ヘルスマイル探偵事務所関連3+α

ヘルスマイル探偵事務所関連3+α

善悪反転レインコードss

※ヘルスマイル探偵事務所の面々の雰囲気を掴みたいのが発端のssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※反転スワロの探偵特殊能力について個人的に解釈しています。

※時系列は1章の辺りです。



 元居た世界と同じように、ユーマは探偵事務所のソファーで寝泊まりしている。

 しかし、元居た世界と比較すると少々居辛さがあった。

 何せ、所長のヨミーは当然として、ヨミーの恋人であるスワロも探偵事務所で寝泊まりしているのだ。

 ヨミーの右腕として補佐しているからとスワロは言うが、男女の仲も関係あるのはユーマも流石にわかっていた。

(……ボク、お邪魔だよね?)

 同じ屋根の下で暮らす男女と同居できる程、図太くなれない。

 だからユーマは、当初はホテルに泊まろうとした。無一文だったが、背に腹は代えられないのでスパンクに借金をしようかと無茶な皮算用まで立てようとした。

 だが、ヨミーとスワロからまさかの快諾を頂いたので、元居た世界と変わらず、探偵事務所のソファーがユーマの寝床に収まったのだった。




「怪我をした時はヨミー様に治療を乞いなさい」

「ヨ、ヨミー所長に…」

「そうよ。手を煩わせる…などと思わずにね。私達の中で一番お上手だし、ヨミー様も喜んで協力するわ」

『眼鏡ビッチ、それはガチ話なんだろうな? 弱った可哀想なご主人様をまな板の上の鯉よろしくぶっキルする作戦ってんならタダじゃおかねーぞ!』

 街へ出ようとレインコートを羽織っていた時、所長の席で書類を整理していたスワロから助言された。死に神ちゃんは反射的にシュッ、シュッ、とシャドーボクシングで威嚇する。

 怪我をした時はヨミーに頼るべし。元居た世界での知識や経験が足枷となり、耳を疑うようなパワーワードと化していた。自分とヨミー以外の全人類が滅び、ヨミーに縋るより他に無い状況に陥ったとしても、その選択ができるのか甚だ疑問である。

 ……いや。それは、元居た世界でのヨミーの話である。

 この世界のヨミーは現在、所長の席でスワロに事務処理を任せている代わりに、台所で料理している。雑な手順でも最低限の味は保障されると言って市販のシチューのルウを片手に携えるエプロン姿は、例え顔と声が同じでも全くの別人だった(なお、その際にユーマを見て何とも言えない顔をしていた)。

 それに、ヨミーは探偵業に真面目で、紛れもない善人で……ユーマは心で吹っ切れつつあった。百聞は一見に如かず。死に神ちゃんだって、自分が程々に警戒すると言ったから有言実行しているだけで、実際には警戒心はかなり薄まっていた。


「病院で経験を積まれていた、とか?」

「…ユーマ。空白の一週間と呼ばれる件については知ってる?」

「あ…、はい。そんなことがあったらしい、と人伝に耳にしました」

 ユーマは慎重に答えた。スワロとの雑談には少し緊張する。

 スワロは嘘を見破る『尋問』という探偵特殊能力の持ち主だ。たかが雑談、されど雑談。雑に誤魔化せば要らぬ誤解を招きかねない。

『もー、眼鏡ビッチとの雑談がニガテな癖に、よりにもよってストレートパーマ野郎の話を深掘りしちゃうとは。墓穴になんなきゃいいけど。……ん-、駄目だね、このあだ名はしっくり来ない』

(ヨミー所長の髪質は天然だしね…)

『じゃあ天然ストレートかなー?』

 同時進行で死に神ちゃんと脳内でやり取りを交わすが、死に神ちゃんにもあだ名のこだわりがあると新たな発見があった。

「ヨミー様はボランティアに励まれ…当時の保安部の方々と率先して協力していたのよ」

『オレ様ちゃんの豊かな想像力が試される〜。脳トレだぁ、脳っ味噌こねこねー、タダで人助けする天然ストレートのイメージ映像を頑張って練り上げるぞぉー』

「経験も然る事ながら、知識も本職の医療従事者と……それと、当時の保安部の方々からも、教えて頂いた、と」

 ……どうやら、通ったようだ。敢えて泳がすような意味深な眼差しも無く、スワロは続けてくれた。

 やたらと言い淀んでいるのは、実際に過去にあった事だからこそ、現状との違いに思う所があり過ぎるからだろう。

 その内容にユーマは「えっ!?」と目を見開き、死に神ちゃんは『迂闊なリアクションはメッ!』とプンプンと叱りつけた。

「…あら。驚いた?」

『こらー! マゾかよご主人様! 黒ひげ危機一発が大好きなの!? オレ様ちゃんの謎迷宮で十分だっての!』

(過剰反応じゃない!? ボク、そんな変なことは言ってないよ!)

『続きの台詞次第で殺し屋の目になるんだっつーの! 天然ストレートを裏切った元部下を簀巻きにして川に流した伝説持ちでしょーが、この眼鏡ビッチは!』

 スワロから疑問を零された途端、死に神ちゃん主催の作戦会議が始まった。

 死に神ちゃんからすれば、元居た世界で関係を育んだ大好きなユーマがガチで死にかねないとなると、契約を結んだばかりの頃のように揶揄っていられないのだ。

『返答はモジャモジャ頭関連! 悪魔ちゃんにチビッコに箱入りビッチに貧血ヴァンパイアに、それからモジャモジャ頭が真っ当に人助けしてたと聞いて超ビックリ的な!」

(えっ…も、元々、そのつもりだけど…)

『何だとぉ!? っかー! 無駄な世話焼かせちゃって! んじゃー終わり!』

(ボ、ボクだって、この世界に順応してきてるんだからね!?)

 今回は死に神ちゃんの勇み足だった側面が強いけれども、かと言って大袈裟だった訳でも無い。

 対スワロの作戦会議は、かなり重要なのだ。


 なぜ重要なのかを解説する前に、例文を出そう。

 《(元居た世界のヨミーは悪い人だったけど、この世界の)ヨミー所長はいい人ですね》。

 この場合、スワロの探偵特殊能力は()の中身を拾い上げ、嘘の判定を下してしまう。心が追いついていない言葉を、心にもない言葉だと解釈する。

 これはまずい。非常にまずい。

 ユーマを取り巻く特殊な状況、スワロの探偵特殊能力。この二つが悪い意味で噛み合い、元居た世界の知識と経験が逆に足を引っ張る悪質な引っ掛け問題ができてしまった。

 この世界のヨミーが本当にいい人だとわかってからも安心できない。うっかり元居た世界のヨミーを連想しながら発言しようものなら、スワロから違和感を持たれる。

 例文は以上だ。解説に入る。

 ユーマは探偵事務所に案内されたばかりの頃、全員の前でスワロから『尋問』された。曖昧な言い逃れを許さない、二者択一のクローズド・クエスチョン。ゲームで例えると『選択次第で即ゲーム終了。特殊エンドです、一枚絵はユーマが簀巻きにされる場面だよ!』という状態だった。

 その場面で、ユーマは敢えてヨミーへの不信感を言葉にした。あのヨミーと同じ名前と顔と声の人物に、探偵事務所に居させて貰う為におべっかを使う事が、心を偽る事が、できなかった。

 ——ボクは、信じられません。ヨミー所長を信じるのが、怖いです。信じるのに、時間が掛かります。

 このように正直に述べた。二者択一だった故に『信じられない』と直情的な表現から端を発した答え。そして、それが正解だった。

 追い出される…ボクのバカ…と蒼褪めていたユーマも、バッドエンド直行だと天を仰いでいた死に神ちゃんも、その時は揃って驚愕した。

 後にスワロ視点を推測した時、下手に嘘を吐いた方が取り返しがつかなかったのだと、死に神ちゃん共々生きた心地がしなかったものだ。

 ちなみに、ヨミーや他の超探偵の反応はと言えば、それぞれの個性に基づく反応の差こそあれど、『スワロのお眼鏡に叶ったなら良い』で満場一致だった。


 閑話休題。そして話は現実に戻る。

「ボクの知っている保安部の皆さんは……その……優しい、のかな? って、疑問ですから」

「……そう。そうよね」

 悪質な引っ掛け問題は何度でも姿を現し、ふとした雑談が黒ひげ危機一発と化す。

 ユーマはドキドキしながら結果を待っていたが、突破できたようだとホッとした。死に神ちゃんが『セーッフ!』とガッツポーズを取っていた。

「現状からは想像できないけど、昔は真っ当に職務に励んでいたそうよ。少なくとも、空白の一週間でカナイ区が混乱していた頃は協力関係だったと仰っていたわ」

「……昔は、そう、だったんですね」

「…今は、カナイ区の……ヨミー様の敵よ」

「……」

 スワロは忌々しそうに言い捨てた。彼女にとって、事ある毎にヨミーと敵対する者達なのだ。心象が悪くなって仕方あるまい。

 しかし、なまじ、顔や声以外で元居た世界の片鱗を垣間見てしまったユーマは、複雑そうに顔を顰めながら俯いた。


「妬けるじゃねーか。スワロ、そろそろオレの相手をしてくれよ」

「ヨ、ヨミー様! ……っ、は、はい」

『うわ話の流れが急に変わった。はーっ、こいつらのラブラブとか死ぬほど興味ねぇわ〜。真昼間だってのにオールウェイズレイニーだからって感覚狂ってんのか~?』

 長々と立ち話をしていたら、台所からヨミーが出てきた。詳細は不明でも話し声自体は届いていたはずで、それがいつまでも続くから痺れを切らしたのだろう。

 所帯じみたエプロン姿のヨミー。なかなか似合っているような気がする。慣れてはいけないものも世の中にはあるが、それでも慣れとは偉大である。

「新米にばっかり構ってねぇで皿の準備手伝ってくれよ」

「はい…」

『はあ〜っ、どーせご主人様が出てったら眼鏡ビッチとイチャイチャすんだろ。ケッ、あーんってやったりすんのか〜?』

「で、では、ボクはこれで…っ!(死に神ちゃん落ち着いて…!)」

 あっマジで雰囲気がピンクになりそうだぞ、これは。具体的な想像を控えながら、直感的にユーマは急いで立ち去ろうとする。

「おい、ユーマ」

「なっ、何でしょう…?」

「…………いくらでも治してやるが、そもそも怪我すんじゃねーぞ」

「はっ…、はい」

『うわまた空気が変わった。いきなりイイ感じじゃん。こいつ空気を変える天才? バカと天才は紙一重って言うけどさぁ』

「わかったならさっさと行け。最低二時間は帰ってくんなよ」

『最低なのはテメーだよご主人様への気遣いどこ行ったよ!? キメ顔のまま眼鏡ビッチとイチャつきたい願望丸出しにすんな!』

「わ、わかりました。失礼しますっ(死に神ちゃん落ち着いてってば!)」

 ユーマは今度こそ立ち去り、潜水艦の外へと出た。

 年齢指定が上がるので具体的な詳細は伏せるが、ユーマの手前では二人とも良識的に配慮しているが、完全に抑えている訳では無いのだ。

 ある意味、元居た世界よりも気を遣わざるを得ない。


 なお、潜水艦から降りた時、スパンクにセスにギヨームにドミニクとホテルで泊まっていたはずの面々が帰ってきた。すれ違おうとした時、ユーマは思わず足を止めた。

「あ、あれ、皆さん!? どうして…」

「ふん、ユーマか。どうしたもこうしたもあるか! ヴィヴィア=トワイライトがホテルに来やがって、ロビーのピアノ下で堂々と寝始めてくれたんだぞ! あんなホテルに居られるか! 緊急避難だ!」

「やっだー、B級ホラー映画みたいなコッテコテの台詞! 死亡フラグがギュンギュン回ってるー!」

「……」

「……ドミニク。さっきから、“うるさい”ですよ。私の分ぐらい、持てます…」

 スパンクは苛々していて葉巻を雑に吸って楽しんでいないし、ギヨームはそんなスパンクをケラケラと笑っていた。

 自分達の昼食であろうパンやら何やらが入った大荷物をドミニクは抱えていて、その後ろを歩くセスは、右手に拡声器、左手に荷物を持ちながら、探偵特殊能力の『テレパシー』でドミニクと意思疎通を取っていた。送信は簡単だが送受信は億劫だと以前セスは愚痴っていたが、ドミニク相手には疲労を差し引いても使っていた。

 賑やかに会話しながら、みんな、潜水艦の中へと入って行こうとする。

「あ、あの、今は……っ、てぇぇぇぇ!?」

『やめときなよ! 行こ行こ! もう知ーらないっ! 馬に蹴られて殺人事件が起こったら謎解きしよーね!』

 ユーマはスパンク達を制止しようとしたが、死に神ちゃんから久々に鎖付き首輪をブン投げられて繋げられて、潜水艦から離れるように力強く引っ張られた。



(以下、お話の流れ的に浮いているな~と思って削除したユーマと死に神ちゃんのボツ会話をリサイクルしたもの)


 この世界では、ヨミー達は善人、ヤコウ達は悪人。そんな安易な善悪反転だと決めつけていては、どちらの陣営も傷つけて救えない気がする。

 唐突だが、なぜだか、ユーマはそう直感した。

『…ご主人様、あいつらに魚心あれば水心ってのを期待しちゃうのー? あっちのまな板でザクザク切られたい? こっちもあっちも考えてたら頭パンクするよ?』

(……疑ってから、信じたいよ)

『そーいうスタンスだから眼鏡ビッチの件とか関係なく黒ひげ危機一発が続くんだけどー?』

(…………ボクは、ヨミー所長達の事を少しずつ知っていってる。けど、ヤコウ部長達の事は、まだ知らないんだ)

『……あーもー、やっぱ顔か。わかる、わかるよ。悪い奴らがイイことしてる場面よりも精神的にクるよね、同じ顔だとさ。けど、オレ様ちゃんがイヤなのは、あのモジャモジャ頭がガチの悪人だった時なんだけどなー』

(ヤコウ所…部長に当たり強いね)

『…ご主人様に迷惑掛けてくれたんだよ? こっちでも掛けられるかもよ? ……あっちより、ずーっと酷い形で、傷つけられるかも知れないんだよ。マジモンの悪人かも知れないんだよ』

(……)

『……モジャモジャ頭こそ、別人だって割り切らないとキツイんじゃないの? 本っ当に弁解の余地の無いクソ野郎だったら、どうすんのさ』

(……それでも……あの人達の事を、知らないんだ。疑う資格がないぐらい、何も)

『っはぁー。マジかぁ……あの眼鏡ビッチ、余計な希望を見せつけてくれやがって。裏切られたら泣いちゃうのはご主人様なんだぞ。

 ……わかった、わかった! 好きにしなよ! でも、いざって時はオレ様ちゃん、今度はあのヒトに魚心を出さないよ。うっかり抱き締めようとしないから! コブラツイストの刑に処すから!』

(…………ありがとう、死に神ちゃん)

『べっつにー! ……ま。いいヤツだったとして、それはそれで面倒そうだけど』


 ————『あのヒト』は倒されました、悪は敗れたのです、めでたし、めでたし……という寓話めいた勧善懲悪の皮を引っぺがす、過酷で難解なルートに固定された瞬間だった。


 『あのヒト』には救いが必要だ。そして、本当に救えるかも知れない。

 だが、あくまでも可能性に過ぎない。0を回避できただけで、絶望的だ。

 救われないかも知れないし、救おうとするのはエゴかも知れない。何が救いだ、と血涙を流されて拒絶されるかも知れない。

 ……それでも。それでも。

 『あのヒト』は幾ら何でもやり過ぎたという声が多数を占めていても、それでも、救いたいと腕を伸ばしたって良いだろう。

 その腕に石を投げられて痛もうとも、諦めずに伸ばし続けて構わないだろう。

 ずっと泣き続けている『あのヒト』に、あなたはハンカチを受け取ってもいいんですよ、と諭す誰かが居たって良いだろう。

 諦めさせようとするな、と拒まれても。それでも、ハンカチを差し出し続ける誰かが、何人でも居て構わないだろう。


 これは、そういう話だ。

 これが、そういう話であると、これからユーマは辿り着くのだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


※以下+α成分のオマケ。反転ヤコウ視点でヤバい事に手を出す描写がちらほらと散見しています。

※反転偽ジルチの件が動機になるって事は…? と反転ヨミーを掘り下げたかったのが発端です。

※時系列は本編開始前。カナイ区に着いた一人目の超探偵が反転スワロという設定。


※ええ感じの文章(↑)の後なのに、ズドンと落とす系の内容(↓)。

※反転ヤコウの情緒は滅茶苦茶だと思ってる。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 別に、徹底的に叩き潰すつもりは無かった。

 だが、『今』の保安部のやり方に知り合い面で口出しをしてくるものだから、借りていたビルの一室から追い出すぐらいはさせて貰った。探偵は反社会的だというイチャモンは、鎖国状態故にアマテラス社の天下と化したカナイ区では罷り通った。

 だが、ヤコウはそこで手を止めていた。幹部であるハララ達にもしっかり釘を刺していた。

 世界探偵機構とのパイプを持つヨミー(の、ニセモノだが……)は貴重だ。妨害はするが、度が過ぎるのはよくない。

 カナイ区は外との通信手段が制限されている。あのCEOによる情報統制だ。

 あのCEOの目を掻い潜り、世界探偵機構と取り合って貰う。その為にヨミーが役に立つ可能性があるし、弾圧し過ぎるのは悪手だ。

 真実を暴く使命に殉じる、かの組織ならば、このカナイ区の現状を見逃さない。そして世界中の人々は、人類を脅かす人類モドキを許すはずがない。


「勘違いするなよ、人間モドキが」

 ……今、ヤコウは激怒していた。

「あのヨミーが、まさか……と驚かされたんだがなぁ」

 ヨミーの元部下が、裏帳簿を片手にヨミーを告発した。

 報告を受け、ヤコウは顔色を変えて即座に調査を厳命した。余計な真似はするなよ、と目を光らせながら。

 その結果、裏帳簿はヨミーの元部下の完全な偽造で、ヨミーは元部下の保安部への媚び諂いに巻き込まれただけの完全な被害者だと判明した。

「けど、『ヨミー=ヘルスマイル』がそんな真似をするわけがないよな。え? 黙ってねぇで何とか言えよ、嘘吐きのゴミ野郎が」

 もしも本当だったら、ヤコウ本人の利益の為にも無理矢理にでも無罪放免にして……とか、考えていたのに。

 だが、そうでは無かったものだから。

 保安部に余計な仕事を増やしてくれたし、それに、仮に本物の人間だったとしても最低のクソ野郎だ……と大義名分を得られたヤコウは、遠慮せずに軽蔑の念を剥き出しにして直々にヨミーの元部下を尋問していた。

「な、んで……あ、あんたら保安部は、世界探偵機構からの介入を、嫌ってる、はず、じゃ……っ、んぐ!」

「えー? なんか言った? 人語を使ってくれねぇと、オレ、わっかんねーわ」

 権限によって取調室で二人きり(と、護衛の幹部)になった後、間を挟まずにヨミーの元部下の髪を引っ掴み、その憎たらしい顔を上向かせ、嘲笑で迎える。


 ……かつてヤコウが忌み嫌い反面教師としてきたパワハラ上司そのものの言動を、当のヤコウが憂さ晴らしにと実行している、その姿。

「元とは言え、上司を裏切る部下ってのは、最低だよな? オレってば周知の通り、信頼できる部下達に囲まれているモンでね! すっごい気分が悪いのよ!」

 ハララに強く頼み込んで護衛役を代わって貰ったヴィヴィアは、一見すると無機質めいた無表情で見守っていた。

「おたくみたいな誰かに冤罪着せて保安部にいい顔しようとするヤツってさ、ほんっと、いけ好かない!」

 その右手の内を、強く、強く、肌に爪が食い込む程に握り締めて、蛍光色のようにデタラメで鮮やかなピンク色の血を流しながら。

「……オレ達が贔屓にする相手は、オレ達が……オレが決めるんだよ。お前らがその決定権に介入できるとでも? 身の程を知れ」

 髪を放されたかと思えば胸倉を掴み上げられ、ヨミーの元部下は困惑していた。自らが理不尽な目に遭っている、と完全に自らを棚上げして被害者意識に浸っている。

 アマテラス社、と言うよりも保安部は自己保身の為にと総出でカナイ区に来ようとする世界探偵機構から派遣された超探偵達を妨害している。

 その保安部の部長であるヤコウなら、カナイ区最後の探偵であるヨミーを投獄できる口実を嘘でも喜ぶはずなのに、なんで……? と疑問符を浮かべる間抜け面を、ヤコウは心底軽蔑していた。

「ヨミーがオレらと敵対し始めて早々にさっさと逃げたヤツがよ~! どのツラ下げて迷惑掛けてるワケ!? ほんっとに信じられねぇ! そんなヤツはオレ達の事だって裏切るに決まってるだろ! 信用できる要素はどこにございますかねぇ~!?」

 誰にも明かしていない、いや、明かす事が許されないヤコウの望む状況と乖離し過ぎているから。

 それこそ理不尽では無いのか、と指摘する者はこの場には不在だった。

「人間モドキは人間に害を及ぼすしか能がないな、本当に。なんで息してんの?」

 ……ヤコウが酷過ぎる差別用語を躊躇なく言い放つ姿を、ヴィヴィアは黙して見守り続けていた。唇をちぎれんばかりに噛み、その痛みで思考を麻痺させ、結果として冷静さを保つ努力を要しながら、それでも。

 他の誰かが、かつてのヤコウとの著しい乖離に傷つくぐらいなら、自分が傷つく。

 そして、自分は、傷つきながらも、見るに留める。邪魔をしない。この人を、助けるのだ……。




「すっすみませんでした、ヨミー様! あ、あいつらに、い、家を、追い出されるって、脅されて……それで、それで……」

「………………へぇ」

(……うっわぁ、ツラの皮が分厚い)

 つい数時間前までヨミーの元部下を鬼のような形相で尋問していたヤコウは、さも苦労人のように苦笑いをしながら、目の前で繰り広げられる光景を静観していた。

(食える肉の部分がなさそ…いや、違う違う。肉まんは皮が厚い方がいい。皮だけ食いてぇなぁ…中身は要らねぇ…)

 連想しかけた例え話に自分自身でドン引きして修正し、最終的には何が言いたかったのかわからない話へと成り果てた。


 無罪放免で釈放されたヨミーは、それでも草臥れて憔悴していた。今回は拷問じみた説教などしなかったので、綺麗な顔には傷一つ付いていないが、まるで病人のように酷い顔色だった。

 ヨミーの元部下は、そんなヨミーの心情を慮るよりも自らの保身を優先していた。よくもいけしゃあしゃあと軽い言葉が出てくるものだ。

 しかも、よりにもよって保安部の、それもヤコウが居る目の前で嘘の弁解をするとは、舐め腐った態度だ。

 だが、数時間前の尋問で疲れはしたけどストレスも発散できたヤコウは、今にも暴れそうなハララとヴィヴィアを制するように両腕を広げる。

(ここで何とかしなきゃって焦ってるな? クズの考えはよくわかる。昔は、本当に、苦労させられたモンだよ)

 ヤコウは表情こそ曖昧に微笑んでいる——というのは本人の偏った主観で、実際には虚無の瞳で口元だけ笑っているので不気味だったのだが——が、内心では冷徹に状況を分析し、唾棄していた。

 保安部へ媚びを売る算段が御破算になったのだ。形振り構わず、ヨミーに嘘を吐いて許しを乞うより他に無いのだろう。清々しい程にゲスい自己保身だ。

「……本当に、そうなのか?」

「そっ、そうです!」

「……かつてとは言え、部下に裏切られるってのはムカつくぜ。けど、住んでる所を追い出されるのは、確かに、まぁ…」

 いや。どんだけ参ってんのさ。弱腰のヨミーに、ヤコウは他人事ながらに憐れんだ。

 親友が謎の失踪を遂げて以来、ヨミーはだんだんと塞ぎ込むようになった。それが祟って、あんなゲスいヤツにすらまともな判断を下せず、なあなあで許そうとしている。

 これは、もう牙を抜かれたも同然だ。今後は保安部に噛みつく事も無くなるだろう。

(あのヨミーが、オレらの前で腑抜けた姿を晒すとはな……)

 親友の件を随分と引きずっているんだな、とこれまた他人事のように思った。

 探偵と殺人鬼という相反する立場から端を発した数奇な出逢いの果て、二人は友情を育んだ。探偵は殺人鬼を改心させ、自首させるに至り、その後も定期的に刑務所まで面会に赴いてアフターケアも欠かさなかった。

 それなのに。親友は探偵を裏切り、姿を消した。犯罪者が贖罪を放棄して姿を消したのだと世間は認識した。

 ヨミーは当初こそ親友の不名誉な噂に激高していたが、時間の経過と共に己の目が節穴だったのかと思い悩むようになった。探偵としての能力が高い故に、親友が裏の世界で殺しを再開させた事実へと辿り着いた為だ。

 それでも未だ親友だと称し続けるのは、意地なのか、信頼の残骸なのか、もはやヨミー自身にもわからなくなっている。

 そんな折に、元部下に裏切られ、無実の罪で投獄されかけたのだ。

 そりゃあ心がボキンッて折れちゃうよな、とヤコウはどこまでも他人事のように思った。

(ま、お前の親友は、オレをヤコウ様って慕いながら一生懸命仕事してくれてるんだけど……こいつ、オレの所まで行き着けてないんだな。良かった良かった)

 ————ヤコウの当事者意識は、狂える程に壊れていた。


 そして、そんな時だった。

 同情を誘おうと必死過ぎる三流の一人芝居は、カビ臭くて湿っぽい。そんな空気のおかげで、ヨミーもヤコウもハララもヴィヴィアも保安部のその他隊員達も、それぞれの理由で言葉を失っていた、そんな中で。

 場の状況が一変した。一人の女性が、降りてきた。

 ……描写を些か省いたのは否定しない。だが、事実である。省いてしまったのだって、あまりにも突飛で表現する暇が無かったからだ。

 親方、空から女の子が! そんな某映画の有名なフレーズが脳裏を過ぎったが、そんな可愛らしいものでは無い。劇的な登場だった。

「——お初にお目にかかります、皆々様。私、世界探偵機構より派遣され、このカナイ区で然る任務を遂行する事となった、スワロ=エレクトロと申し上げます」

 世界探偵機構の超探偵の制服を羽織った美女が、墜落する寸前で緊急用のパラシュートを開き、優雅に着地してみせた。もう用無しと言わんばかりにパラシュートのシートベルトを脱ぎ捨てている。

 ……え、マジ?

 ヤコウは、久しぶりに見る同胞、またの名を人間の姿に感動して泣きそうになるのを強靭な理性で抑えながら、スワロと名乗った超探偵の登場の仕方に度肝を抜かされた。


「この度、ジェット機でゲリラ的に馳せ参じる予定でしたが、生憎の悪天候により機体が不全状態に陥ったので——それを捨てて、単独で、こうして舞い降りた次第です。

 なお、ジェット機に搭乗していたのは私一人。私個人が運転する小型ジェット機でした。今頃は海へと向かって落ちているでしょうし、このカナイ区に被害はありませんよ。ご安心を」

 一応は敬語だが、慇懃無礼だった。挑発めいている。

 オペラで有名な『白鳥の湖』を演じるバレリーナに選ばれるのは、きっとこういう人だ。そう思わされるような、スラリとした長躯の美女が、白昼堂々と保安部相手に宣戦布告を叩きつけてきた。

「……ど、どうも。保安部の部長、ヤコウ=フーリオだ。よ、よろしく」

 保安部の部長として、ひとまずの挨拶を。久しぶり過ぎる、人間への挨拶。声が震えてしまった。

 傍からは、予想外過ぎる登場にまごつき、言葉を窮しているかのようだった。

 そしてスワロは返事をせず、ニコリと微笑む事もせず、ヤコウを睨むように見据えるばかり。

 慇懃無礼という印象は間違いでは無さそうだった。初っ端から悪印象を抱かれている。

 だが、無理も無い。このカナイ区に集まろうとしている超探偵を、保安部がカナイ区の秩序を乱すからと妨害しているのだから。

 ……そこまで考えて、ヤコウはふと思った。

 上空にはいつだって雨雲がある。雨雲に突っ込むなんて、どんな飛行機でも自殺行為だ。カナイ区に被害を出す気は無かったという前提で考えるとして、ジェット機を元々乗り捨てるつもりで……つまり事故ではなく故意で……と言うか、海に落ちたジェット機を誰が回収するのだ……?

 もしかしなくても、シンプルに滅茶苦茶だ。久しぶりに健全な保安部らしい(?)苦労性じみた思考が疼いた。


「ス、ワロ……」

 ヤコウが混乱している一方で、現実の時間は進む。

 空から現れた美女の名を、ヨミーは呆然と呟いた。信じられないものを今正に見ている顔は、驚愕に彩られながらも喜色に染まっていた。

「お待たせしました、ヨミー様。三年振りです」

 死んだように濁っていた瞳に光明が差したのを見届けて、スワロもまた喜びで声を震わせていた。


 その瞬間、ヤコウの視界は真っ赤に染まった。

 ぶつんっ、と、頭の中で、理性の糸が切れた。

 それを繋ぎ直すまでの数分間、ヤコウの思考は日頃から抑えているつもりの憎悪の色が増していた。


 胸中で激情が暴れ狂い、記憶も飛びそうになった。

 普通なら何て事のない台詞を。嗚呼、カナイ区が鎖国状態になる前からの知り合いなのか、で流せる言葉を。

 ヤコウは、許せなかった。

「改めて自己紹介を。私は、このヨミー様の右腕。愛し愛される関係にございます。今後とも良しなに」

 愛し愛される関係。あ、恋人か。そうなのか。

 そうなのか、そうなのか、そうなのか。

 かわいそうに。

 三年前に自分以外の住民はホムンクルスに成り代わられたからそいつは別人、いや、別の存在だ、あなたの恋人じゃない、あなたの恋人を食い殺したのは最悪そいつかも知れない……と憐れんでしまったものだから。

 戒めねば、誰が死者に報いるのかと、強迫観念が金切り声を上げたものだから。

 だから、目の前の光景を、目を逸らしこそはしないけれど、真っ当に見据えられない。

 ホムンクルスに騙される人間の、何と痛々しい事か。

 しかも、元となった人間と恋人関係だったなんて、あんまり過ぎるじゃないか。

 いつか真実に辿り着いた時、スワロ=エレクトロは恋人の振りをして騙していた化け物を許せないはずだ。

 ……だよな?

 …………嗚呼、何を不安になっているのやら。弱気になる必要などあるまいに。杞憂だ。

「それから、そこのあなた。上空から拝見しておりましたよ。下郎の声はよく響き、私の耳に届く程に甲高く——この、薄汚い裏切り者!!!」

 やめろ。

 そいつは、人間の振りをした、人食いの化け物なんだぞ。飢えれば、あなたの事さえも食べてしまうような化け物なんだぞ。

 そいつの為に、怒るんじゃない。

 あなたの本当の恋人が草葉の陰で泣いているぞ。

 そいつに愛する価値は無い、守る価値は無い、やめろ、やめてくれ。

「や、やめろ!」

 そいつもそいつだ。本物のヨミーが座っていたはずの席に、我が物顔で座りやがって。

 本物のヨミーはいい奴だったのに、訳もわからずに苦しんで死んだ。オレ以外の全員、いい奴も悪い奴も関係なく、そうやって死んじまった。

 このカナイ区では、どいつもこいつも、本物を蹴落としておいて、我が物顔で椅子に座っていやがる。

 ふざけるなよ。

「ヨミー様! この下郎の証言は全て嘘です! 保安部に脅されてなどいません、自らの意思によってあなた様を裏切ったのです! それがこの下郎の本性です!」

「っ、追い詰められた時に出た態度は、追い詰められた時だけのモンであって、それを本性だと軽々しく断言するなって前にも言っただろうが! それがそいつの全てじゃねーんだよ! 忘れんなよ、鳥頭になってんじゃねーよ!」

 うるせえなあ人食いの人殺しが綺麗事をほざいてんじゃねえよ。

「……嗚呼、ヨミー様。未だお変わりないのですね」

 違うよ騙されないでくれでも言えない言ったらオレの今までが無駄になるごめんなさい。

「感謝なさい。ヨミー様のありがたい慈悲により、これ以上は控えて差し上げます。……ただ、二度とその薄汚い顔をヨミー様の前で晒さないように」

「…じゃあ、もういいな? スワロ」

 感動的な再会をしたみたいな雰囲気はやめろよ。

 おぞましくて吐き気がする。


 ……長い、長い、血の色の川を、沈まぬように必死に泳ぎ切ったような、最悪の気分だった。

 現実の時間では、たかが数分しか経過していない。

 両目が血走ってしまった。抑えなくては。この街の人食いの化け物共は、目が血走る事で白目の部分に浮かぶのはピンク色。じろじろと観察されては、この身に赤い血が流れていると発覚してしまう。

「ヤコウ部長。取り押さえましょう。暴行の現行犯です」

 何も命じずに成り行きを傍観していたヤコウに、耐えかねたように新米の保安部隊員が口を出してきた。

 明らかに機嫌が悪いヤコウに声を掛ける。保安部において、それが自殺行為なのは暗黙の了解だ。

「…えぇ? 目の前でなんか起きてる?」

「え?」

 他の先輩の保安部隊員が、バカ…! と言わんばかりに息を詰めている。

 ハララも、ヴィヴィアも、身を強張らせて状況の推移を観察してきていた。

「久々に直々に尋問してさぁ、もう歳だからか肩が酷く凝ってんだよな。もう帰りたい。なのに、もしかして、また仕事しなきゃいけないような状況、起きてるのか?」

 保安部の部長としての台詞を述べながら、ヤコウの意識は『人間』へと注がれていた。

 ヨミーは良い。どうせ殺しても死なない化け物だ。

 だけど、スワロは駄目だ。彼女は庇護するべき人間だ。

 ……まあ。登場の仕方と言い、ヨミーの元部下にマウントを取って殴り倒した件と言い、とっても強いみたいだから、守らなくても案外大丈夫そうだけど。

 それでも、人間である以上、守りたいという気持ちは尽きない。

「行くぞ、スワロ! …この街について、教えなきゃならねぇ事が山ほどある」

 保安部一同を薄気味悪そうにチラ見しながら、ヨミーはスワロの手を引き、急ぎ足で立ち去った。

 残されたのは、ボコボコにされたヨミーの元部下だけ。どうでも良い。勝手にその内、目を覚ますだろう。その後の事なんて知らない。

「……答えろよ、おい。オレに恥をかかせるつもりか?」

「いっ、いえ、あ、あの」

「……何も起きていない。そうだね、キミ。だろう、ハララ」

「っは、はいぃ」

「…………ああ」

「うんうん、だよな! デキる部下を持てて鼻高々だよ、ハハ!」

 ヤコウは途端に声を弾ませ、上機嫌を装って笑った。

 他の誰も笑っていなくても、ヤコウは肩を揺らし続けていた。


 後に、スワロの探偵特殊能力が嘘を見破る『尋問』であると知った時、ヤコウは失笑した。

 だから嘘吐きの自覚が無いホムンクルスに騙されているのか、と納得したからだ。




(終了)

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