ポッキーゲーム
ポッキーゲームとはポッキーなど細長い棒状の菓子を用いたパーティゲームの一つである。主にポッキーを使用し、2人の男女がポッキーの両端をくわえて同時に食べ進む、折れた時に長い方が負けとなる。
当然、ポッキーが折れずに両者が食べ進め、そのまま食べ切った場合当然両者の唇同士が接触する。分かりやすく言うとそのままキスをすることとなる。
キス、というのは外国ではともかく日本では一部の変態や変わった趣味の方々を除けば恋人、もしくは夫婦のような関係でしかまずやらない。
「と、言うわけでポッキーゲームしようか硝太」
「家帰って最初にすることがそれかい?」
ポッキーの箱片手に斉藤家に乗り込んできた妻───ではなく彼女の不知火フリルが最初に言ってきた言葉に呆気に取られる。
ポッキーゲームの名を出すが今はパーティー中などでは無く、ただ家に帰ってきた時に彼女がついてきただけ。お家デート、というのが1番近い。
僕の彼女とはいえ、あの国民的美少女不知火フリルが家にアポ無しで来たということでお母さんの顔が中々見たことない味わい深い表情をしている。それに対してアクアマリンはソファで本を読み、ルビーは学校と変わらないテンションでこちらに小さく手を振る。
有馬先輩とMEMはこの場にいないが、時間帯的に今から来てもなんの不思議もない。僕とフリルの変わった関係に気付いているだろうMEMはともかく有馬先輩がこれを見た日には腰を抜かしてしまいそうだ。
「硝太...今日は何の日か知ってる?」
「ポッキーの日。去年も同じようなことしたよね」
11月11日。細長い棒であるポッキーやプリッツにちなんでポッキー&プリッツの日と呼ばれる。ちなみにトッポは別会社なので加えられていないらしい。
「してないよ。しようとしたら硝太逃げたじゃん」
「それは...まだフリルの彼氏じゃなかったし。そういうのはまだ、早すぎって思って...」
頬をふくらませて少し不貞腐れるフリルに言い訳を考えた時、頭に電流が走る。
確かに一年前の自分はフリルにポッキーゲームを提案されて顔真っ赤した後フリルを放置して逃げ出すというガ〇ジーが勢い付けてグーで殴ってくるような愚行を犯したがそれはフリルと自分の関係を考えてのことだ。ポッキーゲームはその性質上、キスをしてしまう可能性を孕んでいる。その駆け引きを楽しむのが本命と言えばそれまでだが、もしキスをしてしまった場合昔の僕は責任を取ることが出来なかった。しかし今は違う。僕とフリルは世間に認められているかどうかは別として恋人だ。それにこの場は密室。外を張ってるストーカーは対策済み。つまり見ている人もお母さんと兄姉のみということになる。仮に有馬先輩とMEMが帰ってきたとしてもカップルが家に帰ってポッキーゲームをしている以上の情報は一応別の事務所のタレント不知火フリルが苺プロにいる、しかない。2人もそこまで気にしないだろうしここで仮にキスをしてしまっても問題は何も無い。
そもそもフリルと付き合うようになったのはフリルが示した選択肢ではあるものの、選択したのは間違いなく僕だ。ならば。
──ここでやるべき事は自分がした行いや選択した結果に対し──
「『彼氏』として、責任を果たすことだ...!」
フリルのストーカーにボロボロにされた左腕を出して傷跡を摩る。医者に一生モノと言われた怪我が治ることはないがそれだけでフリルはこちらの意図を察したようで隣に立ってこちらをのぞき込むようにこちらを見てポッキーの箱を開封する。相変わらず異常にノリがいい
「硝太!やるんだね!今!ここで!」
「ああ、勝負は今!ここで決めるっ!」
フリルがポッキーを一本咥え始め、公開型のポッキーゲームが始まる。
と、その前に。
「...硝太。ヤるなら部屋でヤれ」
見ているだけだったアクアマリンが渋々といった様子で口を挟む。
残念ながら全くもって正論です。僕とフリルという異色のカップルがポッキーゲームをやってる様を直接見せられて楽しい人はそこまで居ないだろう。それはそれとして僕はアクアマリンとあかね姉ちゃんがポッキーゲームをやるならぜひ見に行きたいし、フリルも見に行きたいと言うだろうが。
「アクアさん」
ポッキーをひとつ摘んだフリルが真顔でアクアマリンの方を向く。
アクアマリンもフリルの方を向き、怒りや恨みが籠っているわけでもない、不快では無いが、ムズムズするような不思議な空間が形成される。一触即発、と言われる状態ならともかくそこまででもないので止める気にもならない。
「黒川さんとの参考になりますよ?」
「早く行け」
フリルのボケも即切り捨てるアクアマリン。そこにルビーが颯爽とやってきた。
「ダメだよお兄ちゃん!硝太がこのまま部屋に行ったらエッチなことになるじゃん!」
「揺らすな」
愛想良くしていたはずのルビーがアクアマリンの座るソファの後ろに立ってアクアマリンの肩を掴んで揺らす。発言が少々気になるがフリルが動物園のライオンを見る少年のような目になった為追求はせず、気にしないことにした。
アクアマリンが見てると面白くなる顔をルビーに向けるがルビーは我関せず、と言いたげに即フリルの目の前に出てくる。
「お姉ちゃんとして、硝太の身体は私が守る!フリルちゃん!硝太とポッキーゲームをしたいなら私を倒してから行って!」
情に厚い味方キャラみたいなことを言いながら大の字でフリルの目の前に出るルビー。対してポッキーを片手に持ってポッキーでチャンバラでもするのかという体勢に移るフリル。もう収集がつかなくなってきた。
助けを求めるために母親に視線を送る。こういう場合世界で一番頼れるのは母親だ。しかし母親は顔の前で手を合わせてごめんと合図を送ると視線を外してパソコンと向き合ってしまう。
「...あ、ああ...」
あのお母さんが見捨てるほどの案件。それだけで世界から太陽が失われたのと同等の事件だと理解させられる。そんな事件はインド神話でしか聞いたことも無いが女神より優しく、聖母より慈悲深い母親の対応がアレなのだから神話級の大事件と言っても過言では無い。
それでもこのまま放置していて良いことは無い。神話級の大事件だから放置しましたはまず通用しない。それはあくまで手を尽くして通用しなかった場合の言い訳だ。何よりフリルの『彼氏』として選択したことの責任を取るならこんなことで逃げる訳には行かない。
フリルの持っている箱からポッキーを一本拝借し、チョコがついていない先端を軽く咥える。
「え?」
「硝太...!」
「おいお前...」
ルビーは意味がわからず素っ頓狂な声を出し、フリルは胸の内の喜びが少し漏れて口角が上がり、アクアマリンは今後の展開を察して顔を背ける。と三者三様の反応を見せる。
「|さぁ、来い《ふぁ、ふぉい》!」
くわえたポッキーをフリルに突き出すが早いかフリルがこちらの頬に触れながらポッキーのチョコがついている方を咥えて食べ始める。
もう他の世界のことが視界に入らない。視界の外に溢れる感情も欠片も入ってこない。自分がすることはただ、目の前のチョコを貪り辿り着くゴールを目指すのみ。
フリルの顔が近づき、心臓が激しく鼓動する。いつも近くで見てきていたが美少女という文字は彼女ために作られたと言う人が現れるのも当然と言える程、彼女は綺麗だ。自分なんかが同じ世界にいること自体罪のようにすら思えてしまう。
そんなフリルが、自分から顔を近づけてくる。こういう時、自分とフリルの身長差が拳ひとつもないのが非常にいい。これでもし、頭一つでも離れていたら屈みながらやる必要があった。そもそもポッキーの長さはそこまで長くない。測った訳では無いがせいぜい100mm程度。そこからフリルの顔が近付いてくる。頬に触れるフリルの手が熱を帯びる。緊張、しているのだろうか。いつも冷静な彼女らしくないが、その反応が何故か嬉しい。
残り50mm。
フリルが瞳を閉じる。
互いの熱が伝わり、フリルの脈すら細かく感じる。
最早貪っているのはチョコではなく互いの熱になっている。
残り30mm。
フリルが一歩、足を踏み出す。彼女の肩が触れ、次は膝、肘、太もも、と体重をこちらに乗せてくる。
胸があたり、フリルの身体がほんの一瞬だけピクんと跳ねる。
残り10mm。
こちらも瞳を閉じて、フリルの肩から背中にかけて腕を伸ばす。視界を閉じたからか、全身の感覚が強くなる。瞳を閉じているため、残り距離は分からないはずなのに、秒読みまで理解出来てしまう。
触れる。
互いの粘膜が触れる。互いの熱が触れて、高まり合いながらも共有されていく。全身が溶けてしまいそうなほど熱く、フリルの身体に沈み込む。
「ん、あっ」
ぴちゃっと水音を立ててどちらかが喘ぐ。互いに求めあったものに触れたことでその興奮は何よりも強いものに変わる。
このまま永遠にこうしていたい。
全身の快感は簡単に例えられるものではない。初めての経験では無いのに、する度に知らないはずの快楽が目覚める。する度に全身が不知火フリルのための体へと改造されていく。自分の体に不知火フリルが刻まれて、フリルの身体に斉藤硝太が刻まれる。
「ぷはー」
数秒の交わりを終え、唇が離れる。目を開けると同じタイミングで目を開けたフリルと目が合う。赤みがかかった頬にとろんとした目でこちらを見つめてくるフリル。
「チョコの味がする」
「そういえばポッキー食べてたんだっけ」
二人で抱き合いながらそんな言葉を口にする。交わった原因なんてどうでも良くなるほど、僕はフリルに狂わされる。
しかしそれはフリルの方も同じようでフリルから強くて淫らな欲を感じる。有り体に言えばスイッチが入った状態。
そんな自分たちにポッキーのような間に入るものは必要ない。
未だに足りないものを補うために再び口付けをする。先程のようなソフトなものを一度、そのまま流れるように互いの口内に舌をねじ込む。どちらとも拒むことなく、そのまま受け入れる。
捕食するように激しく、貪欲に求める。口の中に残ったポッキーのチョコにプリッツ部分の残りカスまで取り、自分の中に唾液ともに流し込む。フリルの舌も同じようにこちらの中で歯や口内の壁を沿って唾液を掠めとっていく。
「はーっ、はーっ」
息が続かなくなり、互いの口が離れた時には、互いの粘液が混ざりあい、橋のようになっていた。それを切りもせず、だらんとぶら下げる。
フリルは惚けており、口元はだらしない。目には少し涙が浮かんでいる。吐息は熱く、冬に入りそうで入らない今の時期でも白い息のようなものを幻視する。
何かの間違いでフリルのファンに見られたりしたら殺されても文句は言えない。
「激しくない?」
「そういうものでしょ」
そんな状態でもフリルは乗り気だ。傍から見たら冷めたぐらい冷静に、だが内心は楽しそうに言っている。
「温かいね、硝太」
「高揚してるだけだよ」
互いの身体を確かめるように抱きしめ合う力を強くする。
結局、お母さんが止めるまでの間僕とフリルはずっと自分たちだけの世界で抱き合っていた。