ペパスグアオVD

ペパスグアオVD


・しょうもないマウント合戦

・アオイは気づいていないものとする




「いいか…恨みっこなしちゃんだぜ」

「もちろんだべ」

ブルーベリー学園の寮の一階にあるスグリの部屋。ペパーとスグリはキッチンカウンターを挟む形で向かい合い、同時に視線を下げた。そこには二つの全く同じ形の箱が並んでいた。

「アオイからのチョコ……」

「俺とペパーとでどっちかが本命でも……」

今日はバレンタインデー。パルデアでは男性から女性に花を贈る日でもあるが、リーグ部で女性から男性にチョコを贈る風習について聞き及んだアオイは今年はチョコを作ってみると周りに宣言していた。タロから本命や義理の概念についても教わっていたのを耳ざとく聞いていた二人は、二月になった辺りから明らかにいつもより浮ついていた。

それというのも二人にとっての大切な少女であるアオイは、これまで二人を二人とも親友としてしか扱ってこなかった。そして二人は互いのアオイへの思いにとうに気付き合っていた。アオイはどちらを異性として意識しているのか、それともしていないのか。内心やきもきしていた二人は、バレンタインデーという好機にもしかしたらの決着を見出していたのだ。ペパーもスグリも大切な友人同士であることは変わらない。しかしそれでも譲れないのがアオイという大きな存在であった。

今日アオイから二人に渡されたこのチョコレートの入っている箱の中身によって、二人の思いの雌雄が決するかもしれないのだ。お互いどうなっても友達同士でいようなと固く約束してから、二人は箱の蓋に手をやった。

「「やった!!」」

ペパーとスグリは同時に声を上げ、ガッツポーズすら取ってから、あれ待てよと相手の顔を見上げた。

「いやいや……悪いなスグリ。これはオレのが本命ちゃんだぜ」

「な、何言ってるべ。俺のが本命だ!」

お互い混乱したまま二つの箱の中身を改めて見比べる。ペパーの箱にはマフィティフ、スグリの箱にはカジッチュをかたどったチョコレートがかわいらしい飾りとともに収まっていた。

「アオイはオレとの思い出の詰まったマフィティフを作ってくれたんだぜ。こんなにパーツの多い手の込んだマフィティフを」

「……ペパー、ボタンからカジッチュの噂聞いてないべ?

ガラルではカジッチュを好きな相手に贈る……それに俺はこの間アオイにカジッチュを渡してきたところ。これはその返事ってことだべ」

せめて二人とも全く同じ形のチョコレートを貰っていたら友達へのチョコレートだとすぐに判断できた。しかしそれぞれの手持ちに由来する形のチョコレートに二人の男達は希望を見出したくて仕方なかった。

「スグリがカミツオロチを持ってるから作りやすいカジッチュを作っただけに違いないぜ?」

「ペパーの方こそ、ペパーといえばマフィティフのイメージが強いから律儀に作っただけだべ?」

互いに後に引けない。どちらもアオイが自分だけにこの形のチョコレートを贈ってくれたということがとても特別なことに思えたのだ。

「ポケモン交換ならオレだってしたしな。アオイも好きなホシガリスを」

「アオイ、ホシガリスが特別好きなんてこと……」

「なんたってオレはアオイの実家に行ったことあるからな。アオイの部屋にはホシガリスのクッションがあった。大切にしてそうな、な」

ペパーはここぞとばかりにマウントを取る。感じが悪いかもという過去の反省はアオイをめぐる意地の張り合いの前には無力だった。そしてアオイの部屋のクローゼットにカジッチュのシールも貼ってあったことや自宅訪問の際は他にネモとボタンがいたことは黙っていた。

「そうなんだ? 今度アオイに頼んで俺も行かせて貰おうかな。アオイの家」

「えっ、ちょっ」

悔しがるかと思ったところに斜め上のフットワークの軽さでスグリがペパーを翻弄する。間違って自分もまだ成功していない二人きりでの自宅訪問の先を越されてはならないとペパーは汗の出てきた拳を握った。

「とにかくオレには分かるんだよ!いつもピクニックでサンドウィッチに食材挟むのさえ苦労してたアオイがここまで再現度の高いマフィティフを作ってくれた熱い気持ちが!」

「い、いつもピクニックで……!」

意外なところでスグリがダメージを受ける。復学してからまだアオイと二人きりでのピクニックはしたことがなかったのだ。

「オレはアオイに渡す用のチョコレートケーキも持ってきた!」

「あっ!ずるっこ!抜け駆けなしって言ったのに!」

ペパーが自分の得意分野でアオイにアプローチしようとしていると知りスグリのハイライトが消える。

「それなら俺はアオイにカジッチュの噂のこと教えてくる!」

「やめろ!アオイが意識しちまうちゃんになったらどうすんだ!」

「そのためにするんだべ!」

「それならオレは……!」

二人の渡された箱も包装も全く同じであることがすでに答えなのだが、二人はそこに気づかず声を荒げていく。その時、控えめにスグリの部屋のドアがノックされた。

「スグリ、ペパーも、いる?」

「「あ、アオイ!」」

声の主は想い人であるアオイだった。ペパーとスグリは即座にチョコレートを箱にしまい直し、慌ててかけていた鍵を外してアオイを出迎えた。

「二人ともすっかり仲良しだよね!」

「お、おう……それで、何だ?」

「な、何か言いたいこととか……?」

二人はもしやアオイ本人からこちらが本命という言質を取れるのかとソワソワする。

「さっき二人に渡したチョコレート、もう食べちゃった?」

「「ま、まだ!」」

ニッコリと笑う少女を前に、二人の頬が染まる。

「がんばって作ったからリーグ部の皆にも見てもらいたくて。あっネモとボタンにも今日は来て貰ってるよ!」

廊下へ出て二人をリーグ部部室へ呼ぶアオイは上機嫌に「皆の好きそうなポケモンを考えてそれぞれがんばって作ったんだ」と話す。薄々感づいていた答え合わせがなされたことで、二人はヒートアップしていた熱がまたしても消沈していくのを感じた。

「はは……よくできてるもんな……マフィティフ」

「俺のカジッチュも……」

力なく笑い合うスグリとペパー。二人は友人であり、アオイをめぐるライバルであり、アオイに振り回される同士でもあった。

その後部室でのお披露目会で二人の箱だけ他の皆より一回り大きかったことでペパーとスグリの答えの出ない討論第二回が開催されるのだが、二人ともまだ直接アオイに聞くのはやめておこうという結論に至った。

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