ブリーディング・レコード

ブリーディング・レコード

ななしのだれか

※サブタイトルは「ドンキホーテ・ドフラミンゴのたのしい()愛鳥生活」

※いつにも増してIFミンゴがたいへんきもちわるいですが、この男は自分の愛玩鳥に性欲を向けてません。ペットだから性欲向けるとかおかしいもんね! うん、なんで???











【雨(生後二週間)】

 雨が降っている。

 ドフラミンゴのベッドに、彼の雛鳥が横になっている。夜中から降り出した雨のせいか、朝迎えに行った雛鳥は、鳥籠の中で熱を出していた。熱い体を抱き上げたドフラミンゴは、自室で雛鳥を看ていた。柔らかな毛布から、真っ白な翼の羽先が顔を出す。

 この雨で、予定も全てキャンセルになった。ファミリー達は思い思いに休みを満喫していることだろう。

「ゔ〜〜……」

「大丈夫か、ロー」

「あたま、いたい……」

 黒髪がドフラミンゴの枕に散らばる。汗ばんだ前髪を掻き上げて額に掌を当ててやれば、雛鳥の顔が和らいだ。

「つめたい……ドフィの手、きもちいい……」

 目を伏せた雛鳥が、ドフラミンゴの手に顔を寄せる。家禽よりも従順で人懐っこい愛らしい姿に、高笑いが出そうになる。

 かわいいかわいい雛鳥ちゃん。ドフラミンゴの愛玩鳥。


 ――あの日も雨だった。三年もの間ドフラミンゴの手から逃れた、まだ人間だった頃の雛鳥を連れ戻した日。糸で絡め取りコートに包んで抱き寄せたかつての雛鳥は、吠える白熊の名を泣きながら何度も呼んでいて――


「どふぃ」

 ぐすり、雛鳥の涙ぐむ声。意識を昔日から戻せば、雛鳥がぽろぽろと泣いていた。

 雛鳥の額を冷やしていたはずの掌は、気づけば頭を鷲掴みにして枕に押しつけていた。

「どふぃ、いたい、いたいよぉ」

 くすんくすんと雛鳥が泣く。落ちる涙を枕が吸う。パッとドフラミンゴが手を離すと、真っ白な右の翼で雛鳥が頭を庇う。

「ごめ、ごめんなさ、ごめんなさいどふぃ、わるいこでごめんなひゃ、ひう、うぅ……」

 雛鳥は恐怖に駆られて泣き止まない。

 しまった、もうこの無垢で愚かな雛鳥を傷つける気は無かったのに、思わず手を上げてしまった。糖衣でくるんで愛でて依存させるつもりだったのに、うっかりした。

「ああ、ごめんなァロー、お前はなんにも悪くないからな。お前はかわいい、いい子だぜ」

 雛鳥の上半身に覆い被さり、黒髪の頭を包んで撫でる。いい子いい子と何度も撫でれば、翼が動いて、琥珀色の目と己の目が合う。

「……いたい、しない?」

「ああ、しねぇよ。もうしねぇ。

 お前は俺のかわいい子だ、ひどいことなんてひとっつもしねぇからな」

 ベッドに乗り上げて横になり、毛布ごと雛鳥を抱き寄せる。

 強張り震える背をとんとんとリズミカルに叩き、黒髪を梳くように撫でる。

 舌先で落ちる涙を掬い、睫毛に絡む残滓を舐め取ってやれば、体から力が抜けていく。

「ドフィ、ドフィ」

「フッフッフッ、いい子だロー。いい子、いい子だ……」

 飼い主を求めて鳴く雛鳥を、ドフラミンゴは抱きしめる。隙間など無いよう、ぴったりと抱きしめる。




 雨はまだやまない。

 





【ティータイム(生後一ヶ月)】

 時刻はアフタヌーンティーの頃。ドフラミンゴは、一人紅茶を飲んでいた。レースの装飾が美しい、白いクロスが敷かれた丸テーブル。その上には、白磁のティーポットと一人分のティーカップ。後は、真っ赤な林檎を模したガラス瓶と、大きな“メイン”が置かれていた。

 紅茶に入れる、ミルクも砂糖も無い。アフタヌーンティーの供である軽食や茶菓子の類も無い。ストレートの紅茶は味も香りも地味で、ティータイムを楽しむには格が足りなかった。

 だが、ドフラミンゴは、テーブルに横たわる“メイン”を――こんこんと眠る彼の雛鳥を見ているだけで、甘味は足りるので問題無かった。


 その薬を使うには、仮死状態にでもしないと負担が大きい。

 そう言ったシーザーの進言を受けて、雛鳥に仮死薬ともう一つ、本命の脱色薬を投与したのが、一週間前のこと。

 七日七夜の眠りを経て、雛鳥の体から色は抜け落ちた。黒髪も眉も睫毛も色が抜けて白くなった。毎朝生える髭も白くなったが、こちらは永久脱毛させてしまおう。

 肌は血の赤が透き通るほど白い。特に紅色の頬は林檎のようで、見れば見るほど愛らしい。舐めて吸って食んでかじって、飽きるまで堪能したくなる。


 瞳だけは、色を抜くなと厳命した。

 トロリとろける琥珀色は、そのままに残しておきたかった。

 雛鳥がどれだけ鳥に堕ちて、ドフラミンゴに依存しているか、瞳は雄弁に物語る。

「ああ、早く起きろ、目を覚ませ、俺のかわいい雪白ちゃん」

 目覚めた琥珀は、色の抜けた体を見て、何を物語るだろうか。驚き? 恐怖? 絶望? 困惑? 怒り? それもと――歓喜?

 ああ、お前はどんな風に鳴くのだろうか。早くお前を見せてくれ。

 そして首に、林檎の香水を吹いてやろう。十歳のお前が大人になった時の為に用意した、真っ赤な瓶に入った香水。きっとお前に似合うだろう。

 俺のかわいい雛鳥よ。世界に唯一の雪白ちゃん。

 黒檀の髪など必要ない。無垢で愚かな白であれ。




 ドフラミンゴが、紅茶を啜る。

 白に染まった雛鳥は、まだその瞼を上げはしない。






【薬草(生後三ヶ月)】

 小鳥が、何かをやっている。

 ドフラミンゴは温室の木々に隠れて、とてとてと花々の間を縫って歩き回る小鳥の様子を伺う。極彩色すら引き立て役にする、無垢な白の足取りは軽やかだ。

 きょろきょろを辺りを見回した小鳥は、ぱあ、と笑みを浮かべて、一つの花に吸い寄せられた。朱色の花に顔を寄せ、すう、と、匂いを嗅いでいる。右の、左の頬に、何度も花を当てる。右の翼の羽先が、なぞるようにやわく花を撫でる。

 満足そうな顔をした小鳥は、花の茎をぱくり、と食んだ。もごもごと口が動き、茎はぷちりと噛み切られた。花を口に咥えた鳥がまたとてとてと歩く。その度に花もゆらゆら揺れた。

 小鳥が向かったのは、温室の中央に置かれた大きな小鳥の巣、を模したベッドであった。小鳥が休めるように、鳥らしさを引き立てる為、そう思って用意した。

 イースターエッグを模したカラフルで大きなクッションの詰まった巣に、小鳥がそっと花を置いた。それを糸で絡め取る。宙に浮いた花を見て、小鳥は飼い主の存在に気付いた。

「ドフィ」

「ようロー、何してるんだ」

「おはな、あつめてた。

 きれいなおはな。ぜんぶドフィにあげるね」

 クッションの上には、他にも花や、細長い葉っぱが集められていた。ドフラミンゴの為だけの贈り物。傍らの小鳥を抱き寄せる。

「わあっ」

「フッフッフッ、嬉しいぜロー。ありがとうな。後で活けて、部屋に飾っとくぜ。

 ああでも、次お花が欲しい時には俺に言えよ? 口周りがかぶれちまってるからなあ」

 よしよしいい子と頭を撫でて、そうっと小鳥の顎を掬う。草花の汁で、口元がうっすらとかぶれて赤くなっている。時間もいい頃合いなので、ティータイムがてら軟膏を塗ってやろう。

 すっかり軽くなった小鳥を抱き上げる。指揮するように指先を動かす。糸で小鳥が集めた花を束ね、胸ポケットのハンカチーフで即席の花束を作り出すと、小鳥はわあ、と歓声をあげた。

「すてき、きれい。ドフィのまほうはすごいね」

「フッフッフッ、そりゃそうだ。俺は魔法使いだからな」

 小鳥は無邪気に笑う。気づかぬ内に知識を忘れて、それすら気づかず小鳥は笑う。

 もう小鳥は、悪魔の実すら忘れてしまった。ドフラミンゴが使うイトイトの能力を、これは魔法だ、俺は魔法使いだと教えれば、小鳥はそれを正とした。

 愚かでかわいい愛玩鳥。どこまでも人間でなくなっていく。


 だから、お前が集めた花は全て伐採する。

 チョウマメ、ゴジカ、タチフウロ、キキョウ、オミナエシ、オオボウシバナ。

 ドフラミンゴが分かるだけでも全てが薬用植物――いわゆる薬草だ。医術の知識の顕れだ。 


 これは俺の愛玩鳥だ。かわいい小鳥。おろかな小鳥。俺だけの無垢な雪白ちゃんだ。

 なら、お前に、医術なんて必要無い。

 そうだろう、俺の小鳥よ。




 次の日、小鳥が集めた花は、全て温室から無くなっていた。

 小鳥は何も言わなかった。






【脱衣(生後五ヶ月)】

「おかえりなさい、ドフィ」

「ああただいまロー。さあ、ゲームをしようか」

 ベッドに腰掛ける小鳥の横に、羽毛のコートとストライプスーツのジャケットを投げた。立ち上がった小鳥と入れ替わり、今度はドフラミンゴがベッドに腰掛けた。

 身を屈めた小鳥が、ドフラミンゴの首元に唇を寄せた。赤いネクタイの結び目に歯を立てて噛み、少しずつ緩めていく。何度も噛む場所を変えて、時間をかけて解いていく。

 小鳥に仕込んだ芸の一つだった。両腕が翼になった以上、小鳥は口と脚を手の代わりにするしかない。器用に扱えるよう訓練をさせる中で、どうせ仕込むなら愉しい芸を、と思いつきで学習させた。

 ドフラミンゴへの奉仕を、ネクタイ解きを、今の小鳥は完璧にできる。

 スルスルと、綺麗に解けたネクタイを咥えて、小鳥は褒めて、と言わんばかりに笑う。両頬を包んで犬猫のように捏ねくり回していい子と褒めれば、小鳥は目を細めて肩を揺らす。

 ネクタイを取る。あえて選んだ普通よりも長いネクタイ。小鳥の唾液でほんのり湿ったそれで、目を閉じて待つ小鳥の目元を覆い隠す。ぐるりと一周し、左耳の上辺りでフラワーボウになるように結う。

 目隠しの赤、真っ赤な花のような飾りが、白い小鳥によく似合う。

「さあロー、全部外せたらご褒美だ」

「うん、がんばるね、ドフィ」

 小鳥の頬を一つ撫でて、ドフラミンゴはベッドサイドの砂時計をひっくり返した。かつて切り落とした小鳥の右腕、その骨を砕いて作った砂が、サラサラと落ちていく。

 ドフラミンゴの膝の間で、床に膝をついた小鳥が、おずおずとドフラミンゴの腹に顔を寄せる。鼻先をシャツに擦り付ける小鳥は、釦の位置を探っている。

 こつ。鼻先がみぞおち辺りの釦に当たる。釦に歯を立て、舌で釦の穴を抉って、唇でシャツを食んで、小鳥が釦を外そうとする。小鳥の吐息が、シャツ越しにドフラミンゴの肌を擽る。

 余興を兼ねた、健気な奉仕。かわいい小鳥の頭を撫でる。

 小鳥の着替えをしている時、ふと自分の着替えを手伝わせたいと思った。口に仕込ませる芸の一つに、釦外しを覚えさせた。思った以上に手早くできるようになって、それではつまらないと考えて始まったのが“ゲーム”だった。

 ネクタイで目隠しをして、釦外しをさせる。時間内に全部外せたら、ご褒美のおやつをあげる。簡単なルールだ。

 ドフラミンゴが与えて以来、小鳥はエディブルフラワーが大好きだ。特にマロウを一番好むが、こういう時の“餌”にする為、普段は一切与えない。

 そのマロウをご褒美にもらえると、そう学習した小鳥は、今日も懸命にゲームに興じる。

 愚かな小鳥だ。哀れな小鳥だ。一時の快楽の為に、小鳥に残っていた人間の名残はどんどん削ぎ落とされていく。

 それでも、ドフラミンゴの手の中腕の中で、笑う小鳥は何よりもかわいい。こうして奉仕の芸を見ると、それだけで悦楽がドフラミンゴを愉しませ安らげる。

 かわいいかわいい、ドフラミンゴの愛玩鳥。

 奉仕の口は、止まらない。





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