ペパスグアオVD 別ver.
・しょうもないマウント合戦
・肝心のアオイと絡まない
・捏造あり
「恨みっこなしちゃんだぜ…」
「もちろんだべ」
二月に入りテラリウムドームから見える海の景色も心なしか変わった頃。ペパーとスグリはリーグ部の部室で互いの顔を見てうなずき合った。
ことの始まりは部室での女子達の会話だった。
「バレンタインの風習ってどこの地方にもかわいいものが多いですよね~!」
「やっぱり恋人関係のが多いのかな?」
いつものかわいい談義の延長でタロがもうすぐ来るバレンタインの話をしていた。そこにアオイが打った相槌に、部室で男子同士話していたペパーとスグリはどちらともなく真剣に耳を立てた。
アオイはペパーとスグリの親友。ペパーはこうして何度もアオイの招待で特別講師としてやって来ているし、スグリは顔を合わせればポケモン勝負を楽しみアオイと学園生活の話をしたりする。二人はアオイと仲がいい。それは間違いないのだが、ペパーとスグリの二人はアオイに対してもっと別の関係性も期待していた。それを言語化するなら、まさにアオイ本人が発した言葉のことだった。
「ブルベ学園では女の子から男の子にチョコを渡すのが主流ですかね~。でも最近は男の子から女の子にってパターンもありみたいで、私も性別関係なくポケモン達にプレゼントしたりするんですよ」
「ポケモン達喜んでくれるんだ!かわいいね!」
ここまでなら自分のことというよりバレンタイン一般の風習についての雑談だった。しかしアオイの言葉を受けて男達の目が見開かれる。
「いいなあ。私のママもね、パルデアに来る前、パパからバレンタインの贈り物貰ったりしてたんだ。私もいつか貰ってみたいな」
いつも友人としてしか話さず、一歩踏み込んだ話にはまだひるんでいた恋愛初心者のペパーとスグリは、この言葉を聞いて互いの目が輝いているのが見えた。ここで冒頭の台詞に繋がる。アオイの両親のロマンティックな思い出話。アオイ本人も貰ってみたいと口にするバレンタインのプレゼント。アオイに自分を意識してもらうきっかけとしてこんなに最適なものはない。
「でもやっぱり私もいつもお世話になってるポケモン達に何かあげたいな!」
「今度のお休み、一緒に街に行ってみます?今ならではのかわいいポケモン用のグッズが揃ってるお店があるんですよ!」
「それならゼイユとネリネも誘おう!」
話題が自分のことからポケモンのことへ戻り、きゃっきゃと無邪気に笑う少女達からはそれ以上の情報は得られなかった。つまりペパーとスグリは互いの頭で考えたプレゼントをバレンタインにアオイへ渡す。その競争の火蓋が切られたのだ。二人は無言で頷き合い、アオイを眩しげに見てから同時にリーグ部部室を後にした。
「オレはチョコレートだな」
「無難だべな」
テラリウムドームのキャニオンエリアの一画で、ペパーとスグリはキャンプ道具を並べてピクニックをしていた。険しい崖の上、滝のそばでピクニックをする二人をもし誰かが見かけても、何を話しているかは分からないし聞こえない。
これはペパーとスグリの一種の紳士協定だった。互いの手の内を明かした上でバレンタイン当日に臨むつもりなのである。
「もちろんあの鈍感ちゃんなアオイでも本命って分かるようなすっげぇやつ。そうだな……チョコレートケーキ作ってくるか!」
「わ、わやじゃ……ペパーそんなのまで作れるんだべ?」
自信満々に腕を組むペパーを前に、スグリは少し怖じ気づく。料理の腕でペパーに敵うはずがないからだ。バレンタインといえばチョコレート。その王道ド真ん中のプレゼントはアオイの心を動かすだろう。
「俺は……チョコレートならいつも食べてる……いや、もっと特別感のあるものじゃないとダメだべ……!」
「どうした?浮かばないのか?」
にやりと不敵に笑うペパーは手際よく作ったサンドウィッチをスグリに差しだす。スグリは頭を悩ませながらもかわいいクロスをテーブルに敷き、受け取ったサンドウィッチを二人分の席に置く。
「花!パルデアでは花を贈るってねーちゃんから聞いたべ!だから、えーと……花の髪飾りとか!」
「げ!いいなそれ!」
装身具。それは古来より女性を飾るだけでなくお守りのような意味も込められ贈り物にも好まれた。いつも髪を結んでいるアオイの必需品でもあり、ペパーは虚を突かれた。
「そんなの付けてこられた日には……悔しいけど褒めちまう!」
「あのポニーで付けてくんねっかな……」
各々の頭にかわいらしい髪飾りを付けたアオイを思い描く。スグリは自分の贈り物を身につけて笑うアオイ、ペパーはスグリからの贈り物を身につけて笑うアオイ。似たような光景でも二人の感情の高低は真逆だ。
「ならオレは……ウエディングケーキだ!」
「う!?」
がぶりとサンドウィッチに食らいつき、ペパーはぎらりと眼光を光らせる。けして虚勢ではない、確かに作ってみせるという自信がそこにはみなぎっていた。
「う、ウエディングケーキってあのけ、け、結婚式の……!」
「そうだ。三段でも五段でも作ってみせるぜ!」
普段ケーキといえばカットケーキ。人数が多くても一段のホールケーキがせいぜい。そんなダイマックスマホイップ並みの物を作られては、いやがおうにもアオイの頭にも『結婚』の二文字が過るだろう。
「想像してみろ。オレのケーキを食べながら『結婚式みたいだね』って言うアオイを……!」
「わぎゃー!言うとしたら絶対作ったペパーに向かって言うやつだべ!」
結婚式に思いを馳せる片思い相手の少女を思い描き、ペパーは昂揚を、スグリは絶望を感じる。仮にアオイがそう言わなくとも、その視線が物語っているように錯覚するに違いない。
「うう……な、なら……そうだ!花言葉だべ!」
「な、何だそのかわいすぎる響きは!」
スグリはかじりついたサンドウィッチの香りで名案が閃いた。ペパーは想わぬ形で敵に塩を送ってしまったのだ。
「ねーちゃんから花にはいろんな花言葉があるって聞いた……!」
「さっきからちょくちょくゼイユの女子情報入るのずりぃぞ!」
「俺は人に頼る大切さも学んだ!」
「ゼイユには前から頼ってたって聞いたぞ!」
本人が聞いたら勝手に巻き込むんじゃないわよと怒鳴られそうなことを言いながら二人はもごもごとサンドウィッチを食べ進める。
「アオイに、俺のこと考えてもらえる花言葉の花の髪飾りを……!」
「く……!『家族』なんてついてたら羨ましすぎる……!」
サンドウィッチを食べ終わり、ペパーは両の拳をテーブルに置いてワナワナと震える。スグリも花言葉を調べてみようと考えながら食べ終わった口を拭い、片付けようと皿を持った。
「でも……本当にペパーの料理おいしい。ケーキなんてアオイも喜ぶだろうな」
「それを言うならスグリだって……花言葉なんて繊細な技、オレじゃ考えもつかなかったぜ」
ペパーも自分の皿を重ねながら、力なく笑う。そして、ハッとした。
「なあ……オレ思ったことがあるんだけど」
「俺も……言っていい?」
ペパーとスグリは互いの目を見合う。
「どうせなら『選んだ髪飾りを付けてくれるアオイ』『作ったケーキを食べてくれるアオイ』両方見たくね?」
「どうせどっちも喜んでくれそうなら、アオイを二倍喜ばせたくねえべ?」
二人はガタリと席を立ち、ガシッと強く握手を交わす。
「二人でケーキ作って」
「二人で髪飾りの花言葉選ぶべ!」
二人の間を渓谷の爽やかな風が縫う。
バレンタイン当日、とてもいい笑顔のアオイが見られたという。