マキマはアルバムを知らない
マキマはアルバムを知らない。
否、正確には知ってはいるが、それはあくまで知識としてである。
幼き頃から家族というものに縁がなかったため、家族写真や子供の成長記録、そういった物の存在意義、価値などが理解できなかった。
そしてまたアルバムも同じである。
偉業や功績、もしくは世界規模の犯罪や事件を起こしてもいない平凡な人間の記録をなぜ残すの?
人の心を持たない怪物であった彼女は、その意味を理解せず、理解しようともしなかった。
しかし、それは一人の男の出会いによって変わった。
一人の男が心を与え、間に産まれた子が愛情を教えた。
人と成った彼女は今、貴重な休暇を利用して自分の仕事部屋でアルバム作りに勤しんでいる。
きっかけは些細な事だった。
任務で訪れた小さな町。そこで私は待ちゆく親子のこんな会話を耳にした。
『たくさん写真撮ったから新しいアルバム買って帰ろうね』
『やったー!思い出いっぱい!』
普段なら聞き流す程度の何でもない会話。マキマはその会話が頭から離れなかった。
自分はあと何年生き続けるのだろう。
もし100年、200年後も生き続けるのなら、私はあの二人がいない世界で生きることになる。
もし世間があの二人の事を忘れたら?彼らの行いが風化したら?もし私があの二人を忘れたら?
────嫌だ
仮に世間があの二人を忘れたとしても、私が忘れることは嫌だ、絶対に嫌だ。
もしそのようなことがあったら私は”未来の私”を呪い殺すだろう。
そしてそれも嫌だ。
あの二人が愛した人間を、愛してくれた私を、私自身で終わらせるような真似はしたくなかった。
もう私の命は私だけのものではないのだから。
ならば何ができる?”家族”を知らなかった私にできることは何か?
私はあることを思いついた。
『────そうだ、残そう』
私がこの先何年生きようと、どれだけの月日が流れようと、二人を決して忘れないために。
二人の生き様を、二人が生きた証を、風化させないために。
執務室のデスクの引き出し、本棚には夫と息子に関する記事、記録、手配書などが全て保管されている。
その中なら”革命家・ドラゴン”と”麦わらのルフィ”に関する物だけを抽出していく。
新聞の記事を丁寧に切り取り、ページを跨いでる物は組み合わせて時系列順にアルバムへと並べ替える。
「どれも捨てがたいなぁ」
全ての記録を1からまとめるのは多大な作業量だったが、私は日々全うしてきた任務なんて比にならないくらい没頭していた。
途中思い入れ深い記事に手が止まりつつも一つ一つ丁寧に、愛する者の人生を振り返るように。
そして────
「────できた」
すっかり日も沈んでしまったが、我ながらいい出来だ。
振り返ってみると、息子は相変わらず世間を騒がせてばかりだ。
海賊デビューしてからこれまでの活躍っぷりを追うことができる。
初めて手配書が発行されたこと。
砂漠の国で王下七武海の一角と交戦したこと。
政府の旗に火をつけたこと。
これが私の息子の成長記録。
輝かしい経歴に思わず頬が緩む。
願わくばこれが海兵としての記録であってほしかった。
あなたを海軍に入団させること、まだ諦めてませんからね?
でもきっと、あの太陽のような眩しい笑顔を見せられる度に玉砕してしまうのでしょうね。
幼い頃の写真はこれっぽちも無いけれど、私の頭の中にはあなたとの会話は全て記憶されてます。
だからそれで許してね。
夫に関してはほとんど文字列の集まりだ。
革命軍としての記録から自勇軍の時代まで遡る。
私宛の手紙など、私しか知らない書物もある。
ドラゴンという男に関する書物としては他の何よりも価値があるものなのではないだろうか。
まぁ、誰にも渡すつもりは無いけど。だってこれ文献じゃなくて家族アルバムだもの。
写真はほとんどなく、大半が活字で埋め尽くされた白と黒のアルバム。
あなたらしいですね。将来産まれてくる孫に愛想尽かされてしまったらどうします?ふふ。
怪物だった私に心と愛を与え、一人の人間にしてくれた、世界で立った二人だけの家族。
二人がこれまで生きた証の記録。
これからも残し続けよう。
いつの日か私にも”終わり”が来たら、これを持って貴方達と同じ墓で眠ります。
完成したアルバムを閉じて大事に大事に抱きしめる。
熱なんて持たない紙の集合体のはずなのに、それはとても暖かく感じた。
あなたたちがくれたものを、妻として、母として、家族として、私も生涯かけて返し続けます。
そういう存在として、胸を張って居られるように────
もし三人で集まる日が来たら、一緒に写真を撮ろう。
今日はいい夢が見れそうだ。