ポンコツ偽ジルチ0章
突然の記憶喪失と幻覚に苛まれながら、ポケットの中の封筒と切符を握りしめてアマテラス急行に飛び乗った僕…ユーマは、肩で息をしながら食堂車へ足を踏み入れた。先客たちを見回すと、全員どこか鋭い目をしている。雰囲気に呑まれそうになるのを堪えつつ、僕は意を決して声をあげて──それはすぐに遮られた。
「あの、世界探偵機構の方々で……」
「うわぁ!?!?誰だお前!?!?!?」
帽子を被りメガネをかけた几帳面そうな男が、印象とは全く逆の大声で叫んだのだ。大きくズレたメガネをかけ直そうともせずに、男はただ狼狽している。心なしか冷や汗がすごい気がするが、大丈夫だろうか。
「えっと、僕はユーマ=ココヘッドです…多分」
「たっ多分!?多分ってなんだ、はっきり断言はできないのか!?」
「す、すみません…!断言はちょっと…」
「もしかして坊や…記憶喪失なの?」
「そう!そうなんです…!僕、もうなにがなんだかわからなくって…」
横から金髪の女性が助け舟を出してくれて、僕はそのまま事情を話した。記憶喪失であること、世界探偵機構からの手紙を持っていること。大雑把に説明した後、再びメガネの男が口を開く。
「…なるほど、先程は失礼した。少々取り乱してしまったようだ」
「少々だったか?オメーかなり取り乱してなかったか?」
「それはそうと、君は世界探偵機構がどういうものなのかわかっているのか?」
「えっと…なんとなく…?」
「わかっていないようだな。よろしい、私が説明しよう!」
男はそう言うと、やっとズレたメガネをかけ直して高らかに宣う。
「世界探偵機構とは!世界中の未解決事件を解決させるための……ええと……なんだったっけ……?」
「えっ?」
「は?」
「いやまて、たしかな、超法規的〜までは覚えているんだ。あとはなんか、喉まできてるんだが…」
「いや覚えてるってなんだよ!?ンな説明なんてテキトーでいいだろ!」
「いやダメだ。せっかく覚えてきたんだから使っておきたい」
「使う…?アナタさっきから大丈夫?性格が変わってない?」
「超法規的かつ超…なんだったかな…超…?」
「……あの、大丈夫ですか?プッチーが代わりましょうか?」
「いいや大丈夫だ。もう思い出しかけてるから…超…超高校級?ちがうな…超……???」
「あークソッ!!もうなんでもいいだろうが!!とにかく世界中の事件を解決するためのデカい組織だよ!!わかったかジャリンコ!?」
「あっハイ…なんかすみません…?」
なんで僕が謝ってるんだ?
それはともかく、覆面の男がキレながら答えてくれたおかげでだいたい理解できた。つまり僕はそのデカい組織に所属する探偵だったらしい。
なんかメガネの人が残念そうにしてる気がするけど気のせいかな。なんなんだろうあの人。
「それで?お主らはいつまでこの『不可解な状況』で互いの名前も知らずに話し合うつもりかのう」
「不可解な状況…ですか?」
「ああそうだな、では『不可解な状況』について私が説明し」
「本官が説明しよう」
「じいさんに遮られてやがる…」
「彼に任せたら日が暮れそうだものね…」
「プッチーもそう思います」
「酷くないかね君たち?」
老人の説明によると、世界探偵機構に収集された探偵は合わせて5人で、列車の中には僕を含めて6人。明らかに数が合わない。
たしかに不可解な状況だ。そしてこの中で一番…かはわからないが、かなり怪しいのは記憶喪失を自称しているこの僕である。そもそも本当に僕は探偵なのか、覚えていないだけで自分が偽物かもしれない、そう考えるだけで血の気が引いてくる。
「ではそろそろ自己紹介に移ろうかのう」
「そうね、じゃあ誰からする?」
「馬鹿オメーそんなこと言ったら!!!」
「では僭越ながら私からさせてもらおう!!!」
「ほーらこうなった!!!長くなっても知らねーからな!!!」
「やっちゃったわ……ごめんなさいね……」
「なんかさっきから私に辛辣じゃないか?超探偵ってみんなこうなのか?」
「さっさとしろ低脳……」
「はい」
周りと比べると小柄な女の子がドスの効いた声で言うと、やっと彼の自己紹介が始まるのだった。
──この後、結局彼…ジルチさんの自己紹介がグダグダになったり、彼がやけにアマテラス社の内部事情について詳しすぎたり、救護室にジルチと名乗る超探偵が乗っていたりと色々あるのだが、今の僕には知る由もない。