ホットチョコレートと缶コーヒー。

ホットチョコレートと缶コーヒー。



クリスマス。最低気温は都内でも零度を記録してるらしく、行き交う人々が息を吐くたびに空に白い吐息が目が眩むようなシャンパンゴールドの光に溶けていった。家族連れで楽しそうにイルミネーションを見ている人達、パートナーに惹きつけられるように駆け寄っていく人、はたまた1人で大事そうにホットチョコレートの紙カップを握りしめている人。

「はぁ…。」一息ついて吐息が溶けゆくのを見た後に、酸味が強く味が妙に薄く感じる有名メーカーの缶コーヒーを喉に流し込む。とても美味しいとは言えないが、何故だかいつも手にとってしまう。「相変わらず不味いな…。」声に出せていたかもわからないほどの小声で呟く。このコーヒーは、販売当初はどこにいっても売り切れていた記憶がある。しかし、今ではコーナーの隅の方にぽつりと影薄く置いてある。「まるで僕みたいだな…。」

自分を缶コーヒーに投影してしまうなんてなんて馬鹿げているんだろうか。感傷的になるな。そんな考えを置き去りにするように、なんだか周りの喧騒が酷く雑音に感じる。いつもそうだ。暗闇の中で置いてけぼりにされてしまった気分になる。

「…っ!お兄さん!ごめんなさい遅れちゃって!!」待ち人の声が聞こえた。

「あぁ、全然待ってないから大丈夫…」

そう言って重たく感じる顔を上げると、いつもより一段とめかした彼女がいた。

「いつもよりお洒落してきたんだね。」

「あ!気づきましたか!!流石お兄さんですね!リバティちゃんに手伝って貰ったんですよ〜!!リバティちゃん監修全身コーデです!!途中であった先輩方ったら一切気づかなくて、お兄さんとの約束がなければ渾身のアースパンチをお見舞いしてたところでしたよ!!」どんなに洒落込んでも中身が変わらないところが彼女らしい。

「それじゃあ、行こうか。」彼女の手をそっと握りしめる。「も、もう!お兄さんったら流石スマートお兄さんですね!!完璧なエスコートです!そうそう、お兄さんと比べて…」と彼女は頬を膨らませながらたわいない愚痴を漏らす。彼女の横顔がシャンパンゴールド色に染まって輝いて見えた。彼女といると、さっきまで酷く煩く感じていた喧騒も、目が眩むようなシャンパンゴールドの光もなんだか心地よく感じてくる。気まぐれに風が吹いてきて彼女の髪を揺らす。「前髪、目にかかっちゃいそうだよ。」ふと、彼女の顔に手を伸ばして前髪を掬い上げる。「へっ?」思った以上に顔と顔の距離が近くなる。彼女の目に映る煌めきたちが星のように降り注いできた。一瞬、時が止まった。

これ以上は、もう駄目だ。適切な距離を保たなくては。彼女は世界で1番輝く星。飛行機雲がどんなに高く長く飛ぼうとも届かない、届いてはいけない存在。

僕があの誰からも忘れられた不味いコーヒーなら、彼女はみんなから愛される甘い甘いホットチョコレート。誰も交わる事なんて望んでいないのだから。

「もう!!お兄さんったらさっきからイケメンイケメンですね!!!!アース、好きになっちゃいますよ!!」彼女が口を開いた途端、時が動き出す。そう言いながらも、彼女の手が自分の手から抜け落ちる。そう、それでいいんだ。それが正解なんだよアースちゃん。彼女の手の温もりを握りしめた後、彼女と一緒に歩き出す。

さっきまで見えていた煌めく一番星が、いつのまにか厚い雲に覆われてしまってるのは見なかったことにして。こんな最低最悪な僕を、どうか許して。


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