フェリジットがキウイフルーツで酔う話

フェリジットがキウイフルーツで酔う話


 教導国家の旧市街は異教徒や獣人たちの街である。

 歴史があるといえば聞こえがいいが、多くの建物はいつ崩れてもおかしくない。治安もいいとはいえないし、あまり長く住みたい街ではなかった。

 そんな街のアパートの一室にシュライグとフェリジットは潜伏していた。

「シュライグ、外はどうだった?」

「街中お祭り騒ぎだ。聖女さまと騎士団御一行を一目見ようと集まっている」

 変装用の外套をシュライグは脱ぐ。片手に持っている紙袋には食品が入れてあるようだった。

シュライグが紙袋の中身を机に並べていく。パンやベーコン、キウイフルーツを買ってきたようだ。

「おかげで露天商が混んでいた」

 フェリジットはキウイフルーツの手に取り匂いをかぐ。

「へえ、いい匂い」

 フェリジットは猫ではない。

 別にキウイフルーツごときで酔っ払ったりはしないのである。

 さらに言うと猫にキウイフルーツで反応するかは個体差がある。キウイフルーツで少し遊び興味をなくす猫もいる。そんな猫も枝や木の根ならばマタタビのような反応を見せる。キウイフルーツの猫害は主に木の根を齧ることだ。

 このキウイフルーツには枝がついていた。

「今日は水道が使えるらしい。食事前にシャワーを浴びてきたらどうだ?」

「そうする。いつ水が止まるか分からないし」

 フェリジットは体の変調に気が付かずにシャワー室に向かった。


 風呂あがりのフェリジットはシュライグが資料を読みながら暇そうにしていることに気がついた。

「シュライグ、暇だったら私の髪の毛乾かしてよ」

「んっ、ああ……」

 そう言ったものの、シュライグはフェリジットの体を見ないようにしている。歯切れの悪い返事だった。

(なんでだろう。私はちゃんとバスタオル巻いているのに)

 自分が酔い始めていることにフェリジットは気が付かなかった。


 風呂あがりのフェリジットはシュライグが資料を読みながら暇そうにしていることに気がついた。

「シュライグ、暇だったら私の髪の毛乾かしてよ」

「んっ、ああ……」

 そう言ったものの、シュライグはフェリジットの体を見ないようにしている。歯切れの悪い返事だった。

(なんでだろう。私はちゃんとバスタオル巻いているのに)

 自分が酔い始めていることにフェリジットは気が付かなかった。

 シュライグがドライヤーを使いフェリジットの髪を乾かす。人にやってもらうと心地がいい。いつもうとうととするシュライグの気持ちが分かるような気がした。

「ゴロゴロ……」

「どうかしたのか、フェリジット」

 ゴロゴロ、その音が自分の喉から出ていることに驚いた。まるで猫ではないかとフェリジットは思った。

「なんでもにゃい」

「そうか」

 フェリジットは気恥ずかしさから猫言葉になるが、シュライグは現在の状況でいっぱいいっぱいになっていた。この空間にツッコミは存在しない。

「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」

 やはり自然にフェリジットの喉は鳴る。

 不意にドライヤーの音が止む。シュライグは赤面した顔を片手で覆った。

「もう、いいだろう。俺は戻る」

 急ぎ足で去っていく。そんなシュライグにフェリジットは首を傾げた。


 フェリジットが着替え終わった頃には夕食の準備が出来ていた。パンとベーコンの粗末なものであったが、キウイフルーツを皿に盛り付けてあるため少しだけ豪華になっている。

 キウイフルーツの枝と皮を飾りとして使っていた。

 シュライグの奇妙な態度はなんだったのか、いまいちピンと来ていない。フェリジットは食事が終わると思い切って問い詰めることにした。

「今日はなんだか変よ?」

 フェリジットはなんとなく、キウイフルーツの枝を口に咥えた。キャンディを舐めるように枝を舐めていく。舌を上に下に、左右に動かす。

 その姿を見てまたシュライグが変な表情になった。

「俺の勘違いならすまない。誘っているのか?」

至極真面目な表情でシュライグは低い声を出す。戦いの時の鋭い視線だ。

「今日は誘ってにゃいよ」

 同棲生活をしている間、フェリジットは何度もアプローチを仕掛けたがなしつぶてであった。恋の駆け引きは一通り習得していた彼女にとってちょっとした敗北感を与えた。

 シュライグを振り向かせるのは不可能かもしれない。フェリジットは自分の恋は実ることなく散るのだと思った。

「変なことを聞いてすまなかった」

 クソボケは一人で納得した。フェリジットは気が緩んでいたのだろう。思えばフェリジットが着替えている最中にドアを開けてしまうことはあった。シュライグが本を読んでいる最中に体を擦り寄せてくることもある。

 スキンシップというやつだ。よくフェリジットとキットは戯れついている。家族だと思われているのだろう。シュライグはそう考えた。

「えっとね。シュライグ……」

 フェリジットは言葉を続けようとした。ここで止めなくては二度とチャンスがなくなるような気がしたのだ。

 街の天蓋が開き、黒い竜が落ちてきた。その轟音によってフェリジットの言葉はかき消えた。

「フェリジットは準備はいいか?」

シュライグはすでに武器を準備していた。今の彼になにを言ってもノイズになるだろう。フェリジットは言葉を飲み込んだ。


 その日、竜と聖女が出会う。


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