ホワイトバニー・レター
ユウカちゃんが砂糖中毒になった。
その報告を聞いた瞬間、私は目の前が真っ暗になった。
最近キヴォトス中を騒がせているサンド・シュガーの件は知っている。ミレニアムの中でも被害は多数出ている。
セミナーとして対策を今日も練っていたところだった。だというのに、砂糖の魔の手はそこかしこに潜んでいるようで、息が苦しい。
(私が気落ちしていたら、それこそユウカちゃんに顔向けできません。冷静に深呼吸して…)
今冷静さを失うのが一番の悪手。それだけは踏まないように努める。
「ノア書記! 大変です!」
「どうしたのですか。また砂糖の被害者が?」
彼女には先ほど、次の会議で使用する資料を持ってきてほしいと依頼したばかりだった。
今、急遽ミレニアム全体での取り締まりを行い、現状中毒症状が認められた生徒は全て特別棟に運んでいる。
他校の生徒の受け入れも行い、中毒への対策とリハビリ等も進めている。ここばかりは科学を司る学園の面目躍如であり、役割といったところだろう。
その次なる策を打つための会議なのだが、急ぎ報告してきたという事は、また集団で症状が認められた生徒が出たのかと思い、振り返ると
「コ、コユキさんがこの手紙を残して……失踪しました!!」
白兎より。と書かれた手紙を差し出された。私宛の手紙だった。
ノア先輩へ。
この手身を読んでいる時、私はもうミレニアムにはいないでしょう。
先に言っておきます。ユウカ先輩が砂漠の砂糖の被害にあったのは私のせいじゃないです。けれども、私は私を許せなくなりました。この手紙を書いている手も震えています。
かなり前から砂漠の砂糖を常用し、今ではミレニアムへの流通を手助けしていた一人は私なんです。私は随分と前から高純度の砂糖を手に入れるため出所である、とある高校…正確にはある生徒に接触していました。色々とありましたが、結局は砂糖をエサに組織の仲間に入れてもらい、今日に至りました。
ただ、虫のいい話だと思いますが身近な人は犠牲にならないようにしてきたつもりです。でもとうとうユウカ先輩まで犠牲になりました。私は、もういい加減砂糖の効果で自分を誤魔化すこともできなくなりました。
本気で私が狂って堕ちる前に、先輩には3つ伝えておきます。
まずはミレニアムはかなり動きが早くて、いずれ組織のメンバーが全員捕まるだろうと進言して構成員を引き揚げさせました。私が最後に出る手筈なので、もう大丈夫です。背中を気にせず準備にあたってください。でも、それはつまり私はそれなりの地位についてしまったということでもあります。情報室長なんて、大層な肩書までもらっちゃいました。
もうひとつ、砂漠の砂糖と呼ばれる砂糖の正体。それはアビドス砂漠の砂です。私はよくわからないのですが砂を熱すると甘くなるそうです。市場に出回っているものは製法が確立されていますが、炙って作るところは変わらないはずです。
3つ目は、お察しと思いますが、組織とはアビドス高等学校です。ノア先輩ならシャーレや連邦生徒会と一緒に調査すれば、私よりももっと事実を突き止められると思います。
最後に、最後まで勝手な後輩でした。にはは……願わくばバカな私を全力で止めてください。
黒崎コユキより
手紙を読み終え、去来した感情はまさしく形容しがたいものでした。
この言葉を残したあの子は、どんな思いで、どんな葛藤の元に……
「どこに、この手紙は残しされていましたか?」
「ノア書記の執務室です。先ほどご指示のあった書類を取りに戻った際に鍵が開いていて…」
であればコユキちゃん本人のもので間違いない。今日厳重にしたセキュリティロックを容易く開けられる人間など数えるほどしかいない。
「……わかりました」
私は再び歩き出す。もう、止まれない。いえ、止まるわけにはいかない。
この時の感情を、この時の後悔を、この時の葛藤を。忘れずに最後まで私は──『セミナー書記 生塩ノア』はミレニアムの貴方達の為に動きます。