ブーフ・ブリーオン

ブーフ・ブリーオン


音波ならぬ音"刃"が木の間を木霊する。

弓の名手トリスタン。無駄なしの弓フェイルノートを繰り、不可視の音すらも矢へと変える、己が知る限り至上の射手。

「マスター、木の後ろに」

主が隠れたのを確信し向き直る。トリスタン卿ほどの弓手ならば、木々の合間へと縦横無尽に矢糸を張り巡らせ、一瞬の内に自分の首を刎ねる事も容易いだろう。

そう、容易いハズなのだ。

(何故勝負を決めにかからない?出方を伺っているのか、それとも…)

殺せないのか。よしんば自分の出方を伺っているとしても、主の首を刎ねればそれで良いはず。

どちらにせよ、遠距離を得手とする弓兵を前にして、自分がとるべき選択は一つしかない。


トリスタン卿の指が竪琴に触れんと動いた瞬間に、その身に宿る魔力を背から外へと解き放つ。

ごう、と風を切りながら躍進した身体が木々を突き破りトリスタン卿の懐へ躍り出る。

「っ…!」

その反応は余りにも遅く。距離を詰められた弓兵が、狂戦士に敵う通りはない。

右腹から左肩にまで刻まれた傷痕と剣の残影とともに、トリスタン卿は消え去った。



「…やった…やったじゃないバーサーカー!正直期待してなかったけどまさかトリスタンなんて格上に勝っちゃうなんて!凄いわバーサーカー!」

木の影から現れた主が興奮したように肩を揺すってくる。自分も彼女と共に大手を振って喜びを分かち合おうと──────主の背後にて巨大な鋏を振りかざす道化を視認するまでは、そのつもりでいた。

「マスター…っ!」

反射的に左腕に主を抱き寄せ、迫る鋏を剣で弾き返す。

「うぎっ!?なんで他のサーヴァントがいるのよっ!?」

道化姿のサーヴァントは何も言わず、ただ不気味な笑みを浮かべ続ける。

…直感が逃げろと告げる。事実、この戦いは何かがおかしい。そも、トリスタン卿の戦い方は弓兵のそれであった。同じクラスの英霊が同時に存在するとは考えにくい。

「マスター。舌を噛まぬよう気を付けて」

丁寧かつ迅速に主の身体を両腕で抱きかかえ、来た道へと力強く大地を蹴る。

少なくともこの森での戦闘だけは避けたい。そう、例えば頭上から襲われる可能性だって存在する。

─────その"可能性"は、自分の身体にかかる影で"現実"へと変わる。

「っ…!?バーサーカー、避けて!」

主の声に反応し飛び退く。その直後に……天より飛来した一閃が己の身を掠める。

冷や汗が頬を伝う。不運はかくも重なるものかと、己が幸運の低さを自嘲する。


赤い鎧、白き髪、そして…白亜の槍。

其は、聖者を貫き、ペラム王の領土の悉くを破壊し、また漁夫王と成り果てたペラム王を癒やした聖槍。そして、其を有する騎士の名こそが。

パーシヴァル卿…貴方まで…」


背後より迫りくる道化の大笑と、重厚たる騎士の足音が、我らの運命の糸を断ち切る鋏の風切り音にも聞こえた。

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