マジシャンのシルクハット
2023/04/04僕のお父さんは、いたって普通の人だ。出張が多くて家になかなかいないのと、マジックが好きなこと以外は。
お父さんは家に帰ると度々、僕にマジックを見せたり、教えてくれたりした。簡単なマジックばかりだけど、それでも僕は楽しかった。
その影響からか、僕はいつの間にか好きな人ができていた。その人は、テレビでよく見るあの人。
「さあ、ご登場です。現代に蘇った魔法使い、クロウリーさんです!」
テレビに映ったのは、今時珍しい格好をしたマジシャン。シルクハットに燕尾服、マントを着た、全身黒のコテコテのステレオタイプな衣装を身につけたマジシャン、クロウリー。その顔は顔を全て覆う白い仮面に隠されている。
彼の登場に、会場の観客は熱狂に沸き返ってていた。当然、テレビの前にいる僕も。でも僕は、叫び声とかは出したりせず、じいっと見つめるだけ。
その映ったマジシャン、クロウリーは、ステージに上がっても何も喋らず、ただただ淡々とマジックを行う。だが、そのマジックは見せ方が上手い。杖から花を出したと思ったら、次の瞬間には紙吹雪に変わり。シルクハットから鳩をだせばその鳩は消えて白い煙になった。
けっしてすごいマジックじゃないのに、誰もがやっていそうなマジックなのに、見ているとたちまちそのマジックに魅了されてしまう。そのたびに揺れる長い黒髪も、良い味を出している。
それを僕は、じっと見つめているだけだ。
「すごいや……」
そのマジックの魅せ方に、うっとりする。
「ただいま~。健太、お父さん帰ったぞ~」
「ダメよお父さん、だって健太、クロウリーがやっているマジックショー見てるから」
「ああ、そうか。相変わらず好きだなあ、健太は。しかし、クロウリーね……」
何やらお父さんが帰ってきたみたいだが、僕はそれどころじゃない。だって、目の前に憧れの人がいるんだもの。
そうして、テレビが終わってお父さんに向き直る。
「お父さん、お帰りなさい!」
「ハハハ、ただいま。でも、ウチになかなか帰れないのに、お父さんよりテレビのマジシャンに夢中になるなんて、ちょっと酷くないか?」
「ゴメンゴメン。でもだって、好きなんだもん、クロウリーのことが」
「確かに、彼はすごい! 惚れ惚れするほどにな。でも、もうちょっとくらいお父さんのこと気にしても良いんじゃない?」
「ハイハイ。その代わり、後でマジック教えて」
「わかった……といいたいところだが、この間帰ってきた時水と油教えただろう? だからダメ~」
「え~! ケチ~!」
「その代わり……プレゼントを用意してあるから、それで我慢してね」
「うん……」
「さあ、帰ってきたばかりだし、久々に母さんのご飯が食べたいな~。夕食、できてるだろ?」
「ええ、もちろんできてるわよ」
そうして、夕食を食べ終わった健太と父は、父の部屋でプレゼントをもらおうとしていた。
「さあ、プレゼントを渡そう。健太」
「何々? 箱?」
「珍しいものが売っていたからね。ちょっと」
お父さんがそう前置きして箱から出したのは、黒くて丸い筒のような帽子だった。形を崩さないための詰め物と緩衝材を外したら、円柱の下に、ぐるりと丸くて反ったつばと、巻かれたリボンが現れた。マジシャンや紳士の帽子、いわゆるシルクハットに、僕は目を輝かせる。
「わぁ……」
「これね、アンティーク品ですごく貴重なものなんだよ」
確かに、作りが丁寧だし、生地もハロウィンとかのコスプレ用に売っているものとは、見るからに風格が違う。ピカピカと黒光りしているそれを触ってみると、普通のものに使われているフェルトとは違い、さらさらした手触りを感じる。どうやら、その名前の通りシルク、絹でできているようだった。
「すごい! これ……高かったんじゃないの?」
「心配しなくてもいいよ」
「でもこれ……僕にプレゼントって言っても、サイズとか合わなくちゃ意味ないよ?」
「あ……忘れてた。まあ、大丈夫でしょ」
「適当だな~」
そう言いながら、頭に乗せてみる。すると、ずりおちず頭の上に乗る。どうやらぴったりのようだった。
「あっ、これ僕の頭にぴったり! すっごーい!」
「はぁ~、よかった。頭に合うサイズで」
「で、コレ……なんで僕に?」
「いや……なんとなく、健太はマジックが好きだから、こういうのプレゼントしたら喜んでくれるんじゃないかと思って」
「へぇ……」
「それに、このシルクハットはちょっとしたいわくつきの代物なんだ」
「いわくつき?」
「このシルクハットは、とある有名なマジシャンが使っていたものだといわれていてね。しかも、そのマジシャンは実際に魔法が使えると言われるほど凄腕だったらしい。このシルクハットには、彼が自分が使える魔法を封じ込めたものと言われているらしいんだ」
「……それ、本当に?」
「ハハハ、あくまでそう言われているだけだから。おそらく店の人が、商品価値を高める為にそう言っただけかもしれないけどね」
「ふ~ん? でも、ありがとう。すごく嬉しいプレゼントだよ!」
僕はそう言って、頭に乗っているシルクハットを脱いでお父さんの部屋から出て行った。
僕は自分の部屋で、お父さんからもらったシルクハットをまじまじと見てみる。見れば見るほど、このシルクハットに愛着が湧いてしまう。
もう一回被ってみようかな、と思ってもう一回被ってみる。そのまま鏡の前に立ってみると……良いとは思うけど、なんかちょっと違和感。
「あー……やっぱり、シルクハットにはシルクハットが似合う服じゃないと、全然似合わないなあ……」
その違和感の正体は、やはり着ている服だった。僕が今着ているのは、普通のシャツとズボン。僕が思い描くシルクハットが似合う服は、燕尾服やタキシード……それにマントといったもの。それに、できるなら蝶ネクタイに白手袋もほしい。
「そうだな……たとえば……」
イメージが湧き上がった僕は、シルクハットを脱いで机に座り、紙にペンでそのイメージを書きあわらしていく。
自然にペンを滑らせていくと、絵ができていた。それは、テレビで見たクロウリーとほとんど同じ格好をした人だった。全身黒のシルクハットに燕尾服にマント。白手袋に蝶ネクタイに黒い革靴、顔には目の部分だけが開けられた白い仮面。見れば見るほどテレビで見たクロウリーだった。
「ハハハ、やっぱりシルクハットが似合うのは、僕にはこういうのばかりなんだね」
その絵が書かれた紙をくしゃくしゃにして丸めると、ポイッと放り投げる。するとそれは、上手い具合に逆さにしたシルクハットに入った。
「ハハッ、上手い具合に入ったなあ……って、アレはゴミ箱じゃあないか。ゴミはゴミ箱に……」
「健太ー! お風呂入っちゃいなさーい」
「あ、お風呂? まあいっか、後でゴミ箱に入れよっと」
そうして僕は、シルクハットに入った絵をそのままにして、お風呂に入ることにした。
そうして、お風呂から上がった僕は、シルクハットに入れた紙くずをゴミ箱に入れようと中を見てみる。だけど、その中には何も無くなっていた。
「あれ? 無いぞ?」
確かにあのとき、シルクハットの中に入ったはずだ。なのに、まるでマジックのように消えて無くなっていたことに驚く。まるで、マジシャンがシルクハットに入れたものを消すマジックのように。
「……まさか」
お父さんが言った言葉を思い出す。このシルクハットには魔法がかかっている。だけど、そのことはないないと思う。多分お父さんが、僕を驚かせるためにいたずらしたんだと、思った。
僕はシルクハットをそのままにして、ベッドに入って寝た。
目が覚めた朝、今日が何曜日か考えると、今日は土曜日で休みなことを思い出した。
「母さん、ちょっと醤油とって~」
下からお父さんの声が聞こえる。その声を聞いて、僕も下に降りる。
「おはよう、お父さん」
「おはよう、健太。昨日のプレゼントは気に入ってくれたかな?」
「うん! でも、今度はアレに似合う服もほしいかな」
「贅沢いうねえ~。ま、機会があったら買ってくるよ。楽しみにしててね」
「わーい!」
「それと……あのシルクハットには、魔法がかかっていることも忘れないでね」
「魔法……ね」
マジックにはトリックがあっても、魔法はないんだよ。そういうことを、僕は知っている。お父さんは、僕をからかっているんだと思った。昨日のアレも、お父さんがやったものだと思っていた。
朝ご飯を食べ終え、自分の部屋に戻る僕。そうして、昨日お父さんにもらったシルクハットを見てみる。確かに、上等なものであり、普通のシルクハットとは違うような気がする。
でも、マジシャンというのは魔法ではなくマジックを使うものだと、僕は思っている。
試しに被ってみて、パチンと音を鳴らしてみる。けれど、何も起こらないし、何も変わらない。
魔法なんて……。と思ってシルクハットを脱ごうとする。
しかし、シルクハットは動かなかった。
ぬ、脱げない!
なんで?
「ええっ!?」
僕はシルクハットのつばを両手で持って、上方向に引っ張っる。なのに、シルクハットは脱げなかった。頭のどこかに引っかかっているのかな。だけど、確かめたくてもシルクハットは僕の頭に吸い付いたように、隙間なくぴったりくっついている。おでこからも耳の上からも、指一本、隙間に入らない。まるで僕の一部になったかのように。
その時感じたモノ。ぎゅっと、おでこから後頭部をぐるりと締め付けられる感覚。痛みはないけど、ぞくぞくっと、これまで感じたことのない恐怖が背中を通る。
「ここ、これ……」
そう思い、シルクハットから手を離す。すると、急に視界が狭くなったようにみえた。心なしか、視線も高くなっているような気がする。
「え?」
背中に、何かがふわっと覆い被さるのを感じた。見てみようとすると、自分の手にも違和感を感じる。何かに包まれているような感覚。それは白い手袋。手触りは非常に良い。
そして、体を見てみると、自分の服が燕尾服に変わっていた。足には革靴が履かされていた。どれも黒く、ピカピカと光っている。ようやく背中に覆い被さったマントにも気がつく。すべすべとした、黒光りするそれは、すごく上等なものだとわかる。
「ぼ、僕は……」
慌てて、全身が映るほどの鏡の前に立ってみる。すると、僕の顔に白い仮面が被さっているのが見えた。眼の部分だけが開けられた、不気味で真っ白な仮面。
そうして見える、変わった僕の全身。頭には外れなくなったシルクハット、顔には仮面、そして体を覆うマント。そして、背が大人のお兄さんほどに大きくなっている。その下には、燕尾服。仮面と手袋以外は、全て黒色で染まったそれには、見覚えがあった。
「これって……クロウリーと、昨日書いた絵みたいに……僕がなってる!?」
確かに、クロウリーにそっくりだったが。どちらかと言うとこれは、昨日書いた絵にそっくりだった。
そうして思い出す、昨日の出来事。シルクハットにあの絵を書いた紙くずを入れた。お父さんは、シルクハットには魔法がかかっているという。
もしかして、このシルクハットは、お父さんの言ったとおり、本当に魔法がかかっていたとしたら……? でも、こんなことが起こったのは、魔法でないと説明がつかない。だって、この部屋には僕しかいないのに、僕に気づかれずに服を着せるなんて。それに、シルクハットが脱げなくなるなんて……。
仮面に手をかけ、はずそうとする。けれど、全く動かないし、外れる様子も無い。服やマントも同じように、ひもやボタンがついているのに、全然外れたりほどけたりしない。脱げない。靴も手袋も同じだった。
まるで、僕の体そのものになったかのように、衣装はぴったりと僕の体にくっついていた。シルクハットも同じ。
「……」
僕は言葉がでなかった。シルクハットには本当に魔法の力があった。僕はその力で、こんな姿になった。ひょっとしたらと思って、パチンともう一回指を鳴らしてみる。
すると、いきなりバラの花が現れて、僕の手の中に収まる。握ると、煙のようにふわっと消えてしまった。
続いて、棚に入っていたトランプを持って、シャッフルしようとする。そのシャッフルは、まるで手が勝手に動くかのように切られ、きれいに整えられる。そして、思っていないのにリフルシャッフルまでする。
そして、切られたカードの一番上から出したのは、ジョーカーのカード。
そして、カードをバッと宙にばらまくと、カードはまるで渦を巻くように動き、すらすらとまた一つの束に戻って僕の手の中に収まった。
すごい。まるで本当のマジシャン、いや魔法使いになったかのように、すごいことができる。
でも……僕には不安があった。
「どうしよう……この衣装」
脱げないこの衣装。このまま仮面のマジシャンのままじゃ、学校にもいけないし、ショーもやらないのに日常生活でこんな格好をしていては、明らかにおかしい人と思われてしまう。
でも、脱げないし外れないんじゃどうしようもない。やっぱり無理だよね。諦めよう。
僕はいっそのこと、この姿のまま生きた方が良いのかもしれない。
僕には魔法が使える。マジシャンならこの格好していたっておかしくないし、道ばたでこんな格好していてもストリートマジシャンだということで言い訳ができる。学校に行ったって、変わった私服だと言えば、納得してくれるはずだ。家庭科の授業だって、手袋をしてれば清潔……だし。体育……は……ま、マントをたなびかせてかっこよくやれば、きっと大丈夫!
「健太ー、ちょっといいかなー?」
ドアをノックする音と、お父さんの声。僕は、その言葉で我にかえる。
そうだ、これは僕だけの問題じゃないんだ。なんでこんなことを思ったのだろう。ひょっとしたら、シルクハットの魔法は、その中に収まっている僕の脳みそにも効果を発揮していたようだった。だってそうじゃなけりゃ、あんなこと考えるはずもない。
マジシャンの姿で生きる計画は、あっという間に崩れる。そうだよね。やっぱり本当のことを言って、お父さんにもわかってもらおう。
いくら憧れの人と同じになれても、魔法が使えたとしても、マジシャン姿のままでいるなんて、本当はイヤだ。衣装が脱げないからお風呂に入れないのはイヤ。仮面のせいで食べ物が食べられないのはイヤ。マジシャン姿の変な人としてご近所やSNSで有名になるのも……イヤだ。
そう思ってもなんか、それでもいいんじゃ? と思いそうになるが、心の中からあふれ出た感情は、シルクハットの魔法さえもはねのける。お父さんなら、わかってもらえると思いながら、パチンと指を鳴らして、ドアを開ける。
「健太……」
「お父さん……僕だよ。健太だよ」
全然違う姿だけど、僕はお父さんに助けを求める。
「お父さんが買ってきてくれたシルクハットは……本当に魔法がかかっていたんだ。そのせいで、僕こんな風になっちゃったんだ……確かに、僕こんなに背も高くないし、魔法だって使えない。けれど……僕は健太だよぉ!」
お父さんに抱きつく。眼からは涙がこぼれて仮面からたれる。信じてもらえなくても、信じるまでなんでもやるだけだ。
「おやおや……これはこれは……」
お父さんは、頭の代わりにシルクハットのてっぺんを撫でて、その後背中をさすって落ち着かせる。
「お父さん……?」
「どうやら、お前をびっくりさせようとした私がバカだったみたいだな」
「え?」
「ブラックハットよ……。いたずらもほどほどにしろ。私は少し驚かせばいいと言っていたのに、なんだこれは」
「え?」
お父さんが何を言っているのかわからない。すると、さっきから感じていた、おでこから後頭部にかけてぎゅっと締め付けられる感覚が強くなる。
「ブラックハット! 健太のイメージを利用して健太を着せ替えて、一体なんだというのだ! 早く頭から離れろ」
「???」
「わからないなら……これだ!」
突然お父さんがバサッと服を脱ぐと、そこにいたのは……。
「ええっ……!?」
目の前にいたのは、なんと憧れのマジシャンクロウリー!? テレビで見たまんまの、クロウリー。
「これでも、私がお前の主人だとわからんか?」
すると、ぽろっと僕の頭からシルクハットが落ちて、ポンッと衣装が元に戻った。
「あ、戻った……」
するとクロウリーは、お父さんに戻った。何がなんだかわからないが、お父さんはそのまま落ちたシルクハット拾い上げ。
「この……アホ帽子がぁぁぁっ!」
お父さんが怒鳴ると、シルクハットに突然目が現れる。一つ目だが、お父さんの怒鳴り声にビクッと眼を見開き、焦ったような眼をする。
(あのシルクハット、生きてるの!?)
「ブラックハット! なんで驚かす程度と言ったはずなのに、衣装を着せ替えて、あまつさえ脱げなくさせて! どういうつもりだ!」
シルクハットの目は、露骨にお父さんから目をそらし、汗をたらす。
「本当に、ちょっとした悪ふざけなんだろうな……?」
シルクハットの目は「そうですよ!」と言わんばかりにニコニコ笑ったような目をして、お父さんに訴えかける。だが、汗はまだダラダラ垂れている。
「ふう、全く……健太のことを気に入ったから、ちょっとサービスしてあげただと? 全く……」
そうして、ブラックハットと言われたシルクハットを机に置くと、僕に向き直って言った。
「あー……すまない。買ったシルクハットだったというのは、スマン、あれはウソだった。実はこのシルクハット、ブラックハットと言って、私の昔からの付き合いなんだ。そして私は実は……健太が憧れている天才マジシャン、クロウリーの正体だった訳さ」
「ええっ!? そうなの!? 出張が多いのも、なかなか家に帰って来れないのも、全部はショーのためだったんだ……えっ、ひょっとして、今までやってたマジックも、ひょっとして全部魔法……?」
「いやいや、人に見せるマジックには、魔法を使っちゃいけないと、マジシャンの間で決められているんだ。私のように、魔法が使えるマジシャンは実はいるんだよね」
「そうなの!? でも、マジックは嘘じゃないよ。あれは全部トリックでやっているから」
「でも、なんでその……ブラックハット? を僕に渡したりなんかしたの?」
「実は、私がクロウリーであることを、伝えようとはしていたんだ。だから、ブラックハットを渡してちょっといたずらをしてもらおうとしてたんだ。例えば、シルクハットが脱げない程度の、他愛もないいたずらさ。それを私が解決して……って思っていたんだけど、ブラックハットの奴がいたく健太のことを気に入ってしまったから、いろいろサービスしてあげようとしたんだろう、ちょうど中に入った君の好きなイメージも、吸収したみたいだしね」
「ああ……僕の絵が書かれていた紙くずが無くなっていたのも、そのブラックハットが余計なことしたから……だったんだね」
「そうみたいだね」
「でも、その……ブラックハットって、一体何なの?」
「ブラックハットは、シルクハットの形をした魔法道具なんだけど、強い魔法の力が込められているから、自我を持っているんだ。だから、自分で魔法を使うこともできる。ホントはこういうのはあんまり人に見せちゃいけないんだけど、私がクロウリーだと明かした後に、やってほしいことがあるんだ」
「やってほしいこと?」
「実はね、クロウリーにはアシスタントが必要だと感じるようになったんだ。無論、マジックがそこそこできて、私の魔法も知っていることが前提のね」
「それに合う人って……もしかして、僕!?」
「そう。本当は、ブラックハットのことは教えるつもりは無かったんだけどね」
「……! でも、なんでクロウリーだったことを僕に隠していたの?」
「有名人がお父さんなのは、ちょっといろいろ問題あるだろ? それに、フフフ……マジシャンというのはトリックだけじゃなく、自分のことも隠しておくものだろう?」
人差し指を立てて口に当て、シーというポーズをする。それを見て、僕は「ああなるほど」と納得した。それがマジシャンとしての、クロウリーとしての矜持なのだろうと、僕は思った。
「でも、僕がアシスタントやるならさ、条件つけてくれない?」
「条件? 確かに学校がある日とかはダメかもしれないけれど、それ以外になにを求めるんだい?」
「う~ん……ブラックハットも一緒にステージに立っても良い?」
「え、ええ?」
その言葉に、机のシルクハット……いや、ブラックハットはその一つ目をニコニコさせる。
「うーん……まあ、あんなことしたのもブラックハットがお前を気に入ったからだし……まあいいだろう」
「わーい! じゃあ、これからよろしくね! ブラックハット!」
ブラックハットは、目だけで笑っている。もう一回頭にかぶってみると、今度はギリギリと頭を締め付ける。
「ああ、痛たたた……!」
「コラ! そんなことするのやめなさい!」
今度はもう離れないといわんばかりに、頭を締め付ける。ブラックハットを外すのは、かなり時間がかかった。
ステージ。その上に立つのは、高名なマジシャンクロウリー。そして、僕はステージの裏で用意をする。
「じゃあ行こう、ブラックハット」
シルクハットの一つ目はニコニコと笑う。それを頭に被ると、仮面をつけてステージに上がる。でも、僕は一切喋らない。
ただただ、クロウリーに手助けするだけ。
僕とクロウリーが、実は親子だなんて、誰も知らないだろう。そして、僕が魔法を使えるのも、みんな知らないだろう……。