───その恋人さんがカガリ様を颯爽と攫ってくれればいいのに。
実際そんな映画みたいなこと起きるはずがないのは分かってる。でもそう願わずにはいられないほど、マユの心はささくれだっていた。
「実用化に程遠いと言うけれどね。それは貴女の規格で組み上げちゃってるからよ。テストパイロットが優秀すぎるのも考えものね。みんな楽しくなっちゃって色々弄り過ぎた結果、ナチュラル用へ再調整するのに手間取ってるんだから。その代わり、貴女専用機としてなら合格ラインを軽く飛び越えてるわ」
「え、じゃあこの機体私にください」
「開発費は34億とんで800万よ。どうする?」
「……普通にダメって言えばいいじゃないですか」
「私だって勿体ないと思ってるわ。貴女、とっても優秀だもの。このまま専属パイロットになって欲しいくらい」
「そりゃあ私コーディネイターですし」
「コーディネイターだって万能じゃないでしょ。これは貴女の素晴らしい才能」
「えと…どうも」
より多くの才能を開花させるための肉体と頭脳を持つ人種。それがコーディネイターだ。マユは二世代目のコーディネイターだが、両親はごく普通の一般家庭出身である。貧しくはないが特別裕福でもない、どこにでもいる平凡な一家。ナチュラルと比べたら優秀なのは確かだが、コーディネイターとしては平均値の範囲内に収まる程度だ。そんな家族から生まれたマユがパイロットとして優秀だなんて、誇らしくはあるけれどイマイチ実感が湧かない。
「ま、いいわ。こういうのは天からの授かりものよ。大事になさい。じゃあ引き続きデータ取りよろしくね」
「はーい」
追加で二、三個ほど飴を手渡し、エリカはヒラヒラと手を振りながら去って行った。もらった飴をコックピットのサイドボックスへと放り込み、壁の大型モニターへと視線を移す。画面の向こうでは花嫁と花婿が祭祀の前で夫婦の誓いを行っていた。式典は遂にクライマックスらしい。この後の展開を見たくなくてマユは再び記録計の画面の方へと向き直る。その時───。
『あ、あれは何でしょう! 何かが…っ。モビルスーツ!? モビルスーツがこちらへ……』
大型モニターからアナウンサーの慌てた声が聞こえ、数秒遅れて室内にもざわめきが広がる。
「おい、あれフリーダムじゃないか!?」
「……え?」
予想外の単語に、マユは思わず大型モニターへと体ごと視線を向けた。画面には何やら慌てた様子の参加者達が呆然とした表情で空を見上げている。中には空に向かって指を指したり、慌てた様子で式場から逃げる者もいた。
フリーダム。それは2年前、地球連合軍がオーブを攻めてきた際に国を守るため戦ったモビルスーツの名だ。戦艦アークエンジェルと共に勇敢に戦ったその機体は、亡きウズミからオーブの理念を託され宇宙へと飛び立ち、ナチュラルとコーディネイターの果てなき殺し合いを終結させたと云う。
実際に見た事はないし公式発表もされていないけれど、戦後にネットに上げられた動画や目撃談などから民衆の間ではオーブの守護神として絶大な人気を集めている。噂では大戦の激闘で大破したとされているが、どうしてそんな機体の名前が今ここで出されるのだろうか。
画面が揺れる。ちっともピントが合っていない様子から、カメラマンの動揺が伝わるようだ。それとも本当にモビルスーツが現れて、巻き上げる暴風の煽りを受けているのだろうか。
グニャグニャと揺れていた画面がようやく固定され、ピントが定まる。花嫁と花婿の姿は無い。あるのは白と赤と青。そして金色に光る機械の瞳。
「…………あ」
そこに、白き守護神がいた。
「…………きれい」
モビルスーツ、フリーダム。
かの英雄が画面の向こうにいる。あの日、オーブを守るために戦った青い翼を携えたモビルスーツだ。
ドクン、と心臓が跳ねた。
何かとんでもない事が起きている。今、目の前でオーブを、いや、世界を揺るがすような何かが。難しい事は分からないけれど、きっとマユでは想像も付かない何かが起きて、そしてこれからまた始まるのではないだろうか。
ぎゅうっと右腕の義手を掴む。心臓がバクバクと音を立て、呼吸が早くなる。全身の血が高速で駆け巡り、体温が上昇していくのが感じられた。
───何かしなきゃ。
何を?
───分からない。でも、何かしなきゃ。
どうするの?
───分からない。でも。
でも?
───このままじっとしてるなんて、できない!
画面の向こうでフリーダムがカガリをそっと抱き上げる。それを視界に入れた瞬間、マユは衝動的にタブレット端末を掴み、コックピットへ放り込む。周辺機器のタッチパネルを叩いて各種ロックを解除させ、ヘルメットを被り、コックピットへと飛び込んだ。
右腕の義手を取り外し、接合部にコネクタケーブルを挿入。取り外した義手は左のレバーハンドルの下にある専用ボックスへと格納し、すぐさま目の前に広がる大量のスイッチやレバーを手順通りに高速で叩いていく。
───バッテリーは…よし、問題ない。
コックピットを閉じたらモニターを起動させ周囲を確認。半径5メートル以内に人影は無し。一番危険なジェット噴出口の後方にも人影は見当たらない。皆、大型モニターの向こう側で起きてる大事件に釘付けだ。
可変型モビルスーツであるこの機体は、格納時はモビルアーマーの状態を取っている。モビルスーツならばハッチから踏み出しただけで気付かれたかもしれないが、モビルアーマーならば発進ギリギリまでバレる可能性は低い…と信じたい。
─── CPC設定完了。ニューラルリンケージ。イオン濃度正常。電子神経接続完了。パワーフロー正常。全システムオールグリーン。
コックピット内に光が灯り、システムが起動していく。シートベルトで体を固定し、ヘルメットのバイザーを降ろす。パイロットスーツ内に空気が投入され、自身の呼吸音が通信越しに耳元へ響くのが感じられた。
左手のスロットをゆっくりと前へ押し出す。エンジンがかかり、モーターが高速で回転し、スラスターに熱が貯まる。
「お、おい! お前、なにしてる!?」
「へ? ……は? トダカお前何を…っ!!」
気付かれた。でももう遅い。
「マユ・トダカ。MVF-M11C-CX、発進します!」
ぐっと全身に発射のGがかかる。奥歯を噛み締めそれに耐え、機体を上空へと傾ける。存在しない右腕から信号を送りスクリーンにテレビ中継を映した。
フリーダムはカガリを抱えたまま飛行し、海を目指しているらしい。カガリをコックピットへと収容していないなら速度は出せないはず。全速力で吹かせばまだ間に合うだろう。テレビ画面からおおよその位置を割り出し、マユは目一杯アクセルを踏み込んだ。
オーブ上空を全速力で飛行する機体。航空地図を出し、旅客機や戦闘機とカチ合わないコースを凄まじい勢いで駆け抜けていく。このままいけば10分もしない内に海上へ着くだろう。
しかし───。
『…ちらオーブ国防軍。こちらオーブ国防軍。MVF-M11C-CXは直ちに停止せよ。繰り返す。こちらオーブ国防軍。MVF-M11C-CXは直ちに停止せよ。そちらに発進・航空許可は出ていない』
「はやっ! もう来た」
発進から10分も経たずに送られて来た通信に思わず舌打ちする。流石はオーブ国防軍。国家元首の結婚式拉致なんて大事件があったのに、すぐさまこちらにも追跡班を送るとは。
「さてはチーフ達が軍に通報したな! もうっ、正しい判断だけど放っといてよ!」
八つ当たりでしかない恨み言を呟きながらも通信は無視する。ここで止まる気なんてサラサラ無い。あればそもそも無断出撃なんてバカな真似しないのだから。
『これは最終警告である。MVF-M11C-CXは直ちに停止し投降せよ。これを拒否するならば、命令無視、および敵対行動とみなし攻撃態勢に移る』
とうとう最終警告だ。1分もしない内に攻撃態勢へと移るだろう。レーダーから追跡機を確認する。追手は2機。どちらもモビルアーマーだ。
「なんだ、モビルスーツじゃないんだ。やっぱり主力はフリーダムの方に向かったのかな?」
それとも軍に通報したチーフも慌てていたんだろうか。この機体が可変型モビルスーツである事を失念していた? 真相を調べる方法は無いが、こちらに都合がいいので良しとしよう。
「それに今は市街地上空。まだ撃ってこれないよね」
眼下には住宅地や商業施設がジオラマのように広がっている。ここで撃てば流れ弾で市街地に被害が出る可能性がゼロではない。明らかに攻撃を仕掛けてくる「敵」ならまだしも、逃走中の自国モビルスーツ1機に対してそこまでのリスクは背負えないはずだ。
未だにやかましく停止勧告を垂れ流す通信を煩しく感じ、マユは右腕の信号からチャンネルを切断する。海上まであと数分。本格的な攻撃はそこからだろう。
一度も速度を落とさないまま、マユはオーブ海上へと辿りつく。すぐさま各部センサーへ信号を出し、海上をくまなく見渡した。
「いた! アークエンジェル!」
白と赤のコントラストが美しい戦艦が、オーブの軍艦にゆっくりと包囲されつつある。どうやらフリーダムはまだ到着していないらしい。置いてけぼりは免れたようだ。
「よぉーしっ!」
素早く、しかし丁寧に速度を落とし、マユは機体をモビルアーマーからモビルスーツへと変形させた。変形による姿勢変更を利用し、くるりと機体を方向転換。その様はまるで水泳のターンのように滑らかで無駄のない動きだ。背後から追って来ていたモビルアーマーを正面から迎える形をとる。
「はぁぁぁあ!」
即座にスラスターを噴出。モビルアーマー2機を追い抜きながら、その翼を片側ずつ斬り落とした。コントロールを失い滑落する機体から、パイロットが飛び出しパラシュートを展開したのを確認する。
「…よし、次」
パイロットが無事な事にホッとしつつ、すぐさま姿勢を整えて今度はアークエンジェルの方へ発進。飛行しながらオープンチャンネルを開き、白亜の戦艦へ通信を呼びかけた。
「こちらMVF-M11C-CX。本機はこれよりアークエンジェル及びフリーダムを援護する。繰り返す。本機はアークエンジェルとフリーダムを援護する。本官は貴艦らに対し敵対の意志はない」
ここからは正真正銘の博打だ。目の前にはアークエンジェルとそれを取り囲む戦艦が6隻。予想以上だ。既にマユがモルゲンレーテから無断出撃した報告は受けているはず。カガリという人質を連れておらず、更には「味方」という実績すらないこの機体は、下手すれば即座に撃沈されかねない。最悪の場合、アークエンジェルやフリーダムからも敵と見做され撃ち落とされる。
戦艦の隙間を縫うように飛行し、水面をバルカンで撃ちながら撹乱していく。同時に戦艦からの攻撃を避けたりいなしたりしながら、アークエンジェルに流れ弾が当たらないよう注意も配る。目的はあくまで援護と撹乱。戦艦全てを無力化させるなんてマユでは不可能だし、自国の艦を撃沈する気もない。時折り鳴るアラートからオーブ国防軍より警告が出ている事が伝わるが、オーブからのチャンネルは総じて無視している。今欲しい通信はオーブではない。
『こちらアークエンジェル』
「きた!」
待ち望んでいた通信に思わず歓声をあげ、慌ててヘルメット越しに口元を抑る。マイクを切っていてよかった。危うく今の声がアークエンジェルへと伝わってしまうところだった。
『援護、感謝する。しかしそちらから援護を受ける理由が見受けられない。真意を述べられたし。繰り返す、真意を述べられたし』
通信の声は女性だった。アークエンジェルの艦長は女性なのだろうか。いや、通信オペレーターの可能性が高い。違う、そんな事はどうでもよくて。とにかく自分が味方である事を伝えなければ。
「こちらMVF-M11C-CX。認識番号QRD-3886F。オーブ国防軍、モルゲンレーテ社所属パイロット、マユ・トダカであります」
正確には国防軍ではなく国防士官学校所属であるが、今は黙っておく。ただでさえ複雑な状況を更に混乱させたくない。どうせバレるなら後からでも構わないだろう。
「フリーダムによるカガリ・ユラ・アスハ代表の拉致の一報を知り馳せ参じました。本官は大西洋連邦との同盟に不信を抱いています。先の大戦において戦いを終結へと導いた貴艦およびフリーダムがアスハ代表と共におられるならば、オーブの……ウズミ様の理念はあなた方と共にあると本官は判断します」
口を動かしながら必死で文章を捻り出す。自分が何故出撃したのかなんて自分でも分からない。ただそうしたい、そうするべきだという直感でしかないのだ。
「正直、貴艦を納得させられるだけの明瞭な理由は持ち合わせておりません。本官は本官の信じるオーブの理念に従い、今ここにいます。アスハ代表を今のオーブから救い出すのが貴方たちならば、私が守りたいオーブの理念は貴方たちとアスハ代表です。どうか、私を貴女たちと共に戦わせてください」
10時の方角からランチャーによる攻撃。機体を17度傾けてこれを躱し、艦と水面のギリギリを狙ってミサイルを放つ。ド派手な水飛沫で視界が遮られるが、レーダーに熱源反応は見受けられない。どうやらあちらも本格的な戦闘は避けているようだ。
ピーピーとなる通信アラートがうるさい。警告の猶予はとっくに過ぎたはずなのに、オーブ国防軍はしつこくマユへアプローチを取ろうしている。この必死な呼びかけはなんなのだろう。
3時の方向にある戦艦がこちらへミサイルの照準を向けているのを視界に捉える。数が多い。バッテリーの残量は残り3分の1。スラスターを噴かし過ぎたか。バッテリーの使用量が激しいビーム武器は極力控えていたのだが、戦艦6隻はやはりキツ過ぎる。
「え、なにこの高速の…。モビルスーツ!?」
視界の端でレーダー上を物凄い速さでこちらに移動してくる機体を捉えた。慌てて前方スクリーンの一角を拡大し、その機影を確認する。
「フリーダム!」
どうやらカガリをコックピットへ収納したらしい。あの速度なら2分もしない内にこちらへ到着するだろう。マユはバクバクと暴れる心臓の音をなんとか鎮めながら再びアークエンジェルへと回線を開く。
「フリーダムおよびアスハ代表を収容すれば、貴艦はここを離脱するのでしょう!? どうか私も貴艦と共に同行させてください! 私を、貴方たちと一緒に戦わせてください!」
フリーダムが迫る。時間がない。アークエンジェルに受け入れてもらえなければ、マユはひとり取り残され投降。最悪の場合、撃墜だ。
背中に冷や汗が伝う。返事は? どっち? 受け入れてもらえるのか。さっきの通信で信用してもらえるのか。でもあれ以上に言葉は見つからない。嘘も言えない。誤魔化しなんてしたくない。早く、早く。あぁ、フリーダムがもうそこまで!
『いいでしょう。本艦への着艦を許可します。急いで! フリーダム収容と同時に潜航します!』
「はい!!」
通信の声に促されるまま、開かれたハッチへ一目散に駆け込む。ズシンという振動とともに機体が着地し、遅れてハッチが閉じた。どうやらフリーダムは反対側のハッチから収容されたらしい。
『着艦を確認しました。これよりアークエンジェルは潜航を開始します。貴女は機体の全システムを切り、コックピット内でしばらく待機してください。まだ貴女を完全に信用したわけではありません。こちらの指示があるまで余計な事はしないように。不信な行動を取った場合、直ちに敵と見做します』
「了解しました。これより本官は指示があるまでコックピット内で待機します。着艦を認めていただけた事、心より感謝いたします」
『では、後ほど』
プツンという音とともに通信が切れる。
「はぁぁぁぁぁぁ…」
それと同時に緊張の糸も切れた。体がぐんにゃりと弛緩するが、シートベルトで固定されているのでずり落ちる事はない。
「あぁ…電源落とさなきゃ…」
ポチポチとスイッチやレバーを操作し、完全に機体を停止させる。生きている機能はコックピット内の非常灯と通信機能だけだ。右腕の接合部からケーブルを抜き、ボックスから義手を取り出して装着した。シートベルトを解除し、ヘルメットも外す。ぷはぁと息を吐くが、コックピットが閉ざされているためか開放感はあまり感じられない。
「はぁー…、とりあえず、なんとかなった、よね?」
シートの上で膝を抱える。猛烈に喉が渇いた。緊張で汗もかいたし、シャワーも浴びたい。あぁ、どうしてドリンクを持ってこなかったんだろう。
「早く出たいなー、コックピット」
ぽつりと溢れた言葉がコックピット内で反響する。気を抜くと疲れから寝てしまいそうだ。ぺちぺちと頬を叩きながら、マユは通信が入るのを待ち侘びる。
マユが狭いコックピット内から解放されたのは、それから1時間後の事だった。
※この後、マリューさん達の腰を抜かしたあと無茶な行動を叱られます。
※なお、海上にいたトダカさんはモルゲンレーテからの通報を受け頭を抱えました。しつこくチカチカしてた通信アラートはトダカさんです。最後に敬礼する余裕なんてありません。