【ペトラ視点】ラウダ先輩、知ってますか? 髪って性感帯らしいっすよ?【2ページ目】
◆H19550IJasミーティングルームから医務室への通路を歩く。
いや正確には歩いているのはラウダ先輩のみで、私は運ばれていると言うのが正しい。
先輩は私を両腕に抱え、いわゆるお姫様だっこのスタイルで、私を運んでくれていた。
先輩の両腕に包まれるのは、妄想と現実の2回に続いて、まさかの3回目である。
しかも今度はすれ違う寮生達からの注目を一身に浴びていた。
好奇の視線に晒される恥ずかしさと、改めて先輩と体が密着するこそばゆさに、再び体が熱を帯びる。
せめてもの抵抗で身を縮こめているが、あまり効果があるとは言えなかった。
私は固く閉じていた目をそっと開け、ちらりとラウダ先輩の顔を見た。
先輩は表情を硬くし、いつものように冷静に見える。
でも良く見れば、私と同じように頬が赤く染まっていた。
「……ラウダ先輩」
「ん?」
私がつぶやくように名前を呼ぶと、彼はすぐに反応し、抱えている私に視線を落とす。
至近距離で見つめ合うのが恥ずかしくて、私は反射的に俯いてしまった。
「あの……ごめんなさい、色々……」
「いや、謝るのは僕の方だ。そもそも僕が自制すれば良かっただけの話なんだ……すまない」
そう言って謝る彼からは、本当に深く後悔している様子が伝わって来て、むしろこちらの方が申し訳なくなる。
髪を触って欲しいと頼んだのも、それで勝手に盛り上がってしまったのも、結局は私が悪いのだから。
「もう僕に触られるのは嫌だろうけど、医務室までは我慢してくれ」
「別に……嫌ではないですけど……」
現にこうして体を預けていても、ネガティブな感情は浮かんで来ない。
力強くて、温かくて、心地良い安心感すら覚える。
髪を触られていた時だって、好きか嫌いかで言えば、むしろ――
「でも人の来るような場所では絶対ダメですからね。恥ずかしくて死ぬかと思いました」
「ああ同感だ。あんなことはもう――」
そう言いかけたラウダ先輩は、一瞬硬直した後――何かを振り払うように、急に頭をブンブンと振った。
「ラ、ラウダ先輩?」
「い、いや、何でもない……」
先程より更に顔が赤くなったように見える彼を心配しつつ、私は周囲の光景から、間もなく医務室に到着することを理解した。
こうしてお姫様だっこで運ばれるのも、もうすぐお終い。
ほっとするような、でもちょっぴり名残惜しいような……
そんなふわふわした気持ちのまま、残り僅かの時間、頭をそっと彼の体に預け、目を閉じたのだった。
***
後日、ラウダ・ニールがペトラ・イッタを足腰立たなくしたらしい、というゴシップがジェターク寮を駆け巡った。
おかげで寮長であるグエル先輩から呼び出しをくらい、ラウダ先輩と二人そろって下手な言い訳をする羽目になってしまった。
どうやら先にグエル先輩から事情を聞かれたフェルシーが、私達をかばおうと焦った結果、不必要なウソをついてしまい、元々噂に懐疑的だったグエル先輩を逆に心配させてしまったらしい。
「でも、とりあえず納得してもらえて良かった」
寮長室から部屋に戻った私は、グエル先輩とフェルシーの誤解が一応は解けた事に安堵し、ベッドに身を投げ出して大の字に横たわった。
「二人には悪いことしちゃったなぁ……それにラウダ先輩にも……」
同じ秘密を抱えてしまった彼の事をぼんやりと考えながら、自分の前髪に指を絡ませた。
ふとその行為を自覚した瞬間、思わず頬が熱くなる。
あれ以来、彼のことを考えると、無意識に髪を触ってしまう。
連鎖的にあの時の記憶が蘇ろうとするのを理性で押し込めながら、私はハァっと深い溜息を漏らした。
「やっぱり気まずいよねぇ……」
ごろりと寝返りをうちながら、ここ数日、何となく顔を合わせ辛くなってしまった彼のことを想う。
別に避けられている訳では無いし、会話が無かった訳でもない。
むしろラウダ先輩は私を気遣ってくれているくらいで、変に意識してしまっているのは私の方だ。
何となく距離感を測りかねてしまい、どこか気まずい空気を作っている。
こんな状態が続いたら、今までみたいな関係でいられなくなっちゃうかもしれない……
そう思うと胸がチクチク痛み、ギュッと目を閉じた。
そんなの嫌だ――
その時、デスクに置いてあった生徒手帳がメッセージの受信を告げた。
その通知音がラウダ先輩専用に設定してある音だと気付き、私はベッドから飛び起きて生徒手帳を手に取った。
画面には彼らしい、素っ気ない文章が並ぶ。
内容は何てことは無い。
兄さんとフェルシーには迷惑をかけてしまった。何か埋め合わせをと考えている。
何が良いか一緒に考えて欲しいので、会って話がしたい、というもの。
私宛のメッセージなのに、真っ先にグエル先輩やフェルシーを気遣う内容が来るのがラウダ先輩らしくて微笑ましい。
でも今の私には、最後に添えられたシンプルな言葉が、何より鮮やかに浮かび上がって心を捉えた。
抑えられない胸の高鳴りを感じつつ、急いでメッセージを返す。
「逢いたいです。私も――」
彼の気持ちが変わらぬ内にと指先が焦る。
とりあえず寮のエントランスを集合場所に指定し、待っています、と最後に綴って返事を送った。
すると間髪入れずに了承を告げる返信。
それを見た私は、一目散に部屋を出ようとして――姿見の前で立ち止まる。
鏡を覗き込み、手櫛でサッと髪を整えた。
うん、大丈夫。最後に前髪を優しく撫でると思わず口元が緩んだ。
そして私は彼に会うため、足早に自室を後にしたのだった。