マグニフィコのいつか

マグニフィコのいつか

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 私、マグニフィコにも若く未熟な時代はあった。


 あの頃、私の人生に影響を与えた人物を数えてみると、第一にあがるのはやはり偉大なる魔法使い、イェン・シッド師である。圧倒的な魔法力、天にも届く知識、底無き思慮深さ。今でも学べば学ぶほど、師との差を思い知らされる。


 次に、我が兄弟子。名はミッキー・マウス。正直に言えば、失礼ながら魔法の腕や才能はそれほどではなかった。魔法において私が彼を追い抜くのに、それほど時間はかからなかった。

 しかし彼は、弟弟子に追い抜かれても、さほど嫉妬することなく賞賛してくれた。短慮や注意散漫など欠点は多くあったが、それ以上に勇敢で、優しく、朗らかで、失敗にもめげることなく、常に前を向いていた。小さな体に多くの美徳をギュウギュウに詰め込んだ、尊敬できる兄弟子だった。


 そして……もう一人。決して長い付き合いではない、短い時間話した程度の相手であったが、忘れられない人物がいる。


 それは、師に私の願いを話した時のこと。

『願いを叶えられずに苦しんでいる人を救う』という願い。弟子であることを卒業したら、いつかその願いを叶えると。

 私は師から褒められることを期待していたが、師はいつもの厳しい顔を更にしかめて言った。


「他人の願いに手を出すことは、とても難しいことだぞ。確実な正解というものは、無い道だ。どれほど魔法の腕を磨いても……叶えられない願いはある。そのとき、どうする?」


 その難点は私も考えていたので、すぐに答えられた。


『忘れさせる』と。『叶えられない辛い願いなら、忘れた方が心軽くなる』と。

 そう、私の心の奥底に眠る、願いのように。決して叶わない、優しき故郷に帰る願いのように。


「……なるほどな」


 師はそう言ったものの、納得したようには見えなかった。少なからず失望した私に、師は立ち上がって言った。


「ついてくるがいい」


 歩く師についていくと、師は、自分の部屋の鏡の前で立ち止まった。

 そこで師は魔力を込めて腕を振るった後、鏡に手を触れる。すると手は鏡にはじかれることなく、水に沈むように突き抜けていった。


「行くぞ」


 驚いたものの、冷静な師の声に促され、私は師の後について、自分の体を鏡に突っ込ませた。そして私が見たのは、『鏡の向こう側の世界』だった。


『鏡の世界』。


 上位の魔法現象の一つとして話は聞いていたが、体感するのは初めてだった。


 唖然とする私に、師はあるものを指し示した。鏡のこちら側の師の部屋には、あちら側には無いものがあった。


 大きなテーブルの上に置かれた模型。ミニチュアの町。細部まで作り込まれた、小さな建物が並ぶ、見事なジオラマ。まるで本物をそのまま縮めたような。


 師は、惚れ惚れと見つめる私の手を握ると、その模型に手を伸ばした。

 次の瞬間、私は魔法の流れに包まれ――気が付いた時には、『町の中』にいた。


 町の建物には見覚えがあった。先ほど見ていたジオラマそっくりだ。


「ここは『ウェイストランド』。私が創り出した世界だ」


 師の言葉が耳に入ったが、頭で理解するのには数秒を必要とした。


『ウェイストランド』


『私が創り出した世界』


『創り出した世界』!


 なんと、師は世界を創ったというのだ!

 魔法とはそこまでのことができるのか!

 我が師はそれほどのことができるのか!


 驚愕と、感嘆と、師への尊敬の念で打ちのめされた私に、師は何事でもない風に言った。


「そこまで便利なものではない。魔法でつくったものは繊細で、壊れやすい。少しのことで大きな影響を受ける、ガラスのような脆い世界だ。現実に根差したものの方が、本来は良い。しかし……創る必要があったのでな」


 師は歩き始めた。慌ててついていく私は、街並みを見ると共に、そこに人が住んでいることを知った。


 師の姿を見つけて、嬉し気に挨拶をしてくる人々。現実世界と変わらない、いやもっと平和に過ごしているように見えた。


「ここは……『もう見てもらえない、もう愛されない、出番を終えた者たちの世界』だ。私たちの世界に、いられなくなった者たちのための世界だ」


 しかし、師の説明は酷く悲しいものだった。


 見てもらえない?

 愛されない?


 あんなにも生き生きとした、魅力ある人々が?


 朗らかな馬のホーレス・ホースカラー。

 魅惑的な仕草の牛のクララベル。

 飛行機乗りの小鬼グレムリン・ガス。

 可愛らしい猫のオルテンシア。


 私に挨拶を交わしてくれる彼らに、もう出番が無いだなんて!


「マグニフィコよ。お前の願いを、私は賛同しないが否定もしない。価値観は移り変わり、とどまらないものだ。善となるか悪となるか、それは私が決められることではない。師として私ができることは……お前の視野を、できるだけ広くしてやることくらいだ」


 やがて、私たちは目的地にたどり着いた。

 成人男性の銅像の前。その男性の像の左手は、小さなウサギと手をつないでいる。そして、もう一方の右手、こちらは銅の質感からして後で付け加えられたものらしく……小さなネズミと手をつないでいた。

 そのネズミに、私は見覚えがあった。


「ミッキー?」


 我が兄弟子、ミッキー・マウスに他ならなかった。


「なんだい? ミッキーの友達かい?」


 新たな声がかかった。姿を現したのは、銅像のウサギとそっくりな、小さな黒ウサギだった。

 初めて出会ったはずのそのウサギを見たとき、私は既視感を抱いた。


「久しぶりだね、ミスター・イェン・シッド! 彼は?」

「ああ、久しぶりだ。彼は私の二番弟子、マグニフィコだ」


 よく似ていたのだ。

 溢れんばかりに快活で、優しさを伴った眼差し。一言でいえばヒーローのよう。

 それはまるで鏡写しのように、兄弟のように、ミッキー・マウスによく似ていた。


「マグニフィコ。お前が『忘れた方が幸せ』と思うなら、『忘れられる方』のことも知っておくといい……紹介しよう」


 師が、彼の名を言う前に、ウサギの方から自ら名乗った。

 世界から忘れられた彼。

 私がずっと忘れられない彼。


「僕はオズワルド。オズワルド・ザ・ラッキー・ラビットだ。よろしく、マグニフィコ!」

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