ポールダンサーワイヤー

ポールダンサーワイヤー





 普段あまり縁のない米の酒がペンギンの喉を焼く。水のようにするすると飲めるため、ついつい飲みすぎてしまった。ずっと座っていると潰れるまで飲んでしまうと危惧したペンギンは、隣のシャチに一声かけた後、あちこちで歓声を上げて酒や食事を楽しむ宴の席をゆるゆると歩く。あっちには忍者が、そっちには絡まれてるキャプテンが、と特に目的もなく辺りを見渡しながら歩くペンギンの耳に、煽るような大声と指笛が届いた。はて、何か見世物でもあったのか、と興味を引かれフラフラと歩いていく。近付くとどうもキッド海賊団が集まって何かしているらしい。その中に突っ込んでいくほど興味があるわけでもなく、トラブルを起こしたくないと離れようとした矢先、ワッと一際大きな声が上がった。ペンギンもつられてそちらを見て、ゲッと顔をしかめた。

 キッド海賊団の集まりの中心には、炎に囲まれて、一本のポールが立っていた。その横で、ヒョロデカイ網タイツの男がポールを掴んでいる。何度かぐっ、ぐっ、とポールを揺らして確かめた後、男はおもむろにポールに寄り添い、飛び付いた。

 そう、そこではキッド海賊団のクルーたちがポールダンスを踊っていたのだ。

 「うわ………マジかよ………」

 足を上げたり体をポールに密着させたりしながらクルクルと回る男の姿に、ゲテモノを見た気持ちになる。しかも、良く見ると厚底のピンヒールを履いていた。どうせなら女性クルーのダンスが見たかった。男のダンスなんてとんだ劇薬だ……と視線を逸らそうとした時、ふっと飛び上がった男が腕だけでポールを掴み、足を上に上げて上下逆さになったかと思うと柔軟でもするように足をがばりと横に広げた。頭から被っているマントがふわりと下に落ち、ゆらゆらと揺れる。その様子は、女の長い髪を思い起こさせた。

 男は逆さのまま足をポールに絡め、右足だけを伸ばす。そしてポールから手を離すと体を仰け反らせ、両腕を伸ばして逆さのままクルクルと回った。曲げた左足と右の脇でポールを挟んで体を支えているため、仰け反ったまま腰が添うようにくねる。焼けて浅黒い肌が、夜闇に浮かんで女のように真っ白く見えた。

 ヒューヒュー!いいぞォ!!

 指笛が鳴らされ、ダミ声の歓声が飛ぶ。その五月蝿さと目の前で繰り広げられるゲテモノショーに参っているのに、足は地面に縫い止められたように動かない。

 逆さのままの男は仰け反っていた体を前かがみにし、ポールに抱きつくような体制になってから、伸ばしていた右足を左手で掴む。そして右脇でポールを挟んだまま右手で自分の尻を支え、絡めていた左足を伸ばして足を水平に伸ばした。ポールに抱きつき、ファンのように足をクルクルと回しながら緩やかに落ちていくのに合わせて、靡くマントがヒラヒラと円を描く。爪先までピンと伸ばされた足は細く、けれど網タイツ越しに筋肉の筋が浮いており、ピタリと張り付く短いパンツは案外小振りな尻の形を余すところなく伝えてきた。

 やいやいぎゃあぎゃあ、あちこちから叫び声が聞こえる。パチパチと手を叩く音。鳴らされる指笛。ドクドクと心臓が五月蝿い。視線が、釘付けになる。

 視線の先、クルクルと踊る男は伸ばしていた左足をポールに絡め、仰け反って両腕を伸ばす。上に伸ばされた右足とくねる腰でバランスをとり、頭まで仰け反らせた体は上半身を見せつけるように緩やかに回る。はく、と開いた口の端から真っ赤な舌が躍り出て、唇を濡らして消えていく。テラテラと輝く薄い唇に、思わず生唾を飲み込んだ。

 「ッ、ヘェ?意外とすげぇな?」

 雰囲気に、飲み込まれている。そう気付いて誤魔化すように声を出しても、釘付けになった視線は逸らせないまま。

 男が上下に腕を広げてポールを掴み、ポールから離した足を柔軟のように横に広げ、数秒静止する。綺麗に開かれた足とぐにゃりと曲がる上半身は男の柔軟さを語っていて、感嘆の息が漏れる。同時に、あらわにされた内腿と丈の短いパンツの隙間に視線が固定されてしまい、見る場所が違うだろうと首をがむしゃらに振った。

 男のパフォーマンスは続く。

 一度ポールから降りた男は膝を着いたままクルクルと回った後、立ち上がって両手と交差させた脛でポールに抱きついて、また上下逆さになった。先程とは違い、真っ直ぐに伸ばした右足と折り曲げた左手で体を支え、左足はコンパクトに折り畳む。そうしてポールに磔になった上半身は、汗でしっとりと濡れながらヒクヒクと震える腹筋と胸筋を存分に見せつけていた。

 腹筋はヒクヒクと細かく震え、筋の間の汗の雫を下に、即ち胸に運んでいく。そしてピッタリとした薄布で押さえつけられた胸は逆さになっているせいかむにりと谷間を作り、腹筋の間を流れてきた汗を受けてしっとりと輝いてた。くるりと回り、背中が向けられる。普段マントに守られていて初めて見る背中は引き締まり、緩やかに隆起したそこを汗が滑り落ちていく。その雫を追うように見ていると、うなじが目に入った。筋張ってそれなりに太く頑丈そうな首だが、日に当たらないせいか他より少し色が浅い。そこに吸い付き、歯を立てたら、真っ赤な色をつけてくれるのだろうか。

 もう何度目だろう、生唾を飲み込んでは喉が渇く。これではいけないと上に逃がした視線はゆらゆらと揺れるピンヒールに吸い込まれ、口内にまた唾液が溜まる。おれはエロいオネェちゃんが好きなのに、なんて脳の隅っこで主張しても、目の前の光景に殴られ蹴られ焼かれていく。もう、ダメだった。

 クルクル、男は回る。回りながら足を動かしているせいなのか、それとも炎に炙られているせいなのか。体を伝う汗の雫は数を増し、しとどに濡れた肌がうっすらと赤く染まる様に、なぜか食欲をそそられる。強く噛み締めたペンギンの口とは真逆に、仰け反って小さく開かれた口から舌がはみ出て、喘ぐように息を漏らした。ダンスらしく足がポールに絡み付き、誘うように腰が前後に揺れる。舌がヒラヒラと動き、また息を漏らす。まなじりを赤く染め潤んだ瞳が、もっととオネダリをしていた。

 ああ、これがベッドの上なら、その腰を掴んで満足するまで突き上げてやれるのに。ずくり、下っ腹が疼く。戦慄く唇を慰めるように舌で濡らす。熱く湿った吐息が喉から口内を焼き、堪らなく渇いて仕方がない。

 そして、貪るように見ていた男と、目があった。

 「………ッ!?」

 その瞬間、頭が冷えた。声にならない悲鳴を上げて慌てて後ろを向く。そして、ギシギシと固まっている手足をバタバタと動かし、フラフラと頼りなく揺れる頭でポーラータング号を目指して走り出した。酔いは、とっくに覚めていた。

 「なんで、なんでだよ~~!」

 ペンギンは半分泣きながら必死に走る。誰かに笑われていても気にするだけの余裕がなかった。ただひたすら自分への疑問で手一杯だった。さっきまでの自分はおかしかった。完璧に狂っていた。あの雰囲気に飲まれてしまっていた。だから、正気じゃなかったのだ。そうだ、そうに決まっている。でなければ、自分よりもデカくて怖くて優しさの欠片もないような男に対して、欲情などするはずもないのだから。

 「あぁああああ!!」

 それなのに。走るペンギンの脳内で、先程まで見ていたあれやこれやがフラッシュバックする。その度に口内に唾液が溜まり、心臓はバクバクと音を立て、下っ腹が、明け透けに言えばちんこが疼くのだ。

 「嘘だって言ってくれ~~!!」

 そして、泣き叫びながらポーラータング号に帰ったペンギンは、ベッドに飛び込んで泣きながら寝た。

 ところで。

 役者曰く、舞台上から客席の顔は意外と良く見えるものだという。その為、表情も案外わかってしまうそうだ。

 だからこれも、仕方のなかったことなのだろう。

 とんでもない悪夢を見てしまったペンギンが気晴らしに歩いている時にワイヤーから声をかけられたのも。昨日の今日でワイヤーをまともに見られなくて顔を赤くしたペンギンが咄嗟に顔を逸らすのも。それを見たワイヤーが舌なめずりをしたことも。その翌日、朝帰りをしたペンギンがさめざめと泣きつつもどこか満足げな顔をしていたことも。

 全てはきっと、決まっていたことだったのだ。


おまけ

 「よォ、ワイヤー。今日はサービスがよかったじゃねェか、何かあったか?」

 「カシラ、見てたんですか。…いや、ハジメテの客がいたんで、ちょっと興に乗りまして」

 「フゥン……?なんでもいいが、程々にな。くれぐれもトラブルは起こすんじゃねェぞ」

 「わかってますって」


 この二日後、ハートの幹部とワンナイトラブしましたって言われてバチクソにキレるキッドと笑うしかないキラーがいるとかいないとか。








おまけその2

ポールダンスしてるワイヤーさんのイラスト

鉛筆絵&下手くそ注意




下手くそすぎてキレそう お目汚し失礼


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