フィクサー、シャーレに行く

フィクサー、シャーレに行く


その子は、何の前触れもなく現れた。

その日は学校でアクシデントがあったとかで、珍しく当番の子がドタキャンした。他の子もあいにく都合が悪くて、一人寂しく事務仕事をしていた。

事務員の一人もいたらなぁ、などと考えつつも溜まった書類を片付けていると、いつの間にか時計の短針はてっぺんを通り過ぎて午後4時を回っていて、流石に集中力も続かなくなった頃合い。

 

当たり前のようにドアを開けて、平然と歩み寄り、いつものようにソファへと腰かけた。

 

「──初めまして。“先生”」

 

声をかけられて、ようやく見知らぬ生徒がいることに気づけたほど自然に彼女はそこにいた。

彼女、だろう。涼しげで中性的な顔立ちだが頭上にはヘイローが浮かんでおり、覚えのない学校の制服を着ている。

 

“…………ああ、うん。はじめまして”

“ええと、依頼は入ってなかったと思うけど。何か緊急の要件かな”

“いや、まずは名前から……”

 

いけない。意識の空白をつかれたせいでどうにも頭が回らない。支離滅裂な言動に彼女もこちらの混乱を悟ったのか、クスリと笑いながら持っていた紙袋を指し示す。

 

「よろしければ、軽くつまみながらお話しませんか?先生のお好きな軽食を買ってきましたので」

「いくら依頼がなくなって書類仕事だけとは言っても、朝から先生お一人では大変でしょう。昼食も取らずでは能率は上がりませんよ?」

 

とりあえず、緊急の案件ではないようだ。正直、書類仕事にも飽きてきていたので、渡りに船と立ち上がる。

世話の焼き方が何となくユウカやアオイみたいだなぁ、なんて思いながら。

 


『先生!』

『キヴォトス各地でヘルメット団が暴動を起こしています!同時にシャーレ近郊でレッドウィンターを中心とした大規模デモが発生!ワルキューレが全力で対処しています。』

『ミレニアムでは突如アヴァンギャルドくんの同型機と思しき兵器が複数出現し、セミナーを中心に対応しています。ゲヘナでは温泉開発部と美食研究会によるテロを風紀委員会が鎮圧中。離れた場所で発生しているため手間取っているようです。』

『そのほか大小様々な事件事故が同時多発的に発生中です。各校からシャーレに応援の要請が来ています』

「っ!?」

『その上、』

 

「アビドスとトリニティに連絡がつかない、ですか?」

 

 

ようやく違和感に気づいた。

いくら当番の子がいないからと言っても今日のシャーレは静かすぎた。

暇を持て余して遊びに来る生徒たちどころか、恐ろしい精度で在室を嗅ぎつけて書類の催促に来る連邦生徒会のお使いすら現れない。

その上、彼女は当番の子がいないことも、依頼が今朝になってキャンセルされたことも知っている素振りだった。

そして、今の発言。

 

“君の仕業かい”

 

「まさか。私にそんな力はありませんよ。ただ、友人との世間話の最中に聞いただけです」

「黒いスーツを着た異形の男がアビドスに向かっているとか、アリウスの残党の扱いでトリニティの派閥争いが最近激化しているとか、家出中の友人がお土産をもって母校に顔を出しに行くとか」

「それが偶然、私がシャーレに伺う日と被ってしまったのです」

 

どんな手を使ったのかはわからないが、きっとこの場に第三者は現れないのだろう。

偶然にも。

 

一つ深呼吸して、彼女の向かいに腰掛ける。目を合わせた彼女の瞳は、眼鏡越しだからか。暗く煙り、輝いて見えた。

 

“自己紹介からさせてもらおうか”

“知っているかもしれないけど、私はシャーレの先生”

“生徒の皆の手助けをしているよ”

 

「ご丁寧にありがとうございます」

「ご存じないかと思いますが、私の名前は能見ショウコ」

「生徒の皆の後押しをさせていただいています」

 

“それで、ショウコ。今日はどんな要件なのかな?”

“申し訳ないけどあまり時間がとれないんだ”

 

「お忙しくなるのはわかっていましたから、あまり時間は取らせませんよ」

「お聞きしたかったんです。生徒のいない場で」

「先生という、一個人に」

 

「────生徒の信念を肯定し、手助けし、時に押し止め、手綱を取り、軟着陸させる、そんなあなたの信念とは何かを」

 

 

 

 数十分後、私たちはビルの玄関で向き合っていた。やはり、この会合のためだったのだろう。銃声も黒煙もこの短時間でだいぶ落ち着いてきている。それでも、私のやることは変らない。

 

“それじゃあ、私は行くよ。ショウコも帰りは気を付けてね”

 

「迎えを呼んでいるのでお構いなく」

 

“……ああ、それと”

 

「まだ何か?」

 

“差し入れ、ありがとう。美味しかったよ”

 

「────それは良かった。次も期待していてください」

 

 

 

『先生、照会できました』

『能見ショウコ、○○学園3年。役職なし、部活動への所属なし』

『前科もなく、成績は上の下、その他特徴は身長が平均よりも低い程度。経歴におかしい所はありません。データ上は極めて一般的な生徒です』

『○○学園自体も特徴のない小規模な学校です。……ああ、キヴォトスとしてはかなり治安は良さそうです。ここ数年はテロや暴動などもほぼ起きず、起きたとしてもすぐに鎮圧されています』

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