ブラッシングエース概念1
トレエスに脳ミソ焼かれまん民トレーナーと担当の頃
「エースは実家だと、いつも尻尾の手入れは親御さんにやってもらってたのか?」
ある日、トレーナーさんに唐突にそう言われた。
まあ、前に自分で、他人にやってもらうのが好きだって話はしてたけど、いきなりなんだ?
「ああ、そうだけど。どうかしたのか?」
「いや、なんだか最近、エースの尻尾がボサっとしてるような気がしてな。」
確かに、最近は少し毛づやも余り良くないのは自分でも感じていた。
それでも手入れ自体はサボってたわけじゃないんだけどな。
そんなことを思っていたら、トレーナーさんが
「畑の時みたいに、いつもなら人にやってもらってたのを、こっちに来てから1人でやるようになったのかなって。」
ああ、なるほど。それを心配してるのか。
確かに、トレーナーさんと会う前に、嵐で畑がやられた時の話をしたからな。
また同じようにあたしが一人で苦しんでると思ってるのか。
心配性なトレーナーさんに思わず笑ってしまう。
「いや、別にそういうわけじゃないって!普段はパーマーにやってもらったりしてるんだけど、今は遠征で不在にしてるからな。ちょっと自分でやることが増えてるだけだから、心配すんな!」
そう答えるあたしの顔を見て、トレーナーさんはホッとしたような顔をする。
──この人はあたしの表情だけで、色々な事を察してるみたいだからな。
でも今回は本心だからか、直ぐに納得してくれたみたいだ。
「なら良かった。・・・それにしても、手入れしてるにしては結構ボサボサじゃないか?ちゃんと出来ているのか?」
うっ!痛いところを突いてくるな…
まあ、もうバレてるので素直に白状する。
「いやー、あたしこういうのは苦手でさ…。そもそも身嗜みに気を付け始めたのもこっちに来てからだからな。」
メイクとかだって、パーマーにいろはから教わってるくらいだからな。
正直母ちゃんがあたしに使ってくれてた櫛とかクリームとかだって未だに知らないし。
少し恥ずかしい話なので、照れ隠しに頭をかきながらそんなことを告白する。
そしたらトレーナーさんが、
「じゃあ俺がやってやろうか?」
なんて言い出した。
いやちょっと待て。
「おいおい、また教本買って勉強から始めるつもりなのか?トレーナーさん。」
そうだ、この人はあたしを1人にしないために、休日返上で1から農業の勉強をしようとしてくれた人だ。
またそんなことをされても、むしろ困る。
そんなことを考えていたら、トレーナーさんは
「いや、畑と違って尻尾の手入れとかについては、ある程度の知識は持ってるぞ?それだってウマ娘の体調管理で注目する部分の一つだしな。」
あー確かに。感情とか結構出るもんな。
でもそれと手入れって関係あるか?
「手入れされるのが好きな子なんかだと、そういう事をしてストレスを軽減したりできるからな。まあそういう知識だけは身に付けてるんだよ。」
うーん困ったな。
あたしとしては余り、トレーナーさんにそういう負担までかけたくないんだけどな。
それに、今回のはあくまであたしの身嗜みの話なので、正直そんなに問題だとも思ってないのもあるし。
だから、それをそのまま伝える。
それで納得して欲しいんだけど──
「いや、ダメに決まってるだろ。もしもこれからエースがレースする日にパーマーがいなかったら、その尻尾で客前に出るつもりか?」
って少し叱られる様に言われてしまった。
「他の誰かにやって貰うにしても、その度に控え室まで来て貰うわけにも行かないだろ?だったら絶対に一緒にいる俺がやった方が良いんだよ。それだってトレーナーとしての仕事だからな。」
そう言われると、何も反論できなかった。
「トレーナーさん…。ああ、そうだな!これから日本中にその背中を見せつけようって奴が、そんな姿見せる訳にはいかないもんな!じゃあ、悪いけど、よろしく頼むぜ!トレーナーさん!」
「ああ!任せろ!」
──
そうして、あたしは今トレーナーさんに尻尾を委ねてる。
あたしにとっては男の人に手入れをされるのは初めてだ。
父ちゃんが昔やろうとして、余りにガサツ過ぎて母ちゃんに怒られたらしいからな。
なので、少しだけ緊張もしたけど、トレーナーさんが真面目にやってくれているのを感じるので、黙って受けていた。
・・・うん、結構痛い。
手順や道具も有ってると思うし、悩みながらやってる様子もない、けど下手だ。
終わった後の尻尾を見てみる。
・・・あたしよりは大分マシ、だとは思う。
多分知識は本当にしっかり有ったけど、技術は、まあ、うん。
それでも一生懸命やってくれたのは良く分かる。なので
「ありがとう!トレーナーさん!」
そうお礼を言った。
でもこれも、言わずにはいられなかった。
「──トレーナーさんって、結構不器用だよな。」
今度はトレーナーさんが痛いところを突かれた顔をしていた。
「・・・畑と同じように、精進します…」
少し落ち込んだ様子で返すトレーナーさん。
そんな様子がおかしくて笑ってしまう。
「ははは!期待してるぜトレーナーさん。なんてったって、あたしの尻尾を任せるんだからな!なあに、畑のことだってあんなに直ぐに出きるようになったんだ。あんたならこれだって、直ぐに出きるようになるさ!」
それは偽りの無い本心だ。
あたしの為に、あたしに寄り添う、ただそれだけの為に、新しいことに挑戦して、努力してくれたこの人なら、きっと直ぐに上手くなると思う。
だから──
「これからもよろしく頼むぜ!トレーナーさん!」
そう言って拳を突き出す。
「ああ、任せてくれ!エース!」
元気を取り戻したトレーナーさんが拳を合わせる。
あたしが出来ないことを、トレーナーさんにやってもらって、その分、トレーナーさんの夢を乗せてあたしが走る。
そういった関係がより強まった──
トレーナーさんとの間に強い信頼が生まれた様な気がした1日だった。