ホシノ×クロコ 夜の校舎にて
冷えた風が頬を撫でる。
もう随分と本来の用途では使われていない教室の隅の窓際で、長い銀の髪がはためいている。足音を立てて近付いても、そのまま。じっと窓の外を眺めてる。
「こーんな時間まで居残りしちゃって、いい子はもう寝る時間だよ?」
「ん、私は悪い子だから」
叱ったつもりなのだけど、目の前のちょっと背の伸びて大人びた後輩は目を細めて微笑んでる。……まあ、この子からしたら叱られることさえ嬉しいんだろう。それにそもそも、私の方だってこうして夜更かししてるわけだし。
「悪い子か〜。その割に昼間は皆のこと手伝ってあげてたみたいじゃない?」
「セリカには『私のやること無くなっちゃうからもうじっとしてて!』って怒られちゃった」
「アヤネちゃんもずっと心配そうな目で見てくるからちょっと困るって言ってたね〜、そういえば、なんかノノミちゃんに連れてかれてたけど」
「……スクールアイドル結成を諦めてないみたいで、いろいろ衣装とか着せられてた。本人が楽しそうだったから、なかなか断れなくて」
「うへ〜、まあスタイルいいもんねえ」
「『シロコ』が割って入ってきてくれるまで流されっぱなしだった。……なんだか、優柔不断なのをあの子に助けられてばっかり」
「ふふふ、見た目は自分の方がお姉さんなのにあっちの方がお姉ちゃんみたいだね〜。ま、シロコちゃん、どうも自分がお世話できる相手が増えて張り切ってるみたいだから」
「……ん。今度ツーリングに行こうって誘われた」
「いいねえ、趣味仲間が増えて万々歳ってわけだ」
「楽しくて、懐かしくて……これも、ホシノ先輩が遊びに来るようにって言ってくれたおかげ」
「それぐらいで、他にはなーんにもしてないけどね〜」
「……居てくれるだけでいい。それだけで、安心するから」
どうもくすぐったい。理由があるとはいえ、この別世界のシロコちゃんの言葉は素面で受け取るには優しすぎて困ってしまう。……シロコちゃんの物言いがもともと直球なのもあるけど、なんていうか、それにしたって、だ。
にらめっこは私の負けだ。微笑んでるシロコちゃんから目を逸らして、窓の外を見つめる。一面に広がる砂漠の丘、頭上では空が煌めいていて。
「星が綺麗だねぇ……」
「ん。だけど……少し苦手。一人でこうしてるしかなかった頃を思い出すから」
「───おじさんの手で良かったら、貸したげる」
そっと手に手を添えてあげたら、最初は怯えるように強張って。それから、委ねてくれる。夜風で冷えた手を包み込んであげたら、シロコちゃんはその身体ごと、おずおずと寄り添ってくる。
「ホシノ先輩、……好き」
「へっ!? え〜……うへへ、先輩ありがたくてびっくりしちゃうなぁ」
「それもあるけど、今のはそうじゃない」
「シロコちゃんは…………おじさん、そんなにいい人じゃないんだけどなぁ」
「でも、私はこうして触れ合えてると嬉しいから」
「……困っちゃうねぇ」
本当に、困ってしまう。こんな風に思われてしまったら、後輩に託して自分を捧げて……みたいなことを想像することすら息苦しくなる。叱ってくれることさえ嬉しいこの子のことを思えば、皆を置いていくなんてことはもう……それに何より、一番困ってしまうのは、この子が正確にはこのアビドスの対策委員会の所属ではないことで。
先輩として以外の形で、どうやってそばにいてあげたらいいんだろうか。
ひゅう、と風が吹いて身体が震えた。隣に目を向ければ胸元が露なデザインのドレス。……寒さにはもう、慣れてしまっているんだろうか。
「ココアでも淹れて来よっか?」
「ん、いい。ホシノ先輩が居てくれるなら、その方があったかい」
困るなぁ。……本当に、どうしてあげたらいいのか、困っちゃうよ。ただただ優しく手を握ってあげること以上に、私に何かしてあげられるだろうか。
「その……もし、ホシノ先輩がよかったら」
「うん? いいよ〜遠慮なく言ってね」
軽い返事とともに絡まった視線。
ミステリアスな色をした瞳は、その奥で膨らんだ熱を隠しきれないでいた。
「あたためて、ほしい」
手首側からグローブの中に、シロコちゃんの細い指が入ってきて。私の返事を待って、とどまる。期待と不安に揺れる表情で。
「……そういう誘い方、どこで覚えてくるの?」
「ん、それは……私は悪い子だから」
「心配になっちゃうなぁ」
「それなら、ホシノ先輩で私のこと……いっぱいにしてほしい」
観念して、苦笑いで頷く。シロコちゃんが嬉しそうに私のグローブを脱がして、指を絡ませた。その頬と首にキスをしてあげたら、くすぐったそうに目を細める。
「ホシノ先輩、」
寂しがりの声に応えて、白い胸に指で触れる。マフラーのない素肌に。