ブランチはカラスと一緒に

ブランチはカラスと一緒に


「やぁ、こんにちは。お嬢さん」


「あら珍しい、あの兄妹以外の人が訪ねてくるなんて」


「アク兄とルビ姉なら雨宮先生の実家、ってとこに行ってる。せっかくだから二人きりにした方が良いと思って、さ」


「どうしてここにいるって分かったの?」


「今朝旅館を出発した時から、やたらこちらに視線を向けてきているカラスがいるな、って思って。アク兄達と別れてからそのカラスを追いかけてこっちの方向へ歩いてきたら、この辺りからただならぬ気配を感じてね」


「おお怖い怖い。君を敵に回したらと思うとゾッとするよ。ところでその右手にぶら下げてるものは何?」


「ここへ来る途中にコンビニで買ってきた食パン。何かお供え物持ってきた方が良いかな、と思って。カラス達も食べるでしょ?……あ、それとも和食派だった?」


「ふふふ、殊勝な心掛けだね。ありがたくもらっておくことにするよ」



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「一応アク兄達からある程度話は聞いてるんだけど……神様の使い、で合ってる?」


「まぁ間違いではないよ。土地や時代や宗教によって色んな名前で呼ばれてきたけど」


「うへぇ、そうだったのか……何も考えずにラムネや駄菓子おごってた昔の僕無警戒過ぎるでしょ」


「私はそんな無警戒な君も好きだけど?」


「ははは、ご勘弁を。フリルに怒られちゃうよ……もうすぐあちらのご両親に挨拶しに行く予定なのに」


「おめでとう。いい子だよね、彼女。君にぴったりだし、それに」


「?」


「彼女がいなければ、君は今頃自壊しながら走り続けるガラスの人形に身を落としていたかもしれない」


「……くわしく、聞いても?」


「君も薄々気づいていたでしょ?"ぼぎわん"と命のやり取りをしていた、あの時に感じた違和感」


「あぁ、リョースケとの……確かに変だった。あの時の僕は全身切りつけられて血まみれ、骨も数本持ってかれて、誰が見てもあとは殺されるだけ、そんな状況だった」


「……」


「それなのに、ある瞬間、体がフッと軽くなったんだ。おまけに体が勝手に動いて、一方的にあいつを叩きのめしてた。気づいたらリョースケは地面に這いつくばって、僕は右手にあいつから奪った拳銃を握っていた」


「……」


「その後は……正直、自分でも『何やってんだ』って言いたくなるよ。かな先輩とMEMさんが来てくれなかったら、僕は今頃……あいつを」


「君のせいじゃないよ」


「えっ?」


「あの時君があんなことをしそうになったのは、私が君に移した『あり得た未来の斉藤硝太の魂』が原因だから」


「……『ガラスの人形』って、まさか」


「そう。愛する人達を失い、心の拠り所をなくし、自らの凶気を縛る鎖すら失った君。命を狩り取り続ける中で、心も痛みも全て感じなくなり、自らが砕かれ遺棄されるべき場所を求めて転がり続ける硝子玉……『そうなってしまった未来』の君」


「……」


「あのまま放っておいたら君はあの男に殺されていただろうからね。だから私は君を助けるために、その魂が刻みこんでいた記憶を一時的に君に貸したんだ」


「あぁ、なるほど。合点がいったよ。あんな立ち回り方、ピエよんさん達にも習わなかったし」


「でも本当はあまり使いたくなかった。その方法を使えば記憶や身体だけじゃなく、人の輪の理までその魂に引っ張られてしまうから」


「じゃああの時僕がリョースケに引き金を引きそうになっていたのは……未来の僕がそういうことを躊躇なく行う人間になってしまっていたから、ってこと?」


「そういうこと。だから、連れ戻してくれたあの子達には感謝してる。今の君なら、周りの人達との繋がりを大切にしさえすればあの未来へは辿り着かないだろうから心配しないで」


「かな先輩達には帰ったら伝えておくよ。それと」


「?」


「アク兄とルビ姉にやり直しのチャンスをくれたこと、陰で見守ってくれてたこと、あの時助けてくれたこと……ううん、僕が気づいていないだけで、本当はもっと助けてもらっていたかもしれない。だからそれらも全部まとめて―」




本当に、ありがとう




「……素直だね、君は。あの兄妹もこれくらい素直ならもう少し神様の加護を与えてあげてもいいんだけどね」


「あはは……」


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「じゃあそろそろアク兄達を迎えに行かなきゃいけないから」


「そっか、もうそんな時間か。あーあ、寂しくなるなぁ」


「会いたくなったらまた来てよ。ラムネサイダー用意して待ってるから」


「ふふふ、楽しみにしておくよ」


「それじゃ!食パン、仲良く分けて食べるんだよ?」


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「あら、意外とおいしいじゃない。」


「…………」ジー


「心配しなくても分けてあげるから」

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