ボーゲン

ボーゲン


ヒトは皆、光へと歩む。

蝶が焚き火へと飛ぶように。

それこそがヒトの習性なのだろう。


されど。


光の中途で、影を見つけた。見つけてしまった。



只人が生れながらに光へと往くモノならば。

やはり己は、狂ってるのだろう。




 



主と同盟を組むミコト殿の館周辺は閑静としているが、5分ほど歩けば商店街なる現代の市場が存在する。

主はやたらと好かれやすい質らしく、既に幾人もの商人に声を掛けられては世間話に興じていた。

その間己は三匹ほどの猫と戯れていたのだが、背後の足音と共に蜘蛛の子を散らす如く逃げていってしまう。

「………行くわよバーサーカー」

猫を撫でたかったのだろうと邪推できる、不満げな表情を浮かべながら主は告げる。正確には、不満の理由はもう一つあるようで。

「見られてるわ。晩ごはんより先に売られた喧嘩を買うわよ」

それだけ伝えられ、ツカツカと背を向けて歩く背中を追う。

主は自分では気が付いていないらしいが、敵対者に対しては中々に積極的な性格をしておる。挑発に乗りやすい質とも言えるが、自分はそれを好ましく思う。



主は記憶を喪っているらしい。一月ほど前にミコト殿の館の前で偶然倒れていたのをアーチャー殿が発見し、そのまま居着いてる…と、召喚された後にアーチャー殿から聞いた。

それならば多少は可愛気のある言動の一つでも見せてもらいたいものだが、そんな素振りは一切見せない。

記憶があろうとなかろうと、彼女は生粋の支配者なのだろう。

そんな一面もまた、自分には好ましく視える。




十数分の後、木々が生い茂る山の麓にたどり着いた。

自分は知をもって策を練る将ではなく、所詮は一騎士であったが、迎撃のための拠点とするには山という場所は最悪の条件だと考えられる。

…主は戦場にて指揮を振るよりも城に籠もり内政に励むのが合っていると思われる。自分の憂いも露知らず、主は高らかと、

「さぁ、ここなら誰にも見られる事もないでしょう!正々堂々、そちらも姿を…」


───────ポロン、と、澄んだ音が主の声を裂く。

その音を、自分は知っている。主を突き飛ばすと同時に、主がいた場所…現在は己の腕に、鋭い痛みが走る。

「ぐっ…あなた、は…!」

音が響いた方向を睨む。やはり、そうか。

その麗しき音は、死して尚忘れる事はない。


靡く長髪。憂いげに閉じられた瞳。竪琴と弓が混じり合った異形の得物。


戦闘能力においてはガウェイン卿、ランスロット卿にも並ぶ、円卓の騎士にして悲しみの子。


トリスタン卿…!



奏でられし矢/音が、ただ無情に放たれた。

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