マスターと聖杯と愛神と

マスターと聖杯と愛神と


「聖杯に振り回された者同士で共同戦線とは、とんだ茶番もあったものですね!」

「あら、その割には上機嫌じゃない!」

「退路が見つかった! こっちだ!」


軽口を叩きながらゾンビに矢を射るカーマとクロ、そしてそんな二人に指示を出す立香。彼らがいるのは、ショッピングモールらしき微小特異点だった。


───


「逃げ切ったか…」


複数ある店舗のひとつに逃げ込んだ一行。命は拾ったが、現地住民はおろか仮拠点すら見つからない現状はあまりよろしいものではなかった。カルデアとも通信途絶しているのが痛い(割といつものことだが)。

…特異点攻略というのは、往々にしてこういうことが起きる。レイシフト直前の観測結果は普通だったのに、いざレイシフトしてみればこの始末である。無理を押してもう二人くらいサーヴァントに同行してもらうべきだったかもしれない。


「私達はサーヴァントなので食事必須ではないですけど、マスターさんはそろそろ辛くなってきたんじゃありません? 持ってきたレーション、もう少ないんでしょう?」

「道中で何か見つけられたら良かったんだけど……ごめんなさい。流石にそこまでの余裕はなかったわ。広すぎるのよここ」


真面目に思案するカーマと、申し訳なさそうに語るクロ。そんな二人を見て、立香は密かに(しょうもない)覚悟を決めた。


「…いや、実は探索の途中で食料見つけてたんだオレ。…一応だけど…」

「何か含みがある言い方ですね。何を見つけたんです?」

「…これ」


どことなく哀愁漂う立香がスッと取り出した物を見て、カーマとクロは己の目を疑った。なんとそれは、ペットフードに自動車用バッテリー補充液だったのだ。


「ほんとに一応ですね!?」

「ま、まあ当座の飢えを凌ぐくらいは可能でしょうけど、流石に最後の手段でしょそれは。…というか、自動車用品も扱ってるとか規模が大きすぎないここ?(※バッテリー補充液はたまに危険な添加物が入っているので基本飲んではいけません。何も入っていない精製水でも浸透圧あれこれの兼ね合いでお腹を壊す危険があるらしいので、どうしても飲むつもりならお茶などで割りましょう)」

「…やっぱり駄目か」

「駄目よ! こうなったら、是が非でも食品売り場を探すわよ。このままだと観葉植物の根っことか食べ始めそうで見てられないわ」

「仕方ないですねぇ……分身体出して人海戦術と行きましょう。ビーストの頃より数は減りますけど、出さないよりはマシです」


口調こそやれやれといった感じだが、カーマの表情はクロ同様真剣そのものだった。立香がペットフードで飢えを凌ぐなんて認められない、といった心理がありありと見て取れた。

そうして宛のない食料探しを始めて数時間。クロが喜色満面といった様子で遠くを指差したことで、事態は一気に好転する。


「リツカお兄ちゃん、あれあれ!」

「あれは……もしかして、フードコートとレストラン街? や、やったぞ…! 無人だとしても食料さえあれば調理して食べられる! ありがとうクロ!」

「こっちも分身の一人が食品売り場を見つけましたよ。ま、これで良い感じの料理にはありつけそうですね?」

「カーマもありがとう…! よし、中を調べて問題なければあそこを拠点にしよう!」


そんなこんなで一行は、水道・厨房・トイレなどが揃ったレストランのひとつを当面の拠点とすることに決めた。

引っ張ってきた棚やテーブルを用いて簡易的なバリケードを設置し、食料のみならず電池式ライトや就寝用のベッドすら持ち込んだ彼らは、厨房で調理したコンソメスープ・ポークチャップ・パセリライスのセットを食べていた。時刻は夜の10時、遅めの夕食だ。


「中々良い出来じゃない。カーマ、あなたって料理上手なのね」

「依代のせいか、インド系以外にも洋食が得意なんですよね私……まあ、依代の封印された記憶なんて薄ぼんやりした物に頼るのは危険なので、半分以上独学ですけど」

「でも美味しいよ。ありがとうカーマ」

「んなっ……もう、そういうこと素面で言うんですから…」


───ベッド・食事・トイレがあり、好きな相手が会話に応えてくれる。敵地だというのに、「悪くないな」と思ってしまう立香だった。

…が。

「ちょっと、なんで霊基第三で密着してるのよ! あなたそこまで積極的だった?」

「…まあ、自分の気持ちを自覚する機会があったってことですよ。というか、貴女もしてることでしょう? 就寝時に密着」

「う……いや、でも…!」

「悶々としてるクロエさんは放っておきましょうマスターさん。…ふふ、イリヤさん達が成長するまで、大人の女性需要は私が満たしてあげますからね…♪」

「ぐぬぬ…」

「どうどう、どうどうクロ…」


…就寝時に騒がしいのはどうにかならないのかな、とも思うのだった。


───


翌日の朝8時、ゾンビとスケルトンの群れがレストランを襲撃した。数にして100体程……倒せばするが、立香の支援を受けたクロとカーマだけで片付けるには、いささか面倒な相手と言える。


「まあ、こんな時のためのバリケードよ。という訳で、一方的に狙い撃ちさせてもらうわ」


バリケードには極小の穴が空いており、そこから矢を射ったり、ガンドなどを撃つことが出来る。相手は穴を縫うような技量を持たないため、一方的に攻撃できるという仕組みだ。

そんなバリケードの存在もあってか、正午前には全ての敵を安全に片付けられた。引き換えに時間はかかったが…。

そして午後の1時。コンソメスープの残りと冷凍パスタで昼食を済ませた一同は軽い作戦会議を行っていた。


「今日は凌げたけど、これが毎日続くとなるとかなり苦しいな。バリケードも長くは保たないだろうし」

「時間との勝負って感じですね。めんどくさ…」

「ま、なるようにしかならないわよ。とりあえず、今日は上層階を探ってみましょう。消灯しちゃったら迷うかもしれないし、期限は夜7時までってことで」

「…よし」

「あ、待ってくださいよ!」


食品売り場から持ち込んだこしあん団子を食べ切ったクロが立ち上がり、それにみたらし団子を食べ終わった立香と、三色団子+カステラを食べていたカーマが続く。

消灯時間まで残り約9時間。長いようで短い探索が幕を開けた。


───


上に行く程敵が強くなるという手がかりを得た一行は消灯寸前に帰還し、またもや遅めの夕食を食べていた。今日の当番は立香とクロだ。

立香がジャーマンポテトとライス、クロがシュニッツェル(仔牛肉がないので牛肉で代用)を作り、カーマがささっと皿に盛り付けた。完成した料理は、電池式ライトに照らされるというアウェーな状況でもかなり美味しそうだった。元が美味しそうなら、照らす照明が良くないものでも美味しく見えるようだ。


「さ、どうぞ。シャリアピンソースとグレービーソースを用意したからお好みでね」

「じゃあ、いただきます。…もぐ…。…ん、美味しい。このタマネギのソースが肉と合っててフォークが進むよ。クロの料理の腕、どんどん上達していくな」

「んく……そうですね。まあ、マスターさん好みの味付けなの丸分かり過ぎてちょっと笑えますけどね」

「一言多いわねほんと…」

「私、やさぐれた愛の神なので。まあ、クロエさんがこの独自路線で行くこと自体は否定しませんよ。万人受け路線で行っても厨房のアーチャーさんの後塵を拝するだけですし」

「独自路線……つまりクロのオリジナルか。良いと思うよ」

「な、何よ二人して。褒めても何も出ないわよ?」


…と言っていたクロだが、食後に出てきた手作りのチョコアイス、立香とカーマの分だけ明らかに量が多かった。やはり嬉しかったのだろう。


───


───そんな数日間の探索の末、とうとう黒幕を追い詰めることに成功した。


「この特異点の黒幕はあなたね。さっさと終わらせて、帰らせてもらうわ」

「…チッ。サーヴァントを連れたマスターが来るとはな。都合が良いのか悪いのか…」

「どういう意味です?」

「この特異点の聖杯に住民の生命力を捧げ、より強大な物にして特異点の存在強度を上げるのが俺の本来の計画だった。お前らの介入は想定外だったが……膨大な魔力の塊であるサーヴァントは手傷を負ってでも獲得するべき相手だ。いただくぞ、その魔力!」

「…なんのために特異点の存在強度を上げようとしたんだ?」

「…根源に至るため、では不服か? お前もマスターなら魔術師だろう。であれば、権力闘争の枷から開放された魔術師が何を望むか分か…」

「分からない。…そんな血塗れの奇跡、オレは欲しくない」

「…なんだ、一般人が巻き込まれでマスターになったのか? …なら、そんな答えを返してきても不思議じゃないな!」


魔術師の周囲に、黒い影と竜牙兵が召喚される。


「シャドウサーヴァントに竜牙兵、これまでのゾンビやスケルトンとは一味違うってことですね」

「でも、ここまで来たら退く訳にはいかないわ。良いわね、マスター!」

「ああ。この特異点での戦闘をこれで終わらせる! 戦闘開始!」


───


そうして立香達は黒幕を撃破し、聖杯を入手。無事カルデアに帰還した。


「マスターさん、お帰りなさい!」

「ああ、ただいまイリヤ」

「大丈夫でしたか? 怪我などがあれば医務室を手配しますので…」

「ミユったら心配性ね。わたしとカーマのコンビがそんなに頼りない?」

「そ、そういう訳じゃ…」

「オレは大丈夫だよ。心配してくれてありがとう美遊」

「い、いえ……感謝される程のことでは…」


限られた人数で仲を深めるのも良いが、やはりこうでなくては。立香は感慨深そうに頷いた。


『お帰りなさいませ立香さん。コーヒー淹れたので良かったらどうぞー』

「ありがとう」

『では、私は部屋の掃除などしておきます。立香様、また後で』

「ああ、頼むよサファイア」


人型義体の利点を活かすルビーとサファイアの姿もあった。二人が人とステッキを行き来する日々が当たり前になって何ヶ月経っただろうか。


(まあ、それはそれとして)


───「やっぱり、イリヤ達もいて騒がしい方が良いな」。そう、立香は思い直したのだった。

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