ペルソナ5風幻覚

ペルソナ5風幻覚


蝶の舞う夢を見た。青い部屋に連れていかれる夢だった。

内容はもう覚えていないが、トリックスターがどうとか、ゲームがどうとか、何か大切なことを伝えられた気がする。

ただその夢は、彼の胸に不吉な予感を残していった。




不可思議というものは、科学によって世の中から排斥されて久しい。

そういうものだと思っていた。神秘やらオカルトやら人智を超えた出来事というものは、もはやこの21世紀の世には起きえないものだと思っていた。

本当の意味での想定外────要するに例えば忘れ物をしていたとかそういう類のある程度想像の及ぶ範囲で、それでも日常の中で起きうる可能性のある意識の盲点という意味でなく、正しく想像すらしないような出来事が起きる可能性など、もはやこの世には残っていない。

そう、盲目的に信じていた。文明の明りに曇らされていたのかもしれない。


「なんだっていうんだよ、これ……」


いつもの通学路。知り合い二人に道すがら出会って、取り留めもないような愚痴を吐いていた程度のはずなのに。それ以上に特筆するべきことなど何一つとしてなかったはずなのに。

いっそ食傷気味といっていいほど見慣れたはずの校舎は、いつの間にか豪奢な城の形になっていた。


「余が思うにこんな建物はこの近辺には存在しない! つまりこれはアレだ、流行りの異世界転移モノというヤツであ痛────ッ!?」


すぱーん、と小気味よい打撃音が意味不明なことをのたまい始めた意味不明な一人称の友人────シャフリヤールに直撃する。


「……もうこのバカに期待するのはやめよう」

「バカと言ったか!? 言うに事欠いてバカと言ったか余のことを!?」

「……エフフォーリア、これどう思う」

「無視をするなーッ!」


今までずっと無言・無表情を貫いていた大柄の友人に水を向ければ、何もわからない、と返事が返ってくる。


「むやみに首を突っ込む必要もないだろう。いったん来た道を戻ればいい」

「しかしなあ、三人もいて雁首揃えて道を大幅に間違えました、と云うにはいささか難しくはないか? ならば急に墨俣一夜城じみた改築がなされたと考えるほうがまだ余としては納得できるが……」


どちらの意見にも理解できる点はある。慎重派の指針を執るのもおかしなことではないし、かといって一度非常識なことが起きている以上常識的な対応が正しいとも思えない。

だから少年────タイトルホルダーは、その折衷案を選ぶことにした。


「……ディテールは違っても、大まかな形は知ってる校舎そのままだし、たぶん学校……なんだと思う。たぶん。いったんちょっと覗いてみて、何かあったら引き返そう」


それでいいか? と二人に聞けば、消極的ながらも賛成の意思を示された。

ステンドグラスが嵌めこまれた重い扉を押し開けて見れば、その内側もやはり豪奢な西洋風だった。

頭上に輝くシャンデリアや、綺麗に飾られた陶磁の花瓶に活けられた花は、昨日までの学校内には確かに存在しなかったはずで、しかし何かの夢だと思うには毛足の長い絨毯の感触がリアルすぎる。

ひきつった表情のまま、ごめんください、と声をかけてみても帰ってくる音はないままで、時計の針の音と、みずからの荒い呼吸しか聞こえてこない。


「……いくらなんでも、一日で用意できる改築の規模ではないな」

「お高そうというか、ほぼ確実に高値が付く品だろうなあ。余の審美眼がそう言っている」


二者二様の感想もしんと静まった空間にかき消えていって、それに対するいらえはない。


「……行こう。ここで立ち止まってても仕方ない」




「……大まかな構造は、やっぱり変わってないんだよな」

「過度に華美でいっそ悪趣味にも思えるが、形状そのものは大きく変化しているようには思えないな」

「しかし、一日で広い校舎全体をリフォームしました、というのは無理がないか? やはり異世界転移説なのではないか? なあ?」


もう一度「バカ言うな」と一蹴するのもここまでくると難しい。

異世界転移説を否定しきれないのも事実ではあるが、流石に非現実的だろう、ともう一度一蹴しようとして────


「待て、何か音がする」


先を歩いていたエフフォーリアの手が、彼らを押しとどめる。

ガチャ、ガチャと重い金属がぶつかり合うような音が、一定のリズムを保ちながら少しづつこちらに近づいてきていた。


「どうする? 隠れるか?」

「今から隠れるのも難しいだろう。それに何も友好的な相手ではないと決まったわけでもない」


そうして近寄る足音に、緊張しつつも気さくなコミュニケーションを心掛けようとして。

それから数分の後、彼らの姿は牢屋の中にあった。




「出せーッ! 余を誰だと思っているのだキサマらーッ!」

「……やめておけシャフリヤール、それで出すなら最初から牢になど入れない」

「しかしなあ! いくらなんでも話もせずに囲んで脅して牢屋にポイでは理屈が通らんだろう!」


煉瓦作りの牢獄はところどころヒビが入っていて、シャフリヤールが握りしめている鉄格子も錆びついている。

牢屋の奥に設えられた簡素な寝台に至ってはボロいどころの話ではなく妙な匂いはするわ血のようなシミが付いているわで落ち着けた状況ではないが、それでもタイトルホルダーの脳は芯まで冷静になっていた。

重い金属がぶつかり合うのは甲冑の音だったのか、と判明したときにはもう遅かった。

気が付けば城への不法侵入者、それどころか三人の賊として取り囲まれ、槍を向けられ、そして脅されるままにこの牢獄に入れられて。

一体どこで間違ったのだろう、と考えても答えは当然出てこない。


「……異世界転移説、笑い話じゃないのかもな」

「甲冑の連中は王がどうとか言っていたし、確かに現代日本で王を名乗って城に衛兵を多数放つのは現実的ではないだろうな」

「余も大帝ではあっても流石に城やら兵士やらは持っていないぞ?」


普段なら知ってるよバカ、水を差すな、とでも雑に扱っていたかもしれないが、今はそんな気力もない。


「だいたい、閉じ込めて何をする気なんだよ……」

「……現実的な話をするなら、牢に入れるのは逃亡の恐れがあるからだろう。そのうえで何かしらの刑罰を与えるか、あるいは────」


もっと古い時代であれば、拷問だろう。

その言葉は、少年の脳裏に深く残った。




時計もない、日も差さない。地下牢の中では時刻を確かめる術がないため、どれほどの時間が経過したのかわからない。

ただ漠然と長い時間が過ぎて、段々にそれぞれが口数を減らしていった末に、それは起きた。


「出ろ。時間だ」


甲冑の兵士がそう促す。しかしその声を遮るものがあった。


「ああいや、出さずとも構わん。なにせ……ここで処してしまえばいいのだからな」


喉の奥に泥でも湧いているのかと言わんばかりの、ねばつくような声。

品定めをするような厭な目線は────見覚えのある人物のものだった。


「……いったい、どうなっている?」


呻くような疑問符がエフフォーリアから漏れる。

しかし絶句した残りの二人も併せて、三人の意見はここに一致していた。

頭上に輝く王冠も、いっそ下品なほど着飾られた服装も、目に痛い赤色に輝くマントも、およそ日常で見慣れたものではない。

しかしそれを身に纏う人物が知らない他人でなければ、話は変わる。

それが例えば、彼らの通う高校の教師であったとすれば?


「やれ」


混乱の渦に巻き込まれた彼らを他所に大槍が構えられ────突き出される。

風を切る音を響かせながら振るわれたそれを、エフフォ―リアが蹴り飛ばした。


「……逆らうか。これは城主に対する反逆と見なさねばなあ?」

「今のうちに行け、二人とも! どうせオレの脚では逃げ切れん!」

「行かせはせん、ここが貴様らの処刑場だ」


槍を構え直しそう宣言した衛兵に対して、王は構わぬと一言制した。


「友を庇う美しい友情には、報いてやらねばならんだろう? ────それに、どうせこの城からは逃げられぬ。無駄な足掻きのために散らせてやるのも面白かろう」


蛇のような男が道を開ける。甲冑の兵士もそれに従って左にズレた。


「行きたければ行け。友を見捨ててでも朝日が見たければな」

「……そうか、忝い。では行かせてもらおう」


シャフリヤールが手を握った。ぐい、と手を引く力は強く、小柄な体格のどこからそんな力が出ているのか、と言わんばかりの膂力でタイトルホルダーは引きずられていく。


「待てよ! 見捨てていくなんて僕は言ってないぞ!」

「……今は余に従え。これしか……これしかないのだ」

「だからってこんなの納得できるはずないだろ!?」

「余を恨んでも構わぬ。納得できずとも今だけは従ってくれ」


その横顔が普段のふざけたそれと違い、真剣なものを帯びていたから。

何も言えず、従うほかに選択肢を持つことができなかった。




押し問答をしながらも地下牢を抜けた先で、何一つ話す言葉を持つこともなく螺旋階段を抜け、誰にも阻まれることなくエントランスホールまで戻ってきた。

戻ってきてしまった。


「……すまぬな、タイトルホルダー。だがあそこで三人共倒れになることだけは認められなかった」

「……理屈はわかる。理屈は、わかってるんだ」

「外に出よう。警察を呼んで、この城のことを全て話そう。後は悪事が暴かれるのを待つくらいしか、余やキミにはできぬのだ」


それは、わかる。

徒手空拳で甲冑の兵士に挑めと言われても勝ち目はないだろうし、仮に一人倒したところでまた新手が出てくるだけだ。


「……余たちは、与えられた猶予を十全に生かさねばならない」


それも、わかる。

あそこで三人揃って殺されるより、一人を生贄にしてでも二人が脱出したほうが合理的だというのもわかる。トロッコ問題だって余計な付加情報を抜きにすればより多くの人数が助かる方を選びたくなるものだろう。そういう理屈は彼の中にもある。


「わかるな、タイトルホルダー。わかって、くれ……」


理解はできる。

悲痛そうな面持ちのシャフリヤールを見れば、それが本意でないことも当然理解できる。

────だとしても。


「理屈で納得できても、感情はそうじゃないんだよ」


それを理由に恥もなく生きていることを許せるほどの凡夫は、ここにはいないのだから。


「僕は行く。あいつを一人で死なせはしない」

「待て! それではあやつの犠牲は何になるというのだ!?」

「あいつの考えることだってわかるよ、わかってるけど納得できるかどうかは別なんだよ! カッコつけやがって、それで僕らがおめおめと逃げ帰ってどうなるかくらい考えろ!」

「滅茶苦茶だぞキサマ!?」

「わかってるよ! 理屈じゃこのまま出ていくのが正しいことくらい!」

「だったらどうして────」

「ここで体が死ぬか、友達を見捨てたヤツとして心が死んだまま生きていくか! その二択ならどっちも同じなんだ。どっちも同じだって言うんなら、あいつを一人ぼっちで死なせるほうが胸糞悪い!」

「そんな理屈で……死にに行こうと言うのか。拾われた命を捨てに行こうと、そう言うのか」

「強要はしない。僕が決めたことだからな。だからお前の選択を否定はしないけど────僕の選択も、否定しないでくれ」


理解のできないものを見たような目で見つめられる。

ふざけたようなことばかり言うちんちくりんであっても、眼前の友人は曲がりなりにも帝王学を修めているから、非情であっても合理的な決断をしたことくらい知っている。

それを間違いだとは思わない。それが正しいことくらい彼にもわかる。

自分を犠牲にしてでも生かそうとした友人の気持ちはわかる。それを汲んで行動した友人の気持ちもわかる。間違っているのはどう考えても自分だということくらいわかっている。

そうであったとしても。それでも、と叫ぶ何かが自分の心に残っていて。その怒りだけに衝き動かされて彼は間違いを間違いと知りながら選んだ。

引き留める声が力なく聞こえるのを無視して、少年は地下牢の方に駆けていった。




「……どうして戻ってきた!?」


戻ってみれば、友人は手錠を掛けられ、壁に押し付けられたまま後は城主の構えた剣が振り下ろされるのを待つばかり、という有様だった。


「どうしてもこうしてもあるかバカ! そんな形で生かされて僕が納得できると思ってるのか!」


違う。馬鹿は自分だ。最期の気遣いを無下にした愚か者こそが自分だ。

脚が震える。心が屈しそうになる。なによりも逃げろと生存本能が叫んでいる。


「選べよ、僕を身代わりにして生き延びるか、それともここで仲良く死ぬか!」

「そんなもの選べるはずが……」

「だったらお前が何やったかくらいわかるだろ!」


怒っていた。怒っていた。ただ怒りのままに動いていた。

生贄になろうとした友人に怒っていた。理不尽に殺そうとする城主に怒っていた。そして何より、馬鹿なことをした自分自身にも怒っていた。

城主が口を開く。


「面白い、お前から先に殺してやればどれほどの苦悶が楽しめるだろうなァ?」


大柄な友人がやめろと叫ぶ。

最悪な状況のただなかで、いくつもの怒りが折り重なって頂点に達して────

そうして、頭の中で何かが堅く嚙み合った。


『……良い啖呵だ、戦場に立つ者はそうでなくては』


誰かの声が聞こえる。


『たとえ死に向かう運命としても、威勢なくして勇士は名乗れまい』


聞きなれた、それでいて誰のものかわからない、そんな男の声が聞こえる。


『それとも、吐き捨てたばかりの言葉すら否定するのか? これが間違いの末に起こったことだと言ってしまうのか?』


それが自分自身の声に酷似していることに、三度目にしてようやく気がついた。


「……間違いなはずが、ない。後悔なんて絶対にしない!」

『良かろう、その覚悟、この槍が確かに聞き受けた!』


脳が割れて頭蓋骨の中身が全て弾け飛んでしまいそうな、そういう痛みが彼を襲う。

呻く声すら出ないほどの激痛に頭を抑えて蹲るも、痛みは止まらず、声も止まずに脳裏に響く。


『……契約だ。我は汝、汝は我。己が抱いた正しきのために、いかなる蛮勇をも厭わぬものよ!』


気が付けば。

気が付けば、いつの間にかもわからないが、顔面に何かが貼り付いていた。

“それ”に手をかける。端のところを強く握って、皮膚と癒着しきった“それ”を引き剥がさんと力を込めた。


『どれほどの友であれ、如何ほどの神であれ諫めることのできぬ、強き意志の力を!』


そうして。

流れる血も、作られていく傷も気にも留めず、少年はその仮面を自ら剥いだ。


「ア゛ア゛ァ゛──────ッ!」


地下牢に絶叫が響き渡る。

急に呻きだした少年をにやにや笑いで眺める城主。鎖に繋がれながらも慮るエフフォーリア。地下牢の入り口から駆け寄るシャフリヤール。

三者三葉の反応をよそに少年の手足は蒼い炎に包まれ、それは腰、胴、首、頭へとせり上がっていく。

そして。

その炎が消え去ってからは、先ほどまでの制服姿とは異なる格好に身を包んでいた。

黒地に緑と黄のアクセントを差し込んだ服装と、腰に添えられた一本のナイフ。そして何よりも異質極まりないことに、出来たばかりの目元の傷は消え、その背後には槍と楯を構えたギリシャ風の格好のヒトガタが立っている。


「これは……?」


それが誰の口から漏れた言葉なのかもわからない。

この期に及んで、自分の選択が正しかったのかもわからない。

けれど。


『我は栄誉の護り手、パトロクロス! 汝が望む限り、この難局に立ち向かう一本の槍となろう!』

「……ああ、行こうッ!」


何をするべきか、どう生きるべきか。

それだけの指針は判っていた。それだけがあれば歩いていける。

怒りの限りに身を任せ、少年はその日ペルソナ使いとなったのだ。


「なんだ、それは?」

「僕だって知るか」

「この俺に逆らおうというのか?」

「それを説明してやらなきゃわからないか?」

「何をする気だ……!」

「知ったことか! 今はただ、お前をブチのめしてやれればそれでいい!」


パトロクロスが槍を振るう。

惜しくも甲冑兵に阻まれたそれは、しかし城主の腕を浅く掠めた。


「貴様……! 俺は下がる、この逆賊を始末しておけ」


どこかへと城主が走り去ってゆく。それを追うことは甲冑の兵士のせいで叶わない。

甲冑の兵士が人ではないなにかのように蠢いて、ドロドロに溶けて、カボチャ頭の怪物へと姿を変えた。


『この力、汝が思うとおりに使え! その怒りを眼前の敵へ叩きつけろ!』

「ああ、わかったよ……やってやれ、パトロクロスッ!」


雷が落ちる。彼がそれを知る由もないが、それは「ジオ」と呼ばれる電撃系統の呪文だった。

その一撃は眼前の怪物────シャドウを打ち破るには足らないが、一度で足りないなら二度、三度と叩きつけてしまえばいい。

雷鳴が轟く。槍が振りかざされ、突きこまれる。何度も、何度もそれは繰り返された。

眼前の敵も、援軍の兵も、牢屋の壁も、鉄格子も、煉瓦も、何もかも砕けよと言わんばかりにパトロクロスの力を振るいつくして────


「もうよい、タイトルホルダー! いったん落ち着け!」


我武者羅な初陣が、終了した。




「さっきのことは置いておこう、逃げるぞ、歩けるか?」

「悪い、もう力が入りそうにないや……」

「まったく無茶をしおって……余が右を担ぐ、キミは左を頼んだ」

「……なんだよ、シャフも来てたのか」

「あれだけ言われておいて自分だけ、というわけにもいくまい」

「ばっかだなあ……僕ら三人とも……」


先ほどの戦いで気力体力を使い果たした負担は強く、ブレーカーが落ちるように少年の意識は落ちていき。

仮面も衣装もいつの間にか元に戻り、彼が膝から崩れ落ちたところで、また別の誰かの足音が地下に響いた。


「……騒がしいと思ったら、これは……」

「あなたは……?」

「事情は後にしよう。ひとまずはここから出るのが先決だろう」


それは白衣を纏った仮面の男だった。何よりも特徴的な目元の仮面と、舞台衣装めいたおよそ日常で見かけることのないような格好に、シャフリヤールとエフフォーリアの二人はおそらく先ほどの戦いでタイトルホルダーが発現させた何かと同類のものであると察する。


「僕が先行しよう。二人は彼を頼む」


そうして先を行く彼の背格好と、その声、その纏う雰囲気がどこかで見たことがあるような気がして。

二人は目を見合わせるも、今は脱出を優先するべきか、と道を急いだ。




螺旋階段を抜け、廊下を駆け抜け、エントランスホールへ。


「今日だけで余はここを何度往復すればいいのだ……」

「無駄口は叩くな。今は生きて帰れたことだけを喜べばいい」

「生きて帰れそうだからこの愚痴も漏れて出るのだ、聞き流してくれ」


白衣の男は何も言わない。

ただ周囲を警戒しながら先行する彼を、陰から飛び出た甲冑の兵士たちが遮ろうとした。


「賊だ! 構えろ、生きて帰れると思うな!」

「いいや、帰らせてもらうよ。────ペルソナッ!」


白衣の男が身に着けた、真白な仮面が燃え尽きて消える。


「その蒼い炎、やはりあなたも……?」


その背後には一丁の銃を構えた、白衣のヒトガタが立っていた。


「見通せ、パルメニデス!」


空間がかすかに揺らぐ。何もわからないまま見ているだけの後ろの二人にはわからないが、それは念動系統の呪文、「マハサイオ」。

精神を揺さぶるそれを広範囲にばらまかれ、シャドウは即座に塵と化した。


「……強い、な」

「いや、待て。そなたはもしや、余の記憶が正しければ……」


ペルソナの姿はかき消え、振り向いたその顔にはまた仮面が戻っていた。

白衣の青年はその疑問を一蹴し、説明は後だ、と先を促した。




「……君たち、自分がどこから入ってきたか分かるかい?」


エントランスを抜け出てすぐ、青年は二人にそう問うた。


「どこからもなにも、今城を出たばかりでは?」

「いや、そういう意味じゃなくて……一口に言ってしまえば、ここは人の心の中の世界なんだ。君たちは何らかの形でこの認知世界に迷い込んでしまったことになる」

「……おお、まさか余の異世界転移説がビンゴとは……」

「どういう形で侵入したのかは僕にもわからないが……おそらく入った地点に戻ればあちら側に帰還できる。来た道を逆に戻れば多分大丈夫だと思うよ」

「おお有難い! ……しかしやはり、余はどこかで会ったことがあるような……というか十中八九当たりはついているのだが……」


まあ、そうだろうね。と青年は呟き、目元の仮面を取り外した。


「……コントレイルさん!?」

「やはりコンさんだったか! うむ、余が身内を見間違えるはずがないものな」

「気になることは多いだろうが、事情の説明は後にしよう。ここは長居するには向かないからね」

「むしろ気になることしかないが……一つ聞かせてくれ。タイトルホルダーは、意識を取り戻すのか?」

「それは問題ない。ペルソナを使うことは精神的にも肉体的にも負担がかかるものだし、僕も倒れたことくらいある。その様子から見るに初めて使ったんだろう? 慣れない力に振り回されればそうなることだってあるさ。時間をおけばおそらくそのうちに目覚めるよ」

「……そうか。無茶をさせてしまったな」


そうして後日また情報共有の場を設けることを約束して、コントレイルは去っていった。


「……さて、帰るか」


どちらともなくそう言って、来た道を引き返し、そうして。

元通りの現実に、彼らもまた帰還していった。






解説

パトロクロス

ホメロスの叙事詩「イーリアス」に登場する戦士であり、名前の意味は「父の栄光」。

トロイア戦争に親友のアキレウスとともに参上し、しかし陣中での問題と出陣すれば死ぬと予言されたことから出陣しなかったアキレウスの代わりに親友の武具で奮戦するも、その果てに太陽神アポロンと大英雄ヘクトールによって討ち取られる。

彼の死によってついに参戦を決めたアキレウスは劣勢の戦況を大きく動かし、その後親友を弔うために行った追悼競技が古代オリンピックの始まりになったとされる。


ペルソナとしては電撃に耐性を持ち、疾風を弱点に持つ。電撃属性と物理攻撃による近接戦闘を得意とする。


パルメニデス

古代ギリシャの哲学者。

初期のギリシャ哲学において最上級に難解な思想を唱えた男であり、古代ギリシア哲学において重要な学派の一つであるエレア派の創立者となったとされる人物である。

「在るは在る」「在らぬは在らぬ」の存在論に代表される感覚的な議論を否定し理性的な探究を追求したその姿勢は、肯定派・否定派を問わず後の世の哲学者たちに大きな影響を与えた。


ペルソナとしては念動に耐性を持ち、呪怨を弱点に持つ。念動属性と銃撃攻撃に偏った中~遠距離のアタッカー。

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