フェリジットとクリスマス
「フェリジット、キット。ほら、サンタさんからだよ」
「わ、プレゼントだ!キット!キットのもあるよ!」
ツリーの下。大きなプレゼントボックスに、妹と駆け寄る。暖色の光を跳ね返して、リボンが輝いていた。
「くまさん!それにガストーチランプも!!」
かわいらしいぬいぐるみとピカピカの工具を抱きしめて、キットは大喜び。包装紙がビリビリに破けるのも構わず、私もいそいそと大きな箱を開けた。
おしゃれなブーツ。ふかふかのコート。かわいい手袋。
今、一番欲しかったものだ。
「嬉しい〜!キット、ねえ、サンタさんにお礼のお手紙書こ!!」
「うん!かくかく!サンタさんありがとう〜!!」
今の言葉には、ちょっとウソが入っていた。
私、知ってるんだ。
ホントは、お父さんとお母さんが用意してくれたんだよね。
だから、ホントの宛先はお父さんお母さん。
せっかくくれたプレゼント。早速身につけて両親に見せたい。
そう思って立ち上がったけれど、さっきまで笑顔でそこにいたはずのお父さんがいない。キッチンでごはんを作ってくれていたお母さんの姿もない。
「あれ?」
ああそっか、シュライグやルガルの分も買いに行ったのかな?
私達、家族みたいなもんだからね。
外は大吹雪。窓から覗くと、そこにはシュライグがいた。
相変わらず薄着で、服があちこち破けている。
「寒いよ。入んなよ」
「そこも同じだろ?」
「あれ?」
ホントだ。暖房いれてるのにな。
部屋の中も雪だらけだ。クリスマスツリーの飾りがいつしか本物になって。こんなに増えちゃってる。
気が付いたら、私は玄関にいた。
寒い。
キットは寒くないかな。リビングは暖かいといいのだけれど。
「シュライグは、サンタさんからなにかもらえたの?」
「ないよ」
外のシュライグは突っ立ったまま。
私は家の中。歩いてないのに、外に向かっている。
「プレゼントなんて、ない」
玄関が近寄ってくる。
寒い。
嫌だな―――――
雪の落ちる音で、私は目を覚ました。
左脇にはキット。キットを挟んでルガルもまだ眠っている。このところ、寒い夜はこうして4人でくっついてなんとか凌いでいた。
そう、4人。もう一人の姿がない。
ふたりを起こさないよう、そっと寝床から抜け出す。
「………夜明け直前、かあ」
どこにいるのか、心当たりはあった。吹雪が止んで澄み切った冬の早朝。底の薄い、穴あきの靴で雪を踏みしめて廃屋の外に出る。外はまだ薄暗い。彼の手伝いをしに行こう。
穴の空いてないブーツとコートと手袋。
……欲しいなあ。
案の定。
シュライグは、山の中腹にある湖で釣りをしていた。凍りついた湖に穴を空けて。
「調子はどう?」
「………まあ、朝ごはんにはなるかな」
出口のないバケツの中、小魚が7匹くるくる回っている。
「こんな朝からがんばんなくてもいいのに。ありがとね」
「とはいってもな。食べ物はいっぱいほしい」
シュライグと会って。ルガルと会って。私とキットは、ふたりと行動をともにするようになった。目指すは鉄の国。そこにいくには、山を越える必要がある。子供4人―――しかも内ひとりは幼児―――で冬山越えはちと厳しいので、私達はその手前で春を待つことにした。まだ秋のうちに食べ物をたんまり蓄え、隠れるように。
たんまりとはいっても、たかが知れている。
「フェリジットだって、人のこと言えないだろ」
「やー、運がよかったね。たまたま見つけたからさ」
私は一羽の雉を掲げた。ここに来る途中、弓で狩ったのだ。ワナには残念ながら何もいなかった。
「もうすぐクリスマスだからね、ターキーだよ!雉だけど!」
「ターキー?」
「クリスマスに食べるお肉!知らない?」
「あー…、フェリジット」
シュライグはテキパキと釣り道具を片付ける。耳は赤いし手にはしもやけもあった。
「俺、そのクリスマスってのがどういうのか知らない」
彼は白い息とともにそう言って立ち上がった。
藁で編んだ靴には、明らかに雪が入り込んでいた。
「名前くらいは知ってるけどさ。ルガルもよくは知らないらしい。『俺にゃ関係のないイベントだ』って」
「そっかー…」
まあ、不思議ではない。ないが、なんだか悲しい気持ちになる。部族を出る前の彼らの扱いがどんなものだったか、どうしても想像してしまうのだ。
ふたりで、むぎゅむぎゅと雪を踏みかためながら進む。雪原が跳ね返した朝日は刺すように眩しい。昔は雪が降ったらワクワクしたのに、今は早く帰りたくて仕方がなかった。
「ん」
先に気が付いたのはシュライグだ。
白い光の中、遠くでかすかに動く白いものが見える。
「なんだろ?うさぎかな?」
「うさぎにしては変だな。行ってみるか」
雪に足をとられながら近寄ってみると、白い毛玉がのそのそと動いているのを認めた。毛はうさぎのように艷やかなものではなく、モコモコしている。
小さな羊だった。
「よし、私捕まえるよ」
「まかせていいか?」
「お安い御用。シュライグは…」
バケツを持つ彼の右手、その手先は真っ赤だ。
「これ、お願い。もうすぐでしょ、先に戻ってあったまってて」
なので雉をもう反対の手に押し付ける。日の出前からこんなところで活動して、冷水にも触ったのだ。涼しい顔をしているが、寒そうで見ていられない。
シュライグは右手にバケツの取っ手と釣り竿を束ね、左手を雉を握りしめて先に帰った。私は道を逸れ、弓に矢を番えてそろりそろりと獲物に忍び寄る。私の髪と耳は目立つのだ。見つかる前に仕留めないと。
羊は針葉樹の林に入ろうとしているようだった。
「おや」
その中に、もう一回り大きな個体が見える。
暖色の毛色で、小刻みに震えているようだった。私が狙っていた小さな白い個体がそこに寄り添う。
「………」
2匹は、そこから動く気配がない。
弓矢を構えながら私は数メートルのところまで更に接近し、木の裏に隠れた。
血の匂いがする。
「……親子、か」
親羊は、足に怪我をしているようだった。
子羊は短い前足で、親の足に毟り取った毛の塊を押し付けている。それはみるみる赤く染まっていった。
かわいそうだとは思うけれど、こっちだってお肉は欲しい。子どもを殺すのは忍びないから親を仕留めようと偉そうに考え、得物をナイフに持ち替えて私は姿を晒した。堂々と歩く。親を殺されるところなんて見せたくないし、子どもの方はこれで逃げてくれないだろうか。
「……ま、できないよねー」
私を見て、子どもは親を庇うように立つ。怯えた顔、震える体で。親も一生懸命私を威嚇しているようだったが、その表情はなんとも迫力がない。
わかるよ。
私でもそうする。
お父さんとお母さんを助けられるなら、キットを守るためなら、私も……。
「はあ…………」
普段の私だったら、多分迷っても仕留めていたのだろうけど。
今朝見た夢のせいだろうか。この親子を引き裂くことは今の自分にはできなさそうだ。
ナイフを鞘に収めて歩みよる。健気にも行く手を阻もうとする子どもをころんと押しのけ、私は屈み込んだ。
「ありゃま」
親の傷は、ただの傷ではなかった。トラバサミに挟まれている。
成程、これでは到底動けない。板バネを踏んでワナを解除し、スカートを少し切り裂いてその切れ端を足に巻いてやった。気休めにもならないが、このくらいしか私にできることはない。
細く、気の抜けたようなフォルムの目で懸命に私を睨みつけていた親羊だったが、こちらにはもう害意がないことを察したのか、不思議そうに私を見ていた。
んじゃお大事に、と踵を返した私の脚に、つつかれる感触があった。振り返ると、毛糸の塊を足元に置いて立つ親羊の姿が。
毛糸の塊。どこに持っていたのやら、お店に売られているようなしっかりしたものだ。
「なんこれ?くれるの?」
親の糸のように細い目は、正直なに考えているのかよくわからない。とろーんとした顔で頷き、親羊はふわっと浮いた。
「えっ」
子どもも。羊の親子は当たり前のように空中浮遊して、ふわ〜〜、と流されるように去っていった。毛糸と、困惑する私を残して。
「…………」
…………ま、まあ…、元気ならいいか。
「お、戻ったか」
「リズねえおはよ〜。こっちこっち」
「おかえりフェリジット。魚のスープもうすぐできるぞ」
「ただいま〜。羊、結局逃げられちゃったよ。ごめんごめん」
私が戻ると、3人は火を囲んで待ってくれていた。倉庫だったであろう小さな廃屋は良く言えば風通しがいい…つまりこの時期過ごすにはちょっと寒かったけれど、やっぱりみんなと屋内にいるというだけでほっとする。五徳に置かれた鍋からは芳ばしい香り。それを嗅ぐと、一気にお腹が空いてきた。
ルガルがスープをよそってシュライグとキットに渡す。お椀はふたつしかないので、ひとつはキットと私が共用し、もうひとつはシュライグが、ルガルは鍋から直接食べる。食事はだいたいこんなスタイルだ。私はキットが食べてからおかわりのようによそい直すので、それまでルガルは食べるのをいつも待ってくれていた。『俺が一番年上なんだから当たり前だろ』なんて言って、本人もまだ子供なのに。
「はほっ……、あちゅ、おいひい」
「焦んない焦んない。火傷しないでねキット」
「ほいいくもあうんあおえ」
「食べながらしゃべんないの」
「んぐん。………とりにくもあるんだよね、リズねえ。ターキー?」
「雉だけどね。食べちゃいなほら」
「ああそういえば。クリスマスってどんなイベントなんだフェリジット」
「あー…」
シュライグとルガルにはなんとも説明しずらい。けれど、聞かれたからには答えざるを得なかった。
「クリスマスってね。なんか聖なる夜って言われてて…、サンタクロースっておじいさんがいい子にしてる子供たちにプレゼントを配る日なの。あとターキー…七面鳥の丸焼きとかケーキとか、ご馳走食べる日」
「じゃあ、俺にも縁はなさそうだ」
「シュライグもいい子にしてるから、プレゼント貰えるよ」
失言だ。
しまった、と思ってももう遅い。
「別にいい子じゃないし、貰ったことなんてないよ俺」
「う、うーん」
本当のことを言おうか迷ったが、すんでのところで踏みとどまった。
そういうプレゼントは基本的に親が用意してくれる―――なんて言ったら、昔のことを思い出させて傷付けてしまうかもしれない。
「な、俺らにゃ関係ないだろ?サンタなんざこの世にいないし、俺たちには親もいないんだから」
が、ルガルにあっさりネタバラシされてしまった。