マコトがユーマを食べる話
5章if、軽微なグロ注意カナイタワーの最上階。そこにはボクの部屋がある。後始末をあらかた終わらせたボクは、“あるもの”をこの部屋に運び込んだ。この部屋のセキュリティは強固だから、誰にもバレることはないだろう。とはいえ、また誰かを招くことがあるかもしれない。汚れが飛び散っても大丈夫なように、準備を進める。汚れてもいい服に着替え、ビニールシートを敷く。その上に“あるもの”を乗せて、その服を脱がしていく。靴を脱がし、ベルトを外し……服の構造は手に取るようにわかっていた。なぜなら、ボクにはこの制服を着ていた記憶があるのだから。
ボクの目の前にあるのは、物言わぬ死体……ボクのオリジナルだ。
「フフ……」
我知らず、笑みがこぼれた。謎迷宮でカナイ区の真実を知った彼は、自ら死を選んだ。決着はついた。ボクはオリジナルに勝ったんだ。
一糸まとわぬ姿となった彼を眺める。どこにも傷は見当たらず、まるで眠っているかのようだ。川に沈んだ彼を助けた日のことを思い出す。あの日と違うのは、彼の体が冷たくなっていることだ。……当たり前のことだが、ボクと同じ顔の死体を見るというのは、奇妙な気分になる。ホムンクルスのボクと違って、オリジナルが生き返ることはない。その事実に、清々しいような、腹立たしいような、矛盾した感情を覚えた。
これ以上死体を眺めるのはやめよう。ボクはやるべきことをやるだけだ。もう後戻りはできないのだから。
ボクはオリジナルの腕を両手で掴むと、その前腕にかぶりついた。歯を突き立てた場所から血が溢れ出る。ボクは出血が落ち着くまで、コクリコクリと血を飲んだ。そして、出が悪くなったところで、肉を噛みちぎった。グチャグチャとよく咀嚼して血肉を味わう。それからゴクリと飲み込んだ。
――嗚呼、なんて美味しいのだろう。
自分は人間ではないのだと、改めて突きつけられる。人が人を食べるなど、悍ましい行為だと理性が叫ぶ。だがこの舌が、喉が、胃が、体全てが、人の血肉を食べる喜びに打ち震えている。
ナイフやフォークを使わないのは、愛するカナイ区のみんなに倣おうと思ったからだ。多くの罪を犯してきたボクが、食事だけは上品にいこうだなんて、許されるはずがないと思った。
オリジナルを食べるのは、ボクの決意表明だ。死体の証拠隠滅をするだけなら、何通りも思いつく。だが、ボクは敢えて“食事”をすることに決めた。ボクは、オリジナルの全てをいただく。頭脳も、命も、立場も……その全てをボクのものとする。アマテラス社最高責任者としてカナイ区のトップに立ち、世界探偵機構のナンバー1としてカナイ区から探偵を排除し、ゆくゆくは統一政府をも乗っ取る。そうしてやっと、カナイ区のみんなは救われる。救われなくてはならない。……いや、ボクが救うんだ。愛するカナイ区のホムンクルス達を……!
ボクは“食事”を続けた。オリジナルの死体は、みるみるうちに軽くなっていった。美味しかった。とても、美味しかった。
――温かいナニカが、ボクの頬を伝うのを感じた。